夢は天下無敵の大将軍 作:金匙
「チッ、負け犬どもが一丁前に抵抗しやがって」
兎丼の収容施設で反旗を翻した囚人たちの鎮圧を終えて、クイーンは不機嫌そうに眉を顰めながら捕縛した侍と侠客たちを視界に収め嘆息する。
各郷に点在する武器工場の中でも、兎丼は随一とも言える大規模な施設と採掘場が存在する武器生産の中心地。
故に他と比べても囚人たちの数は群を抜いており、特に親分衆や名だたる侍たちを収監していただけあって、その反旗はクイーンをして部下の大半を失い自身も痛手を負うほどの苛烈なものだった。
日々の重労働による肉体的疲労がなければ、恐らく捕縛されていたのは自分たちだっただろうと思ってしまうほどに。
「康イエの野郎……」
事の始まりは、白舞大名の霜月康イエが光月おでんの公開処刑の混乱に乗じ部下たちの目を掻い潜って兎丼に忍び込んだことが切っ掛け。
オロチの死とおでんの生存により奮起した花の都の侍たちを取り押さえていたクイーンは、部下から兎丼の囚人たちが暴れていると報を受け嫌な予感を覚えながら急行してみれば……案の定と言うべきか、康イエの手で牢から解放された侍と侠客たちが、部下たちから奪った武器を手に切った張ったの大乱闘の真っ只中。
即座に絡繰りの体と悪魔の実の力をフル稼働して何とか兎丼の制圧は完了したものの、駆け付けた赤鞘の河童の助力もあり下手人の康イエと河童、そして取り押さえた囚人たちが命懸けで解放したヒョウ五郎たち親分衆を取り逃すという結果に終わってしまった。
既に疲労困憊のクイーンだったが、部下から逃走した康イエたちを捕らえたという報告は未だ届いていないため、このまま鬼ヶ島に帰還するという選択肢は彼の中には存在していない。
それは引き受けた仕事をこんな中途半端な状態で投げ出せない、というクイーンなりのプライドもあったが、何よりも───
「───キングのカスが……カイドウさんは無事なんだろうな?」
脳裏に浮かぶのは、今までに聞いたことがないほど焦りに染まった声音で連絡を寄越して来た拷問好きの変態野郎と、未だに目を覚ましていない我らが海賊団の
おでんの息子の力を測って来る、そう言って九里に向かったカイドウだったが、その結末はクイーンをして想像だにしなかった両者共倒れというキングからの連絡で……クイーンはその報告を受けた時、戦闘中でありながら「あり得ねェだろ……」と開いた口が塞がらなかった。
百獣のカイドウは、この新世界に置いても並び立つ者は片手で数える程度にしか存在しないこの海の絶対強者だ。
クイーン自身自分の力には大きな自負を持っているが、それでもいざカイドウと戦えと言われたら傷の一つも付けられずに完敗するのがオチだろうな、とそれ以上の圧倒的信頼をカイドウに抱いていた。
だからこそ、カイドウと渡り合った光月おでんの息子とは言え、たった八歳のガキと戦って共倒れしたなどと聞かされてもクイーンは到底信じられなかったし、受け入れられなかった。
しかし現実として、カイドウは未だに鬼ヶ島から出てくる気配を見せず一切の連絡もつかない状況で……そんな風に燻る気持ちが、よりクイーンの苛立ちを加速させる原因となっているのは言うまでもない。
「看守だけ残して、康イエたちを捕らえに白舞へ向かうぞ!」
部下からの報告では逃走した康イエたちは白舞の刃武港に逃げ込んだらしく、そこでヒョウ五郎たち親分衆を匿いながら合流した他の赤鞘たちと防衛戦をしているとのことだが……この時のクイーンは侍たちが幾ら束になって掛かって来ても、科学と能力を高次元で融合させ災害の如き力を振るう自分には到底及ばないだろうと高を括っていた。
赤鞘たちの力は戦場で刃を交えたクイーン自身よく理解していたが、それでも光月おでんのいない彼らの力など全く以って恐れるに足らない、と。
それ故に、クイーンは白舞へ向かい思い知らされることになる。
齢八つにしてカイドウと渡り合った理の外に足を踏み入れた怪物───本当の災害がどういうものなのか、その力の一端を。
◇◇◇
鬼ヶ島全土を揺らす爆音が木霊し、キングは思わず意識を失ったままのカイドウの傍を離れて部屋を飛び出した。
「何が起こった!?」
港の方から上がる黒煙を見据え不穏な気配を感じたキングは、脳裏に『錠』を付けて牢に拘束していたモモの助の姿を思い浮かべるや即座に懐から電伝虫を取り出して看守へ連絡を試みたが……
「クソ、繋がらねェ……ッ」
やはりと言うべきか看守からの応答はなく、この時点でキングはモモの助が牢から脱獄したことを確信し、その後爆発に巻き込まれて死んだか、それとも何らかの手段で『錠』を外して鬼ヶ島から脱出したのかの二つの未来を思い描いていた。
しかし、事態はそれを遙かに上回る最悪の展開だった。
『キ、キングさん! あのガキ、鬼姫様を連れて脱走しやがりました!!』
「何ィ!?」
鬼姫───つまりは、カイドウの実子であるヤマトと共にこの鬼ヶ島を生きて抜け出した、と電伝虫越しに語る部下の言葉にキングは冷や汗を隠せず唖然とした表情を浮かべていた。
ヤマトとモモの助を同じ牢に繋ぐよう指示したのはキング自身であり、それは自分たちに反発するヤマトにワノ国にお前の居場所はない、と他ならないモモの助から否定させることで、その心を折りコチラ側に取り込むという狙いがあったからだ。
それなのに何故、モモの助はヤマトの願いを叶えるように『錠』を外して共に脱獄を試みる様な真似をしているのか……怨敵たるカイドウの子供のヤマトを、光月おでんの子供のモモの助が憎まない道理はないはずだ。
それこそヤマトがどれだけその胸の内を語ったところで、モモの助の立場と今まで受けた仕打ちを考えれば正に火に油でしかなく、それを証明するように看守からも毎日のように彼らは
加えて、いざと言う時は肉親だろうと容赦なく切り捨てるカイドウのことを考えれば、例え
百歩譲って何らかの価値を見出したのだとしても、態々『錠』を外してそのまま自由の身にさせて置く理由はないはずだ、と……どれだけ考えてもキングには光月モモの助の思考が理解できなかったが、しかしこのまま逃がすわけにも行かないのも確かだった。
「被害状況は!?」
『爆発で港の船の大半が大破! 覇王色で気絶した兵士と爆発に巻き込まれた負傷者も多数! おれたちじゃとても追いきれません!!』
「おれが行く! お前たちはカイドウさんの警護に専念してろ!」
予想を遙かに超える損害に歯噛みしながら、キングは悪魔の実の能力を使い人型から巨大な翼竜───所謂プテラノドンと呼ばれる存在へ変貌を遂げる。
悪魔の実の中でも珍しい
「方角からして行き先は白舞か……逃がさねェぞ、光月モモの助!」
ジェット機もかくやと言わんばかりに、鬼ヶ島の空を黒い彗星が耳鳴りを残して飛翔する。
彗星が向かう先は偶然か必然か、奇しくもクイーンと同じ白舞の刃武港。
己の信じる最強を否定したモモの助への激情を全身から滾らせながら、キングは彼方に浮かぶ貨物船を視界に捉えるとヤマト共々また牢にぶち込んでやる、と更にその速度を上げていく。
その脳裏には自身が敗北する光景など微塵も思い描いておらず……故にこそ、キングもまたクイーン同様に思い知らされることになる。
狩る側と狩られる側、捕食者と被捕食者───自分がどちらの立場であるのかを、神の炎をも焼き尽くす太陽の如き一刀を以って。
◇◇◇
『──────』
『声』に導かれて意識が浮上する。
明滅する視界の中に深海の様な昏い『青』が映り込む。
生死の境界をあやふやに揺蕩う微かな意識に、龍の幻影が浮かび上がっては消えていく。
『──────』
『声』は鳴り止まない。
体の内側から侵食するように、全身の至るところに根が張り巡らされていくような不思議な感覚が伴う。
暗く冷たい水底に沈んでいた肉体に胸に焼き付けられた傷に負けない熱が灯り、止まっていた心臓が息を吹き返すように脈動していく。
『──────』
自分がまだ死んでいないことを知覚して、しかしまた死に損なったのか、と絶望が胸を埋め尽くすことはない。
力が漲る、この衝動を発散したくてたまらない、あれだけ望んでいた『死』を今は振り払いたくて仕方がなかった。
『──────』
「(邪魔すんじゃねェ)」
そんな風に、
おれは負けた。
全てを出し尽くした死闘の果てに、おでんとモモの助の光月親子の手で待ち焦がれていた『死』を突きつけられたのだ。
誰だか知らないが、このゆっくりと終わりへ向かって行く甘美な時間を邪魔するのだけは許せない。
『──────』
まだ終わっていないと『声』が語る。
お前もあいつもどちらも生きている、まだ戦いは続いているぞ、と……モモの助から刻まれた胸の傷を疼かせながら、生の証明だと言わんばかりに心臓の音を高鳴らせて。
「(もう放っておいてくれ)」
何故おれの邪魔をする。
どうして誰も彼もおれの自由を縛ろうとする。
ようやく訪れたこの時間すらも、お前たちはおれから奪っていくと言うのか。
「(これ以上なんてねェんだよ)」
心残りはある。
果たしていない責任が、叶えていない約束が確かにある。
それでも……これ以上こんな退屈な世界で生きていたって今以上の充足感は得られない。
死ぬならもうここしかないんだ、と……頼むからこれ以上おれの邪魔をしないでくれと切に願って───
『──────』
とうとう『声』は聞こえなくなった。
やっと分かってくれたか、とそのまま二度と覚めることのない眠りに意識を落とそうとして───突如として視界が切り替わる。
「(キングとクイーン……?)」
それは自身の両翼がワノ国の何処かで今もなお戦い続けている光景だった。
彼らは共に出し惜しみなしの人獣型の姿で、災害の名に相応しい大暴れを見せているが……その顔には苦悶の感情がありありと浮かび上がっており、これまでの戦いの疲労と相対する敵への驚愕を隠しきれていなかった。
多くの部下たちも倒れて徐々に追い込まれていく彼らを見て、それでもカイドウの心は動かない。
むしろ当然だろうな、と何処か達観したような眼差しでその様子を眺めていた。
何故なら……
「(……モモの助)」
二人が戦っている相手は、他ならない自身の宿敵たる光月モモの助だったのだから。
モモの助は刀の一振りでクイーンの絡繰兵器を悉く斬り伏せていき、体の内部から破壊するその覇気は覇王色をもまとうことでキングの体質を一切関係ないと言わんばかりに強引に突破して……刀身から溢れる炎はまるで太陽の様に渦を巻き、古代種の力を持つ二人の硬い皮膚を容易に焼き尽くして、内側破壊の覇気と併せてその身を焦がし続けていく。
力の差が歴然なのは明白だった。
それでもキングとクイーンが未だに戦えているのは、モモの助が周囲の住民たちに気を遣いその避難が終わるのを待っているからに他ならない。
「(おれたちの負けだ)」
カイドウはとっくに敗北を受け入れている。
そして敗者が全てを奪われるのは世の常であり、カイドウ自身もその言葉に否はなく、こうして負けた己が部下たちを勝者のモモの助に斬り捨てられることは必然だと納得していた。
キングとクイーンが倒れれば百獣海賊団は間違いなく崩壊するだろう。
そうなればワノ国にはついに夜明けが訪れ、英雄を讃える大歓声と共に再び黄金の時代がやって来る───ただそれだけの話だ。
『まさか、もう終わりだなんて思ってねェだろうな……クイーン』
『当然だろうが……てめェこそ刀折られて腑抜けてんじゃねェのか、キング』
それでも、英雄に倒される怪物たちの目から光が消えることはない。
どれだけ窮地に追い込まれても、どれだけ力の差を思い知らされても、どれだけの傷をその身に刻まれても───普段からいがみ合っている二人には、確かに信じていることがあったから。
『光月モモの助、お前を見誤っていたことは確かだが……それでも、勝つのはあの人だ』
『てめェがどんだけの怪物侍でも、怪物具合で言ったらおれたちの船長の方が遙かに格上なんだよ……』
震える膝に喝を入れて立ち上がりながら、二人は鬼ヶ島で眠る船長との過去を想起して───宣言するようにその言葉を言い放つ。
『『カイドウさんは海賊王になる男だ!!』』
分かったかクソガキ、そう言葉を締めて絡繰刀を握り締める二人を見て……心臓の鼓動とは別に自身の心が揺れ動く。
『──────』
本当にいいのか? と『声』が問いかけてくる。
何がだ、なんて……そんなことは聞かなくても分かっていた。
気づけば後悔なんて微塵もなかった胸中に、満足感に変わって罪悪感や使命感が広がっていく。
確かにカイドウ個人の戦いは紛れもない敗北で終わったが───それでもその命はまだ繋がっていて、部下たちは自分が再び目覚めるのを信じて今もその身を犠牲にしながら戦い続けている。
生と死の狭間で、退屈な世界を憂いながら終わりへと向かおうとしているこんな自分を……彼らは何一つ疑うことなく、この海の王になると心の底から信じきって。
「(バカな奴らだ……)」
呆れるようにボヤいてみるが、何故か笑みが溢れて不思議と悪い気はしなかった。
「(……死に損なったなら仕方ねェか)」
幸いなことに、光月モモの助はまだ生きている。
あの戦いはどちらかの終わりを決着とする戦いだったなればこそ、自分たちの戦いには未だ決着は付いていない。
互いに死に損なったのなら───今度はより大きな舞台で、より大きな戦争で決着を付けようではないか。
『──────』
「(……そうか、おでんたちは二十年後の未来に)」
『声』の語る内容にそれならちょうどいい、と笑みを深める。
「(今行くぞ、モモの助)」
水底に沈んでいた意識が『声』と共に浮上していく。
過去を振り切り、
現実を受け入れて、
未来を目指すその心身に───ついに青龍の能力が覚醒した。