夢は天下無敵の大将軍 作:金匙
───カイドウがワノ国から手を引いて一週間。
花の都は旧オロチ城の一室にて、未だに目を覚まさないモモの助の身を守るように家臣たちと康イエ、そしてヒョウ五郎たち侠客一家の親分衆たちが集まり、今後の展望について話を進めていた。
「汚染施設の廃棄に各郷の復興作業もさることながら、まずは水と食料を住民たちへ行き渡らせねばなるまい」
「おでんの処刑の際に都の奴らが毒矢にやられて寝込んでると聞いている、そっちの治療も優先した方がいいだろう」
「お庭番衆はどうする? 今は
「───わしを呼んだかよ、康イエ様」
「お前は黙っとるど、ネコ」
錦えもんや傳ジローと言ったおでんの家臣の中でも頭脳派の面々が未来に飛んでしまったため、今では『赤鞘』と呼ばれワノ国中から讃えられるアシュラたちだったが、政の方面では自分たちは役に立てないと考え、この一週間は百獣海賊団の残党の制圧とモモの助の警護に専念していたのだ。
康イエ様とヒョウ五郎親分たちが真面目な話をしているのに首を突っ込むな、とアシュラに羽交い絞めにされるネコマムシを視界に収めながら、イヌアラシは白舞で再会し天下無双の剛剣を以ってキングとクイーン率いる一団を圧倒した主君を思い、誇らしげな笑みを溢す。
「本当に立派になられた……白ひげの船で共におでん様の帰りを待っていたあの頃が、今では随分と昔の事のように感じる」
「カッパッパ、お前たち二人は白ひげの船に密航していたものな。拙者たちはワノ国に帰郷してからのモモの助様しか知らないが……白ひげの船でもやはり鍛錬に明け暮れていたのか?」
「そうさな──────」
過去を想起するように瞳を閉じたイヌアラシは、ぽつぽつと噛み締めるようにモモの助との思い出を語っていく。
白ひげの船を駆け回ってイゾウを度々心配させていたこと。
ネコマムシの腹を枕に甲板で横になって日向ぼっこをしていたこと。
船内にあった悪魔の実図鑑に目を輝かせて時間の許す限り読み込んでいたこと。
今の姿からは考えられないくらいに……子供らしく伸び伸びと過ごしていた主君との一幕を。
「ゴロニャーッニャッニャ! 懐かしいのう、掃除をサボってイゾウに怒られたことも珍しくなかったぜよ」
「サボっていたのはゆガラだ、ネコ」
「……イゾウの疲れた顔が目に浮かぶど」
実際常に眉間に皺が寄っていたぞ、と付け足すイヌアラシに河松共々苦笑いを溢しながら、アシュラは歳相応に白ひげの船で日常を過ごしていたモモの助の姿を思い浮かべようとするが……とても光月の跡継ぎとしての責務を果たそうとする今の姿からは及びもつかず、つい首を傾げてしまう。
そんなアシュラを見て無理もないと内心で頷きつつ、イヌアラシは続きを促すような河松の視線に応えるように言葉を続けていく。
「元より強くなることには意欲的な方だったが、おでん様より体の出来てない内は駄目だ、と鍛錬を止められていてな……よく我々に早く大きくなりたいと愚痴をこぼしていたものだ」
「白ひげの船にいた期間は二年ほどだろう? それを思えばおでん様の判断は正しいと思うが……」
「あのおでん様のご子息だぞ? 僅か半年で船内を隅々まで走り回れるようになって、一年経つ頃には当たり前のように我らと会話出来るまでに成長していたさ」
「なんと……!」
天性の肉体に天賦の才能───正に光月おでんの息子に相応しいその潜在能力は、あの白ひげをして将来が楽しみだと言って太鼓判を押したほどで、第二子の日和が生まれた時には既に無意識の内に表層に現れていたほどだ。
「おでん様が度々『声』が聞こえると頭を悩ませていたことがあっただろう?」
「ああ、確か万物の声を聞く力だとか……」
ロジャーとの航海から帰って来た時に主君から聞かされた内容を思い返しながら返答する河松に、イヌアラシは白ひげたちとの航海の最中に異物感が凄い、と不快そうに表情を歪めていたモモの助の姿を思い出す。
「あれがモモの助様にも表れてな……流桜の一種らしいが、制御できない力は身を滅ぼすから、とロジャーの船に移ってからはゆガラらも知るように修行漬けの毎日だったとも」
たんこぶ出来た、とレイリーから数え切れないほど叩かれた頭を抱えながら……それでも楽しそうに笑うモモの助を見て、鍛錬が解禁されて良かったですね、と心から祝福したのを今でもイヌアラシは覚えている。
そして自分もモモの助に何かを教えたいと、自身の技を伝授しようとするおでんとロジャーの姿にネコマムシ共々腹を抱えて笑ったことも───
「───思い返してみれば、トキ様を守れなかったあの失態より……かつてのようにモモの助様が屈託なく笑う姿は一度として拝めなかったな」
「イヌアラシ……」
オロチの放った刺客にトキが傷を負わされてからというものの、モモの助は何かに取り憑かれるように鍛錬に没頭し始めた。
自分の体なんて二の次だと言わんばかりに、母を守れなかった己を戒めるよう……イヌアラシたちから見ても無茶に過ぎる過酷な鍛錬を毎日のように繰り返しては、傷だらけになりながら帰って来るという日々を送り続けて。
今思えばそれが全ての始まりだったのかもしれない、とイヌアラシは一転して悲痛そうな表情を浮かべモモの助を見据える。
「我らはモモの助様に背負わせ過ぎた……民を、郷を、そしてワノ国までもを───まだ八つのこの背中にだ」
白ひげやロジャーの船でのことを思えば、モモの助がまだまだ子供らしく遊びたい盛りだったことは明白。
確かに光月の跡継ぎとして果たさなければならない責任がモモの助にはあるが……それを加味しても、八歳の子供が背負うには今までモモの助が歩んだ道のりは余りにも辛く険しいものだったことも事実。
本来ならば光月家の家臣として自分たちがその道行を支えて行かなければならなかったのに……八歳とは思えないほどの主君を思わせるその偉大な背中に、気づかない内に自分たちは甘えてしまい負担をかけ続けていた、とイヌアラシは嘆息する。
「モモの助様は今や、刀神リューマに並びワノ国で誰もが讃える英雄と相成られた」
おでんが帰って来るまでオロチの刺客から家族を守り続け。
九里に攻め込んだカイドウをたった一人で迎撃して相打ちに持ち込み。
白舞で暴れる幹部たちを打ち倒し、ついにはカイドウを追い返してその支配からワノ国を解き放って見せた。
その偉業は正しく英雄と称すに相応しいものであり、モモの助を救世主として崇め奉る者たちで都が溢れ返るのも当然と言えるだろう。
「しかし、我らはどうだ? その英雄の家臣に相応しい力を持っていると、胸を張って断言できるか……?」
城の留守も満足に守れずに。
挙句の果てには守るべき主君たちに逆に守られる始末。
余りにも不甲斐ない、とイヌアラシは零れる涙を抑えることが出来なかった。
何が『赤鞘』、何がワノ国の守り神か……結局自分は何一つ主君の力になれなかったではないか、と。
「「「…………」」」
そんなイヌアラシを前に、アシュラと河松、そしてネコマムシは慰めの言葉を返せない───否、返せるはずもなかった。
何故ならその言葉は全て自分たちにも当てはまっていて……その涙を見て悔しさに打ち震えるほどに、イヌアラシと同じ思いをずっと胸の内に抱えていたのだから。
おでんを九里まで送り届けられたことも。
兎丼からヒョウ五郎たちを解放したことも。
制圧されていた各郷を奪い返すことが出来たことも。
その全てが───他でもない、
故にこそ、讃えられるべきが自分たちでないことなど、誰よりも彼ら自身が重々承知している。
その上で……しのぶから聞かされたカイドウとの二十年後の決戦のために、彼らが胸に抱いた思いもまた一つだった。
「強くなるぞ……!」
「「「応ッ」」」
『赤鞘』の名に相応しい侍になるために。
もう二度と主君一人に全てを背負わせないために。
眠るモモの助に誓いを立てるように、侍たちは拳をぶつけて頷き合った。
◇◇◇
「う~~~、お腹すいた……いやッ、すいてないすいてない!」
旧オロチ城の天守にて、膝を抱えたヤマトは落雷のように鳴り響く腹の虫と一人格闘していた。
「ワノ国の侍はお腹なんかすかないんだ……願かけ一つ出来ないで侍なんか名乗れないぞヤマト……」
ヤマトはしのぶから聞かされたワノ国の風習を思い返す。
曰く、ワノ国には願いが叶うまで何かを我慢して神仏に祈る風習があるそうで、それを聞いたヤマトがモモの助が目覚めるまでは食事と風呂を断つと決め───実に一週間が経過したのが今だった。
「……大丈夫かな、モモ」
あれから目を覚まさない友人を思い、ヤマトの表情に陰が落ちる。
医者からは命に別状はないと聞かされているものの、それでも鬼ヶ島からろくに食事も与えられず戦い続けて来た友の身を思えば、心配するなという方が土台無理な話であり……しかし医学のことなど欠片も分からないヤマトには、こうしてワノ国の風習に倣ってモモの助の無事を祈る以外に方法がなく、日が経つにつれて彼に会いたいという気持ちが腹の虫の声と共に大きくなっていくのは道理だった。
「って、弱気になるな! 侍は弱音だって吐かないんだ!!」
首を大きく振ってその気持ちを断ち切ろうとするヤマトだが……そんな簡単に切り捨てられるならこうまで思い悩むはずもなく、言葉とは裏腹に鬱々とした気持ちが胸中に募っていく。
どうすればいいんだろう、そう考え始めた折にヤマトの視界にモモの助と『赤鞘』たちの活躍を語る噺家の一団が映る。
城門の前で身振り手振りを交える彼らの前には、それはもう数え切れないほどの人で溢れ返っていて……その光景を目にしたヤマトは、思考を切り替えるようにモモの助が倒れた後のワノ国での出来事を想起していく。
「凄かったなぁ、あの大歓声───」
思い出すのは当然、白舞でネコマムシと合流して花の都に戻った時のこと。
突如として上空に現れた鬼ヶ島が見覚えのある龍と共に空の彼方に消えていったのだから、その時点で大半の住民たちが察してはいたものの……やはり当事者の口から聞かなければ心の底から信じることが出来なかったのか、入口から城門まで続く人の波がヤマトたちを出迎えたのだ。
『おい、しのぶ様が背負ってるのって……』
『……うそ、それじゃあ本当にッ?』
『ネコマムシの旦那! 説明してくれェ!!』
誰もが息を呑むようにヤマトたちを───しのぶが背負っているモモの助を涙ながらに見据えて、期待に満ちた表情を浮かべてネコマムシの言葉を待っている。
本来ならそれは大将であるモモの助が言うべき言葉だったが……とてもそんな状態ではないことと、手を組みながら祈るように言葉を待つ都の民たちを思えば主君の目覚めまで待たせるのは酷だろうと考え、モモの助に代わってネコマムシが言い放ったのだ。
『カイドウはモモの助様が追い払った! この戦い、わしらの勝利ぜよォオオオオオオ!!』
正確には休戦ではあるが……それはあの大歓声を前には野暮というものだろう。
誰もが笑って、そして泣いて───ワノ国の大地を揺るがすほどのその歓声を聞いて、ヤマトはカイドウがどれだけの痛みと苦しみを彼らに与えていたのか問答無用に理解させられ、込み上げてくる感情を抑えることで精一杯だった。
『あんたは悪くないわよ、ヤマト……先に城に戻ってなさい』
気を遣ってくれたしのぶの言葉がなければ、きっと自分はあの場で涙ながらに謝罪していたに違いない、とヤマトは自重するような笑みを溢した。
カイドウとの親子の縁はあの宣言と共に断ち切ったつもりだったが……それでもいざ目の前に親の罪の象徴とも言える光景が映し出されれば、その血が刺激され罪の意識に苛まれることは必然だった。
最後までその悪行を止められなかったことに大きな罪悪感を抱きながら───しかしヤマトはその光景から決して目を逸らさず、最後まで泣き笑う住民たちを視界に収め続けた。
今日のことを生涯忘れないために。
この罪悪感を闘志に変えて、二十年後の戦いでカイドウを討つために。
『せいぜい強くなれ───』
拳を握って、ヤマトは背中に括った金棒へ視線を向ける。
『建』と名付けられたその得物は、何を隠そうカイドウが扱う『八斎戒』を元に鍛造され、カイドウ本人から手渡された紛れもない業物の一つ。
侍を目指すヤマトからしてみれば彼らが目の敵にしている仇敵と同じ武器を扱うなんて言語道断もいいところだったが……自身に剣術の才能が皆無であることと、そんな甘い考えではカイドウに勝てる訳もないという自らへの戒めが、持ち運ぶことすら忌避していた己が得物を扱うことをヤマトに決意させていた。
「……なってやるさ、お前よりも強く」
目指す頂は敵も味方も遥か彼方。
加えて互いにまだまだ成長の余地を残していることを考えれば、二十年という膨大な時間すらも今のヤマトには一分一秒が惜しく感じてしまっていた。
やるべきことは山ほどある───しかし、全ては彼が目覚めてからでなければ始まらない。
「モモ……」
雲一つない月明りの下、ヤマトは一刻も早く親友が目覚めることを心から祈り続ける。
気づけばあれだけ感じていた空腹感が腹の虫を他所に綺麗に消え去っており、純粋な友を想う気持ちだけがヤマトの胸中に広がっていて───
「───ヤマト! モモの助様が目覚めたわよ!!」
その想いに応えるように、始まりを告げる言葉が夜の空に木霊するのだった。
これにて第一幕終了です。
次回からはゾウに向かったり白ひげに会いに行ったりして、二十年後に向けて仲間を集めていく話になると思います。