夢は天下無敵の大将軍   作:金匙

25 / 29
25:懇願

 

 

 15年目:春

 

 今日も今日とて船の甲板は大騒ぎ。

 騒動の中心は相も変わらず未知の物に目を輝かせるヤマトではあるのだが、ゾウを発ってからはそこにベポも加わるようになりお目付け役のしのぶの苦労が倍増したことは言うまでもない。

 モモの助様からも何か言ってください、とネコとのんびりしてた俺にまで飛び火して来た時はあんまり迷惑かけないようにと一応窘めはしたものの、あれだけ落ち込んでたベポの姿を知る俺としてはどうしても元気になったみたいで良かったという思いの方が大きく、あんまり強く出られないと言うのが正直なところ。

 子供は笑顔でいるのが一番だとも思うし、毎日元気いっぱいに船を走るベポの姿はワノ国の子供たちを見ているようで微笑ましい気持ちになる。

 

 ベポ自身乗船してからは先にも書いたがヤマトと一緒にいることが多く、ヤマトのことを姐さんと呼んで懐いており、ヤマトもまたワノ国にいた時は俺を除けば周りが赤鞘やヤスさんたち大名たちと大人ばかりだったこともあってか、年下で明確に自分を慕ってくれていると分かる素直なベポとは相性が良いのだろう。最近ではあの魚の名前は~とかこの道具の使い方はね~と良く先輩風を吹かせているとイヌから聞いている。

 ちなみに俺のことはオヤブンと呼んでくれており、理由を聞くと光月家の人間だからというわけではなく単純に一番強くてカッコいいからだそうだ……。しのぶには悪いと思ったが、照れくさそうに笑うベポを見てこれからも存分に甘やかしていこうと心に決めたのは言うまでもない。

 

 ただ月の獅子(スーロン)の制御は他の人たちやベポ自身のためにも何れは身に付けなければならないことなので、そこはイヌネコ共々日々の鍛錬に手を抜くつもりはない。

 ベポは白熊のミンクで他のミンク族と比べても膂力と聴力に秀でているため、今後の方針としてはまずは身体づくりと月の獅子の制御を第一に余裕があれば見聞色の習得も並行していくことになり、それなら俺とヤマトも通った目隠し叩き棒の訓練も取り入れようという方向でまとまった。

 

 肝心の叩き役がしのぶになってしまってベポが震え上がっていたが、しのぶなら多分鍛錬の時にまで私情は持ち込まないと思うので存分に扱かれて来い、と同情半分激励半分に肩を叩いて送り出しておいた。

 

 その日から定期的にたんこぶ塗れのベポがネコの腹でごろごろする俺に泣きついてくるようになったが……こればかりは俺でもどうしようもないので、ベポには鬼教官の指導のもと強く生きてほしいと願うばかりだ。

 

 

 

 15年目:春part2

 

 無事にフードヴァルテン島に着いたが、結論から言えばこの島に白ひげたちの姿はなかった。

 

 住民たちからの話によると最後に白ひげがこの島を訪れたのは一年も前とのことで、白ひげの縄張りであるにもかかわらず堂々とその旗を焼いたとある海賊(・・・・・)との戦いで、町は壊滅状態に陥ったのだと聞かされた。

 騒ぎを聞いて駆けつけた白ひげとの三日三晩に及ぶ死闘がいかに凄まじいものであったかは、町の復興が進んだ今なお焼け野原と化した大地や真っ二つに割れた山脈を見れば一目瞭然であった。

 

 さらに、件の海賊はこの島以外にも複数の縄張りで同様の被害をもたらしたらしく、白ひげはここ数年その対処にかかりきりで、戦いが終結したのもつい最近の話だと聞かされた。

 その時はあの白ひげを相手にこれほどの戦いを繰り広げられる存在がまだこの海にいるのかと感心さえ覚えたが───まさかその海賊があのカイドウであると知った時は、思わず開いた口が塞がらず唖然としてしまった。

 

 ワノ国から手を引いて七年近く、どこで何をしていたのかと思えば……よりにもよって父の兄弟分である白ひげ相手に戦争を吹っ掛けているとはいったい誰が予想できようか。

 俺はてっきり、二十年後の戦いに向けて失った兵力の補充や鬼ヶ島の再建設、あるいは自己研鑽に励んでいるものとばかり思っていただけに、戦いに巻き込まれた人々から改めて近年のカイドウの動向を説明された際は終始目を見張りっぱなしであった。

 

 最初の内は、なぜそんな兵力の補充はおろか限られた自軍の兵力を減らすようなことばかりするのだろうと考えていたのだが……しかしカイドウが単身で白ひげの縄張りを暴れ回っていたと言う話を思い出してからは、むしろその行動こそが戦力強化の最高効率だと確信してしまったために、今の己の状況を鑑みて強い危機感を抱かされた。

 

 カイドウはワノ国での戦いで悪魔の実の能力を覚醒させたと言っていたが、同時にまだその力を制御出来ていないとも語っており、白舞全域に無差別に発散されていたあの覇王色の覇気を思えばそれが事実であることは明白。

 ならばこそ、カイドウが次に取る行動は何かと問われれば……あの男なら、何よりもまず己の力の制御に努めようとすることもまた明白。

 覇気とは己と同等、あるいは己を凌駕する相手との戦いでこそ開花していくもの。悪魔の実の力もまた同様であることは、父上たちや俺との戦いを経て覚醒に至ったカイドウを思えば疑いようがなく、故に奴はその慣らし(・・・)の相手として世界最強と謳われる白ひげに目を付けたのだろう。

 単身であれば余計な戦力を消耗させることなくその他の雑事はすべて部下に丸投げ出来るし、俺たちの目的がカイドウの打倒である以上、奴の手法は危ういながらも強くなる上ではむしろこれ以上ない選択と言えた。

 

 白ひげの力を疑う気持ちなど微塵もないが……だからこそ、そんな白ひげを相手に五年もの間戦い続けた今のカイドウがどれほど強くなっているかなど、最後の最後まで白ひげが決着をつけられなかったことを加味すれば少なくとも同等に近い力を手にしているのは明らかだ。

 なら、果たして今の俺は、あの白ひげと互角に渡り合えると断言できるほどの強さを身につけているだろうか……こうして迷いを抱きながら筆を執っている時点で、答えは言わずもがなである。

 

 少しばかり、平和ボケしていたのかもしれない。

 約束の決戦まではまだ時間があるが、だからといってそれは決して足を止めていい理由にはならない。

 あの日以来、鍛錬を怠ったことは一度としてないが、それでも余念がなかったと言えば嘘になる。

 戦いはまだ何も終わっていない。それどころか、始まってすらいないのだ。

 何のために父上から天羽々斬と閻魔を継承したのか───今一度その意味を胸に刻んで、気を引き締めて鍛錬に励んで行こうと思う。

 

 

 

 15年目:春part3

 

 心許なくなってきた物資の補給をすべく立ち寄った港町でのこと。

 ベポが間違えて北の海行きの貿易船に乗ってしまったため、補給もそこそこにその船を追いかけることになった。

 どうにも一緒に買い出しに出ていたネコ曰く、海上レストランなるものに興味を惹かれ昼食はそれにしようと考えたネコが俺たちを呼びに戻っている間に、待ちきれなかったベポがレストラン行きの船の隣に停泊していた貿易船に間違えて乗り込んでしまったと言うのが事の顛末。

 

 確かに海上レストランは気になるし、行ってみたいという気持ちも分からなくはない。

 だがベポよ、なぜ俺たちを待てなかったのだ……おかげでしのぶの堪忍袋の緒は切れる寸前で、宥めるのにはヤマト共々ずいぶんと苦労させられた。

 ちなみにネコは管理不行き届きとして食堂の天井に吊るされ、しばらく飯抜きの刑に処されている。今回ばかりはネコはそこまで悪くないのではという同情も浮かんだが、怒り心頭のしのぶを前にしてはそんな思いも霧散してしまうというもの。

 だから助けてと言わんばかりにこちらを見つめるネコには申し訳ないが、これもワノ国流の願掛けだと思ってもうしばらくは腹の虫共々罰を受け入れてほしいと合掌を返しておいた。

 

 幸い北の海への移動であれば赤い土の大陸(レッドライン)を越えることもなく、行き先もミニオン島だと判明しているので追いつくのにそう時間はかからないだろう。

 最悪ベポのビブルカードを頼りに俺が空を飛んで追いかければいい話ではあるので、今はただベポの乗った船が海賊の襲撃に遭って海へ放り出される……などという事態にならないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 15年目:春part4

 

 ミニオン島に閉じ込められてしまった。

 

 と言うのも、島の周囲で海軍の軍艦があちこちに見受けられ不穏な雰囲気が漂っていたので、離れに船を停泊してもらい俺一人でベポを回収して手早く戻るつもりだったのだが───能力者と思わしき何者かが展開した、糸で出来た巨大な鳥かごがそれを許してくれなかった。

 

 しかもベポを見つけ出したはいいものの、あろうことかその腕には血まみれの少年を抱えているし、さらにその少年からは恩人を助けてくれと涙ながらに懇願される始末だしで……この鳥かごを叩き斬って少年の治療が先かとも思ったが、一刻を争う事態とのことなので一先ず少年の言う恩人の安否を確かめにこの鳥かごの中心へ向かおうと思う。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

『いいか、ロー……この先に貿易船が止まってる。お前はその積荷に紛れて、今すぐこの島を離れるんだ』

 

 身体を蝕む珀鉛病とヴェルゴに受けた殴打の痛みで朦朧とする意識の中、雪の降り積もる寒空の下をローはただ一人歩き続ける。

 自分の病気を治すために海賊たちから銃弾を浴び、そこから自分共々ヴェルゴに痛めつけられて同じく重体だと言うのに、それでも自分を生かすために囮役を買って出てくれた恩人(コラソン)の決意に、ローは後で必ず合流すると告げられながらも、その言葉の裏に隠された真意を汲み取ってしまい溢れる涙を抑えることが出来なかった。

 

『ドフィはもう、おれが裏切り者だってことには気づいてるはずだ……』

 

『喉から手が出るほど欲していたオペオペの実をおれが奪っちまった以上、あいつは血眼になっておれのことを探すだろう』

 

カイドウとの協定(・・・・・・・・)にはあれが必要不可欠だったみたいだからな……だが、ここまで怒らせたら海賊の習性に頼った脱出策は通じない……』

 

『だから、ドフィに気づかれる前に一人でこの島から脱出しろ、ロー』

 

 ドフラミンゴがどれだけその悪魔の実を欲していたかは、ロー自身理解している。

 ファミリー入団後まもなく耳にした、四皇カイドウ率いる百獣海賊団との取引。その頃から以前にも増して張り詰めたような雰囲気を漂わせるようになったドフラミンゴの姿はローにとっても印象的だったし、コラソンのような幹部たちにすらその詳細は伏せていたため取引の内容までは不明であったが、しかしオペオペの実を欲していることはファミリーにも周知していたことは認知しているので、その悪魔の実を口にしてしまった以上ドフラミンゴが自分を連れ戻そうとすることは必至。

 

 それでもコラソンにかつての狂気を晴らして貰った今のローには、その思いを踏み躙ってまでファミリーに戻るつもりなどさらさらなかった。

 何より自分は既に海兵にファミリーの秘密を記した文書を届けようとした裏切り者……その末路がどういうものであるかなど考えるまでもない。

 

 だからこそ、まだオペオペの実の能力者となったことをドフラミンゴが知らず、コラソンがその注意を引いてくれている今を除いて自分がこの島を脱出する好機はないと、そんなことはロー自身重々承知ではあるものの───

 

「うっ……くそォ……体が動かねェ……ッ」

 

 ───病に蝕まれた体がその自由を奪い、無情にもローの体を雪原に沈ませる。

 

 能力者にはなったものの、しかしその能力を操る術をローはまだ理解していない。

 コラソン曰く、この能力には医学の知識が必要とのことだが……それでも能力者となってまだ間もなく、平静すら保てないこの状況下では、冷静に能力の行使をしろという方が土台無理な話であった。

 

「えぇッ!? 今度は血まみれの人!?」

 

 とうとう視界が明滅し出したその時、ローの前に姿を現したのは珍妙な喋る白熊だった。

 

 冬島のこの場所ではそう珍しいものでもないかとか、何で熊が言葉を話してるんだとか、そんな疑問を抱く余裕すらなく思考を手放さずにいることだけで精一杯のローに、しかし白熊はどうしようどうしようと慌てふためくばかりだったが……その直後に何かに気づいたように顔を上げると、ローが向かおうとしていた貿易船のある方角へ顔を向け歓喜の表情を浮かべていた。

 

「この気配……間違いない、オヤブンのだッ!」

 

 聴覚すら機能しなくなったのか、言葉すら聞き取れなくなったローを抱え上げると、白熊が一目散に目的の方角へ走り出して行く。

 何が何だか分からない状況に唖然とするしかないローだったが、それでも白熊に自分を傷つけようとする敵意を感じなかったためされるがままその腕に抱かれていると───

 

「ベポ! よかった、無事だったんだな……」

 

「おやぶーん! ごめん、おれ間違えて別の船乗っちゃってみんなに迷惑を───って、今はそれどころじゃなくて! 何かこの島海賊とか海兵がいっぱいいて、それでおれ色んな人たちから追われて逃げてたんだけどそしたら島から出られなくなっちゃって、だけど気づいたら今度は目の前に血まみれのこの人が」

 

「……いったん落ち着け、ベポ」

 

 

「(なんだ……? あれだけ寒かったのに……)」

 

 ───まるで太陽のような暖かな陽射しに体を包まれたかと思えば、気づけば体の芯から凍り付いて行くような悪寒が綺麗さっぱり払拭されていた。

 

 鮮明に晴れた視界の中でその違和感の正体に目を向けてみれば、胸の上に自身でも白熊でもない第三者の手が添えられており、その手を中心にして自分の体に何かが流れ込んでくるような(・・・・・・・・・・・・・)言葉に出来ない不思議な感覚が伝わってくる。

 そのままゆっくりと視線を上げれば、そこにいたのは二メートルを優に超える大柄な青年。和装に二振りの刀を差したワノ国の侍を思わせるその青年は、ローの傷を見て顔を顰めると即座に治療と撤退の指示を白熊に下そうとしていて───

 

「───ま、待ってくれ!!」

 

 次の瞬間には、無意識の内に絞り出していたその言葉が動き出そうとする青年の体を静止させていた。

 何でそんなことを言ったのかと内心で驚愕する自分とは裏腹に、ローの口はまるでその本心を語るかのようにひとりでに動いて目の前の青年に言葉を吐きだしていく。

 

「コラさんを助けてくれ! この先にいるんだ!! あの人……おれのために死ぬつもりなんだよ!!」

 

 愛してるぜ、と……。迷惑をかけ続けてきた自分にそう言葉を残して、自分を安心させるために必ず戻ると優しい嘘まで吐いてくれた恩人を思うと、ローは溜まらずボロボロと大粒の涙をその両目から溢れさせてしまった。

 

「おれの命を救ってくれた恩人なんだ! 絶対に死なせたくない人(・・・・・・・・・・・)なんだよ!!」

 

 おれに出来ることならなんでもするから……ッ、と胸に添えられたその手を力の限り握り締め必死に懇願するローの姿に、青年は僅かに目を見張りながらもその言葉に何か思うところがあったのか、不安に揺れるローの手の上から包み込むように自身の右手を重ねると何も心配することはないと言わんばかりの柔らかな笑みを浮かべ言葉を返した。

 

「分かった、約束する───」

 

 その脳裏を過ぎったのは自国の民か、はたまた未来に飛んだ家臣や家族たちの姿か。

 

「───お前の恩人は、絶対に死なせない」

 

 事情も何も知らないのに、それでも自分の言葉に確かに頷いてくれた青年に、涙で視界をいっぱいにしたローはただただその感謝を示すように頭を下げ続けることしか出来なかった。

 つい先ほど同じような状況で遭遇した海兵(ヴェルゴ)には裏切られたばかりだと言うのに、それでもローはなぜか目の前の青年は絶対に自分を裏切らないという確信があって、この人になら全てを任せられるという安心感を抱かされていた。

 

「あり、がとう……」

 

 だからこそ、既に限界を超えて動いていたローがそのまま意識を失うことは必然で……それを見届けた青年が、ローと交わした約束を果たすために複数の強い覇気が集まっている鳥かごの中心へとその足を向けることもまた必然で───

 

「ベポ、その子のことは頼んだぞ」

「アイアイ、オヤブン!」

 

 ───その中でも今にも消え入りそうな覇気を視界に捉えた青年は、大気を揺るがすほどの特殊な呼吸法を用いて肉体を活性させると、目にも留まらぬ速さで雪原を疾走して行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ、お前は?」

 

 冷徹な問いを投げかける男の前に、今にも死に絶えそうな(コラソン)を庇うように一つの影が立ち塞がる。

 

「通りすがりの侍だ」

 

 光月モモの助とドンキホーテ・ドフラミンゴ、二つの因縁が運命の島で相対した。

 

 

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