夢は天下無敵の大将軍   作:金匙

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28:再起

 

 

 15年目:秋

 

 ローとロシナンテの傷が癒え、船上がようやく落ち着きを取り戻した頃。

 強くなりたいと願い仲間に加わったローが、その悪魔の実の能力を活かすために諜報員としてしのぶの預かりとなったロシナンテに別れを告げ、もう体は何ともないからおれにも稽古を付けてくれ! と鍛錬に励む俺たちの輪に加わることになった。

 

 もちろん俺たちは強い決意の宿ったその言葉に二つ返事で承諾し、ベポ同様にまずは覇気や悪魔の実の力を鍛える前に基礎的な部分から始めて行こうと、その日から甲板での鍛錬を開始したのだが……。

 

 正直に言えば、驚かされたと言うのが本音だ。

 と言うのも、ローの動きは元々海賊だったということを加味しても門外漢の動きではなく、重心の移動や木刀を振るう際の無駄のなさ、そして軽い打ち合い稽古の中でも状況を俯瞰しようとする冷静な眼差しは、とてもではないが才能という一言では片付けられないほどに、長年培った鍛錬の賜物だと言わんばかりの洗練された印象を受けたからだ。

 

 聞けば、ローはドフラミンゴの下で最高幹部たちから直接、剣術や砲術、さらには体術や戦術眼に至るまで、一通りの戦闘の基礎を徹底的に叩き込まれたのだという。

 後から聞いた話なのだが、ロシナンテ曰くドフラミンゴはローを将来の自分の右腕にするつもりだったのことで、それならこれだけの熱の入れようも当然かと納得してしまった。

 

 基礎は既に出来ている、それは俺だけでなくヤマトやイヌネコから見ても疑いようがないものだったので、未だに月の獅子(スーロン)の訓練ではなく身体づくりに励んでいるベポには悪いと思ったが、ローには一足先に覇気の習得とオペオペの実の制御に入ってもらおうと言うことになった。

 

 後から船に乗ったローに対してヤマトに倣って先輩風を吹かしていたベポだったが、この分だとその立場が逆転するのはそう遠くないだろう。傍から見たら背伸びしてる弟とそれを興味なさそうにいなす兄そのものだしな……。ちなみにどちらが弟でどちらが兄であるかは言うまでもない。

 

 ベポにはこれからも、この船の末っ子として逞しく成長してくれることを願っている。

 

 

 

 15年目:秋part2

 

 鍛錬の合間、ふとした拍子にローと互いの年齢についての話になった。

 不本意ながらもどこか楽し気にベポとじゃれ合う姿やその小柄な体躯から、俺はてっきりローは良くても十歳かそこらの子供だと思い込んでいたのだが、実は俺とたった二つしか違わないと聞かされて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

『お前たち侍がデカすぎるだけだ……』

 

 子ども扱いされていたのが気に食わなかったのか、不機嫌そうに吐き捨てるローの反応を受けて、確かにロジャー海賊団の面々は大人でも割と常識的な体躯だったなと思い返せば、俺も幼かった頃は父上や白ひげの大きさに圧倒されてたんだよなァ……としみじみしてしまう。

 あの頃は自分が父の様な巨漢に成長するとは想像こそ出来ていたものの、実際に父の背丈に近づいていってもワノ国では俺や父よりも身長が高い人たちなんて当たり前のように存在していたので、ローの言葉を受けてようやく自分が異端の側にいるのだと実感させられた。

 

 逆にローからしても、俺との年齢差がそう大差ないことにはさぞかし驚いている様子で、今までどんな鍛錬を積んできたらその歳でそこまで強くなれるんだと半ば呆れられてしまったが、たまたまその話を聞いていたしのぶからワノ国での俺の一日のスケジュールを耳打ちされると、もはや呆れを通り越して絶句するような信じ難い表情を浮かべていたのが印象的だった。

 正直、そこまで過酷かな……? とその時は首を傾げもしたが、後になって『透き通る世界』を開眼していなければ確かにキツいのかもしれないと思ったので、稽古終わりに風呂場でローにその旨を伝えてみれば、自分の体が透けて見える……? と宇宙を背負ったネコのような反応を返されて思わず吹き出してしまった。

 

 昔は錦えもんたちも、流桜にそんな能力はないとまるで信じてくれなかったのがひどく懐かしい。

 母上の能力で未来に飛ばなかった赤鞘の面々やしのぶはもう慣れたのか、今では当たり前のようにその話をしても受け入れてくれるようになったが……初見でそういう力もあるのかと納得してみせた父上やヤマトの方が特殊なのであって、普通はローみたいな困惑こそが一般的な反応なのだろう。

 

 とにもかくにも、歳が近いんだからもう子供扱いするなとロー自身が言うのであれば、明日からの稽古はヤマト同様にビシバシと鍛えて行くつもりなので覚悟しておくようにと言い含めておいた。

 

『望むところだ、モモ(・・)

 

 不敵な笑みと共に返されたその呼び名が、少しだけ嬉しかったことは内緒である。

 

 

 

 15年目:秋part3

 

 二つ目の白ひげの縄張りを目指して再び偉大なる航路に入るべく凪の帯を越えようとした矢先、閻魔に共鳴するように脳裏に『声』が響いたので、怪訝そうな表情のしのぶたちを説得して少しだけ寄り道をしてもらった。

 

 向かった先は山岳が特徴的な、この海ではそう珍しくもないただの無人島。

 そう大層な用事ではないのと軽く船のメンテンスをしたいと言うこともあって、ヤマトとベポ、そして『声』こそ聴こえないまでも何となく気配がするとのことでローが供に名乗りを上げ、四人で山岳の頂を目指すべく山登りに励むことに。

 船のメンテナンスがなければ俺一人でささっと向かおうと思っていたのだが、時間がかかりそうだと言うのであればこれも鍛錬の一環としてローとベポには頑張って貰った。

 ちなみにヤマトは九里の頭山を登り慣れているせいか終始ケロリとしていた……。流石である。

 

 そうして、ひーひーと肩を揺らすベポの背を叩きながら山頂へ辿り着けば、そこにはワノ国の刀鍛冶の手によって鍛造されたと思わしき、厳重な封印を施された大太刀が一振り。

 六尺は優に超えるその大太刀からは二代鬼徹をも凌駕する凄まじい妖気が放たれており、なぜこれほどの業物がこんな人目に付かない山奥で封印されるように安置されているのか、その意味を如実に物語っていた。

 並みの剣士ならば妖気に呑まれ、己はおろかその周囲すら滅ぼし尽くすことは必定。位列こそ定かではないが、少なくとも覇気を込めて十全の力を解放すれば最上大業物に匹敵することは疑いようがなかった。

 

 『声』を介し、その大太刀は自らを『鬼哭』と名乗ると、二百年を超える長い歴史の中でも己を御したのはワノ国の侍ただ一人であることを語り、新たな担い手が現れるのをこの場所で心待ちにしていたとのこと。そして同じ妖刀である閻魔を使いこなす俺の気配を辿って、この男ならばもしかしたら……。と興味を抱き俺を呼び寄せたことが事の顛末。

 

 ただ、以前にも似たような話はしたと思うのだが、俺の相棒は既に天羽々斬と閻魔で間に合っているのだ。妖刀に認められるのは剣士として大変名誉なことではあるが……俺は収集家でもないし、そう何本も刀を持ち合わせても結局使わないで蔵の肥やしにする光景が目に見えているので、二代鬼徹同様に鬼哭の誘いには断りを返すことしか出来なかった。

 

 俺の言葉を受けてそうか……。と何処か気落ちしたように妖気を萎びさせる鬼哭だったが……しかしそれは、あくまでも俺に限った話。

 

『モモ……。こいつ、おれが貰ってもいいか?』

 

 驚愕するような鬼哭の気配と共に振り返れば、そこには無意識に叩き付けられる鬼哭の妖気を前にしてもまるで怯んだ様子のない、静謐な覚悟を宿した双眸で俺たちを見据えるローの姿。

 その覚悟は買うものの、それでも今のローではこの妖刀を扱い切るには力が足りないことは明白、それが俺と鬼哭の共通認識であったが……しかし、そんなことは他でもないロー自身が誰よりも理解していたようで、だからこそ自分がこの大太刀を使いこなせるようになった時のことを想起して不敵な笑みを浮かべたローは、手にした鬼哭からまるでその器を試すかのように死の寸前まで覇気を吸い尽くされながらも、それでも最後までその笑みを絶やさず鬼哭の試練に耐え抜いてみせたのだ。

 

 精々、使いこなせるようになってみせろ───。

 そう言わんばかりに妖気を静め、ローの懐に収まった鬼哭は、まだローを主として認めたわけではないだろうが、その気迫と覚悟に免じて見込みのある相手だと気に入ったことは確かだろう。

 鬼哭を手にしたローがどこまで成長を遂げるのか。それは他でもない本人次第だが、もしもローが覇気と悪魔の実を使いこなし、真に鬼哭の担い手となることが出来たのならば───その光景を想起して、俺もうかうかしてられないな、と改めて天羽々斬と閻魔を握り直すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北の海の凍てつく夜風が、燃え盛る海軍の護送船の熱気を巻き込み不吉な渦を巻いていた。

 海軍本部大佐『鬼竹のヴェルゴ』。その偽りの肩書きは今この瞬間、木端微塵に砕け散った軍艦の破片と共に海へと沈んだ。

 ヴェルゴは返り血の付いた海軍の制服を脱ぎ捨て乱れた髪を無造作にかき上げると、今しがた気絶させた海兵たちの懐から鍵を抜き取り、闇に溶けるような静かな足取りで目的の人物の下へその歩みを進めて行く。

 

「ドフィ、迎えに来たぞ」

 

 船底の独房。浸水し始めた冷たい海水に浸かりながら重い海楼石の枷に繋がれた男───ドンキホーテ・ドフラミンゴは、体を焦がす高熱に浮かされながらも、その声に反応して薄く唇を吊り上げた。

 

「フフ……フフフ……。遅かったな、ヴェルゴ。ところで、また何か顔に付けてやしねェか?」

「……昼の食べ残しだ、気にするな」

 

 どこか気恥ずかしそうに答えながらも、ヴェルゴの動きに淀みはない。覇気で黒く変色させた竹竿を鉄格子へ振り下ろすと、堅牢な独房の扉が飴細工のように拉げ飛んだ。そうして手慣れた手つきで海楼石の鎖を解き、自由になった主君を抱き上げた折、ヴェルゴは気づかされる。

 『天夜叉』と恐れられる絶対の忠誠を誓った自分たちの王の身体が驚くほど熱く、そして小刻みに震えながら怒りと屈辱がその魂を焼き切らんばかりに猛っていることに。

 

「───行こう。ピーカたちが上で暴れているうちに……ここも、もう長くは持たない」

 

 ミニオン島で何があったのか、その詳細はつるを通してあの覇王色で気絶していたヴェルゴたち他の海兵たちには既に通達されている。

 ワノ国の侍による想定外の乱入……。その侍によりオペオペの実を奪ったコラソンとローは海の彼方に消えていき、たった一人の侍の手によって壊滅に陥ったドンキホーテ海賊団は大参謀おつるの手によって捕らえられてしまい、ヴェルゴが意識を取り戻した時にはもう何もかもが終わってしまっていた。

 

 しかし、ヴェルゴは決してそこで腐ることはしなかった。

 今の自分に出来ることを最大限考えた結果、他の海兵たちよりも早くに目覚めたアドバンテージを活かして幹部陣の海楼石の手錠を普通の手錠とすり替えたヴェルゴは、船底に仕掛けた爆弾のスイッチを合図に彼らを甲板で暴れさせ、未知の侍が齎した覇王色で未だに数多くの海兵たちが意識を失っていることを利用してドフラミンゴの監視役のつるを甲板へ誘導、その隙をついてこうして敬愛する主の解放にまで漕ぎ付けたのだ。

 

 その代償は自分と主以外のファミリーの喪失という、決して軽いものではなかったが───だからこそ、彼らの命を賭した覚悟に報いるためにも、ヴェルゴはここで足を止める訳にはいかなかった。

 

「ドフィ、目一杯息を吸い込んでおけ」

「……ああ」

 

 ヴェルゴが言葉を終えると同時、背後で弾薬庫が誘爆して凄まじい衝撃波が独房を揺らし独房の壁に風穴を開ける。

 

「月歩───」

 

 空気を蹴る鋭い破砕音が爆発の轟音を切り裂いて、ヴェルゴはドフラミンゴを横抱きにしたまま風穴の先の海中へ身を投げ、一目散に水面を蹴り上げていき……能力者の主君を溺れさせる前に、二人は夜の海面へと飛び出した。

 

 眼下では、海軍の精鋭を乗せた護送船が紅蓮の炎に包まれ、巨大な松明のように海を赤く染めている。

 その甲板では主を逃がすべく必死の形相でつるに挑む仲間たちの姿があり、それを目にしたヴェルゴの表情が思わず苦渋に歪むも……。しかし、その覚悟を無下にしないと決断した以上、つるの見聞色が自分たちを捕捉する前に、仲間を見捨てて空を駆ける以外にヴェルゴに道は残されていなかった。

 

「…………」

 

 そしてドフラミンゴは、ヴェルゴの肩越しに遠ざかっていく燃える船を、ただただ無言で見つめ続けていた。そのサングラスの奥、血走った瞳に宿っているのはもはや敗北の絶望ではなく───底知れぬ屈辱と、それを燃料にくべる純然たる殺意だった。

 

「……あの、ガキ……ッ!」

 

 ドフラミンゴの喉から、耐え切れないと言わんばかりに獣のような唸り声が漏れ出す。

 その脳裏に焼き付いて離れないのは、ミニオン島で自分を圧倒した件の侍の姿。覚醒した能力さえも無に帰すほどの圧倒的なまでの覇気の重圧と、そして自分の体に突きつけられた絶対零度の如き冷徹な刃の感触は、今もなおその皮膚を焼くように体の内側で疼き続けている。

 

「オペオペの実を奪われ……部下を散らし……このおれを、掃き溜めのネズミのように追い詰めた……。フフ、フフフフ! 素晴らしい。これほどの屈辱は───あの日以来だ……っ!!」

 

 マリージョアを追われ、その果てに父を殺し、この世の地獄を見せつけられた幼少期───今でも夢に見るほどのかつての悪夢の再来に、ドフラミンゴはもはや笑うことしか出来なかった。

 肺腑からせり上がる笑い声を吐血と共に夜空に散らしながら、ドフラミンゴはヴェルゴの耳元で呪詛のような低い声を響かせる。

 

「ヴェルゴ、このまま南へ行け。向かう先は……『鬼ヶ島』だ」

「カイドウの下か?」

 

 淡々と問い返すヴェルゴに、ドフラミンゴは燃える軍艦から立ち上る黒煙の向こう側、はるか遠くにあるワノ国の空を睨み据えた。

 

「ああ、カイドウならこの極上の手土産を喜ぶはずだ……ワノ国に、自分の首を狙う恐ろしい化け物(・・・)が育っているという事実をな……。奴を焚きつけ、必ずあの侍の国を混沌に叩き落としてやる」

 

 ドフラミンゴの手がヴェルゴの制服を強く握りしめる。

 一海賊団の船長としての誇りも、世界を統べる天竜人としての矜持も───全てをかなぐり捨てて、ドフラミンゴはこの瞬間、改めてこのふざけた世界を破壊し尽くすと言う不変の意思をその胸に刻み込んだ。

 

 ヴェルゴは静かに頷き、さらに強く空を蹴り上げる。

 そうして、月光を背に二つの影は北の海の暗雲へと消えていく……。その背後では、護送船が最期の断末魔を上げるように海の底へ沈んでいき、後に残されたのは凍えるような波の音と、寒空の中にいつまでも響き渡る狂気に満ちた王の笑い声だけであった。

 

 

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