夢は天下無敵の大将軍 作:金匙
4年目:春
病の治った母上と九里を回ったり、父がお世話になった各里の大名たちへの挨拶も兼ねて軽くワノ国を観光してきた。
前世の日本に近い価値観に懐かしさを感じたが、今のワノ国の状況を考えると素直に喜んでもいられない。
ワノ国は現在、父の代わりに将軍の座についたオロチの圧政で好き勝手に荒らされており、住民たちの大半は武器工場と呼ばれる場所で毎日休みなく働かされ、見目が良い女は家族の有無に関わらずオロチの城に取り立てられ、残された家族たちは満足に食事も取れない安い賃金での生活を強いられていた。
酷い話なんてものではない。
何故オロチがワノ国を治める将軍でありながらこんな苦痛を民に強いるのか、父の代わりに九里をまとめていた錦えもんからは、オロチは過去に大名殺しを働いた黒炭という家の末裔であるらしくそれが関係しているのではと聞かされた。
その理由もあってか、将軍の息子でありながら国を放って海賊となった父のことを大半の住民たちは快く思っていない様子で、父と関わりのあった侍たちや大名、それに父に代わって九里を治めていた家臣たち以外からはその息子の俺も同様だった。
陰口や罵倒ならまだしも石投げられたこともあるが……正直仕方ないことだとは思う。逆の立場なら俺だって父のことを恨んでいたかもしれないし、父を知らない子供の身であれば過去なんて関係ないのだから猶更だ。
激怒する家臣たちには悪いと思っているが、大人しくするように命じて黙って受け入れてる。それで少しでも気が紛れるなら安い物だし、俺の体は父上譲りだから子供に石投げられたくらいじゃ痛みは感じないからな。
それに母上が日和と一緒に父上の評判向上のために日々活動中だし、太陽みたいに明るい母と日和ならきっと暗く沈んだこの九里を照らしてくれるだろう。
それまでは父に代わって家臣たちと共にオロチやカイドウの魔の手から九里の人々を守るのが俺の役目だと思うから、微力ではあるが陰ながら母上の力になれたらいいなと思う。
錦えもんたちやヒョウ五郎の親分から教わったワノ国の覇気───流桜を試すいい機会だ。
4年目:春part2
今日はイヌネコがおでんを食べたいと騒がしかったので、父が作っていたおでん鍋を母上と一緒に思い出しながら家臣たちに振る舞った。
白ひげやロジャーの船で何度も食べてきたし、作り方も前世と大差なかったから割と簡単に再現することが出来た。
イヌネコを筆頭に家臣たちからの反応は上々だったが、おでんを食べながら「このおでんの味……おでん様を思い出す」とかボケてるのか微妙なことを言うのはやめてくれ。喉に巾着詰まって死にかけたわ。
ワノ国に来て一通りの自己紹介はしたもののこうして親睦を深める機会はなかったし、そういう意味では同じ鍋を囲んでぐっと家臣たちとの距離は近づいたと思う。イヌネコがそれを目敏く察して提案したとはとても思えないが、お礼に今度骨とねこじゃらしで目いっぱい遊んでやろう。
俺としてはイヌネコのように錦えもんたちにはもっとフランクに接して貰いたいのだが、やはり忠誠を誓った大恩ある父の息子という立場では難しいのだろうか。初めて会った時も俺へのイヌネコの態度に何と無礼なと錦えもんはお怒りだったし……錦えもんたちは父上の家臣なんだからそこまで気にしないでもいいのにな。
あ、でも菊とは結構仲良いぞ。
何を隠そう菊こそがイゾウの言っていた弟だったようで、イゾウが白ひげの船で元気にやってることを話したことが仲良くなった切っ掛けだったと思う。白ひげの船で海賊らしく過ごす父に手を焼いていたと伝えれば兄らしいと嬉しそうに笑っていたな。
あと男だと分かっているのに女性にしか見えないのは流石と言ったところだ……だから一緒に風呂に入ろうとして来ないでください、護衛ならネコがいるのでほんとお願いします。
4年目:夏
ようやく見聞色を物にすることが出来た。
レイリーに言われた通り瞑想と目隠し鍛錬を欠かさず行っていたらいつの間にか出来るようになっていて、そのようなこと出来ませぬ! と断固拒否する錦えもんに無理言って叩き係を命じた甲斐があった。
未来予知にはまだまだ遠いが、気配を探ることや簡単な攻撃の予測程度なら問題なく行えるようになったので、大恩ある主君の子を涙と嗚咽を交えながら叩く錦えもんはようやくこの地獄から解放されることになる……なんかごめんね。
でも慣れてるイヌネコに頼もうとしたら相変わらず錦えもんが無礼だ何だとキレ散らかすので、それじゃ錦えもんがやってよということになったのだから仕方ない面はあると思います。
傳ジローもその時は一緒にいたけど、俺に頼まれるかもしれないと察したらすぐに用事を思い出しましたって城から逃げていったからな……傳ジローは九里の財政管理担当だし用事があるのは本当だと思うけど。
流桜───もとい武装色の習得も順調だ。
見聞色と違って武装色は実際に目に出来るからイメージし易いのもあり、レイリーの言っていた見えない鎧を纏う感覚も稽古や模擬戦を経てコツを掴めた。
ヒョウ五郎親分の言っていた流桜の真髄たる内部破壊には程遠いが、武装色の初歩的な段階には立てたと思う。
レイリーは得意な色に寄るのではなく満遍なく覇気の練度を高めていくことが大事だと言っていたので、物にしたからといって見聞色の鍛錬を辞めるつもりはない。流石に錦えもんに続投してもらうのはかわいそうだから別の人に手伝ってもらうつもりだけど。
覇王色は正直よく分かってない。
レイリーは王の素質を持つ者が使える特殊な覇気としか言ってなかったし、実際に見たこともないので鍛錬のしようがなかった。そもそも俺に王の素質があるのかと言われたら甚だ疑問だしな。父上やロジャー、白ひげとかは持ってそうだけど。
覇気という言葉に馴染みのない錦えもんたちは当然知らなかったし、使えるか分からない力を求めるよりは今ある武器を伸ばしていった方が有用だろう。
取り敢えず今の目標はアシュラから一本取ることだ。
流桜の扱いなら河松の方が上手だが、勝負となるとやはり父の家臣の中ではアシュラが一番強い。今日も十本挑んで十本とも返り討ちにあったのは苦い記憶だ。
4年目:夏part2
オロチからの刺客とカイドウの手下たちに城を攻められた。
日和を庇って母上が傷を負って───気づいたら血だまりの中にいた。
カッとなって我を忘れるとは未熟に過ぎる。
日和のことも怖がらせてしまったし、何より敵の攻撃を予測できずに母上を傷つけてしまった。
今後はもっと精進しよう。
◇◇◇
光月トキにとって、光月モモの助はどこに出しても恥ずかしくない自慢の息子だった。
生まれて僅か半年で白ひげの船を駆け回る父・光月おでん譲りの身体能力と、海賊の船で育ったとは思えないほど丁寧な言葉遣い、そして家族や家臣だけではなく白ひげが家族と呼ぶ船員たちにも平等に接し慈しむ優しい性根。
おでんや白ひげの強さに憧れ、悪魔の実という摩訶不思議な果実に目を輝かせるなど、時に子供らしい一面も見せるモモの助を悪く言うものは航海の旅では誰一人としておらず、白ひげの船やその後に移ることになったロジャーの船でもモモの助は皆から愛され可愛がられながら育っていった。
その中でもやはり父親たるおでんからの愛情は群を抜いていて、自分の息子とは思えないほど利発で礼儀正しい我が子におでんは時間があれば構い倒したし、(おでん視点では)家臣たちが大喧嘩に発展するほど断固拒否していたこともあってか
開幕から奥義伝授をしようとしたおでんを見たときは流石のトキも苦笑せざるを得なかったが。
父譲りの身体能力から薄々察してはいたがモモの助の才覚は凄まじいの一言で、あの白ひげをして将来が楽しみだと言わしめた学習能力の高さとその白ひげと渡り合ったロジャーが稀有だと断じた覇気さえも習得してみせた。
ロジャーの船を降りおでんと別れてからも鍛錬を欠かさないモモの助は、今や錦えもんたちですら竹刀の打ち合い稽古では気を抜けば一本取られると冷や汗を流すほどに成長していた。
また錦えもんたちとの関係も良好で、皆が皆とてもあのろくでなしのご子息とは思えないと日々鍛錬に励むモモの助を好ましく思っていて、おでん鍋を振る舞ってからは主君たるおでんを超える忠誠を誓われているのではと思ってしまうほどの入れ込み具合だ。
娘の日和もお転婆なところは目立つが健やかに育っており、おでんの評判を少しでも良くしようと毎日九里の住人たちの手伝いを一緒にしていたからか、トキ共々今ではすっかり九里の人気者となっていた。
この調子ならいつかおでんがロジャーとの航海から帰って来た時、彼の帰還を快く迎え入れてくれる人たちで溢れることだろう。その時の困惑した表情が今から楽しみだと、トキは子供たちや錦えもんらと平穏な生活を送っていた。
しかし、光月家帰郷の報せを受けたオロチの手により生活は一変する。
おでんと昔ながらに交流のあった大名がオロチの悪政に反発し取り潰しになったという報を受け、おでんが帰郷するまではと耐え忍んでいた家臣たちが激憤。
これ以上の好き勝手を許せば主君が帰ってくる前にワノ国は滅ぶと危惧した錦えもんは、イヌアラシと河松を城に残してオロチのいる花の都に進軍するが……それすらもオロチは予想していたのか、手薄になった九里をオロチとカイドウの刺客が奇襲。
結果、イヌアラシと河松、そして九里に残った侍たちが応戦するも、トキのいる城にまで刺客の侵入を許してしまう事態となり───トキは敵の放った矢から日和を庇い脚を負傷してしまった。
モモの助にとってその光景は逆鱗に触れられることと同義だった。
「───モモの助!?」
鯉口を切る音と共に、傍らのモモの助が追撃を仕掛けようとした刺客たちへ疾走する。
その表情は能面の如き無表情でありながら、しかし双眸の奥は地獄の業火を彷彿させるほどの怒りに燃え上がっていた。
咄嗟に息子の暴走を止めようするトキだが、負傷した脚ではその後ろ姿に手を伸ばすことしか許されない。しかし名だたる海賊や侍たちに鍛えられたモモの助の力は、彼女の想像の遥か上を行く凄まじいものだった。
「何だこのガキ!?」
すれ違い様に次々と敵を斬り伏せていくモモの助の姿に侵入者たちは瞠目する。
オロチの計画通り九里の侍たちは大半が花の都に向かい、残った戦力はカイドウの部下たちが足止めしている以上、あとは女と子供を殺すだけの簡単な仕事……そのはずだった。
剣閃が瞬く。
「こんなに強ぇガキがいるなんて聞いてねぇぞ!」
奇襲の任を受けた実力者は侍たちの足止めの真っ最中のため、楽な仕事と高を括った彼らの中にモモの助を止められる人間がいないことは道理。
一人、また一人と舐めきっていた子供の影すら捉えられず倒れていき、リーダー格の男に動揺が走る。目の前にいるのは何の力も持たないただの子供ではなかったのか? と。
「馬鹿正直に斬り合うな! 銃でも弓でもいいから狙い撃て!」
子供だからと舐めてかかった結果、既に三割の人員が斬り伏せられている。
剣の腕は既に並みの侍を超えていると断定した男は、数の利を活かして遠距離からモモの助の足を削ろうと考えた。
どれだけ剣の腕が立っても、この数から同時に発砲されれば数発は防げてもハチの巣にされるのは明白。ただでさえ狭い室内故に逃げ場もなし、と銃と弓を構える部下たちを見て男は勝利を確信しほくそ笑む。
「死ね、クソガキ!」
男の怒号と共に弾丸の雨がモモの助に襲い掛かる。
数秒後には必死の未来を前に、しかしモモの助の表情に恐怖はない。
自然体のまま刀を構え───そのまま男目掛けて突貫した。
「血迷ったか!」
正面突破など不可能、ならば我が身を犠牲に自分の首だけでも取ろうと考えたのか、何にしても穴だらけになった子供に止めを刺すぐらい男からすれば造作もないことだ。
モモの助が無傷で男の前に現れるという点を考慮しなければ。
「は?」
当たらない。
弾丸も矢も、一発一矢とてモモの助に掠りすらしていなかった。
両手の刀で迫る悉くを叩き落とし、射手の呼吸の誤差から生じる雨の隙間に体を捩じ込ませ突き進んで───あっという間にモモの助は男の前に辿り着く。
「終わりだ」
男の首に刀が添い、終幕が告げられる。
迎撃しようと意気込んでいた男は埒外の光景に開いた口が塞がらず固まってしまい、その部下たちも指揮官の命を握られ成す術なく視線を彷徨わせていた。
「「───モモの助様!」」
追い討ちをかけるように足止めを受けていたイヌアラシと河松も現れ、男は任務失敗を悟りついに頭を垂れた───フリをした。
「(このまま果てるくらいなら……)」
チラリ、と男が見たのは傷を負って動けないトキと腕の中で泣き喚く日和。
モモの助が駆け付けた家臣たちに自分たちを引き渡そうとしている今しか好機はない、そう判断した男の行動は迅速だった。
「トキ様!」
「っ!?」
懐から拳銃を取り出し日和に銃口を向ける、咄嗟にイヌアラシが気づき前に出ようとするが遅い。トキも動けない以上は身を挺して日和を庇うしか選択肢はなく、自分の命と引き換えに光月の一人を道連れに出来るなら安いものだと男が嗤う。
「おい」
引鉄が引かれる寸前、正体不明の圧力が男を襲い動きが止まる。
インペルダウンの極寒地獄より遥かに冷たい絶対零度の声の先には───男の首に刃を食い込ませるモモの助の姿。
その表情は相変わらず能面の如き無表情なのに、男を押し潰さんとする圧力は更に強まっていく。
「何してんだ?」
言葉を間違えれば殺される、その確信が男の心に恐怖を募らせる。
先ほどまでは自身の命など惜しくも何ともなかったのに、モモの助が放つ威圧感に心の底にあった恐怖を呼び起こされその顔が青褪めていく。
動悸が激しくなり満足に呼吸することさえままならず、焦点の合わない視界は徐々に霞みがかっていき……やがて手にしていた拳銃が力なく落下した。
「あれはおでん様の術……?」
そのまま意識を失った男を見て、イヌアラシは主君も視線一つで相手を気絶させられる術を持っていたことを思い出す。
確か白ひげやロジャーがあの術の名を口にしていたが果たして何という名前だったかと記憶を探るイヌアラシに、河松から手当てを受けていたトキがその答えを口にする。
「覇王色の覇気……」
王の素質を持つ者だけに宿る、おでんだけでなく白ひげやロジャーも持っていた特殊な覇気。
故にトキの中では、その覇気は新世界の名だたる海賊たちが扱う強者の証でもあった。
「───……?」
当のモモの助は自分が何をしたのか理解出来ていないようで、突然意識を失った男に怪訝そうな表情を浮かべている。
自分が覇王色の覇気に目覚めたことにモモの助はまだ気づいていないのだろう……トキはそんな未完の大器を見て将来が楽しみだと笑みを溢す。
血相を変えた錦えもんたちが九里に戻って来たのは、それから数時間後のことだった。