夢は天下無敵の大将軍 作:金匙
4年目:秋
母上の一件もあり強くならなければと鍛錬に打ち込んでいたら、錦えもんたちからやりすぎですと叱られてしまった。
時々ヒョウ五郎の親分と兎捕まえたり猪狩りしたりと子供らしく遊んでたつもりだったのだが、錦えもんたちにはお気に召さなかったらしい。
鍛錬するのは好きだし、最近は覇気の進捗もいい所まで進んできたから正直止めてほしくはなかったが、いっしょに遊びたいと日和に言われてしまっては是非もない。
俺は精神年齢がアレだから父上がいなくても全然耐えられるけど、日和なんてまだまだ親に甘えたい年頃の幼子だ、父上が不在の寂しさを埋めてやるのは兄の務めだし俺の力不足で怖い思いまでさせてしまったのだから猶更だろう。相変わらず隙あらば飛び蹴りしてくるお転婆気質は悩みの種ではあるが。
ということで、今日はオロチの圧政が増してどこの郷もピリピリしてるから、人気のない九里の外れにある頭山で花見も兼ねてピクニックと洒落込んできた。
前世を思い出して酒の一つでも飲みたかったが、子供にはまだ早いと当然ながら錦えもんたちに止められ渋々母上とおでん鍋の調理に取り掛かることになったのだが……毎日毎日おでん鍋ばっかり食べて飽きないのだろうか。
贅沢言ってられるような生活じゃないのは百も承知だけど、それでも折角の食材をただ皮剥いて切って鍋にぶち込むだけじゃ勿体ないと思ってしまうのは前世が前世だからか。そりゃ大所帯だし作るの楽ならそれに越したことはないけども。
ちなみに俺はもう飽きたので母上お手製のおにぎりをいただいてました。
帰り際に日和がまた行きたいと言っていたので、今度は父上も一緒にだなと約束したら向日葵のような笑顔を浮かべて喜んでいた。俺の妹がワノ国一可愛い件……こりゃ将来は花魁だな。
4年目:秋part2
ついにアシュラから一本取ることが出来た。
何回も打ち合ってアシュラの癖みたいなものが見抜けたから、それを逆手に取っての二度は通じない一手ではあったが、今まではそれすら見抜けなかったことを考えれば大きな進歩だ。
当のアシュラや稽古を見守っていた錦えもんたちは俺が一本取ったことに酷く驚いた様子だったが、こちとら天下無敵の名に相応しい侍になるため邁進中なのだからいつまでも負けてばかりじゃいられない。
それを伝えたら「では我々も手加減無用でお相手致す」とか言われて普通に全敗したけど、これを機に勝ち星も増やしていくつもりだから覚悟しとけよ!
そう言えばアシュラから
別に様付けなんてされるような人間じゃないから好きに呼んでくれというのが正直な気持ちだし、何ならアシュラは俺のことを主君の子としてではなくただのモモの助として見てくれていたから、俺としても気を遣うことなく勝負を挑めて気楽だったのだが……おのれ錦えもん、また叩き係を命じてやろうか。何ならお鶴さんにこの前九里の若い娘を見て鼻の下伸ばしてましたって伝えてもいいんだからな、このスケベ侍!
4年目:冬
ロジャーが世界一周を成し遂げたらしい。
九里に来ていた海賊たちがそう言っていただけで詳しい話は分からないが、海賊王の誕生だと新聞を手に騒いでいたので恐らく本当だろう。九里から追い出す前に新聞貰っておけば良かったなと蹴散らした後に後悔したのは言うまでもない。
しかしついに世界一周となると父はどうするのだろうか。
ロジャーの白ひげとの契約は1年の間父を貸し出すというものだったから、期限も過ぎ目的も成し遂げたなら父上は白ひげの船に戻るのだろうか。
イゾウのこともあるし一度は戻ると思うけど、流石に母上や日和をこの国に残してまで海賊をやり通すとは思えない。ロジャーと一緒に世界の果てを見て来たのなら猶更だ。
母上と日和のお陰で九里での父上の印象は大分回復したし、オロチの蛮行を止められるのはもうおでん様しかいないという流れが今のワノ国には出来ているから、九里以外でも帰郷した父を受け入れようとする郷は多いだろう。
海賊と手を結んでいるオロチが父が帰って来た時に素直に将軍の座を明け渡すとは思えないが、それでも父とヒョウ五郎親分率いる侍たちが手を組めば絶対に負けないという確信がある。
俺にもっと力があれば、父の代わりを務められるほど強かったら、
一日でも早い父の帰郷を祈っている。
4年目:冬part2
父上がロジャーの船から帰って来た。
1年振りに会う父に喜色満面な様子で出迎える母上と日和とは対照的に、錦えもんら家臣たちは「おかえりなさいませ、ろくでなし」と国を空けていた父に不満たらたらと言った様子だった。内心では帰って来てめちゃくちゃ嬉しいくせに素直じゃないなと思いつつ、気持ちは分かるので黙っておいた。というか「モモの助~! 会いたかったぞ~~!!」と抱き着いて来た父の相手で手一杯だったのでそんな余裕などなかったのが真実なのだが。
九里へ向かう道中、ずいぶん腕を上げたんじゃないか? と父上から問われ、日々の鍛錬に加え錦えもんたち家臣が稽古をつけてくれていることを話したら「モモの助は強かっただろ~?」と家臣たちに自慢げに構い始め、そんな父に錦えもんたちは我々もうかうかしてられないと頷いた上で、親に似ず賢く礼儀正しいご子息を少しは見習ったらどうかと皮肉を返され激怒していた。
他にもことあるごとに父を揶揄していた錦えもんたちだったが、何だかんだ言いつつも言葉の端々から父を尊敬していることが伝わって来るので、改めて父と家臣の関係を見て少しだけ羨ましい気持ちになった。
俺にもいつか錦えもんたちみたいな家臣が出来るといいな……。
◇◇◇
見違えた、というのが、おでんがロジャーの船を降りモモの助と再会した時に抱いた気持ちだった。
膝下ぐらいまでしかなかった身長は妻・トキの腰近くまで伸びており、日々の鍛錬の賜物か鍛えられた肉体は力強く抱擁しても軸がブレることはなく、何よりその身体に満ち溢れる覇気の練度は以前とは比べ物にならない。
一年、僅か一年でこれほどか……と、おでんはモモの助の才に思わず息を吞んでしまった。
聞けば既に錦えもんたちを相手にした打ち合い稽古で何度か勝ち星を挙げており、光月家ではなくおでんに仕える侍だと言っていたアシュラでさえその力を認めて忠誠を誓ったとのこと。
おでん自身も今のモモの助の齢の頃には岩を投げてクマを撃退していたが、それでも今の錦えもんたちから一本取れと言われたらとてもではないが真似できない。生まれながらに白ひげやロジャーなどの強者に囲まれ育ったのだから環境が違ったと言えばそうだが、幼少期に他のことには目もくれず実直に鍛錬に励み続けられるのは最早一種の才能だろう。
そもそもおでんは幼少期はそれはもう破天荒な生活を送っていたので、錦えもんの言うように礼儀正しいモモの助とは比べることすら烏滸がましいのだが……それだけに我が子の成長がおでんは誇らしく、いずれは自分をも超える才に胸の昂りを抑えきれなかった。
ロジャーと共に
20年後に自分がどうなっているか定かではないが、この時おでんはモモの助こそが新時代のカギを握ることになることを確信した。ロジャー亡き後の次の時代を担う強力な海賊たちという大嵐、その台風の目になることを。
故にこそ、それまでは自分の全てを懸けてモモの助を教え導こう。そのための時間ならたっぷりあると、この時のおでんは考えていた。
「──────何だと?」
おでん城で、錦えもんたちからオロチの凶行を聞かされるまでは。
「オロチがおれの弟分で、父がオロチを将軍代理にした……?」
妙な話でしかなかった。
おでんにとってオロチとの交流なんて金を貸した程度のものしかなく、貸した理由も大恩ある康イエへの義理立てであって決してオロチ個人のためではない。加えて貸した金も一銀とて戻って来ていないのだから、おでんがオロチを弟分だと可愛がる理由は皆無だった。
そして、オロチはおでんが国を空けているのをいいことに将軍の地位と手を結んだ海賊の力を使ってやりたい放題。
武器工場を各郷に建設し、そこに住人たちを将軍命令で日夜働かせ満足に報酬すら支払わず、反抗すれば見せしめとして一家丸ごと打ち首の刑。
頼みの侍たちもオロチが抱える戦力の前には手も足も出ず、黙って見ていることしか出来なかった結果が今の飢餓と荒廃に苦しむワノ国だった。
そこまで聞いて、おでんの中に一つの疑問が生じる。
海賊とやらの力が脅威なのは分かったが、錦えもんたちを筆頭にワノ国の侍が一丸となってもオロチを討つ隙すらなかったのか? と。
その疑問を隠すことなく伝えたおでんに、錦えもんたちは苦虫を嚙み潰したような表情と共に畳に擦り付けるような勢いで深々と頭を垂れ───その顛末を語りだした。
「半年ほど前、オロチの蛮行に痺れを切らし、我々はオロチのいる花の都に乗り込みました!」
「ですが何処からか情報が洩れ、裏に手を回されオロチの部下が九里へ攻め込み……」
「河松とイヌアラシが敵の手練れたちを薙ぎ払いましたが、別働隊がこの城へ侵入ッ」
「結果、おでん様のご家族の命を狙われてしまいましたッ……!」
自分たちの不用意な行動で家族を危機に晒したと懺悔する錦えもんは今でもあの時の絶望を夢に見る。侵入した敵を単身で迎え撃ったモモの助、恐怖に震え涙を浮かべ耐え忍んでいた日和、そして───
「身を挺して日和様を庇ったトキ様に、足に傷が残るほどの大怪我を負わせてしまいました……!!」
「ッ!!?」
申し訳ございません!! と涙ながらに謝罪を繰り返す錦えもんたちを後目に、おでんは傍らのトキの下へ駆け寄り足を見せるよう促し───そこに痛々しく残った傷を見て一瞬で頭の中が激情に染め上げられた。
「待っておでんさん! あの時はモモの助が守ってくれてそれ以上被害は出なかったし、傷ももう治ってるの!
おでんが何をやろうとしているのか察したトキが止めようとするが、その言葉すらも今のおでんには正しく火に油となり、よりその怒りを加速させる一因となってしまう。
「トキお前───おれの昔話、聞いてねぇんだな?」
愛刀の天羽々斬と閻魔の二刀を手に、おでんは困惑するトキを家臣たちに任せ部屋を後にする。
そのまま城壁を壊さんばかりに駆け出そうとして、気づく。
「父上」
「モモの助……」
日和を寝かしつけたのだろうモモの助が、おでんの道を阻むように佇んでいる。中での話を聞いていたのか、当時の光景を思い出しキツく拳を握り締めているその姿を見て、おでんの怒りが僅かに収まりモモの助と向き合う余裕を生み出す。
「母と妹を、よくぞ守った。お前はもう……立派な侍だ」
たった一人でよく頑張った、とモモの助を抱きしめるおでんは、何故モモの助が僅か一年でここまで強くなったのか、その理由を思い知らされた。
自分がいるせいで錦えもんたちが九里から離れられない、もっともっと自分が強かったら心配をかけさせることもなかった───そう考えて、この半年間モモの助は家臣たちに咎められるほど血の滲む努力をしたのだろう。
4歳間近の子供とは思えないマメだらけの手は、キツく握り締めていた所為もあり所々破れて血に染まっていた。
「トキと日和を───九里を頼んだぞ」
俺も行かせて下さい、そう訴える眼差しを首を振ることで制し、おでんはモモの助に背中を向ける。
酷なことを言ってるのは百も承知。しかし、人には必ず出番があるというロジャーの言葉を借りるなら、モモの助の出番はやはりこのような場所ではないとおでんは確信していた。
悪政を敷くバカを討つのは、同じバカで十分だ。
「行ってくる」
オロチを討ってもバックには強い海賊がついている? だからどうした。それがこの国を地獄に変えようとしてるバカを見逃す理由にはならないし、何より……家族を悲しませる輩を光月おでんは絶対に許さない。
「……ご武運を!」
モモの助の激励を受け、おでんは花の都へ突貫する。
誰が相手だろうと斬り伏せる、この時のおでんは自身の命すら賭してオロチを討つつもりだった。九里は錦えもんたちが守っているため万に一つの事態もなく、己はただ家臣と息子を信じて前に進むのみだと。
故にこそ、おでんは気づかない。
オロチの手に握られている命は既に九里だけに留まらないことを。その悪辣さが彼の想像を遥かに超えていたことを。そして───
「ウォロロロ、お前が光月おでんか?」
真に倒すべき敵がオロチではないことに。
ワノ国の長い夜が始まる───……
原作モモの助は8歳時点で110cmでしたが、本作のモモの助は現時点で130cmくらいあります。おでんの身長が382cmらしいので、原作より父親似ならこれくらいが妥当なのかなと。