夢は天下無敵の大将軍   作:金匙

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05:バカ殿

 

 

 ───光月おでんという侍を、百獣のカイドウは出会う以前から認知していた。

 

 曰く、白ひげの弟分。

 曰く、世界一周を成し遂げた海賊王の船員。

 曰く、ワノ国の次期将軍であり天下無敵の最強の侍。

 

 興味が湧かないはずなかった。

 白ひげは志はどうあれ同じ船長の下に集った関係で、ロジャーとは何度も衝突を繰り返した敵同士で、ワノ国は現在カイドウが拠点としている国だったのだから。

 

 故に、光月おでんがワノ国に帰郷しオロチの城を襲撃していると部下から報告を受けた時、カイドウはようやくかと言う思いで鬼ヶ島から花の都へ直行した。

 

 そして、驚愕する。

 

「(───最強の侍の名に偽りなし、か)」

 

 オロチと問答していたおでんの前に現れたカイドウは、おでんの纏う覇気を見て内心称賛する。

 白ひげとロジャーの船に乗り共に苦難を乗り越えて来たのだろう、彼の首に懸けられた懸賞金に相応しい荒々しくも研ぎ澄まされた覇気がその二刀から立ち昇っていた。

 

 今まで相手してきたどの侍たちよりも強い、相対しただけで目の前の男が自分に並ぶ強者だとカイドウは認識する。

 

「オロチはおれの取引相手でな。今殺されると困るんだよ、光月おでん」

 

「お前がカイドウか……」

 

 報告では九里から花の都まで走り抜け、そのまま単身でオロチお抱えの侍たちや自身の部下たちを薙ぎ倒して来たと言うことだが……おでんは息こそ乱れているものの傷らしい傷は見当たらない。

 そんなおでんの前にワノ国を地獄に変えようとする怨敵の一人が現れたらどうなるか、破天荒を絵に描いたおでんの過去を知る者たちならば誰もが知っている。

 

 二刀を構えるその姿からカイドウを呑み込むほどの強大な覇気が放たれ、応じるようにカイドウも覇気を流した金棒を構えた。

 

「桃源白滝───!」

「雷鳴八卦───!」

 

 轟音と共に城が揺れ、バリアに守られたオロチから悲鳴が上がる。

 双刀と金棒の衝突は激しい火花を散らしながら拮抗すると、各々の武器から覇王色が拡散して戦いを眺めていたオロチの部下たちを次々と気絶させていく。

 

「「うぉおおおおおおッ!!!」」

 

 咆哮一閃───互いの得物が弾き返され、両者は畳や柱を巻き込みながら城内を転がっていった。

 

「ば、バケモノども……」

 

 張り詰めていた空気が霧散し、あまりの息苦しさにバリアの中で腰を抜かしたオロチが冷や汗を垂らす。

 

「想像以上だな、光月おでん」

 

「……一筋縄じゃ行かねぇか」

 

 白煙の先から無傷の二人が現れたがその表情は満足そうな笑みにしかめっ面と対照的で、カイドウは期待以上の強者との戦いに心を躍らせ、おでんは容易に斬り払えない障害に舌打ちを隠せなかった。

 

「だが、お前の所に向かう手間が省けた……オロチ共々、首を獲らせてもらう!」

「ウォロロロ……やってみろォ!」

 

 再び激突した両者は、幾度も得物を交錯させながら城の頂上にまでその戦場を広げていく。

 オロチはそんな二人の残影を見ていることしか出来なかったが、いざ目の前からおでんが離れると宴を邪魔された怒りや過去の迫害が脳裏を過ぎり憎しみが込み上げて来て、青褪めていた表情は徐々に怒りの形相に変わっていった。

 

「(おでん~~~~! 息子共々おれの邪魔をしやがって……!!)」

 

 特に想起するのはおでんの実の息子・光月モモの助だ。

 九里奇襲から始まり今に至るまで、一体どれだけの企みがあの子供に邪魔されてきたことか。

 本来ならおでんが帰って来るまでにその家族を始末して家臣共々絶望させる手筈だったのに、それが3歳半の子供に奇襲を阻止されたと報告され、当時のオロチは開いた口が塞がらなかった。

 

 その後も信じられるかと何度も刺客を嗾けたが、結果は悉く返り討ち。ならば精神面で、と九里の住民にあらぬ噂を撒き罵声を浴びせさせるも、それすらもモモの助は我関せずと気にする素振りも見せなかった。

 また九里以外でも、立ち寄った郷で騒ぎを起こすカイドウの手先を何度も追い払った結果、各郷の住民から心酔されるなどカリスマ性も持ち合わせており、怪物の子もまた怪物なのかとオロチはその才覚に打ち震えた。

 

 一番厄介なのは間者の気配に気づいているのかモモの助は常々領土で監視の目を光らせているらしく、オロチが最も信頼する部下からも監視が厳しいため報告が遅れる旨を伝えられ、それが今回のおでん襲撃にオロチが気づかなかった理由の一つでもあった。

 

「(今ここで侍とヒョウ五郎率いる侠客たちと戦うのは分が悪過ぎる……!)」

 

 カイドウが間に合ったからまだ良かったものの、予期せぬ襲撃で各郷に散ったままの兵力を考えれば事態は最悪だった。

 既に城の外は騒ぎを聞きつけた花の都の住民たちで溢れており、いつおでんに加勢しようとヒョウ五郎たちが現れるかも分からない状況。九里に奇襲をかけ動揺を誘おうにも、今九里は錦えもんら家臣と憎きモモの助が守っているため迂闊に手出しも出来ない。矢文が各郷に回っておでんに加勢しようとする侍たちが決起すればそれこそ一巻の終わりだろう。

 

「(カイドウの本隊はまだ着かんのか!?)

 

 本隊が到着してなお状況は五分にもならないが、そもそも間に合わなければ戦いにすらならないため、オロチにはどんな手を使ってでも間に合わせるしか生き残る道はなかった。

 

「(何かないか、何か……おでんの気を引ける何か……ッ!)」

 

 絶体絶命の状況で、しかしその生き残るための一手をオロチはこの土壇場で見つけ出す。

 カイドウがおでんによって吹き飛ばされ崩れ落ちた襖の先───そこには目と口を塞がれ、手足までも縛られて地面に転がるカイドウへの貢ぎ物(・・・)があった。

 

 オロチにとってそれは一種の賭けだったが、それでもこの状況を打破するには確かな勝算のある賭けだった。

 

 

 

「───これを見ろ、おでん!」

 

 そして、崩落した天井からカイドウと現れたおでんがその言葉に驚愕し目を丸めたのを見て……オロチは自身の勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 5年目:春

 

 父が都で裸踊りを始めて早いもので一か月。

 ワノ国の雰囲気はとてもではないか良いものとは言えず、ワノ国の救世主と待ち望まれていた父上の評判は今や地に落ち周囲からはバカ殿と揶揄されるまでになった。

 未だ父を信じているのは家臣と恩人、そして去年からの母上と日和の努力もあり希望を捨てない九里の民たちくらいのものだが……錦えもんたちは毎日のように父上にあの日オロチの下で何があったか問い詰めているし、ヒョウ五郎親分やヤスさんは父を疑問視する部下たちからの突き上げにあって郷を離れられず、九里の民に至っては信頼が反転するのは時間の問題でしかないから、あの日から変わりなく父と接するのは俺たち家族くらいのものだった。

 

 父上が何かを抱え込んでいるのは九里に帰って来て一目で分かった。

 あれほどオロチのやり方に怒りを見せていた父が何も成さず帰って来たと言うことは、のっぴきならない事情があったのだろう。俺も母上もそれを分かってるから父上が話してくれるまで仔細を問うつもりはないし、それまでは今までと変わらず接し続けることが父への唯一の慰めだと思っている。

 その点では、まだ幼い日和と過ごす時間は父上にとって何よりも心安らぐ時間だろう。最近は三味線を嗜み始めて父上によく披露しているし、その明るい演奏のお陰で城内の暗い雰囲気も解消されるのだから日和には頭が上がらない。

 

 俺には母上のような包容力も日和のような無邪気さもないから、今日も今日とて鍛錬と見回りに励むことしか出来ないが、九里の安全を保障することで少しでも父上の心労を和らげることが出来たらいいなと思う。

 

 

 5年目:夏

 

 オロチの部下たちの人攫いがパタリと止んだ。

 新設した武器工場の労働力の確保か、はたまた城に召し上げて側使えにしようとしていたのかは分からないが、あれだけ九里に執着して毎日毎日刺客を送り込んで来ていたのにここ数週間は不審な影一つと見なかった。

 心境の変化などあるはずもないだろうしまた何か悪巧みでもしているのだろうか……悪いが誰が来ても何をされても九里からは絶対に犠牲者を出すつもりはない、何度でも返り討ちにしてやる。

 

 相変わらずカイドウの部下たちは各郷で好き勝手に暴れ回っているが、ヒョウ五郎親分たち侠客一家やヤスさん率いる侍たちのお陰で被害は最小限に抑えられてるので今のところコチラも問題はない。

 父が帰って来てからはよりオロチの圧政が強まると思っていたのだが、ここまで変化がないと逆に嵐の前の静けさなのでは? とここ数日は変に気を張って過ごしてしまった。

 そのせいで日和からは顔怖いって言われてしまうし、母上からももっと肩の力を抜いていいのよと宥められてしまう始末で……全く情けない限りだ。

 

 父上は相変わらず週に一度都で踊っているが、ここ最近は慣れて来たのか踊りのキレが増して来たように思える。

 この前なんて日和の三味線に合わせて踊ってイヌネコが爆笑してたからな。直後に不敬だと錦えもんから叩かれていたが、よく考えたら白ひげとロジャーの船では裸踊りなんて日常茶飯事だったしそう珍しいことでもないのでは? と俺は俺で失礼なことを考えてしまったので黙っておいた。

 

 

 5年目:秋

 

 不必要な覇気を必要な部位に流すという感覚がよく分からなかったので、父の感覚派指導の下に武装色の稽古を受けた。

 そもそも武装硬化は出来るのかということだったので、つい最近習得した硬化を見せたら筋がいいなと褒めてもらった。何でも硬化は全ての基本らしくこれが出来なければ習得は不可能とのこと。

 体内の覇気を必要な部分に流し戦闘力を強化するのが武装硬化であり、それが出来るなら体に流れる覇気を正確に把握し、硬化する際に使ってない覇気も一緒に流せばより大きな力になると教えられた。

 今の俺は身体の中を取り巻く不必要な覇気を上手く把握出来ておらず、まずはその不必要な覇気を認識し武装硬化に流してみることに注力して、それが出来てから実戦で慣らす工程に入りコツを掴めばいいと、とても感覚派とは思えない理路整然としたアドバイスを受けた。

 

 確かに錦えもんたちとの打ち合い稽古中に試してばかりだったから、集中し切れなくて上手くいかないのは道理だ。

 見聞色の習得みたいに、一人落ち着いた場所で練習して実際に出来るようになってから実戦で試すべきだろう。集中力が落ちれば見聞色も乱れるし、ここ最近上手く太刀筋が読めなかったのはそういう理由もあったからだと思う。

 アシュラから一本取った時なんて超集中状態だったからか、骨格から筋肉、果てには内臓の動きまで体が透けている(・・・・・・・)んじゃないかと思うほどアシュラの動きがハッキリ分かったし、あの状態を維持できれば白ひげやロジャーの未来視にも近づけるかもしれない。

 

 やりたいこと覚えたいことでいっぱいだが、二兎を追うものは何とやらと言うし一つ一つ習得していこう。

 まずは不必要な覇気の認識からだが……九里で落ち着ける場所と言えば以前訪れた頭山などが良さそうだな。盗賊たちの隠れ家だが今はアシュラが纏めてくれて別の場所に集めてるみたいだし、帰ってくるまでの間はありがたく使わせてもらおう。

 

 

 5年目:冬

 

 雨の日も風の日も雪の日も、父上はこの1年を変わらず都で踊り続け───とうとうと言うべきか、九里の人々にも疑心が募り始めた。

 母上と日和から父上の人となりを聞いてきた彼らの信頼は他の郷よりも大きく深かったが、それだけに一度疑ってしまうと反転した信頼は急速に形を変え不信に繋がるのは明白だった。

 

『モモの助様、おでん様には何か考えがあるんですよね……?』

 

 何度その言葉を投げ掛けられただろう、俺は頷くばかりで明確な答えを彼らに一度として返せなくて、きっとそんな俺の態度も要因の一つだったとは思う。

 俺たちは家族だから父を無償で信じることが出来る。しかし毎日を過ごすのがやっとな彼らからしてみれば、オロチに媚びてワノ国を治める気のない将軍の跡継ぎなんて、いつまでも信じ続けるのは土台無理な話だった。

 

『バカ殿!』

『あんな男になるんじゃないよ』

『オロチの犬になるくらいなら腹を切れ!』

 

 心ない言葉が父に浴びせられる光景を見た。

 錦えもんたちも俺が罵声を受けてる時はこんな気持ちだったのかと、俺はその時初めて理解させられたが、父の気持ちも分かるので何も言葉をかけられなかった。

 当然ながら錦えもんたちは激怒して父に詰めていたが、それでも父は真実を語ることはなくいつも通りの日常を過ごしていて───そんな父の覚悟を見て俺も腹を決めた。

 

『やい、バカ殿のむすこ!』

『おまえも侍なら腹をきれ!』

『やり返してみろよ、意気地なし!』

 

 町に降りないよう言い含められていた錦えもんとの約束を破りカイドウの部下たちを追い払った帰り道、この町に来たばかりの時のように子供たちから罵声を受けた。

 あの頃とは違って大人たちも混ざって石を投げて来たが、そんなこと父の抱える苦しみやまだ俺たちのことを信じ続けてくれる人たちのことを思えばやはり些細なことだ。

 俺は今までと変わらず九里を守り続ける。ただそこに父上と一緒に、という言葉が付け加えられただけだ。

 都に向かう時は町の外まで見送るし、踊って帰ってきた時は出迎えて一緒に城に帰る。罵声も石投げも、父が受ける時はこの九里にいる間は俺も一緒だ。

 そう父上に伝えた時は見たことないくらい目を張って驚いていた様子だったが、絶対に譲らないと言う俺の雰囲気を感じ取ったのか「バカな所はおれにそっくりだな」と笑い受け入れてくれた。

 

 当然ではあるが、その後約束を破ったことが錦えもんにバレて、明王もかくやといった形相で大目玉を喰らったのは言うまでもない。

 

 

 

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