夢は天下無敵の大将軍   作:金匙

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07:嵐の前

 

 

 8年目:春

 

 錦えもんたちとの打ち合い稽古でようやく勝ち越すことが出来た。

 度々父上から指南を受けて二刀流の基礎が固まってきたからというのもあるが、一番はやはり見聞色による先読み(・・・)が出来るようになったからだと思う。

 

 アシュラから初めて一本取った時に開眼した体の全てが透けて見えたあの領域───謂わば『透き通る世界』とでも呼べばいいのか、その状態に入ると周囲の動きが緩慢になって、相手の筋肉・骨格・内臓の働きから直後の動きが手に取るように分かるのだ。

 そのお陰で錦えもんたちの動きを先読み出来るようになって、初動を潰したり攻撃を見切って反撃したりすることで勝ちに繋がったのだが……『透き通る世界』に入れないと俺の勝率は良くても2割程度なので、素の実力ではまだまだ敵わないと己の力不足を実感する。

 

 幸い集中状態に入ると高い確率で『透き通る世界』に入れるので、まずはこの力を完全にモノに出来るように鍛錬を続けていこうと思う。白ひげとロジャーはこの先読みよりも更に先の未来視まで出来るというのだから、目指す頂はまだまだ遠い。

 

 ちなみに何かアドバイスを貰えないかと錦えもんたちに聞いてみたりもしたのだが「流桜に相手の体が透けて見える力などございません」の一点張りで取り付く島もなく、頼みの父も俺の言葉を聞いたっきり何かを考え込むようになってしまったので、習得の糸口は依然として見つからないままである。

 

 

 8年目:夏

 

 内部破壊の武装色───ワノ国で教わった覇気だから敢えて流桜と呼ばせて貰うが、ようやく感覚を掴めて武器に流すことが出来た。

 通常より多くの覇気を纏っている分、攻撃力の差異は試し斬りの際にも如実に現れていたが、一振りするだけでもドッと疲れてしまうのはやはり俺の流桜の扱いがまだまだ未熟だからだろう。

 父は流桜を完璧に扱えてこそ真のおでん二刀流継承者だと笑っていたが、果たしてその境地に辿り着くのはいつになることやら……。

 

 何にしても、大事なことは一歩一歩進んでいくことだ。

 千里の道も一歩からと言うし、投げやりになるのではなく、父上から教わった正しい呼吸と動きを忘れずこれからも鍛錬に励んでいこう。

 

 

 8年目:秋

 

 天羽々斬と閻魔がじゃじゃ馬過ぎる。

 

 父から一緒に鍛錬する時は使えと言われ二刀を借り受けたのだが、天羽々斬も閻魔も覇気を勝手に吸い出して意図しない物まで斬ろうとするから制御が大変だった。

 どちらも大業物に区分される名刀で、閻魔に至ってはワノ国でも悪名高き妖刀の一振り───天羽々斬は天をも斬り落とし、閻魔は地獄の底まで切り伏せる、という双方の謳い文句に恥じない切れ味だったが、今の俺では扱いきれないというのが正直な感想だ。

 

 閻魔は父上を参考にして覇気を持っていくから二、三回振るうだけで覇気が枯渇するし、天羽々斬は閻魔ほど急激に覇気を持っていかないものの、必要量の覇気を流さないとその真価を発揮出来ないので常に一定量の覇気を流し続ける必要があってそれがキツいの何の……これを維持しながら閻魔の面倒まで見なきゃ行けないって、そりゃこの二刀を一緒に扱えるのがワノ国では父上しかいないと言われるのも納得である。

 

 ちなみに何故父上はいきなり天羽々斬と閻魔を俺に使わせたのかと聞いてみれば、父は自分が死んだらこの二刀を俺に託すつもりのようで、癖の強いヤツらだから今のうちに慣れておいた方がいいだろうと考えてとのことだった。

 死んだらなんて縁起でもないこと言わないでくれと父上に釘を刺しつつ、それなら確かにと納得した。未来の俺がどこまで成長してるのかは分からないが、それでもこのじゃじゃ馬たちを一朝一夕で使いこなせるようになるとは到底思えないからな。

 

 ふと、日和には渡さなくていいのかと気になったので併せて父に聞いてみたのだが……その分お前がトキと日和のことを守ってくれ、と返されてしまえば否やはない。

 天羽々斬と閻魔を手に何があっても二人を守ることを誓い、満足そうに頷く父から鍛錬の切り上げを告げられてその日は城への帰路に着くことになった。

 

 

 …………そう言えば、鍛錬の最中に襲い掛かって来た狒々がいたので、試し切りにちょうどいいと向かい合ったらその瞬間に気絶されるという何とも言えない一幕もあったな。

 父上はそんな光景を見てお前もか! と喜んでいたが、出会って早々に気絶する狒々と以前会ったことがあるのだろうか……謎は深まるばかりである。

 

 

 8年目:冬

 

 久しぶりに花の都に出向き、ヒョウ五郎親分とおかみさんに会ってきた。

 父の悪評を考えてしばらくは手紙でのやり取りしかしていなかったのだが、おかみさんが寂しがってるからと親分に気を遣われては断るわけにも行かないだろう。

 門前では予想通りバカ殿の息子が何の用だと追い払われそうになったが、二人が部下の人たちを一喝して迎え入れてくれたので騒ぎにならなくて良かったと一安心。

 

 父のことや流桜のこと、鬼っ子という友達が出来たことなどを話したり、どれだけ強くなったか見せてみろと言う親分に稽古をつけてもらったり、ご馳走するよと言ってくれたおかみさんの料理に舌鼓を打ったり───そうこうしてたらすっかり日が落ちてしまったので、後ろ髪を引かれる思いだったが二人に別れを告げ、送迎を買って出てくれたしのぶと共に都を後にした。

 

 道中で光月の関係者を名乗る輩と出会したが、嘘をついてると一目で分かったので生きておられたのですか、と喜んでいたしのぶには申し訳ないが何かする前にその場で斬り捨てさせて貰った。

 案の定変装していたのか中から知らない老婆が出てきたが、これまたしのぶの知り合いだったらしく、怒り狂ったしのぶが止めを刺そうとしたものの逃げ足が速かったせいで寸前で取り逃してしまい、わたすがついていながら、としのぶからは平謝りされた。

 

 老婆は逃げる間際に何故気づいた、みたいなことを言っていたが、悪意ダダ漏れなのが見聞色で丸分かりだからだよとしか言えない。

 深手だし放っておいても死ぬでしょ、としのぶを宥めながら事情を聞いてみれば、どうやらあの老婆はオロチの手の者らしく、触れた相手に変身できるマネマネの実の能力者だとか……どうりであんな重傷の状態でも必死になって俺に触ろうとしてきた訳だと納得しつつ、厄介な能力者を早々に排除出来たのは朗報だった。

 

 大方、俺が子供だからしのぶを懐柔すれば楽に触れるとでも思っていたのだろう。

 こちとら見聞色は大の得意分野なので、例え見知った顔に変身されたとしても気付いていた自信はある。仮に日和に化けていたなら問答無用で斬り捨ててたしな。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 完成間近の鬼ヶ島を見上げ、酒を飲み干したカイドウは満足そうな表情で5年前を想起する。

 

『───5年経てばこの国から出ていくんだな?』

 

 おでんとの戦いに割って入ったオロチが発した提案、それは九里以外の郷から捕らえた人質を使った膨大な時間稼ぎ。

 毎週定刻に黒炭である自分たちに謝罪の裸踊りをすれば既定の数の人質を解放して人攫いも止めると言い、更に今造っている船が完成したらカイドウ共々この国を出ていくとも言ってのけたオロチの提案を、おでんは千載一遇の機会を目の前にしながら民の命惜しさにその提案を呑んでしまった。

 

 人質の解放と人攫いを止めるという言葉に嘘はなかったが、ワノ国から出ていくつもりなんてオロチにもカイドウにも毛頭なかったと言うのに。

 

「バカ殿か……」

 

 もうすぐ約束の5年が経つ。

 ワノ国最強の侍と恐れられた男は、今やどこに行ってもバカ殿として後ろ指を指されるワノ国一の笑い者に成り下がった。

 唯一の脅威だったヒョウ五郎率いる侠客たちも、オロチがようやく手駒に加えるのを諦めたことで昨晩の内に部下たちが襲撃し採掘場送りにしたため、もうワノ国にオロチに真っ向から歯向かえる勢力はそのバカ殿を除いて存在しない。

 

「……ここまで長かったぜ」

 

 カイドウ個人としては多分に思うところはあったが、鬼ヶ島の計画に着手したばかりだったことや、おでんたち侍と全面戦争するにはまだまだ戦力が整っていなかったことを組織の長としての目線で考えれば、オロチの言葉に従い矛を収めることに否はなかった。

 

 そして今や鬼ヶ島は完成を目前に控え、部下たちの質も数も5年前とは比べ物にならないほど巨大に膨れ上がっている。

 カイドウにとっては退屈極まりない時間だったが、それも目に見える成果となって実を成せば待ちに待った甲斐があると酒が進むものだ。

 

「ウォロロロ。お前は怒るだろうな、おでん」

 

 約束を反故されたおでんはあの時と同じように激怒して、今度は一切の容赦なく自身の首を獲りに来ることだろう。おでんの実力が白ひげとロジャーに迫るほどだというのは、実際に得物を交えたカイドウが誰よりも理解している。

 しかしカイドウの目に恐怖は微塵としてなく、むしろ闘争心が抑えきれないと言わんばかりに覇王色が溢れ、周囲の部下たちを次々と気絶させていく。

 

「戯けて腕が鈍った、なんてつまらねェ真似だけはしてくれるなよ?」

 

 オロチの提案からこれまで、どれだけおでんとの再戦を待ち望んで来たことか。

 カイドウにはもうあの日のように武器を下ろす理由はなく、それはワノ国を出ていくという言葉が嘘だったと気づかされたおでんも同様だろう。

 であれば待っているのは、どちらかが死ぬまで戦い続けるワノ国の存亡を賭けた文字通りの決戦だ。当然、オロチには前回のように横やりを入れないよう強く言い含めてあるため、戦いに邪魔が入る心配はない。

 

 そしてその決戦に勝てば後は消化試合、残党を狩り尽くされたワノ国が数年と経たずカイドウの手に落ちるのは明白だった。

 

「その後、おれはこの国を海賊の帝国に作り替える───納得したか、ヤマト?」

 

 酒を置いて視線を投げれば、そこには部下に取り押さえられる一人娘(ヤマト)の姿がある。

 以前鬼ヶ島を抜け出してから、ヤマトは何故ワノ国の人たちを傷つけるのか、何故彼らの自由を奪うのか、と自身に盾突くようになって帰って来た。

 当初は反抗期か何かだろうと気にも留めていなかったが、どれだけ躾を繰り返してもヤマトは言葉を曲げないため、カイドウはいい加減に痺れを切らしていた。

 

「───納得なんて、尚更するもんか」

 

 しかし、最後のチャンスだと一から事情を説明してもその反抗的な態度は変わらない。

 

「お父さんは間違ってる……ワノ国の人たちは何も悪いことをしてないのに、そんな理由で傷つけて自由を奪おうとするなんて……絶対におかしいよ……」

 

 押さえつけられ地面に伏してなお、ヤマトは髪の隙間から覗かせた双眸でカイドウを睨みつけている。

 その姿を見てカイドウは大きくため息を吐き出す。どれだけ躾を加えても、どれだけ言葉を投げかけても……納得しないなら仕方ない、と。

 

「『錠』を付けろ」

「……よろしいので?」

「二度言わすな」

 

 こうなることを予見していたカイドウは、部下に命じてヤマトの両手に手錠をかけさせる。

 痛めつけられ抵抗出来ないヤマトはされるがままだったが、内心ではこんな手錠すぐに壊せると高を括っており、そんなヤマトの心を読んだかのように仏頂面のままカイドウは言葉を続ける。

 

「その『錠』は無理に外そうとすれば爆発する、鬼ヶ島から一歩でも外に出ても同じようにな」

 

「……え?」

 

 呆けるヤマトを後目に、カイドウは部下から映像電伝虫を受け取りモニターに出力する。

 映されたのはヤマトと同じく手錠をかけられた、オロチから貢ぎ物として送られてきた一人の男。男は鬼ヶ島を脱走しようと計画を企てていたことで、今まさに部下たちから処罰を受けさせられようとしていた。

 

 もうしないと泣き縋る男を他所に、カイドウの部下がそんなに国に帰りたいなら帰らせてやるよ、と男を鬼ヶ島の外へ放り投げ───

 

「うそ……」

 

 島を揺らすほどの大爆発が発生し、ヤマトの顔が青褪める。

 震える手で自身にかけられた手錠を視界に映せば、先ほどまで軽視していた感情が一拭され恐怖が体全体を覆い尽くす。

 

「お父さ───」

「ヤマト」

 

 実の子供にそんなことする筈がない、と藁にも縋る思いでカイドウに顔を向ければ、返って来たのは今まで見たことがないほどの父親の冷たい眼差しだった。

 

「最後のチャンスだと言っただろう」

 

 目を見開き唖然とするヤマトを閉じ込めて置けと部下に命じて、カイドウは酒を片手にその場を後にする。

 背中で自身を呼ぶ声が反響し続けたが、カイドウは決して足を止めず、また振り返ることもなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 新しい指令が来た。

 『光月として生き、光月として死ね』という役は終わりを告げられ、新たな役を真の主君より承った。

 

 どうやら側近の一人が倒され、そのせいで計画変更を余儀なくされたらしい。

 カイドウから釘を刺され動けないため、代わりに自分が事を成せとのことだが───役を演じられるなら何だっていい、と快諾する旨をしたためた手紙を主君の下へ飛ばす。

 

 長い年月を共に過ごした偽りの主君や仲間たちを裏切ることに罪悪感はない。

 元より心が壊れた異常者の身、当然情など沸くはずもなく、命令とあらば忠実に役を演じて実行に移すだけである。

 例えその果てに、誰からも働きを労われず、誰もに恨まれて生涯を終えることになろうとも。

 

「おでん様……錦えもん……モモの助様…………」

 

 黒炭カン十郎(・・・・・・)は、それ以外の生き方を知らないのだから。

 

 

 

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