夢は天下無敵の大将軍   作:金匙

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08:決戦

 

 

 5年前、オロチとカイドウと交わした約束は全て嘘だった。

 

 九里に訪れここに武器工場を建てると宣言したオロチは、問い詰めるおでんを約束など知らんと足蹴にして、何食わぬ顔で住民たちを労働者として確保すると宣い都へ帰って行った。

 そこでようやく自身が騙されていたと理解したおでんは、オロチの蛮行と騙されていた己の不甲斐なさに感情を決壊させ、涙に暮れながら強く決意する。

 

『───カイドウを討つぞ』

 

 ワノ国を苦しめる全ての元凶の討伐を。

 

 都の先にある鬼ヶ島を睨みつけながら放たれたその言葉に、背後で膝をつき控える家臣たちに否はなかった。何故ならその言葉こそを、彼らはこの5年間ただただ待ち続けていたのだから。

 

『鬼ヶ島に潜入し、酒を飲んで寝ている奴の首を斬る』

 

 ヒョウ五郎が捕らえられてしまった以上、バカ殿として戯けていた自身に力を貸してくれる侍たちは皆無。

 しのぶから忍者軍がオロチに寝返ったことを既に聞かされていたこともあり、兵力の差は歴然だとおでんが少数精鋭で鬼ヶ島に潜入しようと目論むのは必然だった。

 

『二日後、鬼ヶ島にて宴が開かれることを確認済みです』

 

 城に戻ったおでんがカン十郎からの報告を受け、すぐに九里を経つと決断したこともまた必然。

 

『早馬でヤスさんに救援を頼んでるが、駆けつけるまでにどうしても時間がかかる。それまではお前が九里を守ってくれ───出来るか、モモ』

 

 天羽々斬と閻魔を手に家族を守る誓いを立ててくれた息子に問えば、帰って来たのは強い決意を秘めた確かな頷き。

 母上と日和は何があっても守り通します、という言葉に、本当に立派に育ったと、おでんは自慢の息子の姿に誇らしい気持ちでいっぱいになった。

 

 モモの助とて、共に戦いたいと言う気持ちで溢れてるだろう。

 既にその実力は錦えもんたちと比べても遜色なく、見聞色の覇気に至ってはこの場の誰よりも抜きん出ているのは『透き通る世界』と呼ばれる力を開眼したことからも明白だ。

 8歳という身を考えれば以前のように自分も連れて行ってくれ、とわがままの一つや二つ溢したって当然のところを、しかしモモの助はこの戦がワノ国の存亡を賭けた決戦だと理解しているが故に、失敗の許されない鬼ヶ島潜入に自分のような子供なんて迷惑にしかならないと理解しているから、今自分に出来ることを精一杯全うしようとしているのだ。

 

 錦えもんたちはその姿に唇を噛み締め、そのお気持ちだけで十分です、と感涙する。

 おでんは息子の決断を前に涙こそ見せなかったが、改めて絶対に負けられないとカイドウの首を獲る決意をし、家臣たちを引き連れ鬼ヶ島へとその歩みを進めて───

 

 

 

「───幾ら何でも周到すぎやしねェか?」

 

 千を超える海賊たちが行く手を阻むように現れたことに驚愕した。

 まるで鬼ヶ島に向かうのが分かっていたかのように待ち伏せていた海賊たちの頭上には、当然ながら彼らを率いるカイドウの姿があり、当のカイドウは目を見張るおでんとその家臣たちを見てしてやったりと笑っている。

 

「建ったばかりのおれの屋敷を戦場にはしたくなかったんでな……わざわざ出向いてやったぞ、おでん」

「何故気づいた? おれたちを嗅ぎ回っていたあのババアは死んだはずだ」

 

 脳裏を過ぎるのは父・スキヤキの姿を悪魔の実の力で真似て、オロチを将軍に祭り上げた黒炭の老婆。

 触れた相手に自由自在に姿を変えられるあの能力があれば、確かに九里に忍び込んで情報を得ることは容易い、としのぶからの報告を受けたおでんは納得した。

 しかしそれも正体を看破したモモの助により斬り伏せられ、後日しのぶが都でその死体を確認していることもあり、今後九里からオロチとカイドウの下へ情報が漏れる理由は皆無のはずだった。

 

 それ故の家臣たちのみを連れての少数精鋭……当然ながら兵力戦など想定すらしておらず、この状況はあまりにも予想外が過ぎる事態だった。

 訝しむような表情のおでんを前に、しかし態々そんな疑問に答えてやる義理はカイドウにはない。

 

 龍形態のまま口元に光を収束させ、カイドウが嗤う。

 

「ウォロロロロ、宴の後の寝首をかこうなんて無粋な真似してくれるじゃねェか……おれはお前との再戦を、あの日からずっと心待ちにしてたってのによォ!」

「!? 避けろ、お前ら!」

 

熱息(ボロブレス)!!」

 

 一帯をまとめて吹き飛ばすほどの咆哮と共に、おでんたちを諸共焼き尽くさんと業火が放たれる。

 予期せぬ一撃に回避が遅れそうになった錦えもんたちだったが、主君の言葉を受け反射的に散開することでかろうじて射線から逃れることに成功し、

 

「「「なっ───!?」」」

 

 着弾した山の一つが轟音と共に丸ごと抉り飛ばされ、災害が過ぎ去ったかのようなその光景を前に、錦えもんは思わず息を呑む。

 

「やはり怪物……!」

 

 カイドウが桁外れに強いことは理解していたが、いざその力を目の当たりにすると胸に滾る闘争心とは裏腹に冷や汗が頬を伝う。

 作戦がご破産になってしまった以上、正面衝突は避けられない。敵は怪物カイドウが率いる千を超える大軍勢、対してこちらは僅か十人の少数精鋭───普通ならその勝敗は火を見るよりも明らかだ。

 

「行くぞ、お前たち」

 

 しかし、そんな絶望的な状況を前にしてなお、錦えもんたちの主君の目に一切の揺らぎはない。

 数多の修羅場を潜り抜けてきたおでんは瞬時に思考を切り替えると、迎え撃つ姿勢を示すように羽織りを脱ぎ捨て天羽々斬と閻魔を抜刀、味方の錦えもんたちですら身震いするほどの覇気が溢れ出す。

 その目が見据えるのはカイドウの首ただ一つ。負ける気など微塵もないと言わんばかりのその背中に、改めて主君の偉大さを認識した錦えもんたちはこの瞬間に自分たちの役割を理解した。

 

 何があってもおでん様をカイドウの元まで送り届ける───そんな胸の内を示すように頷きあった家臣たちが、主君に続くように刀を抜き放つ。

 

「そうだ、それでいい……」

 

 おでんと家臣たちの強い決意の宿った双眸を受け、カイドウが機嫌良さげに笑みを浮かべる。

 肌を刺すような殺気、命を捨てることを何とも思わない埒外の覚悟、自分に値する───ともすれば超えるかもしれない強者との戦い、これこそ長年待ち焦がれてきたものに相違ないと。

 

「ウォロロロ……さあ、最高の戦争を始めようぜ!」

「取りてェのは、お前の首一つ!」

 

 双方の大将の号令と共に、ワノ国の命運を賭けた決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 一雨来そうな曇天の空を見上げながら、父上たちは今頃兎丼の辺りだろうかと思考する。

 

 カイドウを討つため、父が錦えもんたちを連れて鬼ヶ島へ発ち半日が経った。

 既に夕刻を過ぎた空は曇り空で判別がつかないが、きっとあの雲の向こうでは夜空に浮かぶ月が煌々と輝いていることだろう。

 ワノ国の未来を賭けた決戦に臨んだ父たちに今の俺が出来ることなんて精々祈ることくらいのものだが、こうも空模様が悪いとどうしても不穏な空気を感じてしまっていただけない。

 

「……父上は負けないさ」

 

 あの人の強さは俺が誰よりも知ってる。

 5年前に父が何を抱えて何に裏切られたのかは分からないが、今の父には錦えもんたち頼りになる家臣が付いている。彼らがいればもう二度と父が一人で何かを抱え込むことはないだろうし、卑劣な罠に掛かって敵に陥れられることもない。

 

 必ず勝って、この九里へ全員無事に戻って来る。

 

「俺は俺に出来ることをしないとな」

 

 俺は父上から家臣無きこの城を託されたのだ。

 直にヤスさんが来てくれると父は言っていたが、それが今この瞬間に気を抜いていい理由にはならない。

 カイドウを討って帰って来た父たちを、母上と日和と一緒に出迎えて初めてこの戦いに勝ったと言えるのだから、俺の役目は何があっても必ず母上と日和を守り抜くことだ。でないと俺は、俺を信じて託してくれた父上に顔向けが出来ない。

 

 そういう意味では、モモの助様をお守りするのが使命だから、としのぶが城に残ってくれたことは幸いだった。

 元お庭番衆というだけあって、俺では気づけない潜入ルートや敵が潜んでそうな怪しい場所を熟知しているしのぶは、今も城内とその周辺の哨戒に当たっており何かあればすぐに俺と連絡が取れるようにして貰っている。

 お陰で俺は母上と日和を守ることだけに注力して、二人がいる部屋の外で何が起こっても大丈夫なよう一息で駆け付けられる距離で見守ることが出来ていた。

 

 兄上と遊びたい、と駄々を捏ねる日和には本当に申し訳ないと思っているが、父上が帰るまでは我慢して貰うしかない。

 

「……ままならないな」

 

 本音を言うなら、俺も父たちと一緒に戦いたかった。

 カイドウの部下とは九里で暴れようとする度に追い返してきた仲だから何度だって戦ったことがあるし、錦えもんたちと互角に戦えるようになったことを加味すれば絶対に足手まといにはならないという自負もあった。

 でも今回の作戦は少数精鋭による鬼ヶ島への討入りで、潜入してカイドウの寝首を掻く以上は万に一つの失敗も許されない。

 多くの同胞たちが父を見限り、またカイドウの手により捕らえられてしまった以上、正攻法での勝ち目は限りなく薄いため、父上の出した作戦が今出来る最善の一手だと言うのは子供の俺にだって理解出来る。

 だからこそ、そんな場所に場慣れしてない俺がいては父上も錦えもんたちも気を遣ってしまい決戦に支障をきたすのは明白だと、喉から出そうになった言葉をあの時呑み込んだのだ。

 

「それに、母上と日和を守るって誓っただろ」

 

 天羽々斬と閻魔はないが、それでも父上の前で誓ったあの言葉に嘘はない。

 例え振るう刀がナマクラであったとしても、命が尽きるその時まで俺は二人のことを守り続ける。俺がいるから父上も後ろを気にせず戦えると言うのならば猶更だ。

 

『モモの助様───』

 

 改めて覚悟を決めていると、しのぶから康イエ様が来られましたと連絡が入る。

 見聞色で周囲を探ってみれば、確かに城門の前でしのぶに迎えられるヤスさんとその家臣たちの気配を捉えた。

 

「父上、此方は間に合いましたよ……」

 

 後はカイドウを討つだけです、と言葉を続け空を見上げる。

 ポツポツと降り出し始めた雨の先では、曇天の空が一層陰りを増すように暗雲が広がり始めていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 戦いは兵力差を考えれば到底あり得ない、日付を跨ぐほどの長期戦へともつれ込んでいた。

 千を超えるカイドウの軍勢は今やその半数以上が脱落し、侍たちは脱落者こそいないものの全員が傷がない箇所など見当たらない満身創痍の有り様だった。

 

「随分粘るじゃねェか……お前も、その家臣たちも……」

「……ウチの侍たちを、舐めんじゃねェぞ」

 

 兎丼の森一帯に業火が広がる地獄絵図の中心地で、大将二人がまだまだやれると言わんばかりに笑みを浮かべる。

 その体は互いに刀傷と挫傷で塗れており、常人ならば立つことは疎か意識を保つこともままならない状態だが、目の前の宿敵を見据える眼差しは未だ戦意で滾り一向に衰えを見せずにいた。

 

「ウォロロロ……」

 

 ズキリ、と龍の形態で受けたおでんの奥義がカイドウの脇腹に鈍い痛みを走らせる。

 油断していたつもりは毛頭なかったが、それでもおでんの力を見誤ったが故に出来たこの傷は勝敗を大きく左右するには十分な要素だった。

 

 敗北の可能性が脳裏に強く駆け巡る……しかしこの感覚こそ、長い間カイドウが待ち焦がれていたもの。

 

 生まれながらの絶対的強者、それ故の孤独───その孤独が癒されるのはいつだって強敵たちとの死闘の中だけで、ロックスもロジャーも亡き今カイドウと渡り合える人間はこの世界では数える程度にしか存在せず、ワノ国を拠点にしてからは彼のお眼鏡に適う相手は終ぞ現れなかった。

 

 5年前に初めて出会った、光月おでんというただ一人の侍を除いて。

 

「光月おでん、お前のような男を待っていた」

 

 人型だったカイドウの肉体が変貌していく。

 それは彼を象徴する龍の形態とはまた異なる、人と龍の中間のような───動物(ゾオン)系の悪魔の実の能力者の間では『人獣型』と呼ばれる、カイドウがおでんとの決戦に備えて習得した奥の手(・・・)だった。

 

「厄介だな……」

 

 白ひげ、ロジャーと共に航海をしたおでんは当然その力を認知している。

 人獣型は他の形態と異なり扱うことが難しい反面、完全に制御下に置いた場合の性能は変身前と比べると計り知れないものとなる。それを平常時で災害の如き力を持つカイドウが振るえばどうなるか……おでんをして想像できない甚大な被害が出ることは明白だった。

 

「これ以上、ワノ国で好き勝手させる訳にはいかねェ!」

 

 スタミナとタフさという点では、動物(ゾオン)系の能力者であるカイドウには決して敵わない。

 ああは言ったものの、既に自分と家臣たちの体力が限界に近いことに気づいているおでんは、これ以上戦いを長引かせれば勝利はないと確信して、天羽々斬と閻魔に膨大な覇気を流し次の一撃で終わらせる決断を下す。

 

「来るか……ッ!」

 

 覇王色の拡散を受け獰猛に表情を歪めたカイドウもまた、自身に十字の傷を刻んだあの技(桃源十拳)の気配を感じ取り、次こそは、と迎え撃つように黒鉄の金棒───八斎戒に覇気を流し、構えを取る。

 

「おでん二刀流───」

 

 駆け出した勢いのままおでんが跳躍する。ロジャーを彷彿とさせるような黒い稲妻を伴った二刀には、その余波だけで各地で侍と刃を交わす部下たちを次々と気絶させるほどの覇王色がまとわれていた。

 

「当然お前も使えるよなァ! おでん!!」

 

 相対するカイドウも同様に八斎戒に覇王色をまとわせ───ついに両者の一撃は衝突した。

 

 

「桃源十拳!!」

「雷鳴八卦!!」

 

 

 かつてのロジャーと白ひげの激突のように触れずにぶつかり合ったその一撃は───全くの互角。

 押しも押されもせぬ拮抗状態に、負けてたまるか、と双方の握る手に限界まで力が籠められれば、轟音と共に天が割れて暗雲が弾き飛ばされる。

 

「おれは───……」

 

 極限まで研ぎ澄まされた視界の中、おでんの脳裏に九里で待つ家族の姿が過ぎる。

 自分の勝利を信じて帰りを待つ最愛の妻、どんな時でも向日葵のように笑って元気をくれた娘、そして……

 

「モモ……ッ」

 

 世界の夜明けを担うと確信させてくれた自慢の息子。

 

「おれはッ……負けるわけには、いかねェんだ……!」

 

 ワノ国を開国しなければならない、とおでんはロジャーとの旅の果てに知った。

 何故ワノ国が今まで鎖国国家として外海との交流を絶っていたのか、歴史から抹消された空白の100年に一体何が起こったのか……世界の全てを知ったおでんには、来たる未来までにワノ国を守る義務がある。

 

 故にこそ、

 

「お前が邪魔だ、カイドウ!!」

「ぐッ……!?」

 

 ───その覚悟が勝敗を分かつのは必然だった。

 

「グゥォオオオオ……ッ!」

 

 カイドウの金棒が押し込まれていく。

 覇気とは意思の力なればこそ、より強い意志が拮抗を覆すのは道理。

 おでん様!!と衝突を見届けていた錦えもんたちからの強い後押しも受けて、ついにカイドウの金棒が押し返されて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おでん様───背中ががら空きにございまする」

「「「カン十郎ォオオオッ!」」」

 

「…………は?」

 

 背中が斬り付けられ鮮血が舞い散る。

 思わずと振り返ったおでんの視界に映ったのは、必死な形相で手を伸ばす錦えもんたちと───自身を見て薄ら笑うカン十郎の姿。

 

「「「おでん様ァアアアアアア!!」」」

 

 家臣たちの悲鳴も虚しく、背後から迫るカイドウの金棒がおでんの意識を刈り取った。

 

 

 






おでんの討入りの描写はカン十郎の裏切りだけ書いてそれ以外は省こうと思ったんですけど、省くと違和感が凄かったので繋ぎ回のような話になってしまいました。
主人公の活躍を期待してくれていた方々には肩透かしかもしれませんが、何卒ご容赦を……

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