夢は天下無敵の大将軍   作:金匙

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09:奮起

 

 

「───覚悟の上か?」

「左様」

「そうか」

 

 金棒が振るわれ血飛沫が上がる。

 宙を舞い動かなくなった侍を見送ることもなく、周囲を見渡して他の侍たちの生き残りがいないことを確認した男は、自陣営に終戦を告げるべく声を張り上げた。

 

「戦争は終わりだ! 侍たちを都のオロチに引き渡すぞ!」

 

 おれたちの勝ちだ! そう締め括った言葉を受け、各地から地を揺らすほどの大歓声が上がる。

 自身の名を讃え喜びに打ち震える部下たちを後目に、男は血溜まりの中に倒れる宿敵を見据え一人呟く。

 

「…………クソが」

 

 勝利に湧く部下たちには、男が何を思ってその言葉を吐き出したのか知る由もない。

 

 やがて、曇天の空から雨が降り出す。

 燃え盛る戦場に突如として齎された天からの恵みに、部下たちは奇跡だ何だと持て囃し戯け始める。

 

「……」

 

 男はただ一人、そんな空を見上げながら雨に打たれ続けていた───

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 9年目:春

 

 父上と錦えもんたちの処刑が決まった。

 三日後に大衆の面前で釜茹での刑に処す、という内容が今朝発表され、都で父たちの様子を見に行ったしのぶからも間違いないと先ほど報告を受けた。

 処刑されるに至った理由は当然、将軍オロチへ反旗を翻したからであり、それが意味することはあの日父たちがカイドウを討てなかったという証明でもある。

 しかしそれは、決して父や家臣たちがカイドウに力及ばなかったから、という訳では断じてない。

 

 作戦失敗の最たる要素は、鬼ヶ島への討入りがカイドウに筒抜けだったこと。

 夕立カン十郎が───父が見初めた家臣の一人が、オロチの手先だったからだ。

 

 九里にスパイがいることは不可解な金の流れや襲撃者の一件から薄々気づいてはいたが、それがまさか父に最も近かった家臣の中から出てくるなんて誰が予想出来ようか。

 その犯人と目されていたマネマネの老婆を始末して気を抜いてしまっていたのも原因の一つだが、それでも俺がこの城に来てからカン十郎に怪しい動きは何一つとしてなかったと断言できる。

 カン十郎の父への忠誠は本物で、本心から光月の家臣として仕えていたことはその働きぶりを見れば疑いようもなかった。

 

 何より……俺の見聞色が、カン十郎自身の潔白を何よりも証明していたのだから。

 

 悪意を一切持たず、土壇場まで裏切る素振りを見せなかったその執念が、父上や錦えもんたち、果てにはカイドウさえ出し抜いて俺たちに敗北を齎した。

 だから牢の中で見抜けなかったことを後悔し、涙交じりに謝罪する錦えもんたちを責めることなんて俺には出来ない。

 

 

 戦いもせず、ただ守られていただけの俺には、出来ることなんて何もない。

 

 

 9年目:春part2

 

 父の部屋で海賊時代に付けていた航海日誌を見つけた。

 許可も取らずに見るのは悪いと思ったが、この時の俺は投げやりになっていたのもあり、躊躇いを一瞬で捨てて丸一日掛けて日誌に記された内容を読み耽ってしまった。

 

 結論から言うと、どうやら俺は生きなければならないらしい。

 

 らしい、と曖昧なのは肝心のページが父の手により破られてしまっていたからだ。

 空白の百年やら世界の夜明けやら大事なことが記されてあったのだが、最後の最後でこんな仕打ちはあんまりではなかろうか。自分で行って確かめてこい、と父上なりのネタバレ配慮のつもりなのだろうか……凄い気になって夜も眠れない。

 

 ただ幾つか分かったのは、ジョイボーイと呼ばれる人物が二十年以上先の未来でワノ国に訪れること、そのためにこの国を開国しておかなければならないこと、それが光月家の人間にしか出来ないということだった。

 

 そして父は、自分が何かあった時は俺にそれを託す旨をこの日誌に記していた。遥か先の未来でワノ国に押し寄せてくる新時代という名の巨大な台風、その中心にいるのが俺なのだと確信して。

 故にこそ、父の処刑があと二日と迫った今日この日に父の日誌を見つけたのは───きっと偶然ではない。

 ジョイボーイが誰なのかもどうやって開国すればいいのかも分からないが、生涯を通じてワノ国の開国を願った父の強い思いは確かに俺の胸にも届いた。

 

 蹲っている場合じゃない。

 嘆いている場合じゃない。

 後悔してる場合じゃない。

 

 だって、まだワノ国は終わってない。

 父も俺も、母上も日和も錦えもんたちも───希望はまだ、確かにこの国に残っているのだから。

 

 明日、母上と一緒に父上に会いに行く時に思いの丈を語ってみよう。

 

 

 9年目:春part3

 

 朝一で母上と都に捕らわれている父上に会いに行き、日誌を読んで抱いた俺の決意を隠すことなく二人に打ち明けた。

 俺の言葉を聞いた父は大層驚いたような顔をしていたが、それでも流石おれの息子だ、と笑ってくれて、憂いはないと言わんばかりの晴れやかな表情で後は頼むと天羽々斬と閻魔を託してくれた。

 

 対照的に母上は俺の言葉に悲痛そうに顔を歪め本当にそれでいいのか、と何度も聞いてこられたが、俺の最初で最後の我儘です、と言葉を返せば俺の意を酌むように最後には頷いてくれた。

 

 母上には酷なことを言ったと理解してる。

 それでも俺は父上と交わした二人を守るという約束を違えたくなかったし、母上と日和には何があっても生きてほしかったから、あの時母上に何を言われようと絶対に考えを曲げるつもりはなかった。

 それに、二十年以上先の未来で再び家族全員で笑い合える可能性があるとすれば……頭の悪い俺にはこれしか思いつかなかったのだ。

 

 父上にも無茶なことを言ったという自覚はある。

 死刑を覆すことは出来ない、別れが悲しいかと言われれば無論悲しいに決まってる。

 それでも俺は、あの人が釜茹でなんかで死ぬとは到底思えない。

 だから、釜茹ででも何でも耐え切って必ず家臣たちと九里に帰ってきて下さい、という言葉は紛れもない俺の本心だ。

 

 そんな俺に父は最後まで抗うことを約束してくれて、その代わりにワノ国を頼むぞと開国の夢を託された。

 白ひげの船に乗る前から記していたあの航海日誌を読み込み、父がその人生に何を思い、何を願ったのか知った俺には、天羽々斬と閻魔を継承したことも含め、当然ながらその夢を受け継ぐ義務がある。

 

 だから父上には安心して見守っていてほしい。

 父上の夢は、俺が必ず形にして見せるから。

 

 

 その言葉に、父は「そうか」と一息ついて───穏やかに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 今生の別れになるかもしれない妻と息子の姿を見えなくなるまで見送って、おでんは息子が告げた言葉を思い返し、眠る家臣たちに気づかれぬよう人知れず涙を流す。

 

『───釜茹ででも何でも耐え切って、必ず錦えもんたちと九里に帰ってきて下さい』

 

 二十年以上苦楽を共にしてきたカン十郎が内通者だったという事実に打ちのめされていた時、トキと一緒に牢屋敷に忍び込んで来たモモの助が開口一番に放ったその言葉。

 おでんをして何て無茶なことを言うんだ、と思いもしたが、死刑と聞いても涙一つ見せない二人に悲しくないのか? と思わず問いかけてみれば、二人してあなた(父上)は死なないでしょ? と当たり前のように言葉を返されてしまい言葉を失った。

 

 ずっと信じていた家臣に裏切られても、それが原因でカイドウに負けてしまっても、死刑が決まり残り少ない僅かな命だったとしても……それでもトキとモモの助は、光月おでんがこの程度の逆境で諦めることはないと信じていたのだ。

 

『昨日、父上の航海日誌を拝読させていただきました』

 

 更に続けられた言葉におでんの目が驚愕で見開かれる。

 そんなおでんを他所に、モモの助は日誌に記されていた空白の百年のことやジョイボーイのこと、ワノ国の開国について語っていく。

 

『父上はこんな所で、この国を開国することを諦めるんですか?』

 

 長年の夢だったんでしょう、と語るモモの助の言葉におでんはハッとする。

 そして思い出す。ロジャーと共に成し遂げた世界一周───その果てに知ったこの世界の真実と、自分が果たさなければいけない役割を。

 何があっても成し遂げなければならない、ワノ国の開国という自身の夢を。

 

 ロジャーは病に体を蝕まれながらも、その命を賭して次の世代にバトンを繋いだ。

 それに比べ自分はどうだろうか。

 バカ殿と揶揄され、カイドウとオロチを討つことも出来ず、ワノ国開国という夢を果たせないまま……このままただ死んでいくのか?

 

 答えは当然否である。

 

『トキ、おれの刀をモモの助に』

『ええ』

 

 ロジャーが次の世代にその夢の果てを託したように、おでんもまた自身の夢をモモの助に託す決意をする。

 その証明としてトキからモモの助に手渡されたのはおでんの愛刀───天羽々斬と閻魔の二振り。

 日誌を読んだなら分かるだろう、なんて無粋なことは言わない。

 

『この国を頼んだぞ、モモ』

『委細承知いたしました』

 

 強い頷きの下に溢された言葉におでんは流石おれの息子だ、と満足そうに微笑み頷き返す。

 ただ一人、トキだけは一人残されるモモの助を思い涙を堪えていたが、立派な侍として成長した息子からの最初で最後の我儘ですと言われてしまえば、その決断を尊重して信じて送り出すのが親の務めだと納得するしかなかった。

 

『安心して下さい、父上』

 

 直に看守たちが目覚める頃だ、とおでんが二人に牢屋敷を出るよう促した時、トキと共に出口へ向かおうとしたモモの助が振り返る。

 

『───父上の夢は、俺が必ず形にして見せますから』

 

 九里でお待ちしてます。

 

 その言葉を最後に、モモの助は母の手を引いて牢屋敷を後にした。

 残されたおでんは去っていく背中がいつの間にかこんなにも大きく頼もしくなっていたのか、と息子の成長に感慨深そうに笑って……安堵するように涙を流し、冒頭に至る。

 

「負けてられねェよな、ロジャー」

 

 二十年、モモの助はこの国で戦う決意をした。

 自分だけが生きててもダメだ、と何よりも国の未来を考えて。

 トキは自分の信念を曲げてでも、そんな息子の覚悟を思い再び未来へ向かう決断をした。

 ならばこそ、ワノ国で最強の呼び声高い己が、たかが釜茹で如きに負けるわけにはいかないだろう。

 

 今は亡き友を思い浮かべ、涙を拭ったおでんは笑みを浮かべる。

 その双眸に確かな覚悟と決意を宿して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───チャンスが欲しい!」

 

 そうして、後に伝説として語り継がれる一時間が幕を開けた。

 

 






ちなみに日誌を見つけてなかったらbad endでした。
所々足りない描写があるかと思いますが、今後の話で書いていこうと思ってるので違和感ありましたら申し訳ないです。

次回でようやく主人公vsカイドウです。

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