挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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1-6 希望+0

 朝食が終わると解散。

 一度自室に戻り、刺繍や呪文の出来をお姉様にチェックしてもらって、小さなリュックにお弁当と水筒と傷薬と一緒に詰めて、アエファニルがいつも呪術の鍛錬をしている場所を目指す。結構山道。

 踏み固められているとはいえ舗装されていない道は歩き難いし、少し霧も出てるから逸れずに進めているのか不安になる。獣だって出てくるかもしれない。

 風が植物を揺らす音や、羽獣が飛び立つ音に怯えながら進む。

 目的地はそんなに遠くないはずだけど、七歳児の体では大冒険だ。

 体力も精神も削られていく。

 

 ちょっと慣れてきたと思ったら滑って転んだ。

 嘘のようにツルッ、ビターンと正面から全身で行った。お陰で衝撃は分散されたが。

 無くさないようにペンダントを置いてきて大正解だ、着けていたらゴリッと当たってもっと痛かっただろう。

 土まみれになってしまった。呪文で綺麗にしようかとも思ったが、また転ぶかもしれないので軽くはたくだけにしておく。消耗は避けねば。

 ゼエゼエ言いながらなんとか目的の広場に辿り着くと、骨筆を構えていたアエファニルが振り返った。

 

「シャロン? その姿、何が有った?」

「転倒した……」

 

 アエファニルに会えて安心したせいか、転んだ痛みを実感してきた。勝手に涙が滲む。

 彼は呪文で私の汚れを落として抱き上げて、いい感じの平たい岩に座らせてくれた。

 

「痛むか?」

「いたむ……」

「見せよ」

 

 私の袖やスカートを捲り上げて怪我の有無を確認するアエファニル。いくつか軽く擦り剥いた箇所が有った。

 リュックから傷薬を取り出す。持ってきて良かった。

 アエファニルは私の手から小さな器を取り上げて、丁寧に塗ってくれる。しみる!

 

「……うぬは斯くばかり小さき手をしておったのか」

 

 最後に手のひらにも塗り込んでくれる。

 まだ男らしい手とは言えないけど、しっかりしたアエファニルの手。

 七歳児の手と比べたら随分大きく見える。

 

「して、シャロンは何故一人でここまで来たのだ?」

「アエファニルに話がある」

「聞こう」

 

 アエファニルは私の手を握ったまま隣に座る。

 あったかくて安心するけど、私はこの手を離さなくちゃいけないんだ。

 

「……わらわはカズデルへは行かぬ。アエファニルの枷になりたくはない」

「枷などと……」

「事実である。そなたが欲するものを掴むため、その手は空けておくとよい」

 

 握られたままの手を抜き取り、リュックを漁って贈り物を取り出す。

 使い方を図解した紙と、布製ケース。

 

「アエファニル、これを。不要ならば捨ててもよい」

 

 手渡すと、アエファニルは紙を広げて読み始めた。

 

「これは……口を覆うものか?」

「しかり。病の予防になるやもしれぬ」

 

 前世の裁縫スキルと今世の呪術スキルを組み合わせて、綺麗な空気だけを取り込む呪文を込めた布マスクを作ってみた。

 原作のカズデル、なんか空気悪そうだったし。

 

 私は骨筆の扱いが下手だから、呪文は全部刺繍で刻んだ。

 最初は衛生面を考慮して使い捨てにしたかったけど、刺繍では時間がかかり過ぎて量産できないし、仮に量産してもアエファニルの荷物が増えてしまう。

 一枚をしっかり作る事にして、呪文で自動洗浄機能を付けた。

 呪文の構成はお姉様に相談したものの、物理的には糸を紡ぐ所から全て私一人でやった100%手作りだ。

 成長に合わせてサイズを調節できる工夫もしてある。

 

「こうか?」

「うむ、似合っておる」

 

 アエファニルは早速マスクをケースから出して着けてくれた。バンシーの服に合うようにデザインは拘ったから、変に浮く事は無さそうだ。

 私はロゴス先生のプロファイルを読まないまま転生しちゃったから、原作から鉱石病の数値が改善したとしても知りようがないけど。

 もしかしたら効果なんて無いかもしれないけど。

 彼の傍に居られない私の、ただの自己満足だ。

 

「……感謝するぞ、シャロン」

 

 アエファニルはマスクをずらし、私の頬にキスをした。私も同じように返す。

 正真正銘バンシーの口づけなんだから、君の未来に希望が満ちたらいいのにね。

 

 

 

 一緒にお弁当を食べて、先に送ってくれるというのを断って鍛錬を見学して。

 気が付いたら何かに揺られていた。

 転んで痛かったはずの身体の前面が、安心する温もりにくっついている。

 二人分の足音。だけど私の足は浮いている。

 重たい瞼をなんとか開ける。霞んだ視界が黄昏の光で満たされた。

 歌が聴こえる。昼と夜の狭間に亡くなった魂へ捧げる挽歌。バンシー達の習慣。

 

 アエファニルがずり落ちかけた私を背負い直す。

 ラケラマリン様が立派な兄だと彼を褒める。

 まるで家族みたいだ。優しい母と、少しやんちゃな兄と、私。

 

 私にそんな資格は無いのに。

 ──私はこの先、二人の大事な人を見殺しにするんだ。

 

 今ならまだ間に合う。テレジアの暗殺について伝えられる。

 伝えて──それから?

 例えテレジアが内戦に勝ったとしても、全てのサルカズが彼女の理想を受け入れられるわけじゃない。

 それが叶うなら最初から内戦など起きていない。

 

 打ち明けてしまおうか?

 二人なら私よりいい考えが浮かぶかも。

 でもそれで二人が危険な目に遭ったら嫌だな。

 

 テレジアは好きなキャラだった。生きていて欲しかった。

 だけど彼女の死がテラとアエファニルを生かすのならば──私は彼女に死んで欲しい。

 

 寒気がする。アエファニルの背中は温かいのに、私の背骨が氷になってしまったかのように、冷気がのしかかってくる。

 

「あえふぁにる……あるく……」

「目覚めたか? うぬの足に合わせていては夕餉に間に合わぬ。このまま帰るぞ」

 

 アエファニルはおんぶが楽しいのか、それとも他に良い事が有ったのか、機嫌が良さそうだ。

 水を差すべきではない。そう言い訳して、私は黙って目の前の温もりにしがみついた。

 

 

 この日を最後に、アエファニルがカズデルへ誘ってくる事は無くなった。

 

 

 

 

 アエファニルは本格的にカズデルへ行く準備を始めた。

 心配するお姉様方を説得して、一人旅ができるかのテストを河谷の外の森で受けていた。無事合格したようだ。

 

 ある日アエファニルに誘われて、彼が架けたあの大橋の上を二人で歩いた。

 間近で見るのは初めてだが、本当に立派な橋だ。横幅も広く、実際に上を歩くと、橋と言うより奥に長い広場に居るような感覚になる。

 短時間で一気に仕上げたというのに歪みは全く無い。早く終わらせようと勢いに任せたのではなく、正確な作業を無駄無く行ったからこそ早かったのだろう。

 

「シャロン、近頃何事か思い悩んでおるようだな。我に話してみるが良い」

「たいしたことではない」

「さては一人寝が堪えておるな?」

「それはそなたの願望であろう」

「違うのか。残念だ」

 

 アエファニルの髪が風に揺れて、彼の顔の輪郭が前よりもずっとシャープになっている事に気が付いた。美少女に見えるのは、服装と髪型で誤魔化されているだけだ。

 彼の成長は誰にも止められない。

 

 だけど内戦やバベルの崩壊は、止められるかもしれない。

 

 ──駄目だ。ただの七歳児に何ができる?

 下手な正義感で中途半端に引っ掻き回すのが一番駄目だ。善意も勇気も、報われるとは限らない。この世界なら尚更だ。

 このまま私が黙っていれば、きっとアエファニルはロドスへ辿り着く。

 欲張るな。たった一人、アエファニルの未来のために、全てを踏み躙る覚悟を決めろ。

 

「やはり浮かない様子であるな」

「……気のせいだ」

 

 誤魔化せてはいないだろうけど、アエファニルは追求せず、少し先へ駆けていって両腕を広げた。

 

「シャロン、この橋はうぬのものだ。うぬが居らねば、我はこれを架ける事も無かったゆえな」

 

 どうしよう、ある意味ハガネガニの殻と同じくらいいらない。私この向こうに用事無いからこの橋も使わないし。

 いらないけど……必要無いけど、でも、気持ちは嬉しい。

 

「我が恋しくなれば、ここへ訪れ、我が刻みし言葉を読むが良い」

 

 ん? アエファニルが指し示す方へ近付く。

 欄干に何か刻まれているようだ。どれどれ……

 

『この橋を我が最愛のシャロンに捧ぐ。アエファニル』

 

 ……これか!!! お姉様方がやたら期待してたのってこれも原因か!!

 『最愛の』の後に入るはずの『妹』が省略されてるばかりに……!

 謎の脱力感と共に顔を上げ、逃避のように下の景色に目を向ける。

 ……色んな事に気を取られて忘れてたけど、ここ、かなり高いな。

 

 

 ふと、橋の規模も高さも全然違うのに、あの時の事を思い出した。

 前世の最後。橋の上、黄昏時、駆けてくる足音。

 名前を呼ばれて──

 

 

「シャロン?」

 

 ハッとして声の方を見ると、いつの間にかすぐ隣にアエファニルが居た。

 彼は私の肩をそっと引き寄せ、欄干から遠ざける。

 首を絞められるのかと思って身が竦んだ。

 違う、アエファニルはあいつじゃない。私を殺したあいつはここには居ない。

 

「顔色が悪いぞ。高さに恐怖したか?」

「……う、うむ。ここから落下する想像をしてしまった……」

「うぬは落ちぬ。我がおるゆえ」

 

 アエファニルは私を抱き締めて、優しく背中をトントンしてくれる。

 アエファニルは私を傷付けない。

 それなのに、私は君が傷付くと知っていて送り出す。

 

 やがて内戦が始まる。沢山の人が犠牲になって、テレジアも死ぬ。

 それが正史。まだ訪れていない正史。……その正史の中に、私はいらない。

 原作のままに進めるのなら、転生者などただのノイズなのだから。

 

 

 

 私が八歳になる前に、アエファニルは旅立っていった。

 その背をいつまでも見ていたかったのに、彼の姿はすぐに霧の中へ消えてしまった。

 

 

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