挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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二章はバベル崩壊に伴うシャロン決壊編、8話前後の予定
モテる女のさしすせそは「さすが」「知らなかった」「凄い」「センスいいね」「そうなんだ」らしいです


二章 死を想う
2-1 モテるバンシーのさしすせそ


 逃げよう。

 

 次にアエファニルが帰って来るのは、バベル崩壊の後になる。私が見捨てた人達との別れに悲しむ彼に、どんな顔で会えというのか。

 彼が戻る前に河谷を出よう。どこか遠くへ行ってしまおう。

 アエファニルも一度バベルに入ってしまえば、理想を捨ててまで私を追っては来ないだろう。

 

 子供が欲しいから相手を探しに行くという設定なら、無理無く旅立てるはず。

 そして実際にそうする為には生きるための勉強が必要だ。

 

 元々そういう予定だったのか、それともアエファニルと離れたのが切っ掛けなのか、お姉様たちによる性教育が始まった。

 からだの仕組み、子供のつくり方。前世と変わらなそうだ。

 早く終わらせて呪術の時間を増やして欲しいので、サクサクこなす。

 

 すると次はなんと「誘惑」の授業が始まった。な、なるほど……?

 この授業は当然のようにセクシーお姉様が担当である。

 立ってるだけで人を誘惑できそうなお姉様だが、やはりテクニックも有るらしい。

 

「シャロン、『さしすせそ』はもう覚えたか?」

「う、うむ」

「ならば答えてみせよ。さ!」

「さすがであるな」

「し!」

「死でもわらわ達を引き裂けまい」

「す!」

「素顔を見せたのはそなたが初めてである」

「せ!」

「背中の紐がほどけてしまった。結んではくれぬか?」

「そ!」

「そなたとわらわの仲であろう?」

「少々抑揚が欠けておるな。なれど淀み無く答えたゆえ、及第点とする」

 

 モテる女のさしすせそ的なやつ、どこの世界にもあるんだな。前世で聞いたのより大分攻めてるが。

 あと「さ」だけ浮いてない?

 

 言葉だけでなく男ウケのいい仕草とか、男の人はどういう触れ方が好きかとかも教わり、授業が進むうちについに木製の棒が出てきた。

 積み木に混ざっていそうな、ただのシンプルな円柱。しかしお姉様にかかれば途端に怪しいアイテムに見えてくる。

 

 な、なるほど棒にね、あんな事やこんな事をね。あー、事前に消耗させておいた方が本番の負担も減ると……

 あの、河谷の女はみんな十歳に満たない内からこれを学ぶんですか?

 どうしよう、怖くて聞けない。

 そして「大人になるまで実際にやっちゃダメ」と言い聞かされる。周りに男性が居ないからやりようが無いけど、そう教える決まりなんだろう。

 

 

 前世の感性が残っているせいか誘惑はどうにも抵抗感が抜けないが、呪術は頑張っている。

 一人旅には力が必要。骨筆は苦手とか言ってる場合じゃないのでひたすら練習した。

 攻撃用の呪文も教わり始めたものの、下手すぎて絶対に一人で河谷の外に出るなと言われてしまった。前途多難である。

 だが私は諦めない。攻撃が駄目ならそもそも戦いを発生させなければいい。隠密性と逃げ足で勝負だ。

 

 原作でアエファニルが使っていたのと同じと思われる、姿を隠す呪術を集中的に鍛える。

 これは相性が良かったのかどんどん上達し、お姉様にも太鼓判を貰った。

 あとロゴス先生がS3の時に飛ぶやつ、あれやりたい。実用的にもロマン的にも。

 こちらも頑張ったら、飛ぶまでは行かないが月面歩行に似たフワフワ感は得られた。二階の窓なら余裕で届く。

 これなら多少の地形は無視できそうだ。ただし発動は結構遅いし、発動中に移動以外の事をしようとすると効果が切れやすい。

 浮いたままドカドカ攻撃してたロゴス大先生、大先生すぎる。

 

 

 あとはマスクを自分用にも作った。アエファニルに渡したものほどのクオリティではないけど、無いよりマシなはず。

 そしてアエファニルがマスクを気に入って着けていたせいか、最近お姉様方の間でも自作の呪文マスクが流行っている。

 バンシーをヴェールとマスクのミステリアス集団にしてしまった……

 

 それとリボンも沢山作った。

 私は骨筆は下手だけど、糸で呪文を込めるのは上手かった。

 しかし普通の品質の布では複雑な呪文には耐えられない。

 かといって、アエファニルのマスクに使ったような上質な布はそう作れない。糸から厳選しなければならないのだ。

 苦肉の策として、普通の布のリボンに個別の呪文を刺繍したものを複数身に着ける事で、擬似的に重ね掛けを実現した。

 私の刺繍はいわば補助輪的なものなので、骨筆の扱いが上手かったら不要な苦労である。

 

 針と糸を握っていると、思い出すのはテレジアの事。

 例え千年過ぎたとしても、忘れる事はできないだろう。

 

 

 ラケラマリン様はアエファニルを追い掛けて河谷を留守にしている。

 女王も王子も居ないのに、私一人が宮殿でぬくぬくと暮らしてるのって変じゃない?

 いやでも家主が居ないのに勝手に出ていくのも失礼だろうか。なんとなく居心地が悪いけど、そのまま宮殿で過ごす。

 

 女王の帰還ともなれば、出迎えがちょっとしたイベントと化すのではないかと思っていたが、ある朝私が食堂へ行くと普通にラケラマリン様が席についておられた。

 不意打ちだったのでめちゃくちゃ狼狽えてしまった。

 ラケラマリン様はカズデルの情勢や、テレジアにアエファニルを託してきた事を話してくれる。

 その口調には敬愛が溢れていて、テレジアが本当に大事な友人だという事が見て取れた。

 

 

 ──私はそのテレジアを見殺しにする。

 

 

 物語でよく聞く、「食事の味が分からない」ってこういう事か。

 平静を装うが、顔色が悪いだの手が震えているだのと指摘されてしまった。

 でも私には切り札「アエファニルが心配」がある。誤魔化せたかな?

 便利に使ってごめん、アエファニル。

 

 次からの食事は部屋で一人で食べると言ってみたが、心配したラケラマリン様が消化に良いものを自ら運んできてくれた。

 手を煩わせるわけにはいかないので、その次からはまた食堂で一緒に食べるようにした。

 口に入れる、噛む、飲み込む。それを繰り返すだけ。大丈夫、ちゃんとできてる。

 アエファニルには合わせる顔が無いと思っている一方で、ラケラマリン様との食事は続けるんだから変な話だ。

 どういう気持ちなのか、自分でもよく分からない。

 

 ラケラマリン様は寂しがっているのが丸分かりで、私のお稽古にも頻繁に顔を出すようになった。

 顔を合わせるのは複雑だが、お陰で呪術は上達した。

 しかし英雄の指導を以てしても、私の評価は「戦闘は壊滅的」であった。やはり攻撃は捨てるか……

 隠形は褒められたものの、励ますために評価を盛ってくれてる可能性も有る。外の世界で実際どこまで通用するかは不明だ。

 

 不意に原作の、全くバンシーに関係ないキャラの台詞が頭をよぎった。

 「凡才ですわね」。それはそう、ただの一般バンシーだし。

 テレジアもテラも救えるような、最強チートバンシーだったら良かったのにな。

 ああ、でも、バンシーの一番はアエファニルであって欲しい。

 他の種族ならどうかな。……バンシー以外になるの、嫌だな。

 ……私は何を考えてるんだろう? もしもの話なんて意味が無いのに。

 

 

 

 糸を紡いでリボンを織って刺繍して、呪術の鍛錬に明け暮れて。

 誘惑のお稽古は「シャロンは自然体が最も愛い」と匙を投げられて。

 アエファニルが居ない食卓をラケラマリン様と囲んで。

 

 ──気付けば数年が経っていた。

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