挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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2-3 アエファニルとロゴス

 アエファニルはラケラマリン様の地位を継いで弔鐘の王庭の主となり、お祝いのパーティーが開かれた。

 開かれたと言うか、継承を発表したら自然とお祭り騒ぎになったらしいが。成人祝いも兼ねてると思われる。

 仮に何も無くてもおかえりパーティーが開催されていた事だろう。

 

 私は熱を出してしまったので欠席である。自室でオリジムシ人形と添い寝。

 遠くから微かに響いてくる賑わいに耳を傾けていると、ラケラマリン様が見舞いに来てくれた。

 

「シャロン、起きておったか」

「マダム……?」

「今今の『マダム』はアエファニルであるぞ。妾はただのラケラマリンよ」

「……そうであった。ならば『姉上』であろうか」

「うむ。好きに呼ぶが良い、妹よ」

 

 アエファニルがお姉様方に囲まれてマダムと呼ばれている所を想像するとちょっと面白かった。

 ラケラマリン様が近くに来ても、いつもの香水の香りはしない。わざわざ落としてきてくれたのだろうか。

 ひんやりした手で頬を撫でられて気持ちいい。

 

「妾は多くの子を見てきた。されど辛い時に泣きも騒ぎもせぬのは、そなただけだ」

「アエファニルも泣く姿は見た事が無いが……」

「あの子も忍耐強いが、七日謹慎させた時にはさめざめと泣いておったぞ。シャロンに会いたいとな」

「なんと……」

 

 七日の謹慎、私を連れて飛ぼうとした時のあれか。そうだ、あれが切っ掛けでここへ引っ越しさせられたんだった。泣くほど寂しかったのか。

 その本人が今は私を置いて年単位で留守にするんだから、成長とは不思議なものだ。

 

 小さい頃のアエファニルに思いを馳せていると、遠くから歌声が響いてくる。

 ロゴス先生と同じ声。

 

 ……あれ?

 私、アエファニルとロゴス先生を別人としてカウントしてるみたいだ。

 

 ──やっと気付いた。私は顔を合わせたくないわけじゃない。

 最初こそ、そうだった。だけど今私が恐れているのは、彼を直視して『ロゴス』だと認識してしまう事。

 若きバンシーは登場シーンが僅かだったせいか、すぐにアエファニル自身の印象で上書きされた。

 でもロゴスは本編で沢山見た。声も聞いた。私にとって、彼はゲームの中の人だ。

 私の中のあの可愛いアエファニルを、架空のキャラクターで上書きしてしまいそうで怖いんだ。

 アエファニルが居なくなってしまう。あの別れの日に、霧の中へ消えたままになってしまう。

 

「……姉上、わらわは後悔しておる。アエファニルと共にカズデルへ行かなかった事……」

 

 一緒にカズデルへ行って、一緒に成長していたら違ったのかな。

 自分で行かないと決めたくせに。

 ……変なの。もう会わないつもりでいたんだから、アエファニルが消えてしまったって同じはずなのに。

 

「アエファニルの変化に驚き、受け止め切れずにおるのだな?」

「……然り。されど、わらわが行けば、後悔しておったのはアエファニルだという事も分かっておる……」

「……カズデルが如何なる都市か、そなたに伝えた者がおるのか?」

「否。カズデルがこの河谷より良き場所ならば、姉上のほうからアエファニルを連れてゆくに違いない……そう考えた」

「そなたはまことに聡い子よな」

 

 本当は前世知識で知ってるからだけど、仮に知識が無くても同じ事を考えただろう。

 もしも二人が地球に生まれてたなら、夏休みの度に長期の海外旅行とかしてたかも。アエファニルはきっと色んな国へ興味を持つし、ラケラマリン様も与えられるものは全て与えるはず。

 ……自然に思い出してしまったけど、夏休みの概念って懐かしいな。

 前世の私、ある意味夏休みのせいで死んだんだった。もうどうでもいいけど。

 

「妾と他の姉妹らは、既に自らのための時を生きた。されどそなたは始めからあの子が側におり、妾達に倣いあの子に尽くしておった。寄り添い、時に導き、反抗すらアエファニルのため……あの子の母として感謝しておるが、そなた自身のために生きて良いのだぞ」

 

 本当はアエファニルのためじゃない。私のためだ。

 バンシーに生まれたからには、アエファニルを大事にするべき。そう思って生きてきた。

 そうすれば余計なことを考えずにいられるから。

 

「尽くしてなど……わらわは折角会いに来てくれたアエファニルに無礼な態度を取ってしまった」

「妾は嬉しく思うぞ。今今のそなたがあの子を拒絶するのは、そなた自身の心を守るため。そなたは置き去りにしてしまった心を拾い上げつつあるのだ」

 

 拾って、そのまま遠くへ投げ捨ててしまいたい。

 何も知らない普通のバンシーに生まれたかった。

 溢れる涙をラケラマリン様がそっと拭ってくれる。

 ──私はこの優しい人の友人を殺すんだ。

 

 

 

 

 いつの間にか少し眠っていたようだ。ラケラマリン様はもう居なかった。

 泣いたのは一歳の頃以来かもしれない。目が疲れたしちょっと頭も痛い。

 でも何かちょっとスッキリした。それか単にヤケクソなのだろうか。

 ロゴス先生の……アエファニルの顔を見ておかないといけないという使命感がある。

 私は心配してくれるお姉様の同行を断って、寝間着のまま呪術で姿を隠し、パーティーが行われている広間の様子をこっそり見に行った。

 だけど広くて長くて天井の高い廊下を歩くうちにすっかり気持ちがしぼんで、皆が楽しむ音だけを入口の陰で聴く。

 

 ロゴス先生の歌に、お姉様方が歓声を上げる。

 その歓声の中心は、かつてはアエファニルだった。ロゴス先生とは違う幼い声で、いつも私に読み聞かせをしてくれた。

 ……大丈夫、進化しただけ。アエファニルが、若きバンシーになって、ロゴスになっただけ。

 意を決してそっと覗き込む。

 

 ……あれ?

 アエファニルはロゴス先生にそっくりだけど、私の知らない、でも知ってる姿だった。

 私があげた、バンシー風の黒いマスク。まだ使ってたんだ。

 パーティーで飲み食いしただろうに、しっかり着けている。

 どっと安堵が溢れて、膝から力が抜けそうになる。

 そっか、この世界のロゴスは……アエファニルは、マスクキャラになったのか。

 

「……シャロン?」

 

 げっ、目が合った!? 近くの柱の裏に隠れて居ないふり! 私は柱私は柱私は柱。

 しかし私の隠形の呪術は急接近してきたアエファニルにあっさり解呪されてしまう。

 足が速すぎるし呪術が上手すぎる。どちらも一瞬だった。

 その上抱き上げられてしまうが、これはゆっくりだった。高速だったら多分叫んでた。

 

「シャロン……泣いておったのか?」

「これは発汗の跡である」

「目から出る汗を涙と呼ぶのだ」

 

 アエファニルは私を抱き上げたまま広間の中央へ足を向ける。

 このままパーティーに参加させられるのかと思ったら、少し進んだ所で止まった。

 

「親愛なる姉妹らよ。実に楽しい宴であった、感謝するぞ。シャロンを寝かしつけるゆえ、今宵はこれで失礼する」

 

 パーティーの主役がそんなに堂々と抜け出すんじゃないよ!?

 ジタバタ抵抗してみるも、有無を言わさず運ばれていく。

 お姉様方は歓声を上げていたが、これは不調の妹が勝手に出てきたから部屋に戻すというただのお兄ちゃんモードです。

 いやまあ、「なんであの子ばっかり!」とかなるよりは全然いいんだけども……

 

 こっそりついてきていたのか、クールお姉様が進行方向にサッと出てきてこちらに両腕を伸ばす。

 私もお姉様へ両腕を伸ばす。

 そしてアエファニルはぐいっとお姉様を迂回してそのまま歩き続ける。

 

「ようやく顔を見る事が叶ったのだ。離さぬぞ」

「アエファニルは酒臭い」

「ふむ。『消臭せよ』。これで良いな」

 

 アエファニルの呪文便利すぎる。

 しかし酒臭さは消えたが顔は赤いままだ。

 酔っ払いに抱えられているのも不安なのだが、熱でだるいし諦めて大人しく運ばれておく。

 何か言いたげだったお姉様も、私が抵抗をやめたからか黙ってついてきた。

 

「妹よ。久方ぶりに再会した兄の頬に、挨拶代わりの口づけをすべきではないか?」

 

 それ、なんか原作で聞いた事ある気がする。どこだっけ。

 そうだ、PhonoR-0がロゴス先生に言ってたんだ。親子で言ってる事が全く同じだ。

 ……私の事、本当に家族だと思ってくれてるんだ。

 

「いつか気が向いたらそうしよう」

「我は悲しいぞ……」

 

 私の部屋に到着。

 アエファニルは呪文で私の靴を脱がせてベッドに下ろすと、ベッドの縁に座ってきた。

 自分の靴は手で脱いでいる。呪文はどうした。というか添い寝する気か。

 

「アエファニル?」

「………………」

 

 あ、寝るぞこれ。小さな頃と同じ、眠気が限界の目をしてる。

 アエファニルを私から引き剥がしたそうなお姉様達にこのままでいいと伝える。

 マスクとピアスを外しておいてあげよう。というかピアスは尖っててこのまま寝られると怖い。

 アエファニルは何も言わずにされるがままだ。

 マスクは大分くたびれてる。アエファニルがバベルに戻る前に修繕しよう。

 先に横になると、アエファニルも釣られたように隣へ潜り込んでくる。懐かしい感じがした。

 大きくなってロゴス先生そっくりになったけど、目を覆う羽の角度は小さな頃と変わらない。

 

 彼はロゴス先生というキャラクターじゃなくて、私の幼馴染のアエファニルなんだ。

 今夜はよく眠れるような気がした。

 

 

 

 

「うう……うぐ……」

「……アエファニル?」

「シャロン……? ああ……ここはうぬの部屋か……」

「苦しそうであるな……二日酔いというものか……」

「うむ……起き上がれぬ。シャロン、うぬも熱が下がらぬ様子。さあらばこのまま共に過ごそう……」

 

 よく眠れたは眠れたが目覚ましが二日酔いの唸り声で台無しである。いいけど。

 アエファニルは腕の中に私を抱き込んで二度寝しそうだが、お姉様が畳まれた服を彼に押し付ける。

 

「アエファニル、せめて着替えよ。水も飲むのだ」

「……うむ……」

 

 アエファニルは渋々私を離して起き上がり、ベッドの縁に腰掛けて服を脱ぎ始める。

 私も逆サイドに座って水を飲む。

 なんとなく振り返ってみたらアエファニルが上半身裸になった所だった。

 背中が男の人だ。アエファニルってちゃんと男だったんだ。

 散々男児扱いしてたのに、やっと異性だと理解した気がする。

 あ、下もここで着替えるの? 一応向こう向いておくね。

 

 まだ熱っぽいけど気分は悪くない。

 アエファニルは着替えて水を飲んで顔も拭き、すぐに私の隣に戻ってくる。

 狭い一人用のベッドで一緒にゴロゴロ。落ち着く。

 

「いずれ二日酔い解消の呪文を開発せねばな……」

「そこまでして呑みたいのか」

「酒は良い……シャロンも大人になれば理解するであろうよ……」

 

 昼まで二人でぐだぐだして、久しぶりにラケラマリン様とアエファニルと私の三人でお昼ご飯。味はやっぱり分からないけど。

 まだ熱はあるけど寝てばっかりも逆にしんどいから、午後はアエファニルと一緒に少しだけ庭園で気分転換。

 翌日体調が戻ったら小さな頃のようにアエファニルに手を引かれて河谷を散歩。

 最後の夜はマスクを修繕しながら二人でお喋り。

 河谷を満喫してアエファニルはバベルへ戻っていった。

 

 

 テレジアに生きていて欲しい。

 ずっとずっと生きていてくれたら、私もずっとここでアエファニルを待っていられたのに。

 だけどドクターが原作通りに動いてくれないと、テラが丸ごと犠牲になるかもしれないから。

 

 さようなら、テレジア。ばいばい、アエファニル。

 内戦が始まる。

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