「アエファニル。シャロンも連れて行くが良い」
「わらわも!?」
私は見送りサイドだと思ってややラケラマリン様寄りの位置に立ったのだが、そのラケラマリン様がアエファニルの方へ向かって私の背中を押す。何故!?
「テレジアの艦では鉱石病の程度を知る事が可能なのだろう? この子は感染しておらぬやもしれぬのだ」
「なんと、それは検査を受けさせねば」
「わ、わらわは非感染者なのか!?」
「そなたの親代わりの者達から、体表に一切結晶が生えておらぬと聞いておる。それらしき痛みを訴える事も無いと」
確かに痛い時はいつもちゃんと理由が有ったし、治っていた。
何も無いのに特定の場所が痛いという経験は無い。
サルカズは身体が頑丈という設定が有ったはずだから、その関係で自覚に繋がるような痛みが無いだけだと思ってた……というか、まだその可能性は消えてないけど。
それこそ検査しなければ分からない。
「連れてゆくのは構わぬが……露出の少ない衣服は無いか?」
私は行くとも行かないとも言ってないんだけど、もう行く事確定になっているようだ。
仮に行かないって言っても検査のためだって押し切られそう。
アエファニルは私を見下ろして渋い顔をしている。
今日の私の服は胸元が大きく開いてるし、スカートにもざっくりスリットが入っている。夏だし。
「シャロンの装いが気に入らぬか?」
「母上、我はバベルで学んだのだ。男というものは、女の胸だの脚だのに異様な執着を見せるのだと……。我は兄としてシャロンを守らねばならぬ。母上や姉妹らも──」
「まだまだ子供であるな、息子よ。男というものは女が着込めば着込んだで、剥いてみたいと燃え上がるのだ。難儀なものよな」
「わ……我にはわからぬ……!」
頭を抱えるアエファニル。うん、母親からそういう話は聞きたくなかったよね。可哀想に。
しかしさっきから性欲無さそうな事言ってるけど、河谷で美女を見飽きてるせいで女性に魅力を感じないとかだったらどうしよう。
その優秀な遺伝子、ちゃんと残しておくれよ。
「さはいえ、素肌は隠したほうが何かと都合が良かろう。ついて参れ」
先導するラケラマリン様の後ろを、アエファニルに手を引かれてついていく。
宮殿に戻り最上階へ上がり、着いたのはラケラマリン様の衣装部屋だった。
見覚えのあるドレスも多いが、奥の方は一度も着ている所を見たことがないものばかりだ。
「これらはかつて纏っておったものだが……うむ、これがシャロンに似合いそうだ」
「母上、それは胸元が開きすぎだ。今着ておるのと変わらぬ」
「落ち着くのだアエファニル、脚は隠れる。首元まで詰まっておるこちらと繋ぎ合わせれば全身覆える」
「透けておるではないか」
「裏地を当てれば良かろう。折角だ、袖もこちらに付け替えてしまおう」
「そ、そんな……斯様に見事な衣装に鋏を入れるなど……」
「妾も昔とは好みが変わってしまった。仕舞い込んでおっても無いのと同じ。ならば愛い妹のため役立てた方が良い」
気持ちはありがたいけど、時間が足りない。
アエファニルが河谷に滞在するのはほんの少しのはず。
「アエファニルは直ちに戻らねばならぬのでは……」
「河谷には一週間滞在する予定で参ったが、シャロンを連れて行くなら五日目には出立したい」
「間に合わせよう」
あれ? 原作だとすぐ帰るんじゃなかったっけ?
ともかく大勢のお姉様が呼ばれてドレスリメイク作業が始まった。
「この子を外へ連れてゆくのか!? 妾の愛いシャロンを!」
「されど殿下の艦は感染対策が万全だというではないか。アエファニル、これよりそなたがシャロンを守るのだ」
「妾達の目が無いからといって、シャロンに無体を強いるでないぞ」
私の世話役のお姉様達もリメイク作業に参加し、手を動かしながらアエファニルに色々言っている。
爆速で解体され爆速で縫われていくドレス。人間ミシンだ。
私も針の扱いは得意だと思ってたけど自信無くなってきた。でもやれる事をやろう。
「わらわも……」
「シャロンはアエファニルと今後の段取りでも話し合うがよい」
ラケラマリン様に追い出されてしまった。
そしてドレスリメイク班とは別のお姉様に捕まり、庭園に案内される。
テーブルセットにお茶の用意がされているようだ。
「席は対面ではなく隣にしてくれぬか?」
アエファニルの言葉にお姉様が骨筆を振り、一瞬でセッティングし直される。
二脚の椅子はどこかへ飛んでいき、どこからか飛んで来た長椅子に入れ替えられた。
素早く飛ぶ家具怖い。ポルターガイスト感。
アエファニルはお姉様にお礼を言い、私の手を引いて、まず私を座らせる。
そして回り込んで隣に座ってくる。どこで身に付けたんだその紳士スキル。
「シャロンは河谷の外へ出た経験は有るか?」
「一度も無い。一人で旅に出てみたかったのだが、姉上らに止められた」
こういうのは黙ってて他の人から伝わると心象が悪いから、正直に白状しておく。
アエファニルは無言でガッチリ抱き締めてきた。抱擁というより拘束。紳士どこ行った。
「アエファニル?」
「うぬを河谷に留めた姉妹らに感謝せねばな……うぬは……自らを枷と言いながら……」
「幼きわらわは枷に違いないが、成長すれば一人旅も可能だと思っておったのだ。既にその気は失せたゆえ、安心せよ」
「ならば良い……」
良いと言いつつ離してはくれない。多分抵抗しても無駄なので好きにさせておく。
しばらくしてやっと顔を上げたと思ったら、なんかじっと私の胸元を見てる。でもやらしい感じではない。
「……首飾りは何処へやった?」
「部屋に有るぞ」
「……所持しておるならば良い」
顔には出ないけど不満気な雰囲気がある。後で部屋に帰ったら着けておこう。
ようやく離れてくれたので花の香りのお茶で一息ついて、ロドスの事を色々教わった。
「シャロンは学ぶ事を好いておろう。ロドスでは教育も行っておるぞ」
「学べるのは嬉しいが、仕事もしたい。わらわにできる事は有るだろうか?」
「いくらでも有る。どの部署で働くかは実際に見て決めると良い」
例えば医療部に入ったとして、原作に居ない私が増えた事で、私より優秀な誰かに余裕ができたら、原作よりも助かる人が増えるかもしれない。
……そんなに甘くないかな。でも、何もしないよりはいいよね?
そのうち日が傾いてきて、お茶会を切り上げる。
……いろいろ話したけど、彼は私の「未来視」について一度も触れなかった。
「……アエファニル、何も聞かぬのか? わらわはこの先の未来も、誰が暗殺を企てたのかも存じておる。殿下の戦友として、王庭の主として、そなたにはわらわから全てを聞き出す権利がある……」
「シャロンの沈黙は悪意によるものではなかろう。ならば我も暴きはせぬ。何より我はうぬの主ではなく、兄でありたいのだ」
彼はそう言って、私の手を引いて歩き出した。
金色の光が空から降り注ぐ。黄昏時、挽歌の時間。
そういえば、いつも誰が最初に歌い始めるんだろう? 担当とか決まってるのかな?
分からないけど……多分、勝手に歌い出しても怒られはしないだろう。
今日だけは私から。テレジアと、内戦で喪われた人達と、昼と夜の狭間に亡くなった魂へ。
すぐにアエファニルの歌声が重なって、バンシー達が加わっていく。
河谷に歌が広がっていく。
まるで私達の歌で眠りに落ちるみたいに、空の色が移り変わって夜になる。
死者も生者も、この大地も、穏やかに眠れますように。
・
翌日、大事件が起きた。
最近見掛けないと思っていた私の元世話役のお姉様の一人が、いつの間にか妊娠していて、なんと今朝出産したらしい。
私は立ち入り禁止にされてるエリアがいくつか有るのだが、そこに旦那さんと住んでるとか。
近くに迷い込んだ人をハントしたのだろうか……激しい競争の果てに……
というかもしかして、私と会わないようにされてるだけで、河谷って普通に男の人居るのか……?
アエファニルと一緒に会いに行く事になり、私は小さい頃に遊んでいたぬいぐるみ達を爆速で修繕した。駄獣羽獣鼷獣跳獣の四体。
横で見ていたアエファニルは何やら感慨深そうだ。
「懐かしいな。それらは元は我のものだった。我もうぬが現れた時に譲ったのだ」
「そうであったか」
布を張り替えて綿を詰め替えて、呪文で清潔にして完成。
オリジムシ人形は……家出しかけたあの日、棚に置いて横になったら眠れなかった。ベッドに持ってきたら寝れた。この子はロドスに持って行こう。
赤ちゃんや出産直後のママさんにアロマは良くないかもしれないので、いつも髪に付けている香油も呪文で落としてから会いに行く。
家を訪ねると、大勢のお姉様が居た。私が小さい頃の世話役だった人も数人居る。私の時と同じで集団で子育てをするようだ。やっぱりあれがデフォルトなのか。
まずはベッドに居るママさんにお祝いを伝えると、少し顔色良くなったねアエファニルに会えて元気になったんだねって何故かこっちがお祝いされてるような空気になった。
誤解です! いや大枠では間違ってないんだけども!
……心配かけちゃってごめんなさい。まだ大丈夫とは言えないけど、きっと大丈夫になるよ。
旦那さんは別室に居るらしい。後でアエファニルが挨拶に行くそうだ。一人で。
お姉様方、私をアエファニルとくっつける為に私から他の男性を遠ざけようとしてない?
まあバンシーの主のアエファニルはともかく、一般バンシーの私が会う意味は薄いだろうけども。
部屋にはかつて私が使っていたベビーベッドが有る。
アエファニルと一緒にそっと覗き込むと、赤ちゃんがすやすや眠っている。
「愛い」
「愛いな」
まだツノは生えていない。でも私の羽一枚よりもちっちゃな翼が頭にある。
可愛い。凄く可愛い。ただ寝てるだけなのに、とてつもなく和む。
おくるみには祝福の呪文が刻まれている。だけどこの子がただ呼吸をしているだけで、私の方が祝福されているような気持ちになった。
しばらく癒されてからアエファニルは旦那さんの所へ向かい、私はママさんにぬいぐるみを見せる。
彼女は羽獣人形を抱き上げると、愛おしそうに撫でた。
「この羽獣は妾が作りアエファニルに与えたのだが、あの子はさほど興味を持たなんだ。それで構わぬと思うておったが……そなたが愛でてくれて嬉しかったぞ。その上斯様に美しく繕われ、妾のもとへ戻って来るとは」
ママさんは私の手を取り、確かめるようにさする。
あ。この感じ、知ってる気がする。懐かしい感じがする。
「あの小さきシャロンが……立派になったな」
懐かしさの正体を掴もうとしていると、不意に赤ちゃんが泣き出した。
お姉様方が群がり、これはおむつか空腹かと協議し、一人が慎重に抱き上げ、僅かな距離をゆっくり歩いてママさんの所まで連れて行く。
赤ちゃんにお乳を与えるママさんも、見守るお姉様達もニコニコしている。
一生懸命お乳を飲む赤ちゃんは凄く可愛い。見ているとフワフワした気持ちになる。
初めてのはずなのに、やっぱりどこか懐かしい。
「シャロンもこの子を抱いてみるか?」
「良いのか?」
「勿論。そなたもこの子の姉であるゆえな」
やり方を教えてもらい、決して傷付けないように慎重に抱っこする。
お腹いっぱいになって、すやすやと眠る赤ちゃん。
小さくて、軽くて重くて、あったかい。
懐かしい感じがする。
そっか。私の時のお姉様達も、きっとこうだったんだ。
私、皆に愛されていたんだ。
やっと気付いたのに、もうすぐ河谷を出ないといけない。
嬉しさと寂しさが混ざって、それは幸せになって、涙になった。
残り数日、お姉様達にいっぱいありがとうって言おう。
・
戻って来たアエファニルも赤ちゃんを抱っこさせてもらっている。
あのアエファニルが珍しく緊張でガチガチに固まってて、ちょっと面白い。
「斯様な抱き方で良いのか……?」
「良いぞアエファニル……様になっておるぞ……」
眠る赤ちゃんを起こさないように小声で会話するアエファニルとお姉様。
それすら何か和む。他のお姉様達もニマニマしている。
「妾達の可愛いアエファニルと赤ちゃんが一緒で超可愛い〜!」の空気だ。やっぱりややアエファニルが主体。
確かにアエファニルはバンシーにとって特別で、彼とそれ以外では温度差が有る。
でも、それは「暖かい」と「冷たい」の差ではない。「暖かい」と、「もっと暖かい」だ。
そして二つが揃えば暖かさは溶け合って、ひとつの大きな「暖かい」になる。
心が凄くポカポカする。私の時のお姉様達も、きっとそうだったんだね。
「子とは不思議であるな……こうして抱いておるだけで……深い安らぎを覚える……」
「そうであろう……シャロンも……子を望み河谷の外へ行く心算であったそうだぞ……」
あっ、バラされた! 昨日自己申告しておいて良かった。
「子を………………………………………………?」
アエファニルが感情の読めない瞳で見てくる。
そういえば婚活設定は伝えてなかった! あの、間が怖いんですけど……
お姉様方、静かに盛り上がらなくていいから! これお兄ちゃんモードだから!