挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

2 / 57
0-2 花を摘みに行く

 私はおむつを卒業するために、おまるを使うために、歩けるようになるために、まずは掴まり立ちからの伝い歩きを頑張っている。道のり遠い。

 だが毎日のように遊びに来るアエファニルから優しい妨害を受けていた。

 

「シャロン? 向こうへ行きたいのか?」

 

 ローテーブルを支えにしてよたよた歩いていると、部屋に入ってきたアエファニルに抱き上げられて、偶然進行方向に有った窓の前まで運ばれてしまう。

 違うんだ、気持ちはありがたいけど私は歩行の訓練をしているんだ……

 まだ殆ど喋れないから伝えられなくてもどかしい!

 あっ、すぐそこの木に鳥っぽいのが居る。あれがリアル羽獣!?

 

「アエファニル、すぐに抱き上げてしまってはシャロンは歩けぬままだぞ」

「うむ……分かっておるのだが……」

 

 ラケラマリン様が窘めている様子だが、アエファニルは私を離さない。

 ただでさえ美幼女のアエファニルがいじける姿は非常に可愛い。見守っているお姉様達からも「妾達の可愛いアエファニルが今日も超可愛い〜!」の空気が漏れている。分かるよ、この子何してても可愛い。

 この王子様の機嫌を損ねたら色んな意味で何が起こるか分からないので、私はろくに抵抗できずにいる。足をプラプラさせてみるのが精々だ。

 

 しかし私ってどういう立場なんだろう。

 アエファニルが頻繁に遊びに来るし、彼の親戚?

 でも顔が全然違う。ジト目っぽいアエファニルに対して、私はまん丸な目。

 目の色もアエファニルはオレンジ寄りだけど、私はピンク寄りの赤だし、髪は寧ろナスティに近い灰色。

 鏡の前で並んでも血縁には見えない。

 

 私のお世話をしてくれるバンシーのお姉様がトータルで十人を超えているのも気になる所。河谷では元々集団で子育てをするものなのか、それとも私が重要人物なのか。

 家は二階建てで、日本人感覚だと広めではあるけども、かといってお屋敷という風でもなく。王子の関係者の住まいにしては質素な気がする……のに来てるんだよな、王子と女王が。謎すぎる。

 まあ何にせよ、アエファニルより上の立場なわけは無いのだから大人しくしておこう。

 

「一人で歩かせるのが心配ならば、アエファニルが杖になればよい」

「我が杖に?」

 

 ラケラマリン様が私をアエファニルから剥がし、私の手を片方ずつアエファニルの手に乗せて立たせた。

 掴まって歩けということかな。その場で小さく足踏みしてみる。ゆっくりやってもまだ安定しない。

 

「見よ、歩こうとしておるぞ。手を引いてやるのだ」

「うむ。ゆくぞシャロン」

 

 アエファニルが慎重に後退し始めたので、私も前進する。

 うおお! なんとか歩けてる! 二足歩行って素晴らしい!

 

「ふ、ふらついておるぞ? これで良いのか?」

「やらねば成長せぬ。続けよ」

 

 私よりアエファニルの方が不安そうだ。

 ラケラマリン様が言ってるのは、大丈夫だから続けて〜みたいな感じだろうか。

 ちょっと真似してみよう。

 

「ちゅじゅけよ!」

「そ、そうか? 続けるぞ?」

 

 ラケラマリン様やお姉様方が思わずといった感じで笑いを漏らす。

 面白い時の笑いと微笑ましい時の笑いの中間っぽい空気だ。

 何か変だったかな……? でも黙ってても上手くならないから、恥ずかしがらずに喋らないとね。

 

 

 それからアエファニルに手伝ってもらって歩く日々が続いた。

 連日の訓練の甲斐あって歩けるようになったものの、おまるを用意してもらうにはどうすればいいのか。

 まずバンシー語の『おまる』とか『トイレ』が分からない。「おむつイヤ」なら言えるけど、おまるにランクアップしたいという事が上手く伝わらないと、シンプルに「おむつ脱ぎたい」と解釈されて最悪下半身丸出しにされかねない。怖すぎる。

 催した際はおむつ交換用の台の横に行って屈み込み、ここにおまるを置いてくれたら一人でできますよアピールをしているが、普通におむつを交換されて終わっている。悲しい。

 

 そんなわけで今日もおむつのままアエファニルと遊ぶ。

 最近は絵に描かれた物や、私が指差した物の名前を教わっている。

 今日は生き物らしきものの絵を見ながらだ。アエファニルが描いたんだろうか?

 

「シャロン、これはハガネガニだ。ハガネガニ」

「ひゃがにーに」

「これはガンセキガニだ。ガンセキガニ」

「あんちぇきらに」

「こちらはオリジムシだ。オリジムシ」

「おーちむち」

 

 丸くてトゲトゲの絵はオリジムシだと思うんだけど、なんというか侘び寂びという言葉が頭をよぎる渋い絵柄で、いまいち確信が持てない。似たような名前と見た目の別の生き物かもしれない。

 答え合わせのために、抱えていたオリジムシ人形と絵を交互に指差してみる。

 

「おーちむち?」

「然り、どちらもオリジムシだ」

「おいちむち」

 

 アエファニルが頷いてる。やっぱりオリジムシなのか。

 アメンボみたいなやつはハガネガニで、石っぽいやつはガンセキガニ?

 となるとこの二つで共通してる『ガニ』が蟹って意味か、なるほど。

 

「シャロン、これの名は?」

 

 アエファニルが駄獣人形を持ち上げて指差している。名前を言えって事かな?

 

「らじゅー」

「うむ、駄獣だ。これは?」

 

 羽獣、鼷獣、跳獣と続けて、彼は最後に自分を指差した。

 

「全て合っておるぞ。……では、我は?」

「あーふぁにゅー!」

「覚えておるのだな。良い子だ」

 

 ぱっと笑顔になったアエファニルの様子に、見守っているラケラマリン様やお姉様方もニコニコだ。

 アエファニルは私の頭を撫でると、崩れた私の髪を手櫛で整えて立ち上がった。

 

「花を摘みに行く」

 

 あっ、アエファニルがいつも一時的に席を外す時に言うこれ……さては「トイレ行く」だな?

 これは脱おむつのチャンスかもしれない。部屋を出ようとするアエファニルを追い掛ける。

 

「はなちゅみーく!」

「シャロンも行きたいのか?」

「ゆく!」

「さあらば扉の前まで共に行こう」

 

 アエファニルは私に合わせてゆっくり歩いてくれる。ごめんアエファニル、早く行きたいだろうに……

 民家のトイレって一階に一つしか無いイメージがあるけど、アエファニルは階段とは逆の方向へ向かった。うち、二階にもトイレがあるタイプの家なのか? それとも私達はトイレとは全く違う場所へ向かっているのか?

 目的地は廊下の突き当たりだった。隣に洗面台は有るが、果たして……

 

「そこで姉上と待つのだ。すぐ戻る」

 

 ついてきていたお姉様に抱っこされ、扉の向こうへ消えるアエファニルを見送る。

 チラッと中が見えた……良かった、トイレだ! どうやらバンシートイレは洋式のようだ。

 

「ちゃろん、はなちゅみーく」

 

 扉を指差してお姉様にアピール。

 伝われ! おむつじゃなくてトイレを希望します!

 

「アエファニルと離れて寂しいのか? 少しの辛抱であるぞ」

 

 お姉様がニコニコしている。

 この感じ……トイレじゃなくてアエファニルの所に行きたいと解釈されてる?

 それもそうか。お姉様からしたら、私はまだトイレがどういう物か知らないはずだし……

 

「シャロン、戻ったぞ。手を清めるゆえ、今少し待っておれ」

 

 トイレから出てきたアエファニルは洗面台へ。

 今のうちに、空になったトイレを指差してもう一回チャレンジ!

 

「ちゃろん、はなつみーく!」

「……もしやアエファニルの真似をしたいのか?」

 

 またアエファニルの名前が出てきた。これは……これは何て言われてるんだ?

 不思議そうにしてるし、アエファニルはもうそこに居ないぞ〜とか?

 分からない……そもそも『花を摘みに行く』が本当にトイレを示しているのかも分からない……

 流石に『シャロン』は私の名前で合ってると思うんだけど……

 

 手を洗い終わったアエファニルの隣に下ろされる。

 このままでは何の成果も無く部屋に戻されてしまう。扉に縋り付いてみるが、アエファニルにそっと剥がされた。

 

「はなつみーく……」

「時期尚早である。落下してしまうぞ」

 

 ダメって言われてるっぽい。悲しい。

 部屋に戻ってアエファニルとぬいぐるみで遊ぶ。

 悲しみのあまり、箱へぬいぐるみを一体だけ入れ、箱の前に他のぬいぐるみを並べて、行列のできるトイレを作った。

 順番に入れては出していく。小さな器を水場に見立てて手洗いもちゃんとさせた。

 

「これは手を清めておるのか?」

「らじゅー、てーきよめう」

 

 『手を清める』、さっきアエファニルが手を洗う時に言ってたやつだ。

 『手』は分かるから、『を清める』が洗うって意味か。

 手をゴシゴシするジェスチャーをすると頷いてくれる。合ってるっぽい。

 

「さあらばこれは厠か。シャロンは厠は一人で入るものだと理解しておるのだな」

「かーや?」

「厠は先程我が入った小部屋だ」

 

 アエファニルが箱を指して言った『厠』……もしかしてトイレって意味?

 でもそうなると『花を摘みに行く』との関連が分からない。

 まだまだ未知の言葉ばかりだ。壁際の方でお姉様方が何か相談してるのも全然理解できない。

 早くバンシー語をマスターしたいなぁ。

 

 

 翌朝目を覚ましたら、おむつ交換エリアに見慣れない衝立が置かれていた。

 お姉様に促されて裏に回ってみると、私がいつも屈み込んでいた場所に、跨るタイプのおまるが設置されている。

 やった! 念願のおまるを手に入れたぞ! なんて素晴らしい朝だろう!

 

「これならシャロンもアエファニルのように花を摘めるぞ」

 

 お姉様、ありがとう! でもなんで今アエファニルの名前が出てきた……?

 アエファニルに手伝ってもらいなさいって話だったらどうしよう。嫌です。

 

 やり方を教わって、お姉様に手伝ってもらいながら実践。おまるはおまるで落ち着かないけど、おむつよりは断然いい。人間になった感覚がある。

 衝立も嬉しい。お姉様達からすると邪魔なだけだろうに……ありがたい。

 終わったらまたおむつを穿かされる。流石にいきなり卒業とはいかないか。

 なんと小さな手洗い場まである。前世の感覚で、つい説明を受ける前に手を洗い始めてしまった。

 

「おや、一人でできるとは」

「てーきよめう」

「アエファニルを見て覚えたのだな。聡明な子だ」

 

 アエファニルを見習えていい子だね〜みたいな感じだろうか。不審がられてはないっぽくて良かった。

 できれば転生した事はバレない方がいいよね?

 そもそもこっちに転生の概念が有るかも分からないけど、無いなら無いで悪魔憑き的なものに思われる可能性もある。気を付けないと。

 

 

 この日もアエファニルが遊びに来たが、もう今までの私ではない。

 尿意に襲われても、アエファニルに見守られながらおむつを利用する必要は無いのだ!

 

「はなつみーく」

「一人でできるか?」

 

 おまるに向かったらアエファニルが衝立の裏までついてこようとした。待って待って!

 えっと、あの時アエファニルは確か……

 

「まっちぇおれ!」

 

 多分これが『待ってて』だと思うんだけどどうだろう。

 この際伝わってなくても良い。アエファニルの服を引っ張っておまるエリアから遠ざけ、壁際で座って待機しているお姉様の所まで連れて行く。届けこの思い!

 

「此度はアエファニルが待つ番であるな」

「シャロンは昨日の我を模倣しておるのか」

 

 狙い通りお姉様がアエファニルを膝に乗せる。そのまま捕まえてて!

 アエファニルは何か目がキラキラしているが、構っている余裕は無い。おまるへダッシュ!

 別のお姉様に手伝ってもらって無事に済ませた。よし、また一歩人間に近付いた。

 

「シャロンは我の背を見て成長しておるのだな」

 

 この時から何故かアエファニルのデレ度が上がった。

 元々よく構ってくれてたけど、その原動力が好奇心から親愛に変化したような……?

 トイレしたら王子様の好感度が上がるって中々無いよ。そこだけ聞いたらなんかバグ感がある。

 まあ、多分今はちびっこフィーバーなだけで、私が大きくなれば自然と落ち着くだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。