星が落ちる音
バンシーは激怒した。必ず、この才色兼備(に育つ予定)の娘を産まねばならぬと決意した。
「ここで倒れてなるものか……!」
このとあるバンシーは、男臭さが無く背も高すぎず童顔の中性的な男が好みであった。そしてカズデルで出会った好みの男に入れ込み、腹に子を宿したはいいものの、ある日気付いた。
この男は恋人として可愛がる分にはいいものの、いずれ産まれる娘の父親としては頼りない、と。
バンシーは男と別れ、一人河谷を目指した。しかし決意した時には腹はかなり膨らんでおり、一人旅は想像以上に過酷であった。道中で偶然にも見つけた集落で受け入れて貰えなければ、力尽きてオリジムシのエサになっていたかもしれない。
河谷まであと少しという所まで来てはいたが、ここまでの疲労と住人の暖かさによって、彼女は進む気力を失ってしまった。不安定なカズデルから逃れてきた者達で構成された集落は、静かで穏やかな場所だった。
特に、とある男が何くれとなく世話を焼いてくれるのに絆された。全く好みではない筋肉男ではあったが、母体も腹の子も両方気遣ってくれるのが嬉しかった。カズデルへ置いてきたあの男など、心配するのは自分の飯くらいだったというのに。
星を眺めたり、歌を歌ったりしてのんびり過ごしていると、カズデルでの生活で知らぬ間に荒んでいた心が癒されていくのを感じた。
そろそろ出産かという頃に、賊が集落を襲った。目に付いたものを叩き潰して欲しい物を奪うだけの、知性無き獣のような賊だ。
集落の者達は身重のバンシーを逃がそうとした。戦いの経験が無い者も、その辺のものを武器とし賊に立ち向かった。
バンシーは呪術で身体を僅かに浮かせる事でなんとか駆けた。
自分が河谷へ戻っていれば、集落の者達は逃げるなり隠れるなりできた。優しさに甘えて留まったせいで、彼らを危険に晒してしまった。
後悔と恐怖の涙を流しながら駆けていると、背中に激痛が走った。賊の一人が投げた小さな斧だった。
腹を庇いながら地面に崩れ落ちる。背後から近付く足音は遅い。殺すのではなく、甚振るのが目的なのだと直感した。
せめて一矢報いようと振り返る。
あの筋肉男が、バンシーへ迫る賊を殴り飛ばした所だった。
──やばい、超かっこいい。
バンシーは秒で恋に落ちた。元々絆されていた所への最後の一押しは、吊り橋効果で威力倍増であった。
逃げろと叫ぶ声まで格好良い。
産まねばならぬと思った。赤子に触れた事が無いという彼に、この子を抱かせてやりたいと思った。
もう後悔も恐怖も無い。有るのは出産への執念と、賊への激怒と、愛だけだ。
そうして駆け、這った先で、彼女は後にシャロンからダウナーお姉様と(心の中で)呼ばれるバンシーに遭遇した。
この頃のダウナーお姉様はイケイケでダウナー要素ゼロだったのだが、一旦置いておく。
「そなた、その怪我は……直ちに手当てを……!」
「妾は最早助からぬ……。頼む、妾はどうなっても良い。この子を助けてくれ……」
母バンシーは出血が多く、既に意識が朦朧とし始めていた。
仮に自分が助かったとして、子が無事であるとは思えない。衰弱していく自分の胎内に留めるよりも、今ここで産んでしまった方が、子が助かる可能性は高い。そう考えた。
ダウナーお姉様は有能だったので、呪術で上手いこと腹を裂いて子を取り上げ、完全ではないものの傷を塞ぎ、やはり呪術で処置をした子を母バンシーに抱かせてやった。
「元気な子であるぞ」
「おお……」
我が子を抱いた時、母バンシーはふと、筋肉男と夜空を見上げたことを思い出した。
あのキラキラ光る星が落ちてきたら、どんな音がするだろう。
しゃらん、ころん。
今、星が腕の中に有る。
「シャロン。この子は……シャロンだ」
「良い名だ」
「この子は必ずやカズデル一の美女になる……あの男は顔だけは良かったのだ……妾の代わりに見届けてくれぬか……それと……そこの筋肉男に……シャロンを………………」
そこには誰も居ないが、彼女には見えていたのだろう。
産まれたばかりの赤子を抱えたまま捜索するわけにもいかず、ダウナーお姉様は一度河谷へシャロンを預けてきた。
連れてきた仲間と共に母バンシーの血の痕跡を辿ると、相討ちになったらしき二人の男の死体が有った。どちらも筋肉男だが、特に防具を身に着けていない、村人っぽい方を母バンシーの亡骸の隣へ運んでやる。どちらの亡骸にも鉱石病による爆発が起こっていないのは幸いであった。
シャロンの母と筋肉男がどういう関係だったのか、ダウナーお姉様は知らない。
だが、妊娠してから恋人が父親向きで無いことに気付き、出産前に一人で河谷へ戻るのは珍しくない事だった。彼女もそんな一人で……しかし、河谷に戻る途中で良い出会いをしたのだろう。たぶん。推測しかできないが。
シャロンが実際にカズデル一の美女かどうかはさておき。
墓標代わりの木に、ダウナーお姉様はこう刻んだ。
『カズデル一の美女シャロンの母と、彼女の勇敢なる騎士、ここに眠る』