ケルシーの執務室に到着。緊張する。
アエファニルに続いて中に入ると、机で何かの書類を読んでいたケルシーが顔を上げる。
「そちらが君の妹か」
「うむ。名はシャロン、コードネームはチュロスとする予定である。我が妹よ、彼女が医療部の長のケルシー医師だ」
流石にケルシー相手に顔を隠したままは失礼でしょ。
ヴェールとマスクを両方外して、今度こそ淑女の礼でご挨拶。
「兄上が大変世話になっておる。バンシーを代表して感謝いたす」
多分本当にあらゆる方向で世話になっていると思う。ありがとうケルシー先生。
「我々こそロゴスには随分と助けられている。彼が居なければ今のロドスは無かっただろう」
ケルシーの瞳はどこか虚ろだ。
そう思ってしまうのは、私が彼女から親友を奪ったからだろうか。
……ダメだダメだ、アエファニルの言う通り、テレジアの死じゃなくて理想について考えないと。
テレジアとケルシー、そしてアーミヤの理想が叶うように、微力ながら……本当に微力ではあるけれど、ロドスに尽くそう。
「座ってくれ。君をロドスに迎え入れるにあたり、いくつか聞いておきたい事が有る」
ケルシーに応接セットのソファを勧められて向かい合わせに座る。アエファニルはお茶を淹れると私の斜め後ろに立った。
これもしかしなくても採用面接だよね? まさかケルシー直々とは。
でも考えてみれば当然か。ロゴスパワーで捩じ込んだのなら、より上の人がチェックしておくべきだよね。
「君自身は非感染者だが、鉱石病についてどう思っている?」
どう。
怖い病気ですねーとか、差別嫌ですねーとか、そういう事が聞きたいわけでは無いだろう。
……原作知識が有る私の認識は、普通のサルカズとはかけ離れてるかもしれない。でも、ケルシー相手に鉱石病の話で誤魔化したリしたくないな。
私、嘘ついたら顔に出ちゃうみたいだしね。
ここは正直に話してみよう。アエファニルにも聞いておいてもらいたいし。
「確かに此度のわらわは非感染であった。なれどこの大地に生きる以上、明日もそうとは言い切れぬ。明日でなければ一月後、一年後、十年後……如何に非感染の期間を伸ばそうとも、その先も非感染であれる保証など無い」
「今感染してない」という事は、「今後感染する可能性が有る」って事でもある。
ラケラマリン様は200年以上生きてるようだ。一般バンシーの私の寿命が同じレベルなのかは不明だが、寿命が長ければ長いほど鉱石病に感染する可能性も増える事になる。
どんなに渋いガチャでも、回し続ける限りいずれは最高レアが出るのと同じ。そしてサルカズにとって、鉱石病はそんなにレアじゃない。
「例え自らが永劫に非感染であろうと、斯くばかり鉱石病が蔓延する大地では、鉱石病に纏わる問題から完全に逃れる事は困難だ。わらわとて兄上や姉妹が鉱石病を患っており、他人事ではおれぬ。……受容する側のみの話ではないな。感染者を排斥せんとする非感染者すら、ある種鉱石病に振り回されておると言える」
コロナ禍の初期の事を思い出す。直接罹らなくても影響は大きかった。
……あと、前世から気になってた事が有るんだよね。
血液中源石密度。最初の頃、非感染のキャラでも血の中に源石が流れてるというのに驚いた。
「……そも、わらわはまことに非感染者なのであろうか?」
「検査結果を疑っていると?」
「否。わらわが疑うのは、基準のほうである。ケルシー先生、鉱石病治療の最前線におられるそなたに、斯様な言葉は失礼やもしれぬが……」
「構わない。続けてくれ」
「……うむ。感染者と非感染者の違いとは、実際には発症者か非発症者かの違いなのではないか?」
転生者の私としては、鉱石病が「有る」というだけで、もう罹ったようなものだ。だって私の血の中にも源石が流れている。前世では有り得なかった事が、既に起きている。
これ、潜伏期間みたいなものでは? 私の感覚としては、感染した・しないよりも、今後発症するのか・しないのかの方が近い。
そしてその期間は、生まれてから死ぬまで一生だ。非感染者だからって何も安心はできない。
「全ての生者は既に鉱石病に脅かされておるのではないか。ゆえに感染者は勿論、非感染者もまた、自らを守るためにも積極的に鉱石病を知り、鉱石病に纏わる問題に取り組むべきなのではないか──わらわはそう考えておる」
……鉱石病の基準にまで口を出すのはやり過ぎただろうか。
でもケルシーに動揺はない。それならそこまで突飛な事は言ってない、はず。
凄く長い気がする数秒の後、ケルシーはゆっくりと頷いた。
「正直な意見を聞かせてくれてありがとう、チュロス。君の言う通り、この大地では誰もが鉱石病のリスクに曝されている。感染者、非感染者という区分は人が医療の基準として定めたものに過ぎず、鉱石病は襲い掛かる相手を選ばない。発症者、非発症者という解釈は中々的を射ていると言えるだろう。両者の分断は対処を遅らせるだけであり、やがて非感染者──非発症者の首をも絞める事となる。全ての非感染者が君のように、鉱石病を自分の事として捉えてくれれば良いのだがな」
あっ、コードネームで呼んでくれた! 合格ってことかな?
なんとなくケルシーの雰囲気も和らいだ気がする。
そしてケルシーの長台詞心地良い……ASMR……
「君は我々の良き友となってくれそうだ。次に、仕事が欲しいという話だが……」
「ケルシー医師、我が妹は残念ながら戦闘には全く不向きであるが、賢く手先が器用だ。内勤の仕事をさせてやりたい」
残念ながらと言いつつちょっと嬉しそうじゃないかアエファニル。
私のこと外勤に出したくないんだろうな、過保護お兄ちゃんめ。従うけども。
今のうちにお茶をちょっと頂こう。味はほぼ分からないけどいい香りだ。
「ロゴスはこう言っているが、君の意思はどうだ?」
「わらわは河谷に篭もり切りであったゆえ、外には慣れておらぬ。兄上の言う通りにしよう」
「そうか。今のロドスには内勤の人員が足りていない……身元のしっかりした者であれば尚更だ。歓迎しよう」
実際にどこで働くかは人事部の管轄という事で、ケルシーと別れて医療部を後にする。
リアルケルシー、ケルシーだったな。長台詞は有っても長話はされなかったけど。
さて、今済ませるべき事は終わった。でもScout達との約束まではまだまだ時間がある。
「妹よ、うぬは湯浴みを好んでおったな。歓迎会の前に済ませておくか?」
「うむ! 入りたい!」
お風呂道具を買うために購買部へ。でもなんか思ってたのと違う。
倉庫にレジカウンターを設けただけに見える。即席感が凄い。
クロージャが基地を案内する公式動画だと、デジタルな自動販売機っぽいやつだったような。ドクターが来るまでに整備されていくのかな?
というか誰も居ないんだけど……レジもセルフレジではなさそう。
「誰ぞおるか?」
「あっ、その声はロゴスちゃん!? おかえり!」
「うむ、帰還したぞ」
アエファニルが声を掛けると、棚の林の奥の方からクロージャが現れた。
薄汚れてるから何か作業してたようだ。
「妹よ、彼女はロドスのチーフエンジニアのクロージャだ。クロージャ、我の妹のチュロスである。妙なものを売り付ければ我が呪いを掛けるゆえ、覚悟しておく事だ」
「そんな事しないってば! チュロスちゃん、よろしくね!」
「よろしく頼む、クロージャ」
アエファニルにクロージャを紹介してもらって挨拶する。
この流れ今日何度かやったけど、お兄ちゃんが脅しをかけるのは初めてだよ。過去に何をしたんだクロージャ。
「購買部に来たって事は、チュロスちゃんにプレゼント? じゃんじゃん買っていってね!」
「妹よ、うぬが欲する物は全て我が買い与えよう」
「今日のところは湯浴みの道具と……筆記帳だけでよい」
リアルクロージャ表情がころころ変わって可愛いな。
アエファニルが勧められるままにお高そうなシャンプーとかトリートメントとかふわふわタオルなんかを買ってくれる。
……うちのお兄ちゃん、金銭感覚大丈夫だろうか? 原作だと頓着してないのか、Mechanistからコインをポケットに突っ込まれてた気がするけど……
原作には無いお兄ちゃんモードが発生した影響でお金の管理ができるようになってればいいんだけど、近い内に探りを入れておいた方がいいな……
買い物を済ませて、共用のお風呂を借りる。
アエファニルが呪文で綺麗にしてくれてたけど、やっぱりお湯に浸かると気持ちいいし、ちゃんと洗うとすっきりする。
最後に髪に香油を……あ、鞄ごと部屋に置いてきたんだった。
呪文で髪を乾かして終了。
待ち合わせ場所のベンチに行くと、アエファニルも湯上がりでホカホカしていた。そして手には小瓶。
「妹よ、疲れておるだろう。我がうぬの髪を手入れしよう」
「兄上の手を煩わせるほどの事ではない」
「遠慮は無用」
問答無用で髪に香油を揉み込まれる。いい香り。
自分で作った香油も気に入ってるけど、これもいいね。
でもその辺のベンチでやる事ではないぞお兄ちゃん。