ロドス三日目。完成したIDカードを受け取り、サーベイランスマシンを装着。アエファニルと同じ左手首。
制服も支給されたけど、私服でもいいみたいだから普段はドレスで過ごそう。制服にヴェール、合わないだろうし……
今日からお勉強とお仕事が始まる。
午前中は語学やアーツ学をメインに色々学び、お昼を食べてから出勤である。
昨日ぶりのクロージャと先輩スタッフの皆さんが歓迎してくれた。
「待ってたよチュロスちゃん、購買部を選んでくれて嬉しいよ! 他の部署の皆にも自慢しちゃった!」
「わらわがおる事が自慢になるのか?」
「そうだよ、どこもチュロスちゃんを欲しがってたんだから!」
昨日の人事部でも「購買部に飽きたら人事部においで」って言われたし、内勤の人手が足りないというのは本当のようだ。
でも人事部からはブラックの気配がする……ロドス初心者なのでしばらくは購買部一本で頑張ります。余裕が出来たら手伝いに行こう。
クロージャからの要望で、私は接客をメインに担当する事になった。
要は「あの歌で売り捌くやつまたやって!」である。
購買部にはあらゆる物が雑多に有るので、需要自体は有りそうなのに存在に気付かれていない商品もある。そういった商品の存在と特徴を歌で知らせる。
何日か続けた所、商品によってペースはまちまちだけど、どれも明らかに歌った後の方が売れていくのが分かった。
前世でテレビやネットでやたら流れてた広告って、あんまり効果無さそうだと思ってたけど、「とりあえず知ってもらう」のは凄く大事だったんだな。
先輩スタッフからは喉を心配されて録音を提案されたが、生歌だからこそお客さんの興味を引ける部分も有ると思うので断った。
それに歌い続けてても全然疲れないんだよね。ちょっと疲れても三分くらい休めば完全復活する。バンシーだからだろうか。
私の歌で売り上げが上がったことで触発されたのか、先輩達も日替わりピックアップコーナーを作って眠れる商品を目立つ所に出してきたり、積み方を工夫して視線を誘導したりと色々試している。皆でPOPの文面を考えてみたり。
クロージャは多忙で全然居ないので基本事後報告だが、勝手に値段をいじるのでもなければ好きにしていいらしい。
そうしてしばらくロドスで過ごし、少し慣れてきたある日。
昼食に向かう途中で遭遇したScoutと二人で歩いていたら、廊下の奥の角から小さな子供達がこっちを覗いて歓声を上げた。
「みて! お姫さまがいるよ!」
「ほんとだ!」
「きれーい!」
「テレジアでんかみたい!」
テレジアみたいなお姫様!?
近くに他の人は居ないので、私かScoutのどちらかの事である。
しかし私は動揺して、聞くまでもない事をScoutに問い掛けた。
「わ、わらわの事か?」
「俺がプリンセスに見えるか?」
「み、見えぬが……?」
「あんたは実際にバンシーの姫君だろう? 何を狼狽えてるんだ」
Scoutにもお姫様だと思われていたという衝撃の事実。
そういえば服はラケラマリン様のお下がりリメイクドレスだし、ラケラマリン様に憧れて淑女となるべく色々頑張ったんだった。
トドメにバンシー王庭の主を兄と呼んでいる。改めて考えると、王族と認識されてもおかしくないのか。寧ろなんで今まで自分で気付かなかったんだ。
子供達のキラキラ顔が眩しい。手を振ると歓声を上げて振り返してくれる。
気が済んだのか子供達は角の向こうへ消えていった。
「わらわは兄上と血の繋がりは無いゆえ、王女というわけではないのだが……」
「ん? 本当の兄妹じゃない……のか?」
「うむ。我らは血縁に依らず河谷の同族を姉妹と呼ぶのだ」
「なっ……なるほど……? そういえばそうだったな……?」
何故か今度はScoutが動揺している。なんでだ。
河谷での生活を話したりしつつ、食堂前でアエファニルと合流。
「何故うぬら二人で歩いておる……?」
「道中でたまたま会ったんだよ」
相変わらずScout相手だとちょっと塩だなアエファニル。でもScoutは気にしてなさそう。
三人で一緒にお昼ごはん。四人掛けテーブルに三人で着席。隣がアエファニルで向かいにScout。
今日はパンと野菜たっぷりシチュー。いただきます。
「兄上。今日よりそなたの事は兄ではなくロゴスと呼ぶ事にする」
「んっ……? な、何を、なな、なにゆえ……?」
アエファニルがバグった。羽もピクピクしている。
今日はみんな動揺する日だな。
「そなたを兄と呼んでおったゆえか、わらわはバンシーの王族と誤解されておるようだ」
「我と共に育ったのだ、似たようなものであろう。そのままで良い」
「河谷生まれですらない孤児のわらわが、王女と思われておるのは居た堪れぬ」
「母上や姉妹らは、うぬを我の妃とする心算で育てたのだ。さあらば姫と言って差し支えなかろう」
「んぐぐ!?」
「ゴホゴホッ」
動揺してパンが喉に詰まった! そして何故かScoutまでもがむせている。
パンを水で流し込む。ふう、落ち着いた。
喉は落ち着いたけど変な汗出てきた。
「兄上は気付いておらぬのかと……」
「理解したのは河谷を出てからである。うぬこそ気付いておらぬのかと思うておったが」
「姉上らの期待は感じておった。そなた自身にそのようなつもりは無い事も」
ラケラマリン様に直接的に言われた事は黙っていよう。なんとなく。
何か静かになった気がして顔を上げたら、周囲の人達が聞き耳を立てまくっていた。
不自然なまでにこっちを見ないようにしてるし、食事を口に運ぶ動きが鈍い。
Scoutは謎の方向を向いて「俺はここに居ていいのか?」の空気を漂わせている。
二人きりの時に切り出せば良かった。だが時既に遅し、ごめんScoutと皆さん……
「一応確認を取るが、我の妃となる気は有るか?」
さらっと凄い事聞いてくる。でも淡々としてて本当にただの確認っぽい。羽はちょっと緊張してるけど。
うーん、アエファニルと結婚とか全然ピンと来ない。
かといって断固拒否というわけでもない。一般バンシーとして、必要ならアエファニルと河谷に貢献したいという思いは有る。
「なった方が良いという事であれば……?」
つい煮え切らない返事をしてしまった。
これちゃんと断っておいた方がお互いのためになるやつじゃないか?
訂正しようかと思ったが、それよりも早くアエファニルが口を開いた。
「我はうぬが健やかで幸福であればそれで良い。姉妹らの思惑に囚われず、思うままに生きよ」
「兄上……!」
急速にいい感じに収まった。
兄呼びは継続です。だってアエファニルが呼んで欲しそうだから。
よく考えたらアエファニルを悲しませてまでやめる必要ないよね。
「されど我は兄として、妹に相応しい相手を見極めねばならぬ……」
いい感じに収まりそうだったのに、アエファニルがScoutを睨んでいる。
初日からたまにScoutの事を威嚇してるのってそういう事!?
でもなんでScoutだけ……あっ、アエファニルが特別Scoutを好き(友達として)だから、私も好きになると思ってるのかな?
「俺はその気は無いから安心してくれ」
「我が妹に魅力が無いとでも?」
「本人は素直で可愛いんだが、面倒な兄貴が付属するのが難点だ」
「多少の苦難も乗り越えられぬ者に妹は託せぬ」
お兄ちゃんが真面目な顔で厄介なシスコンみたいなこと言ってる。Scoutは手をひらひらして軽く流してるけど。
「チュロス、あんた兄さんのせいで生涯独身になりそうだな」
「うむ、打倒兄上の策を立てねば」
「決戦の時が来たら呼んでくれ、助太刀するぜ」
「いつでも受けて立とう」
三人で楽しくご飯を食べて、無事完食。
食器を下げに行く時にとあるテーブルの横を通ったら、なんとなく既視感のある三人組の男性が座っていた。
「オレらの隊って前衛が足りてなくね? こう、バーンッと決めてくれるヤツが欲しいよな」
「何を以てバーンとするのかは分かりませんが、前に出て多数の敵を相手にするという事であれば強襲者が適切でしょう」
「そうそれ! 分かってんじゃねぇか!」
身振り付きで陽気に話しているのは、右の髪は口元くらいの長さだけど左側と後ろが坊主頭の人。凄い髪型だ。
あとは真面目そうな黒い短髪の人と、小柄で無口な人。そして三人ともサングラス。
うーん? 絶対にどこかで見た事あるような……あんなにインパクトのある髪型の人なら、原作に登場してても不思議じゃないし……
まあいいか。知り合いを忘れたのなら問題だけど、一方的に知って一方的に忘れただけなら不都合は無いはず。
食器を下げてScoutと別れて、アエファニルとちょっと休憩してから購買部へ向かう。
私がバンシーの姫だという情報は、今日聞き耳を立てていた人達がきっと訂正してくれるだろう。
私は姫でも妃でも無いから、そこのとこよろしく!