挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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3-9 暗闇の中で鏡を見る

 アエファニルが外勤から帰ってきた。

 でもなんだか忙しそうで、艦内には居るらしいけどまだ会えてない。

 そしてアエファニルが帰ってから、たまにどこかから轟音が響くようになった。

 改装工事の音と説明されてるけど、これ……もしかしてロスモンティス?

 確か無機質な部屋とか医療機器とかを嫌がるんだっけ。白い服もダメだったかな。

 今からでもアエファニルにメッセージを送っておこう。

 

 さて、ちょっと購買部で買い物してくるか。

 

 

 

 

 アエファニルと二人で近くの休憩室に移動して、とりあえずチュロスを渡す。

 お腹が空いていたようですぐに一本消えた。二本ともお食べ。お茶も淹れよう。

 

「兄上、すまぬ。わらわがもっと早く気付いておれば……」

「良いのだ、人的被害は出さずに済んだ。あの子も安心したのか、よく眠っておる」

 

 ロスモンティスは一旦落ち着いたらしく、アエファニルもほっとした様子だ。

 私が勝手にインテリアとかを買って届けて、あの子の部屋の模様替えをしてもらったのだが、上手く行ったようだ。

 インテリアは広げるだけで部屋の印象を変えられるファブリック系や、すぐに設置できそうな壁掛けのものと、可愛い柄の横長ソファ。ついでに抱っこするのに丁度良さそうな猫のぬいぐるみと、実験着と見間違えないようなカラフルな服も渡しておいた。サイズがあの子に合ってるといいけど。

 直接あの子に接する人にも白衣は避けてもらった。機器はエンジニア部がなんとかしてくれるだろう。

 

 購買部で働いてて良かった。どんな商品が有るか把握してたお陰で、すぐに用意できた。クロージャ謹製の自動台車も貸してもらえたし。

 表向きはアエファニルが私に頼んだ事になっていて、お金は後で補填されるようだ。

 全額自腹で構わないつもりでやったけど、かなり使ったから正直ありがたい。

 

「うぬはあの子の未来も視えておるのか?」

「ある程度は。ただ、わらわに視えるのは、わらわが一切干渉しなかった場合の未来のみ。わらわの行動により未来が変化したとしても知る事は叶わぬのだ。この先如何なる展開となるかは……」

「ふむ、サイクロプスの遠見とはまた異なるようだな。されど他の者よりはあの子を刺激せずに接する事ができよう。相手をしてやってくれぬか?」

「……承知した」

 

 つい介入してしまった。子供が苦しんでるのは辛いから。

 ……どうせ介入するなら、最初から用意しておくべきだった。

 知ってたはずなのに実感するまで動かないなんて、どっち付かずな自分に嫌気が差す。

 

「うぬが未来を変えたいと願うならば、我はいつでも力を貸すぞ」

 

 アエファニルがそう言って抱き締めてくれる。

 ……もし私もバベルに居たら、テレジアの死を覆す気になっただろうか?

 ああ、いけない。こんな風に考えるのはダメって言われてた。もうやめないと。

 ともかく、ロスモンティスに会うなら少し準備が必要だ。

 

 まずは関係者と足並みを揃えるために、あの子の境遇をケルシーから聞く。

 ケルシーはやっぱり淡々としてるけど、実験について語る声には押し殺した怒りが乗っていた。

 前世ではそういう物語だとしか思ってなかった。でも子供を……大人でもダメだけど、子供を実験に使うとか、最低だよ。

 原作の残酷さが現実になった事に、改めてぞっとする。

 

 記憶障害についての説明も受けた。

 どうも原作のロスモンティスよりも……いや、ちょっと違うな。「原作で描写された範囲の」ロスモンティスよりも、忘れる頻度が高いようだ。

 原作でも、直接描写されなかっただけで同じ事が起こっていたんだろう。

 

「あの子は何度でも君の事を忘れるだろう」

「構わぬ。何度でも友となれば良い」

「…………」

 

 あっ、既に記憶障害込みでのロスモンティスだと思ってるから軽く答えてしまった。

 真面目に受け止めてないように見えたのか、ケルシーがちょっと探るような視線を向けてくる。違うんです先生!

 

「ケルシー先生。問題は忘却そのものではなく、忘却を経てこちらが態度を変化させてしまう事であろう?」

「その通りだ。忘れられる度に嘆き、憐れんでいては、あの子の目に映る我々は醜くなるばかりだ。最後には味方だと信じて貰う事すらできなくなるだろう」

「うむ。わらわは何度〝初対面〟を繰り返そうと、何度でも友となってみせよう。全てを忘却するならば、翻って全てを思い出す日も来るやもしれぬ。ハズレを仕込むような真似はせぬぞ」

 

 原作でのロスモンティスを知ってるからこそ言える事だ。

 何も知らなかったら、あの子を恐れたり、憐れんだり、忘れられる度に悲しんでしまうのかもしれない。

 ……未来を知らないのにあの子に向き合える人達は、とても強いな。

 

「……君の覚悟を信じよう」

 

 ケルシーはまだちょっと思う所が有りそうな顔だけど、とりあえず許可が下りたので翌日会いに行く事になった。

 黒尽くめは不気味に思われるかもしれないし、ロスモンティスが暴れてしまった時にドレスの呪術が発動したら危ない。

 購買部で買ってきたワンピースを着て、ロドスの制服のジャケットを羽織る。ヴェールだけ着けておこう。

 消費したチュロスも補充して、後は……アーミヤと育てた花を持っていこうかと思ったけど、ローキャンがよく花をあげてたんだっけ……?

 嫌な記憶を刺激するかもしれない。やめておくか。

 

 ロスモンティスの部屋に行く前に、近くの別の部屋でアエファニルと合流。あの子に対応する人の待機所のようで、他のオペレーターやTouchも居る。

 Touchが注意事項とかを教えてくれる。味覚障害の事で医療部に通う時にたまに見掛けてたけど、話すのは初めて。

 

「ここに隠しカメラが有ります。あの子が映るようにして頂けると助かりますが、無理に誘導する必要はありません」

「カメラ……」

 

 隠しカメラの仕込まれている壁掛け時計の写真と、撮影した映像を画像化したものを見せられる。

 画角の確認用の画像らしく、誰も映っていない。

 しかし何も知らない子を監視すると思うとちょっと居心地が悪い。必要な事なんだろうけど。

 

「あの子は身体に着ける機器を嫌います。そういったものを使用せずに異変を察知するため、やむを得ずこのような形になりました。映像の確認は限られた女性オペレーターのみで行っています」

「互いを保護するためなのだな。理解した」

 

 結構人員を割いてるようだ。そしてTouch先生、未成年の私にも丁寧。

 次は手荷物検査。ついでにお菓子とお茶をあげる許可も貰っておく。プラ袋にペットボトルに紙コップ、割れ物無し。

 バッグも市販のシンプルなトートバッグ。壊れても惜しくないし、危ないパーツも無い。あとはハンカチとティッシュだけ。

 花丸を貰い、いざロスモンティスのもとへ──という所でPithが飛び込んできた。

 

「チュロスには自らの身を守るすべが無い。ロゴスが付いているとはいえ、会わせるのは反対だ」

「既にケルシーが決定した事ですよ。あの子の周りは大人ばかりです。未成年の彼女が相手なら心を開くかもしれません」

 

 そうだ、Pithは原作でロスモンティスを危険視してるんだった。しかしTouchも譲らない。

 ヒートアップしそうな勢いなので、その前に割って入る。

 

「Pithよ、わらわは大丈夫だ。兄上の隣はテラで最も安全と言っても過言ではない」

「然り」

 

 アエファニルが自分で同意してきた。後ろに居るから見えないけど、多分ドヤ顔してる。

 しばし沈黙が落ちて、やがてPithが折れた。

 

「……歌を使おうとは思うな。今のお前では逆にあの子の影響を受けかねん」

「承知した。必ず無事で戻るぞ」

 

 なんか一人で悪者みたいにしちゃったけど、Pithみたいに反対意見をしっかり言える人も必要だよね。心配してくれたんだろうし。

 ありがとうPith。感謝のハグ!

 

「い、いいから行くなら行け」

「うむ」

 

 出発すべくアエファニルの方を向くと、羽が猛烈にご機嫌な角度になっていた。

 

「うぬは我が守るぞ」

「その前に己の威厳を守ってくれぬか。羽が弛んでおる」

「なんと」

 

 手で羽を直すアエファニルに先導されてついていく。締まらないな……

 ロスモンティスの部屋に到着。潜った扉の先には、ぬいぐるみを抱いてソファに座る白い子猫。

 思っていたよりも小さい。私が選んだ水色のワンピースは、彼女には少し大きかった。

 

「誰……?」

「我はロゴス。この娘はチュロス、我の妹である」

「ろごす……ロゴス。知ってる。さっき部屋に居た……」

「我を覚えておるのだな。嬉しく思うぞ」

 

 殆ど付きっ切りだったはずのアエファニルの事も曖昧なようだ。

 ヴェールを外し、ゆっくりソファに近付く。ロスモンティスは不思議そうにしてるけど、とりあえず警戒はされてなさそう。

 

「あなたは……私、あなたの事、忘れてる……?」

「否、初対面だ。わらわはチュロス。兄上から愛い子猫がおると聞いて、遊びに来てしまった。隣に座しても良いか?」

「うん、いいよ」

 

 少し間を開けて隣に座り、鞄を開けてチュロスとお茶を目の前のローテーブルに広げる。

 ローテーブルは木目の天板で、角の無い優しいデザインだ。多分、誰かがこのソファに合わせて用意したんだろう。

 私が選んだインテリア以外にも、温かみを演出する家具が色々有る。壁紙もパステルカラーだ。

 

「土産を持って参った。チュロスという菓子だ」

「あなたと同じ名前?」

「うむ。二本入っておる、一本ずつ分けようではないか」

 

 ロスモンティスはギザギザの側面が珍しいのか、チュロスをくるくると回してから小さく齧る。

 

「おいしい……」

 

 よしよし、気に入ったみたいだ。目を輝かせてもぐもぐ食べている。かわいい。

 

「この菓子はわらわがロドスで最初に食したものゆえ、コードネームとした。わらわはこれを食す度に、ロドスに来たばかりの頃を思い出す」

 

 深く考えずにコードネームにしたけど、味覚障害を治すモチベーションにもなってるし、チュロスにして良かった。

 ただ、あの時のチュロスはもう売ってない。ロドス製の類似品と入れ替わって、味の種類が増えた。アエファニルによるとプレーン味は前のとそう変わらないそうだ。

 購買部のレジ横にも専用ラックが設けられて、妙に売れている。ロドスにチュロスブームが到来しているのかもしれない。

 

「そして今、これはそなたと共に食した菓子にもなった。わらわは次にこれを食す時、そなたを思い浮かべるだろう」

「私も……これを食べたら、あなたを思い出せる気がする……」

「次も持って参ろう」

 

 思い出話みたいなのはあんまりしない方がいいかな? 目の前にある物から会話を広げよう。

 部屋に図鑑が有ったから、それを一緒に読んでのんびり過ごす。私の頭に羽があるから羽獣図鑑。

 

「この羽獣、チュロスに似てる」

「確かにわらわと同じ色だ。飾り羽の角度は……こうか?」

「似てる! いっしょ!」

「どれ、我も……」

「兄上、この種の雄は燃えるが如き赤だ」

「似てない」

「無念だ……何故羽獣は雌雄で斯くも姿が異なるのか……」

 

 ロスモンティスは特に変わった様子も無く、少しぼんやりしてるだけの普通の子供という感じ。

 やがてアエファニル経由でそろそろ戻るようにと連絡が入る。検査なんかが有るようだ。

 

「帰っちゃうの?」

「うむ、しばしの別れだ。また会おう」

「うん、またね」

 

 帰り際、ロスモンティスは笑顔でバイバイしてくれた。よし、初日の感触は悪くなさそう。

 

 

 

 

「誰?」

 

 ロスモンティスとの面会、二回目。前に会った事はやっぱり忘れてしまったようだ。

 原作で知ってるとはいえ、実際に忘れられたらショックを受けるかもと思ってたけど、特になんともない。

 

「わらわはチュロス。ここにおるロゴスの妹である」

「ろごす……ロゴスは知ってる。……私、あなたの事、忘れてる……?」

「うむ、会うのは二度目だ」

「ごめんなさい……」

「謝罪の必要は無い、人は誰しも忘却するものゆえな。わらわはそなたに会えて嬉しいぞ。隣に座してもよいか?」

「……うん、いいよ」

「土産を持って参ったのだ」

 

 ()()会えて嬉しい、()()()お土産を持ってきた。そういう回数を意識させる言葉は極力使わないように気を付ける。

 ロスモンティスは私が出したチュロスの袋を不思議そうに見ている。これも覚えてなさそうだ。

 

「これはチュロスという菓子である」

「あなたと同じ名前?」

「うむ。わらわがロドスで最初に食したものゆえ、コードネームとした」

 

 チュロスを食べさせても、彼女が前回を思い出す事は無かった。

 わかってる。そんなに甘くない。

 

 三回目。

 

「これはチュロスという菓子である」

「あなたと同じ名前?」

「うむ。わらわがロドスで最初に食したものゆえ、コードネームとした」

 

 四回目。壁際に有ったサイドテーブルが消えた。近くの壁紙に、前は無かった継ぎ目が増えてる気がする。

 

「これはチュロスという菓子である」

「あなたと同じ名前?」

「うむ。わらわがロドスで最初に食したものゆえ、コードネームとした」

 

 五回目。

「これはチュロスという菓子である」

「あなたと同じ名前?」

「うむ。わらわがロドスで最初に食したものゆえ、コードネームとした」

 

 

 

 

「あ……兄上、これで良いのだろうか……?」

 

 ロスモンティスとバイバイして部屋を出て、扉がしっかり閉まったのを確認してからアエファニルの腕にしがみつく。

 忘れられるのは構わない。ただ、この方向性でロスモンティスの症状の改善に繋がるのか、不安になってきた。

 繰り返す事で記憶が定着しやすくなるかと思ってたけど、忘れてしまうとしても何か新しい刺激が有った方がいいのでは?

 

「誰も正解を持ち得ておらぬ。さあらばうぬの思うままにするが良かろう。一つ確実であるのは、あの子はうぬと過ごす間、一度も力を暴走させておらぬという事だ」

「……うむ」

 

 何度でも初対面を。そして何度繰り返しても、最後の初対面が一番いい印象になるように。

 ……私が挫けずにいられるのは、あの子の未来を知ってるからだ。でも、未来を知らない人達も、あの子のために頑張っている。

 河谷のお姉様達の事を、少し思い出した。

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