おまるデビューしてしばらく経ち、私はおむつを卒業した。
保険として外出中や睡眠中はまだ穿かされているけども、ここ最近は一度も世話になってないから実質卒業した。パンツって素晴らしい。ありがとう文明。
そして驚いたのがパンツのクオリティ。飾りのレースが付いてて可愛い。河谷で作られてるレースって多分全部手編みだよね? 歩き出したばかりの幼児には贅沢では……?
服もいつも可愛いものを着せて貰ってて、これも結構嬉しかったりする。前世ではあまり華やかな格好はできなかったから。
……ん? 普段女の子の格好をしてるアエファニルも同じようなフリフリパンツを穿かされてる可能性……?
いや考えないでおこう。
ともかく爆速でトイレトレーニングが完了して、私の世話をしてくれているお姉様たちは驚いている。
今日も目覚めるとおむつを外されてパンツを支給され、自力で穿いてからおまるへ向かって、一人で脱いで済ませて拭いて穿いて手を洗う。しっかりお手々を拭いてフィニッシュ。
私のパーフェクト・トイレを見届けたお姉様達が「この子は天才かも」みたいな話をし始めた。やめて、トイレで判断しないで!
凡人アピールするには粗相するしかない……!?
いや、彼女達の気を逸らす魔法の呪文が有った!
「あーふぁにう、おらぬ?」
バンシー特効呪文アエファニル。
この呪文を発することでお姉様方の思考がアエファニル一色になり、場をリセットする事が可能。
午後から来るはずとの回答を貰い、それまでお姉様に絵本を読んでもらったり、お歌を教わったりする。
音痴なバンシーとか絶対「お前バンシーのくせに〜」って弄られるやつでしょ。そんなの嫌だから、歌は今から真剣に取り組んでおこう。
午後になったらオリジムシ人形を抱っこしてスタンバイ。柔らかいオリジムシ人形を揉み揉みしながら待っていると、ラケラマリン様に連れられてアエファニルがやって来た。
おや、今日の彼は何やらご機嫌な様子。羽もウキウキしている。
「シャロン、我が恋しかったか?」
あ、来ないか気にしてたってお姉様から伝わってるなこれ。
ちょっと気恥ずかしいけど、こういうのは素直に肯定してあげるのがいいよね。
「こーちかった!」
「そうかそうか。うぬは愛いな」
抱き締められて頭を撫でられる。
多分、彼自身がいつもそうされているんだろう。とても優しい手付きだ。
そしてラケラマリン様達は「妾達の可愛いアエファニルがちびっこを可愛がっていて超可愛い〜!」の空気。
なんとなーく分かってきたけど、私の周りにバンシーのお姉様が多いのって、私の近くに居れば可愛いアエファニルを見放題だからだな? アエファニルの可愛さの余波で生かされている……
でもお姉様達は普通に私の世話を楽しんでもいるようだ。いつも笑顔で、毎朝服選びと髪結いの役目は取り合いだし、野菜やフルーツは飾り切りにしてくれたり。アエファニルが居ない時でも扱いは全く変わらない。元々子供好きなんだろう。
「今日はシャロンに贈り物がある。ハガネガニの模型だ」
アエファニルが肩に下げていた鞄から木製の模型を取り出した。
ビーンストークのぴーちゃんよりも更に丸っこい、全てがなだらかな曲線で構成されたゆるいシルエットだ。
なるほど子供が怪我をしない形状。
「姿形には姉上らの意見を取り入れたが、設計は全て我が一人で行ったのだ。このように動かす事もできるぞ」
まさかのアクションフィギュア! 目の前に置かれたそれを動かしてみる。
ハサミや足を上げ下げできるだけとはいえ、幼稚園生か小学生かくらいの子供がこれを一人で設計したのは凄い。
素で感動して、私は全力で拍手した。
「あーふぁにう、みごと! かんちゃする!」
「うぬの為ならば、我はなんであろうと熟そう」
ドヤ顔のアエファニル。今の時点では、子供にしては控えめながら表情豊かだよね。
やっぱりカズデルやバベルでの経験で表情が抜け落ちてしまうんだろうか。
せめて今は何も気にせずに、気楽に笑っていて欲しい。
二人でハガネガニを動かしたり、ぬいぐるみ達と一緒に並べたりして遊ぶ。
……アエファニルはいつも人形遊びに付き合ってくれるけど、多分男の子ってもうちょっと勢いのある遊び方のほうが好きだよね?
未来のアエファニルはスツールで滑走する男だし。
私もだいぶ自在に動けるようになってきたから、何かできないかな。
あんまり激しいとお姉様方に止められそうだから、バトル系はやめておくとして……
ハガネガニ模型を両手で持ち、跳ねるように上下に動かす。落とさないように慎重に。
「ぴょーん!」
「おお? 活きの良いハガネガニだ」
これは言わば助走。少しずつ動きを大きくして様子を見てから、ハガネガニは一旦脇の邪魔にならない場所に置く。
次はオリジムシ人形を手に持ち、できるだけ素早く床スレスレで動かす。
腕の短さを補うために、体全体を使って倒れ込みながら走行を表現。
「しゅばー!」
「……!」
お、反応アリ。やはりスピード系は好きか。
普段大人しい私がいきなり奇声を上げてドタバタし始めたので大人達は面食らっている。
ごめんなさい、今から皆さんの大事なアエファニル君にもドタバタして頂きます。
起き上がってオリジムシ人形を彼の膝に預けると、彼はごく自然に私がしたようにオリジムシを走らせた。流石に倒れ込みはしなかったが。
「オリジムシがそちらへ行くぞ!」
「みごと! びんしょう! すぐれておる!」
しかしこれもまた助走である。
何度か交互に繰り返し、褒め称えて場を温めてから、トドメにおもちゃ箱の中から羽獣人形を取り出して、力の限りうろちょろしながら高く掲げて振り回す。
「ぶーん!」
「!!」
アエファニルの羽がピコピコしている。ふふふ、やってみたいんだな。
大人達もこの後の流れは読めているだろうけど制止は入らない。大丈夫だろう。
彼の正面に戻り、羽獣人形を両手でぐっと差し出す。
「あーふぁにう、うじゅー、ぶーんせよ!」
「高く飛ぶ羽獣が見たいのだな? 我に任せるがよい」
前世の感覚で言うと、アエファニルは男児としては大人しすぎる。
きっと小さな頃から……というか今も小さいけど、丁寧に躾けられてお上品に過ごしてきたんだろう。
期待に応えようとして必要以上に自分を抑えてる部分も有るんじゃないかな。
でも彼はまだまだ暴れたいお年頃のはず。
私の相手をするという名目なら、彼も自分自身に言い訳ができるだろう。
私は邪魔にならないようにハガネガニやぬいぐるみ達と一緒に壁際に座る。
アエファニルは羽獣人形を片手に掲げ、踊るようなステップで広い部屋を跳ね回った。
でたらめに動いているわけではない。彼は今、自分自身が羽獣になったような気持ちで、想像の空を飛んでいる。頭の羽が大きく羽ばたいていた。
うんうん、男児は意味も無く飛んだり跳ねたりするものだ。
まあ、前世で見てきた男児より大分優雅だけども。本当に育ちがいいんだな。
大人達もみんな元気なアエファニルにメロメロです。よし、許された。
「うじゅー、とぶ!」
「この場合は『羽獣が飛んでおる』だな」
「うじゅーが、とんでおる!」
アエファニルは跳ね回りながら言葉の指導までしてくれる。
感謝を込めて拍手しまくって、お歌も歌う。
私の調子外れの歌にアエファニルの美しい声が重なる。
彼は私に合わせて歌いながら飛び続け、歌の終わりと共に私の前に舞い降りた。
「うぬの羽獣が帰還したぞ」
アエファニルは大事なものを扱うように、両手でそっと羽獣人形を差し出した。
彼にとってただのモブ人形の一体だった羽獣は、今や彼の半身だ。
私も両手でしっかり受け取り、彼が私にしてくれたように抱き締めた。
・
その後おやつを食べたりなんだりしてアエファニルが『花を摘みに行く』で席を外した隙に、ラケラマリン様に抱っこされた。
美女だとは思ってたけど、近くで見るとますますお美しい……。花のいい匂いもして幸せ。あとどことは言わないけどフワフワですごい。
「シャロン、アエファニルがすまぬな。この河谷では子が希少ゆえ、そなたの存在に随分と浮かれておるようだ」
ラケラマリン様は少し困ったように言った。
これはおそらく半分独り言のようなもので、はっきりした返答は期待していないだろう。
この場面で大人が望む答えは……多分これだ!
「あーふぁにう、ちゅき!」
これはお姉様方が「だよね〜!」のムードになり、アエファニルも喜び、空気が抜群に良くなる魔法の呪文だ。
実際ラケラマリン様の後ろのお姉様方がニッコニコになった。
しかしバンシーの女王には通用しなかったようだ。
「そなたは聡い子よな。なれど、妾に遠慮は無用」
……あれ? なんか真剣な空気?
ラケラマリン様は私を持ち上げて視線を合わせてくる。
「……そなた、まことに好いておるのは羽獣であろう? アエファニルがオリジムシやハガネガニを持ち込むのは嫌ではないか? あの子に合わせなくとも良いのだぞ」
あっ、おもちゃの話か。転生バレしたかと思って焦った。
私はアエファニルが居る時はいつもオリジムシ人形を抱っこしてるけど、居ない時はそうでもない。寧ろ羽獣人形と一緒に昼寝してたりする。形状とクッション感が抱くのに丁度いいのだ。
羽獣人形は他の人形よりくたびれてるから、前世を思い出す前からのお気に入りだったんだろう。
よく考えたらこの辺お姉様からラケラマリン様に報告が行ってる可能性がある。
昨日までは大人しめにオリジムシで遊んでたのが、今日は羽獣でテンション爆上げして歌まで歌い出した事になるわけだし、アエファニルの顔を立てて我慢していたと思われても無理は無いか……?
実際顔を立てる意図は合ったわけだし。
まぁ今の私は全部好きだから、そのまま全部乗せで回答しよう。
「うじゅーも、おいじむちも、はがねーにも、ちゅき! あーふぁにう、ちゅき!」
「ふふ、そうか、ならば良い。これからもアエファニルを頼むぞ」
「うむ! まだむも、ちゅき!」
「おやおや、妾もシャロンを好いておるぞ。両想いであるな」
今度こそラケラマリン様もニコニコである。
しかしこの感じだと、やっぱり彼女は私の母親ではないっぽいな。ロゴス大先生の実妹とか荷が重いから兄妹じゃなくて良かった。
多分、私の母親はもう居ないんだろうな……
前世でも親無しだったから、あまり気にならないのは良いのか悪いのか。
あと、早くカタコトを卒業したい。
聞き取りには慣れてきたものの、まだ上手く文章が組み立てられない。多分普段は日本語で思考してるせい。
そういえば原作のバンシーは古風な喋りだったけど、私もそうなるのかな。バンシーの言葉しか知らない今の状態だと、特段古さも新しさも感じないなぁ。
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私のオリジムシシュバーッにインスピレーションを受けたのか、後日アエファニルが小さな台車を作って持ってきた。
これにぬいぐるみを乗せて、床にシュバーッと滑らせまくるのがしばらく私たちの定番遊戯になるのであった。