「枕〜が変われ〜ば眠り〜が変わる〜♪ そなた〜の夢ご〜と包み〜込む〜♪ ふわふわ♪ しあわせ♪ ま・く・ら♪」
購買部の入口に設けられた特設寝具コーナー。そこで枕を抱っこして、フカフカしながら歌う。
今までレジと宣伝を一人で兼任していた私は、今日は宣伝専門だ。
良かれと思って多めに入荷したものの、あまり売れていないという枕。その柔らかさをアピールしている。
「チュロスちゃんが今持ってるやつ下さい!」
ロドスにも人が増えてきた。購買部の人員も増えたし、お客さんも増えたし、時々ちょっと変な人も居る。
何故か私が抱っこしてる枕を欲しがるお兄さんが発生した。
だがこういう時の返答を先輩スタッフが予め教えてくれている。先輩サイクロプスでもないのに遠見できるの? いや、それなら入荷数を見誤ってないか。
「うむ、これと同じサイズはこちらであるぞ」
「そ、そうじゃなくて今手に持ってるのを……」
「わらわが抱いておるこれか? すまぬ、これは兄上が予約済みなのだ。そなたには、わらわも愛用しておるこの枕カバーをおすすめしよう」
枕をひっくり返し、裏に油性ペンで書かれたLogosのサインを見せる。これも先輩から指示を受けて私が書いたものである。
そして断るだけだと角が立つので、数種類ある枕カバーの中からシルク生地のやつを指す。
「そっかぁ……チュロスちゃんは何色使ってるの?」
「茶色と桃色を所持しておる。今は茶色だ。近頃チョコレートにハマっておるのでな」
「じゃあチュロスちゃんとお揃いのこれを買うよ」
「こう言っておくと多分茶色が売れる」と先輩が言っていた。そして予言通りお兄さんは枕本体と茶色のカバーをカゴに入れた。先輩すごい。
お兄さんは日用品とチョコ味チュロスも買っていった。
「またね、チュロスちゃん」
「購入感謝である〜♪」
なんだろう、この微妙に馴れ馴れしい感じは……
このお兄さん、最初の頃は普通のお客さんだったのに、会う度に違和感が増してる気がする……
こういう人は先輩がこっそり要注意人物としてマークしてるらしい。しつこい時は近くのスタッフが駆け付けてくれる事になっている。
「大袈裟だ」って言えたら良かったんだけど、私前世で「ちょっと変なお兄さん」に殺されてるからな……あれはお客さんじゃなくて辞めたバイトの先輩だったけど。
今の先輩はこうやって守ってくれて最高である。それに今世はアエファニルという後ろ盾が有るから、いきなりフルスロットルで殺しに来るような人は居ないと思いたい。もしもの時はドレスの呪文もある。
「枕〜が変われ〜ば眠り〜が変わる〜♪ そなた〜の夢ご〜と包み〜込む〜♪ ふわふわ♪ しあわせ♪ ま・く・ら♪」
お兄さんも去ったし気を取り直して歌っていると、見知った影が購買部の前に立った。
「あっ、食堂で見掛ける真っ黒のレディ!」
「ケルグ、失礼ですよ」
「あれ、チュロスさん?」
サングラス三人衆アンドブレイズ! 購買部で会うのは初めてだ。
「よくぞ参られた〜♪ ふわふわ枕はいかが〜♪ 試しに触れても構わぬぞ」
「うわ、超ふわふわ! っていうかチュロスさん、購買部の人だったんだ!?」
「うむ。平日の昼餉後から夕餉前まで働いておる」
「ぜ、全然知らなかった……! 私、買い物はいつも週末だからなぁ」
「ブレイズ知り合い? 紹介してくれよ!」
「あ、うん。ロゴスさんの妹の──」
皆で枕をフカフカしつつサクッと紹介タイム。
凄い髪形の人がケルグ、真面目そうな黒髪の人がセブンティーン、無口で小柄な人がビーン。覚えた。
あと、お兄ちゃんの余波なのか、私も偉い人だとブレイズに勘違いされてる節が有るからここで訂正しておこう。
「ブレイズよ、わらわに畏まる必要は無いぞ。兄上はエリートオペレーターであるが、わらわは雇用形態としてはアルバイトゆえ」
「そうなんだ……!?」
未成年だし勉強も有るからね。クロージャから重要そうな書類の代筆を頼まれたり、新しいシステムの開発に関わってたり、なんかバイトの域を越えた仕事をしてる気もするけど、バイトはバイトである。お給料には反映されている。
さて、このままお喋りしたいところだけど仕事しないとね。
「時にケルグよ。そなた、実に良い髪型をしておるな」
「おっ、分かるぅ〜?」
「その芸術的な頭部を休めるのに、このふわふわ枕はいかがか?」
「いいね! 買った!」
「私も買います」
三人衆は枕を気に入ってくれたようで、カバーと一緒にカゴに入れていく。ビーンは親指を立てるあれをしていたので、私も同じように返す。ビッ!
「私は今のやつ結構気に入ってるからいいかな……? あ、でもこのカバーは良さそう。買う!」
「購入感謝である〜♪」
ブレイズはタオル生地のカバーを買うようだ。そして皆それぞれ必要なものをカゴに入れていき、最後にレジ横のチュロスも買っていた。
「またね、チュロス!」
「今度一緒にメシ食おうぜ!」
「うむ!」
ブレイズとケルグとビーンが手を振ってくるので、私も枕片手に逆の手をブンブン振る。セブンティーンも会釈しつつ控えめに振ってくれた。
ケルグもいきなり距離近めだけど、さっきのお兄さんとは明らかに種類が違ったな。カラッとした感じだ。
うーん、でもお兄さんも多分悪気は無いんだよな……
・
週末はPithと一緒に歌アーツの検証。
試しに子供達の相手をしてみようという事になって、協力してくれる事になっている教室へ行く。
先に教室の外で先生に挨拶して、一緒に入室。幼稚園児くらいの子供が集まっているようだ。
「お姫さまだ!」
「お姫さまだー!」
「ほんものだ!」
早速群がってくる子供達。前から気になってたけど、顔を隠して黒尽くめでもお姫様に見えるものなんだろうか。
大興奮の子供達を先生がなんとかまとめる。自己紹介を済ませると、子供達は一冊の本を持ってきた。
「お姫さま、みて! テレジアでんかが描いたえほん!」
「ほう、拝見しよう」
絵本を受け取って開く。黒いドレスとヴェールの歌が上手いお姫様……明らかにラケラマリン様がモデルだ! そうか、この子達には私がこのお姫様に見えてたのか。
そして話を聞いていると、どうも前に言われた「テレジアでんかみたい」はスカートのシルエットが似てるかららしい。
そういえばロドスはミニスカートの人が多いし、テレジアや私みたいなふわっとしたロングスカートは珍しいのかも。
「お姫さま、うたって!」
ちびっこ特有の無茶振り。だが私はそもそも歌いに来たので問題無い。
童謡を歌ってみると、ちびっこ達は「歌が上手! やっぱり本物だ!」と大興奮。一方Pithは首を捻っている。
「アーツは発動しているようだが、いつもの『ミュート状態』だな」
「うーむ、この騒ぎを収める気持ちで歌ってみるか」
皆キャーキャーと騒いで飛び跳ねて大盛況だ。あまりの興奮ぶりに先生が困っている。
歌ってる間は静かだったし、検証ついでにもう一回歌っておこう。
最悪子供達が飽きるまで続けてもいい。喉の耐久力には自信が有るぞ。
二曲目を歌い終わる。何時間でもやる覚悟だったけど、今度は皆盛り上がってはいるものの叫ぶような事は無く、座ったまま行儀良く拍手してくれる。
それ自体は不自然な景色ではないが、さっきとの落差が凄い。先生も「あれ?」って顔してる。
これは効いたのでは!?
「上手く行ったか」
「おお……僅かに感覚を掴んだ気がするぞ!」
何曲か歌った後は子供達と交流。一緒にダンスもした。これ、私がかつて河谷でアエファニルとやった体操ダンスがベースになってるようだ。小さな子供に合わせたのか、元よりも簡単な動きになっている。
Pithも渋々踊ってくれたが流石エリオペ、力を抜いていても動きのキレがいい。そしてそのキレの良さで子供達にモテていた。
私達が帰る時間になると、子供達は教室の外まで見送りに出てくれた。お互いに両手をブンブン振りまくる。
背を向けようとした所で、一人の子が嬉しそうに声を上げた。
「あっ、リサお姉ちゃん!」
思わずその子へ視線がぐんと吸い寄せられる。そして更にその子の視線を追うと……我らの光!!
ちびスズラン可愛い。尻尾ふかふか!
「みなさん、こんにちは!」
「こんにちは! リサお姉ちゃん、みて、お姫さまだよ!」
子供達がまた群がってきて、行儀良く挨拶するスズランの前へ移動させられる私。スズランは何故かキラキラした顔で私を見上げた。
「もしかして、購買部のチュロスお姉さんですか?」
「うむ、確かにわらわがチュロスである」
「はじめまして、私、リサと申します! お会いできて嬉しいです!」
礼儀正しい! こちらこそ危機契約ではお世話になりました!
なんで初対面のスズランが私を知ってるのかは分からないけど、可愛いから細かい事はいいや!
握手したら凄く喜んでくれた。そして大好きなリサお姉ちゃんと絵本のお姫様(人違い)が同時出現した事で再び盛り上がるちびっこ達。
収集がつかなくなる前に、短い曲を歌って落ち着かせてからバイバイした。
スズランは以前から私の歌を聴いてみたかったらしく感激していた。照れる。
角を曲がって子供達が見えなくなると、Pithから疲労感が漏れ出した。抑えていたようだ。
「空腹ではないか? チュロスでも食すか?」
「後で貰おう。しかし直接購買部へは行かない子供にも知られているとは、お前もすっかり有名人だな」
「不思議である。わらわは店番をしておっただけなのだが」
「店番しながら歌う奴はそう居ない」
今日はちびっことの交流でとても癒された。
でも、スズランがロドスに居るという事は……ぬいぐるみに源石……
いや、スズランだけじゃない。おそらく他の子供達も……そして大人達も、色んな人がそれぞれ理不尽な目に遭っている。
私が歌を使いこなせるようになれば、この大地で起きる悲劇を少しでも減らす事ができるだろうか?
……できる気がしない。でも、やらなかったら何も始まらない。
今不可能な事を、可能にするために戦う。ロドスはそういう場所だ。
アエファニルがその最前線に居る。既に切り開かれた道の上で、ついていくだけの私が足踏みしてどうする。
きっと追い付く事はできない。それでも、彼の背を追い続けていこう。
・
なんだか外の空気を吸いたくて、寝る前にコートを羽織って夜の甲板散歩に出てみる。昼間と雰囲気が違ってドキドキするぞ! 一人でウロウロ。
まだ寒いから人は少ないだろうと思ってたけど、意外と賑やか。種族的に寒さに強いとかだろうか。
夜風に当たっている人や、星を見ながらお酒を飲む人達……隅の方で語らっているあの男女はもしかして恋人同士!?
「チュロス!」
「む? Mechanist?」
横からMechanistが声を掛けてきた。手招きしてるので近寄ってみる。
「夜は一人でここへ来ない方がいい、酔っぱらいに絡まれるぞ。君のその服装では、他の者に気付かれず衝突する危険も有る」
「うむ……想像よりも暗い上、昼間とは随分違うようだ。今回限りにしておこう」
わざわざ忠告してくれるという事は、多少ガラの悪い人が居る事も有るのかも。あんまり未成年が居ていい空気じゃなさそうだし、大人になってからまた来よう。
「それと……先程から一定の距離を開けて君を追い掛けるような動きをしている者が居る。私から見て二時の方向に立っている茶髪のリーベリの男だ。知り合いか?」
Mechanistが声を潜めて言う。何それ怖い。できるだけ首を直接向けないようにして確認。
あ、枕の時のお兄さんだ。こっち見てる……!
「知人というか……購買部の客であるな。拒否するほどではないが少々馴れ馴れしく、先輩が要注意人物として記録しておる」
「なるほど、関わらない方が良さそうだ。部屋まで送ろう」
「息抜きをしておったのだろう? わらわには兄上の呪文が有るゆえ大丈夫だ」
「丁度戻ろうと思っていた所だ。これ以上ここに居ては凍えてしまう」
ありがとう、臨時保護者Mechanist。
二人で一緒に、不自然でない程度にお兄さんを避けるルートで艦内へ向かう。
「もう知っているかもしれないが、来週食堂用アプリをリリースする予定だ。君のアイディアもいくつか取り入れてある」
「まことか!?」
「ああ。特に『数量限定』の件は、ものは言いようだと調理場の者達も感心していたぞ。購買部でも何か面白そうなものを提案したそうだな?」
「うむ、遊びながらカタログとして使えるものを想定しておる。わらわはほぼ発案のみで、実際の開発は九割クロージャだが」
話しながらお兄さんの横を通り過ぎる。横と言っても距離が有るし、間にMechanistが居るから、表情は見えない。
話しかけてくるならともかく、ついてきてたっていうのがな……人目が有るから、Mechanistが居なくても変な事はされなかったとは思うけど……
こういう時ってどうすればいいんだろう。まだ何もされてないのに拒絶するのも違うような。
うーん、モヤモヤする。早くお兄ちゃんに会いたいな。
サングラス三人衆はチェルノボーグで
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死ぬ
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生き残る