翌朝、Mechanistからメッセージが届いた。なんとブレイズに迎えを頼んでくれたそうだ。
昨夜Mechanistと一緒に帰ったのに朝も一緒に出てきたら誤解されかねないから、この方がいいだろうとの事。なるほどそういうのも有るのか。
サクッと準備を済ませて、ありがたくブレイズと合流。
「わざわざすまぬ」
「気にしないで。怪しい男に狙われてるんだって? ちゃちゃっと捕まえとく?」
「実害は出ておらぬゆえ、そこまでするのは……」
「いやいや出た後じゃ遅いからね!? 心配だなぁ……」
まずは食堂で朝ご飯。まだ割と空いてる時間帯だ。隅の方のガラガラなエリアでAceが手招きしているので料理を持ってそっちへ行く。
Aceとブレイズに挟まれて着席。向かいにはサングラス三人衆も居る。ご飯の約束がもう叶った。
「例の男だが、所属は後方支援部だな。感染者としてはよく有る経緯でロドスに入ったようだ」
Aceにも話が通っているようで、お兄さんの事を教えてくれた。わざわざ調べてくれたのか。
後方支援部の人なら、もしもの時は私でも勝てるかも。
でもAceは濁してるけど、差別されてた人って事だよね。あんまり酷い事したくないな。
「つまり、ボロボロの所にチュロスに優しくされて勘違いしちゃったってこと? でもそれなら惚れる相手は医療部の人か、直接助けた人になりそうだけど」
「余程好みに合致していたのでしょうか? 美しい歌声を重視する人なのかもしれません」
「感染する前ですらお近付きになれねぇような高貴なお嬢さんが、目の前でご機嫌に歌ってくれるわけだからなァ。テンション上がるのは間違いねぇよな」
ブレイズとセブンティーンとケルグが考察している。ビーンも喋らないけど頷いてる。
しかし私が高貴に見えてるらしい事に驚く。確かに私よく考えると実質妃教育受けてたんだよね。でもどうも前世の庶民感覚が抜けない。
「チュロスが大人しいからってナメてるんじゃない? 私がガツンと言おうか?」
「やめておけ。恋ってのは障害が有るほど燃えるものだからな、お前がその調子で間に入ったら余計に拗れかねん」
メラメラするブレイズをAceが嗜めている。
そんな気はしてたけど、あのお兄さんが私に向けてる気持ちってやっぱり恋なのかな?
前世で私を殺したあいつよりは安全な感じがするし、今度は危ない事にならないといいな。
「チュロス、触られたりはしてないんだな?」
「うむ。週に二、三度購買部へ来て、少し話をしていくだけである。その内容も少々違和感は有るが不快と断じるほどでもなく……」
「となると拘束するには弱いな。デッキでの事も、一度ならたまたま居合わせただけと言い張れる。そろそろロゴスが帰って来る頃だ、ここまで来たらもう少し時間を稼いで、保護者同伴で対処した方がいいだろう」
お兄ちゃん帰って来るんだ! 早く会いたいな。
「ちなみに会話内容って聞いてもいい感じ? ダメな感じ?」
「構わぬぞ。直近ではわらわが抱いておったあのサンプルの枕を欲したり、わらわの私物の枕カバーの色を尋ね、その色を『お揃い』と言って購入しておったな」
ケルグが質問してきたので答える。すると何故か皆シーンとなってしまった。ご飯を食べる手も止まっている。
「……それセクハラじゃね?」
「そうであろうか……?」
「チュロスがギュッてしてたあの枕でしょ? 何に使う気なのか分かんないよ! 枕カバーの色だって普通は聞かないし」
「枕を渡すのは断り、答えた色は嘘なのだが……」
「そういう問題ではないです」
ビーンもブンブン頷いている。
そうか、直接的な事じゃなくてもセクハラになり得るのか。
枕は微妙な気もするけど、身に着けてたものを欲しがると考えると確かに……?
「ねえAce、やっぱり私がやっていい?」
「刺激して変に暴走される方が危険だ。チュロス、無理せず仕事を休む事も考えるんだぞ」
「うむ、耐えられぬ時はそうさせて貰おう」
ご飯の後は皆でぞろぞろと教室まで送ってくれる。
ブレイズが滅茶苦茶心配してくれて、何か有ったらすぐに呼べと連絡先を交換してくれた。
ビーンは最後まで喋らなかったけど別れ際にのど飴をくれた。皆ありがとう。
お昼までお勉強。終わると今度はMechanistが迎えに来てくれて、ストラップ的なものをくれる。
「この防犯ブザーを持っておくといい。この紐を引き抜くと分離して警告音を発するから、危険を感じたら抜いて投げ捨てるんだ。詳しい仕様はここに書いてある」
「おお……感謝する」
Mechanist、なんか生き生きしてる。作るのが楽しかったんだろう。
ひとまず首に掛けたIDカードと一緒にぶら下げておく。でもアエファニルに貰ったペンダントもしててごちゃつくから、今度ウエストポーチでも作って、IDカードとブザーはそこに付けようかな。
骨筆もいざという時に出しやすくしておきたいし、それ用のポケットも組み込もう。
Mechanistと一緒にご飯を食べて購買部まで送ってもらい、スタッフルームでクロージャに引き渡される。
「クロージャ、監視カメラはどうだった?」
「あのリーベリ、前から一人で夜のデッキに出てる事が分かったよ。昨夜は先を行くチュロスちゃんを偶然見かけて、声を掛けるか迷ってた感じ」
「ストーキングにしては随分堂々としているとは思ったが、不審な動きをしている自覚が無いせいだったのか?」
「確かに暗いとはいえ、視界が開けておる甲板は尾行には向かぬな」
Mechanistがクロージャに監視カメラの確認を頼んでいたようだ。
ストーカーだったらどうしようかと思ったけど、たまたまなら良かった。
購買部では普通に話してるのに、一体何を迷ってたのかは気になるけど……
しかし皆が動いてくれてて申し訳ないな。私もしっかりしないと。
「普段から付け回してるってわけじゃ無いから、そこは大丈夫!」
「それなら安心である」
「だが警戒は緩めない事だ。一人にはならないように」
「そうそう! あのリーベリが来たら歴戦の先輩達に丸投げしていいからね!」
クロージャはこう言ってるけど、私の事なんだからできるだけ自分で頑張ろう。
というわけでレジの仕事をしていると、あの枕のお兄さんが現れた。何故か不安げにキョロキョロと辺りを見渡してて挙動不審だ。
お兄さんは何かを確認し終えると、真っ直ぐ私のレジに来る。あの、お買い物は……
「ね、ねぇチュロスちゃん、彼氏とか居るの?」
「おらぬぞ。わらわは恋人を作るには兄上の許可が必要なのだ」
私の返答にお兄さんはほっとした様子。これやっぱり私に気があるのか。
しかしいきなりプライベートに踏み込んできたな。枕カバーの色を聞いてきたのもちょっと怪しかったけど、今日は更にダイレクトな感じ。
「そっか……でもチュロスちゃんのお兄さん、ちょっと過干渉じゃない?」
それはそう。でも、私が受け入れてるから問題は無いのだ。
ここは「兄について何か言われたらとにかくブラコンで行け」という先輩のアドバイスを実行する所だな。あと購買部に来たからにはお買い物をしてほしい。
「うむ、わらわが兄上に愛されておる証拠である! 時に此度は何をお求めか? 本日のおすすめは──」
「きょ、今日は買い物じゃなくて、チュロスちゃんと話したくて……!」
「それは困る。ここは会計のための場所であるぞ」
「じゃあ、仕事の後に一緒に食事しよう!」
な、なんかいつもより勢いあるな。
だが買い物をしないのにレジを塞ぐのはアウト! 購買部の一員として、ここは譲れない。
とりあえずレジからどいて欲しいから、食事には行く事にして、後で食堂で「こういうのやめて」って伝える?
でも誘いに応じた時点で仲良し認定されそうでやだな……
ちょっと考えてる隙に、隣のレジで様子を伺っていた先輩が動いた。
うーん、自分で対処できたら良かったんだけど……情けない……
「我が妹はおるか?」
「兄上!」
先輩がお兄さんに声を掛けようとした所で、アエファニルがひょこっと購買部の入口に現れた。外勤から帰ってきたんだ!
お兄ちゃんはチュロスと飲み物を手に私のレジへやってくる。ちゃんとお買い物をしてくれる! 百点満点!
お兄さん……紛らわしいな、リーベリさんでいいか。リーベリさんは流石にエリオペに逆らうつもりは無いのか、黙って場所を空けた。
「兄上、よくぞ戻られた」
「うむ。うぬも息災なようで何より」
そういえば先輩は? ちらりと横を見ると、先輩は元の位置に戻ってニコニコしていた。観戦モードになってる!
ひとまず普通にお会計を済ませておく。
よし、お兄ちゃんと一緒に食べたいから食事は断っておこう。リーベリさんが納得しない時は、アエファニルがなんとかしてくれるだろう。兄の威を借る妹。
しかし私が行動するより先に、アエファニルが勢い良くグルンとリーベリさんの方を向いた。
「もしやうぬは我が妹に懸想しておるのか?」
「え、あ、えっと」
声を掛けられると思ってなかったのだろう、リーベリさんが狼狽えている。私もびっくりした。
アエファニルが数歩近寄ると、リーベリさんは同じだけ後ずさる。
「どうなのだ? 我が妹は愛いであろう?」
「……そ、そうだ! 僕はチュロスちゃんが好きだ!」
改めて本人の口から聞くとインパクトが有る。顔隠してるのに、恋愛的に好きになれるものなんだろうか。
アエファニルの羽も一瞬動揺して……あ、もしかして私、リーベリさんに同族と思われてる? リーベリ的には顔より羽が重要とか有るのかもしれない。
「そうか、我が妹の魅力が分かるか。さあらば我と語り合おうではないか。うぬが我が妹に相応しき男である事を期待するぞ」
「えっ? ……え?」
「クロージャ、裏を借りるぞ」
「はいはーい、散らかさないでよね〜」
アエファニルは混乱に期待が混じった様子のリーベリさんと親しげに肩を組み、丁度出てきたクロージャと入れ違いにスタッフルームへ消えていく。
先輩は閉まった扉へ向かって小さく拍手していたが、お客さんの気配を察知すると即座に店員の顔に戻った。プロだ。
「いやー、鮮やかに退場させたね。流石ロゴスちゃん!」
「兄上は一体何をする気なのだ? 最終的にはわらわに近付かぬようにするとは思うのだが、あの流れで如何にして……」
「んー、チュロスちゃんに近付くと邪魔な兄がいちいち絡んでくるって思わせるとか? でもそれだとロゴスちゃんの外勤中を狙って来るようになるだけかな? ま、ロゴスちゃんなら上手くやるでしょ!」
Scout相手に厄介シスコンを発揮してたお兄ちゃんが、今会ったばかりのリーベリさんを認めるとは思えない。
でも一回期待させておいてダメってなったらリーベリさんも怒るよね? お兄ちゃんはそういう挑発みたいな事しないと思ってたけど……どうするんだろう?
・
普通に仕事して小一時間後、お兄ちゃんに呼ばれてスタッフルームに入る。リーベリさんも居た。
全然出てこないから、もう別の扉から出て行ったと思ってたよ。
二人とも何やら悲しそうな顔をしてる。でもアエファニルの方は演技のようだ。羽の角度で私には分かる。
「我が妹よ、すまぬ。この者の想いは本物だが、一般人である彼を巻き込むわけにはいかぬ。諦めよ」
「チュロスちゃん、ごめん。僕じゃ君を守れないよ……」
す、すごい。何故か私が振られている!
リーベリさんは悔しさを滲ませながら俯く。
もう彼の中では結論が出てるようだから、私は余計な事を言わない方が良さそうだ。
「兄上……」
どうとでも受け取れそうなトーンで言いながら、そっとアエファニルの腕を掴む。あとはアエファニルがいい感じにしてくれるだろう。
「うぬの婿には、力が必要なのだ。分かるな?」
「……うむ……」
アエファニルに倣って私も羽を悲しくしておこう。ぺたん。
リーベリさんは扉へ向かい、最後に振り返る。
「チュロスちゃん、さようなら……ロゴスさん、約束は必ず果たしますから……!」
何やら使命を背負っているらしきリーベリさんが悲壮な感じで出て行って、足音が遠ざかる。
お兄ちゃん、一体何をしたんだろう。
「すまぬ、うぬに不愉快な思いをさせたな。されどあの者がうぬに近付く事はもう無かろう」
「わらわこそ、兄上に対処させてしまってすまぬ。感謝する」
「妹を守るのは兄の役目だ」
お兄ちゃんはあっさりといつもの顔に戻って、私を抱き締めて頭を撫でてくれた。落ち着く。
だが私は仕事へ戻らねば……と思って離れようとした所でクロージャが入ってきた。
「あのリーベリ、帰ったよ!」
そう言いながら近付いてこようとしたクロージャが途中で固まる。
視線を追って見上げるとアエファニルが睨んでいた。お兄ちゃん!?
「クロージャよ、何故我が妹があの者の対応をしておったのだ?」
「放置してたわけじゃないからね!? ああいう勘違いくんは、第三者が間に入ると邪魔者が僕らの愛を引き裂こうとしてる〜ってヒートアップするケースも有るらしいからさ。実際ちょっと注意したら頑なになっちゃったし、現状維持だけしといてロゴスちゃんに直接対処してもらった方がいいと思って」
「……ふむ、さあらば良しとしよう」
私の知らない所で注意してくれてたのか。
うう、クロージャは忙しいのに色々と手間をかけさせてしまっている……
「それにチュロスちゃんって、にぶ……おっとりしてるから、これを機に危機感持ってくれたらいいなって……」
に、鈍いって言いかけた! でもセクハラに気付いてなかったから反論できない。
なんだか難しそうな顔になったお兄ちゃんにベンチまで手を引かれて、隣に座らされる。
「我が妹よ。かのリーベリについて、如何に思う?」
「わらわの何を気に入ったのか謎である」
「チュロスちゃん、嫌とか、怖いとかは?」
「会話自体は耐えられぬほどではない。されどレジを塞ぐのは一線を越えておる」
正直に答えたのだが、アエファニルは頭痛が起きたかのように額を押さえ、クロージャは「あちゃー」とでも言いそうな具合に顔を覆ってしまう。何かダメだったかな……?
「チュロスちゃん。レジよりも自分を大事にしてね。嫌なお客さんが来たら先輩達に押し付けて逃げていいから」
「少々億劫ではあったが、嫌と言うほどでは……」
「ロゴスちゃん、あたし、チュロスちゃんが自分で嫌って言い出す時はもう手遅れな気がするよ……」
「違いない。我が妹よ、少々でも億劫だと思う時点で周囲に相談せよ。その様子では、うぬが抵抗せぬがゆえに相手に期待を抱かせた側面も有ろう」
「う、うむ……承知した……」
もしかしてリーベリさんが段々違和感増してたのって、私のせい?
普通の人を要注意人物にクラスチェンジさせてしまった……?
あの変わりよう、きっとアエファニルが良い方向に軌道修正してくれたんだろう。ありがとうお兄ちゃん。
……前世で私が死んだの、自業自得だったのかな……
「我らはうぬの衣装に呪文を刻んだ。されど、それは最後の護りであるべきだ。まずはともがらを頼り、助けを乞うが良い。うぬが自らの不安を開示せぬのであれば、相手もまたうぬを頼る事は無いぞ。ロスモンティスと心を繋げた時の事を思い出すのだ」
「不安……」
そうだ。あの時は「悲しい」と「悲しい」で繋がった。
でも、今は上手くできる気がしない。有ったはずの不安は、掴もうとすると形を無くして零れ落ちていく。
何も言えずにいると、クロージャがアエファニルと反対の隣に座って、手を握ってくる。
「チュロスちゃん、あたしと練習しよっか。あのリーベリのこと、怖かったでしょ?」
答えようとして、気付いた。
言いたくない。
だって、この程度で怖い事にしちゃったら、前世のあれは……
「我がおるぞ」
お兄ちゃんが抱き締めてきて、背中をトントンしてくれる。
……大丈夫。あれはもう終わった事だ。あいつはこの世界に居ない。
深呼吸する。大丈夫。息ができるなら、声だって出せるはず。
「……恐ろしかった。わらわが手にする枕を要求されたのも、色をわらわと揃いにしたがったのも、気味が悪かった……」
言葉にして、初めて自分の気持ちを知った気がした。
先輩が色々助言をくれて嬉しかった。怖かったからこそ、嬉しかったんだ。
「甲板での事も、誤解だとしても恐ろしかった。Mechanistが送ってくれて安心した。今朝はブレイズが迎えに来てくれなければ、部屋を出るのを躊躇したであろう」
皆が守ってくれて安心した。安心したという事は、元は不安だったんだ。
クロージャの手を握り返して、逆の手でお兄ちゃんにしがみつく。安心する。凄く安心する。
「恐ろしかった。恐ろしくて、兄上に会いたかった!」
「うむ。よくぞ言った」
震える声を絞り出すと、お兄ちゃんが褒めるように撫でてくれる。
クロージャもご褒美なのか、私の手に飴を握らせた。
「教えてくれてありがとう。あたしも不安に思ってた事を言うね。……チュロスちゃんの服の呪文が発動して相手が怪我したら、医療部で治療する事になるんだよね……!」
医療部で治療。
それってつまり、お医者さんの大事な時間と有限の医薬品を消費する……
「貴重なリソースが……!?」
「そう! だから次からは遠慮無く逃げちゃってね! チュロスちゃんはかなり貢献してるんだから、他のスタッフにも見せ場を与えると思って!」
今朝のビーンのようにブンブンと頷く。
そっか。怖いって、言っていいんだ。我慢って、しない方がいい事も有るんだ。
ああ、私、我慢してたのか。
お兄ちゃんが私の目元にハンカチを当ててくる。
レジの仕事に戻れるのは、もう少し後になりそうだ。