挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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3-18 明日が来る

 ロドスに慣れたせいだろうか。去年よりも時間が過ぎるのが早い気がする。

 アーミヤとロスモンティスにも筆箱をあげて、ロスモンティスの誕生日には端末がぴったり入る鞄を贈って、水着で水遊びする提案を想像通りお兄ちゃんに却下されて、テレジアの命日に祈って、扇風機の前であああああってして、気が付いたらもうアエファニルの誕生日。お姉様からこっそり託されていたラケラマリン様の贈り物を渡した。

 

 ラケラマリン様作のハンカチは芸術品だった。黒い布に黒い糸で完全に黒一色なのに、奥行きのある河谷の景色が見事に表現されている。これもう絵画だよ。お兄ちゃん絵画で手を拭いてるよ。

 久しぶりにアエファニルが王子様である事を思い出した……いや今は王様か。

 

 私も勿論贈り物を用意した。去年のマグカップは使わずに飾ってる気配がするので、なら今年は最初から飾れるものにしようと思い、市販のシンプルなフォトフレームをデコってみた。

 ついリボンと花柄でファンシーにしてしまったが、お兄ちゃんはとても喜んでくれた。休憩室を借りて、飾る用のツーショット写真も撮った。素顔で。

 お兄ちゃん、その写真、うっかり人に見られても呪っちゃダメだよ。

 

 

 イフリータがロドスに来た時は、私もケア要員として呼ばれた。

 最初は怪しい真っ黒女に警戒心バリバリの様子だったけど、歌ったら懐かれた。一緒に聴いてたサイレンスも気分転換になってたらいいな。

 イフリータに行われた実験はひどいけど、イフリータの生存という観点で見れば、炎魔事件が最良のルートだった可能性も有るのがテラの嫌な所。

 あのナントカ療法自体は効いてるみたいだし、事件が起きなかったらパルヴィスはイフリータを手放さなかった気がするし……

 

 筆箱も贈った。今回は市販品ベースではなく、同じ形のものを耐火素材で作った。大丈夫だとは思うけど、一応ね。

 耐火素材について相談するために一人で後方支援部へ行った時は、枕のリーベリさんにバッタリ遭遇してしまった。でも購買部に来てた頃より大人しいというか、しぼんでるというか、気まずげというか。

 彼は「あの時はごめん。ロゴスさんと仲良くね」と言って去っていった。彼の中で何が起きているんだ……?

 気になるけど、お兄ちゃんに聞いても「話をしただけ」としか言わないんだよね。謎だ。

 

 

 涼しくなってきたし、オートミシンで服を作る練習と称してアーミヤとロスモンティスに秋服を作った。少しデザインを変えて自分用のやつも。

 前にエンジニア部で『漆黒の淑女』と呼ばれて気付いたけど、よく考えたら黒以外も着ていいんだよね。たまに市販の服を買う時も無意識に黒っぽいのを選んでいた……

 というわけで試しに茶色や赤色をベースにして、なんか落ち着かないから黒も少し取り入れつつ、いつもよりはカラフルにしてみた。

 やってみて分かったのは、ヴェールは黒しか無いから、合わせられる色が限られそうという事。

 今回は上手く馴染んだけど、白×ピンクとかのパステル系コーデだと絶対浮く。かと言って白ヴェールを用意しても花嫁っぽくなっちゃうし、黒より透けそうでお兄ちゃんからNG出そうだし。

 しかし着れないとなると、逆に無性に着てみたくなったりする。寝間着なら良いかな?

 

 

 商店街がオープンして、購買部はそっちへ移転。

 購買部の無人化が進んだらスタッフはどこへ行くのかと思ったら、商店街の各店に散った。なるほど。

 私は新購買部で相変わらず歌いながらレジをしている。技術的にはレジも無人にできるはずだが、クロージャは私を購買部から離す気は無いらしい。

 

 店が増えたことで、休日の選択肢も広がった。

 作った秋服を着てアエファニルと一緒にスイーツ店に行ったら、周囲の席の人達が妙にこちらを伺っている気配がした。

 おいしいケーキでご機嫌なアエファニルの顔面が美しすぎたのだろうか。珍しく分かりやすくニコニコしてたからな。

 ……と思ったら、どうやら皆の中では「ロゴスとチュロスがデートしてた」という事になっているとか。Mantra情報。

 私の服がいつもと違うから、わざわざおめかししてるように見えたらしい。ドレスよりラフな格好のはずなんだけど、それだけ普段の黒ドレスの印象が強いという事か。

 

 

 新しい仕事も出来た。学んでいた医療アーツがそこそこ物になり、治療の手伝いをさせて貰えるようになったのだ。

 いつも針を使ってるから試しにと、縫合の授業に放り込まれたりもした。裁縫とは勝手が違うものの、コツを掴んだら結構上達して、実際の手術の縫合もたまに任されるようになった。

 血とか肉とか、最初はびっくりしたけど、もう慣れた。私が怖がっても意味が無い事に気付いたしね。

 

 実戦を想定した訓練も一応受けている。襲撃を受けたので隠れながら素早く負傷者の手当てをしよう! 的なやつ。

 私は鈍臭いらしく、初回は開始五秒で「実戦なら頭を撃ち抜かれていたぞ」と教官に言われてしまった。

 その後も「行儀が良すぎる」「無駄に丁寧」「判断が遅い」などのマイナス評価を食らいつつ、繰り返す内になんとか合格した。

 でも本当に合格ラインギリギリらしい。教官の顔にも書いてあるんだよね、「こいつ実戦では使えん」ってね……

 このラインはあくまで前提で、外勤に出るなら更なる伸びしろが必要なんだろう。ここが天井のやつはお呼びでないのだ。

 でも技術自体はいつか必要になるかもしれないので、合格した後も続けている。

 

 

 それと、感染生物処理室で挽歌を歌うようになった。

 私がドレスでも皆気にしてないようだけど、一応喪服も自作。地味過ぎても良くないとアエファニルが言うから、華美にならない程度にレースや刺繍を加えた。

 皆ただの葬儀ではなく、〝チュロスちゃん〟による挽歌を望んでいる。だから私らしい格好の方が良いという事らしい。

 送り出す相手は殉職した戦士の場合も、鉱石病に眠った患者の場合も有った。

 アエファニルやエリオペの皆、アーミヤやロスモンティスが、自分の隊の仲間を送り出す事も有った。

 

 ロスモンティスが初めて仲間を送り出す時、泣きながらポッドの操作方法のメモを取っていた。

 彼女は記憶を失っても体が覚えてしまうくらい、この操作を繰り返す事になる。

 そんな未来は変えてしまいたい。でも、私はいつそれが起きるのか知らない。対策の立てようが無い。

 ……知っていたとして、本当に私は変えるつもりが有るのだろうか?

 

 

 刺繍や機織りや服作りは無心になれるから好きだ。

 いつもと違う生地の扱いを練習するという名目で、アーミヤとロスモンティスに冬服を作った。

 ある日、朝から晩まで作業室に籠って服作りに没頭してたら、倒れたと思われてブレイズが突撃してきた。

 心配かけてごめんね。移動が面倒だっただけで、食料を持ち込んでいつもの時間に食べてるし、たまに運動もして健康的に過ごしてるから大丈夫だよ。寝食を忘れるエンジニアとは違うのだ。

 寝食は忘れてないけど端末は自室に忘れた。なお、この失敗は数度繰り返す事になる。

 

 

 アーミヤの誕生日には、また香油を贈った。本人が欲しがったので。気に入ってくれたようで何より。

 AceとMechanistに誘われて、ブレイズの誕生会にも参加した。

 ブレイズの誕生日は本当は秘密らしい。原作のプロファイルでも非公開だったっけ?

 エリオペでこっそり祝うけど、アエファニルは外勤が有って参加できないから、私はその代理という事らしい。

 騒ぎすぎないようにと言われたので、遮音の呪文を使ってブレイズの好きな歌を思いっ切り歌った。

 ケルシーに怒られないかと皆がハラハラする中、Mechanistだけが冷静に呪文の範囲外に置いた端末で音量を計測していたのがちょっと面白かった。音漏れ無し!

 

 

 アーツもPithのお陰で随分上達した。今ならやれるんじゃないかと攻撃アーツを試したらやっぱりダメだった。

 いや、発動自体は完璧なんだよ。狙った場所に当たらないだけで……

 今は貰ったアーツユニットを使いつつ「歌で相手を混乱させる」を試してみてるが、上手く行ってない。混乱させられる役の人もロドスの仲間なので、私が無意識にブレーキをかけているのではという話になった。

 もう実戦で試すしか無いが、任務への同行はお兄ちゃんが許さないので機会が無い。

 私は果たして本当に相手を混乱させる事ができるのか? 今はシュレーディンガーのチュロスである。

 

 

 あとは子供達がくれた手紙への返信もしている。返事を書いた便箋だけでなく、本人が書いた手紙のコピーに赤ペンを入れて同封。この表現が良いとか、この単語は字が違うとか。

 意外というか納得というか、イフリータがとても頑張っている。上手くなったらサリアに書くんだそうだ。

 スズランは私以外にもお世話になっている人達に手紙を書いて、ハートを撃ち抜きまくっているとか。レーザービーム。

 

 年少の子には「お姫様みたいに綺麗な字を書けるように頑張りましょう」、年長の子には「お姫様に見せても恥ずかしくないように字を綺麗に書きましょう」と先生達が指導しているらしく、皆ぐんぐん上達している。

 いよいよ〝お姫様〟を訂正する余地が無くなってしまった。だが子供達の向上心に繋がるのなら、甘んじて受け入れる他あるまい。

 サンタを信じる子供の夢を守るような気持ちで……

 

 ……そういえば、前世では中学生になってもずっとサンタが来てたな。

 実在しない事は知ってたけど、あれは確か、小学生の時にクラスの子達がそう騒いでたからだ。「寝たフリしてたら親が置きに来た」と言い出す子が居て、同意する子が出て、ああそうなんだ、って。

 でも家ではサンタは居るものだった。だから何ってわけじゃない。思い出しただけ。

 

 

 服作りの練習という名目で、アーミヤとロスモンティスに春服を作った。

 もう私が服を贈りたいだけなのが彼女達にもバレているが、作ったからには受け取ってもらう。お兄ちゃんのお陰で布は沢山有るしね。

 

 医療部での訓練の経験をもとに、医療バッグをオートミシンで作ってみたりもした。

 元々使われているのは医療オペレーターの意見を聞いて後方支援部が作ったやつで、仕切りの高さとか、留め具の位置とか、文句を付けるほどでもない微妙な「ここがこうならもっといいな」という点がちょこちょこ有る。それを改良したのだ。

 布オンリーだとふにゃふにゃで安定しないが、これはイメージを伝えるためのサンプル。

 これを元に「こういうのが欲しい」「ここはこういう素材にしたい」と後方支援部にお願いして、いい感じに仕上げてもらった。

 作るだけならエンジニア部の皆に相談した方が早そうだけど、そうやって作った完成品を医療部に持って行ったら、後方支援部の仕事にケチを付けたみたいになってしまう。だから後方支援部へのフィードバックとして持ち込んだのだ。

 

 この新バッグを使って例の訓練を行ったら全体的に成績が上がったらしく、教官にも褒められた。正式に採用されそうだ。

 私の成績も上がったが、それはそれとして教官に「外勤には出るな」と言われた。ついに直接言われた……

 まあ外勤はお兄ちゃんが許さないだろうから、どの道行けないんだけども……

 

 

 

 

 そんなこんなで、ロドスで二回目の私の誕生日が来た。

 今年はロドスの現在地が河谷から遠すぎて、お姉様は来れないようだ。残念。

 

 去年は甲板で盛大にやったけど、今回は休憩室を借りて小規模のパーティーをする事になった。

 何故ならワインに限りが有るからだ。ロドスに来た時にAceに貰ったワイン、ついに開封である。

 

「よくぞ今日まで生き延びた……」

 

 アエファニルが感極まって抱き着いてくる。まだ部屋に入っただけなんだが、盛り上がるのが早いよお兄ちゃん。

 せめて座ってからにして……できれば乾杯まで待って……

 

「わらわも成人向けが解禁されるのだな」

「うぬにはまだ早い。今日の所は酒を楽しむのだ」

 

 面倒臭さの種類を切り替えて話を進めるライフハック。

 シャキシャキ動き出したお兄ちゃんに誘導されて、皆に拍手されつつ席へ。

 今回はいつもの皆に加えて、医療部で仲良くなったTouchも来てくれている。私の医療アーツの先生の一人だ。

 

 皆に祝福の言葉を貰い、持ってきたワインで乾杯。アーミヤとロスモンティスはブドウジュース。

 ついに飲酒デビューである。私、初めて大人になったんだな。

 どこかで見たグラスをゆらゆらするアレをやってみる。大人な香りがする!

 まずはちょこっと一口。未知の感覚!! ホワーッとして何かがブワワッと駆け巡る!

 この……なんだこの……もしかして芳醇っていうやつ!?

 

「これが……酒! 美味なり!」

「気に入ったか? ワインは度数が高いから、飲みすぎないようにな」

「うむ!」

 

 Aceに注意されたので、気を付けて少量をちびちび頂く。料理もおいしい。

 アーミヤとロスモンティスとOutcastと一緒にケーキを食べたり、プレゼントを貰ったり、ブレイズとサングラス三人衆がダーツで白熱したり、Scoutが写真を撮ったり、ウィーディがお水をくれたり、喋りまくるエリジウムをMantraが黙らせたり、手品大会が始まったり、酒を消す手品という名のただの飲酒が流行ったり、ウィーディがお水を配ったり、Mechanistが私の事をエンジニア部の一員だと主張してクロージャがいや購買部だと対抗して両方クロージャの管轄なのに何を争うのかとPithが突っ込んだり、アエファニルがTouchから医療部での私の様子を聞き出したり、Aceがまだ酒を消し続けていたり、飲みすぎたブレイズをMiseryが速やかに退場させて三人衆も追い掛けていったり、ウィーディがお水をくれたり。ウィーディめっちゃお水くれる。

 気付けばフワフワしていい気分。これが酔いというものか!

 

「あにうえ〜」

 

 アエファニルにくっついてると安心する。しかし上手く体を支えられず、でろーんともたれる形になってしまう。いい匂い。

 お兄ちゃんが頭を撫でてくれる。むっ、大人になったのに子供扱いされてる。でも気持ちいい。

 

「寝落ちする前に部屋に帰した方が良さそうだな」

「うむ。妹よ、帰るぞ」

「やらー、まらあそぶ」

 

 問答無用で抱き上げられてしまう。やだって言ったのに!

 でもお兄ちゃんに抱っこされるの好き! ぎゅー!

 

「ロゴス、気を強く持てよ」

「相手は酔っぱらいだ」

「ロゴスって言葉には理性って意味が有るそうだね」

「チャンスはまだ有るはずだ。今は抑えるんだ」

「アイドルは恋愛厳禁だよ!」

「ロゴスさん、隊長が後で部屋まで様子を見に行くってさ!」

「我が手を出す前提で語るでない」

 

 皆が何か言ってるけど、私とお兄ちゃんはそういうのじゃないのだ。

 安心安全クリーンな兄妹なのだ。

 

「チュロス、忘れ物」

「おお、これはなんど見てもうい。わらわはこれらとともにねる」

 

 ロスモンティスが二体の編みぐるみを持ってくる。白猫と黒兎。

 アーミヤと二人で作ってくれたそうだ。とてもかわいい。しかし腕に力が入らなくて落としてしまいそうになる。

 

「私が一緒に持っていきますね」

「じゃあ私も行く」

 

 アーミヤが持ってくれた。いい子だ。ロスモンティスもついてくるようだ。

 嬉しくて歌ってしまう。あれ、いつもみたいに上手く歌えないや。まあいっか。

 

「妹よ、別れの挨拶を」

「まことにゆかいなうたげであっら、かんしゃすゆ。さらばら」

 

 お兄ちゃんに運ばれながらブンブン手を振ってバイバイしてたら、アーミヤに手を掴まれてやめさせられた。扉にぶつけそうだったらしい。いい子だ。

 部屋に帰るとベッドに座らせられて、枕元のオリジムシ人形の傍へ編みぐるみが置かれる。

 枕カバーも河谷の木々を思い出す鮮やかな黄色だし、私の枕元が超癒しスポットになってしまった、素晴らしい。今日からここで寝る。

 

「ロゴスさん、チュロスさんに変な事しちゃダメですからね!」

「お酒って記憶が無くなることが有るんでしょ。今してもチュロスは覚えてないかも。そうなったらきっと悲しくなるよ」

「何もせぬぞ」

 

 アーミヤとロスモンティスはもう戻るようだ。部屋を出ていく二人とバイバイ。

 お兄ちゃんにヴェールとマスクを外され、ペットボトルの水を飲まされる。

 リボンで結ってた髪も解かれて、化粧も呪文で落とされた。靴も脱がされる。

 私座ってるだけ。まるで全自動。

 

「二人の手を借りるべきであったな……シャロン、一人で着替えられるか?」

「む……」

 

 自分の背中に手を伸ばすが、紐を上手く掴めない。

 何度やってもスカッ。悲しくなってくる。

 

「ひもをほろいてくれにゅか……」

「うむ……」

 

 紐を緩めてもらって、もぞもぞとドレスを脱ぐ。腰に引っ掛かって上手く脱げないが、アエファニルが呪文でするんと引っこ抜いて、綺麗にしてクローゼットに片付けてくれた。

 ドレスの下は、インナーとして使っている薄手のワンピース。寝間着と大して変わらないし、このままでいいや。ごろん。

 上手く枕に乗れなかった。でもいいや。ねむい。

 

「シャロン、動かすぞ」

 

 斜めに倒れ込んだままうとうとしていると、アエファニルが私の体を真っ直ぐにして、頭も枕に乗せてくれた。

 離れようとするアエファニルの腕を掴む。

 違う、掴めなかった。スカッてした。悲しくなってくる。

 

「あえふぁにう……」

「……シャロン?」

 

 腕を伸ばしていると、アエファニルが抱き起こしてくれる。

 悲しくて悲しくて、ぎゅーってしがみついた。

 

 アエファニルの肩越しに、机の上に立て掛けたものが目に入る。

 目が霞んで全然見えないけど、そこに何が有るかは分かっている。

 

 それは去年の誕生日の後に、Scoutがくれた手作りのアルバム。

 原作でScoutがGuardに託した手紙の中で、「写真にバツ印が増える」っていうのが有った。

 あれって、死んじゃった人にバツ印を付けるっていう事だよね?

 このままじゃ、あのアルバムもそうなってしまう。

 

「あえふぁにゅ、あえふぁにう……」

「シャロン、我はここにおるぞ」

 

 勝手に涙が溢れてくる。

 私に泣く権利なんて無い。

 原作を変えないように、アーミヤの道を閉ざしてしまわないように。そう決めたのは自分のはずだ。

 だけど震える喉は止まらない。

 

「……わらわは……みらいをかえたい……」

 

 ああ、言うつもりじゃなかったのに。

 残された時間はたった半年。今更何ができるって言うんだ。

 とても眠い。眠りたくないな。寝て起きたら、また原作の始まりに近付いてしまう。

 今日が終わらなければいいのに。どれだけ願っても、涙も時間も止まらない。

 

 とても眠い。まるで落ちていくようだ。

 眠くて眠くて、全部が曖昧になる。

 彼が返事をしたのか、しなかったのか、分からない。

 私は何も言わなかったのかもしれない。言葉が零れたのは気のせいだったかもしれない。

 私は泣き止んだのだろうか、それともまだ泣いているのだろうか。それすらもう分からない。

 アエファニルが抱き締めてくれる感触だけが、最後まで確かだった。

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