挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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0-4 火葬

 歩けるようになり、おむつを卒業し、言葉もそこそこ喋れるようになってきた。

 二足歩行・トイレ・言語は人間を人間足らしめる三大要素なのかもしれない──そんな事を思い、自らの成長を噛み締める今日である。

 転生人生、できればここから始めたかった……

 

 最近は体力も付いてきたので、近場ならアエファニルと二人で散歩をしてもいい事になった。

 二人といっても私の世話役のお姉様もついてくるし、アエファニルのお付きのお姉様も居るし、あちこちに一般バンシーのお姉様方も居る。滅茶苦茶見守られている。

 

「シャロン、あちらに花が咲いておったぞ。見に行くか?」

「うむ、ゆくとしよう」

 

 美幼女王子アエファニルに誘われたら行くしかあるまい。花というか、花を背景にしたアエファニルが見たい。

 花と言えば、言葉が分かるようになってきて判明したが、バンシーのトイレ宣言は「お花摘み」のようだ。今のアエファニルが言うと可愛いけど、ロゴス先生になっても言ってたらちょっと面白いかも。将来聞いてみたい。

 

 彼に手を引かれて金色の森の中をゆっくり歩いていると、全方位からお姉様方の「妾達の可愛いアエファニルがちびっこと手を繋いでて超可愛い〜!」の視線を感じる。

 「ちびっこ二人可愛い」じゃなくて、あくまで主体はアエファニル。でも私が蔑ろにされているわけではない。確かにアエファニルとの温度差は有るけれど、私は私なりにいつも可愛がってもらっているし、推しと隣人で態度が違うのは当然だ。

 王子とモブと考えると、寧ろ私の方が立場の割に厚遇されすぎまである。

 

 みんなアエファニルとお喋りしたいだろうに、声を掛けてきても挨拶程度で切り上げる。多分アエファニルの自主性を尊重する協定的なものがあるなこれ。

 私を連れて花を見に行くという、アエファニルの最優先タスクに割り込まないようにしてるんだろう。

 

「着いたぞ。この場には毎年この花が咲くのだ」

「うい花であるな」

 

 小さな花畑に着くと、彼はポケットから出した布を地面にサッと広げて、私を抱っこして座らせた。優しい。

 ……ねぇこの布よく見たら刺繍が凄いんだけど、私のお尻に敷いちゃっていいやつ?

 ……見守っているお姉様の反応的には、良くはないけどアエファニルがそうしたいなら……って感じか。これ以上汚さないように気を付けよう。

 多分アエファニルの周りには良い物しか無くて、雑に使っていいものとそうでないものの区別が無いんだろうな。

 

「見よ、母上直伝の技だ」

「あえふぁにう、みごとである!」

 

 アエファニルが花を摘み、手際よく編んでいく。

 ぱちぱちと手を叩くと、嬉しかったのか彼の羽がぱたついた。

 褒められ慣れているだろうに、私の拙い称賛に毎度喜んでくれる。

 しかし大分発音も安定してきたが「アエファニル」はまだちょっと難しいな。

 

「うぬにも伝授してやりたい所だが、その小さき手では難しかろう。またいずれな」

「きたいしておるぞ!」

 

 日差しは丁度いいし、花は綺麗でいい香りだし、心地良い風がどこかから歌声を運んでくるし、アエファニルは美幼女だし、まるで楽園だ。

 

 

 ──でも、この河谷の外では悲劇がゴロゴロしてるんだろうな。

 

 

 私がちょっとボーッとしてる間にアエファニルは花冠を完成させていた。

 

「母上に習いし冠はこれで完成だ」

「うつくしい!」

「うむ。だが我は考えたのだ、斯様にすれば──」

 

 彼は完成した花冠に二本の長い草を足して触角のようにすると、自分の頭に乗せた。彼が頭を振るとにょいんにょいんと揺れる。

 真面目な顔でそんな事をするアエファニルが面白くて、思わず噴き出した。

 

「ぶふっ、ゆかい!」

「やはりそうか。少しく待て、うぬの分も編もう」

 

 アエファニルが花を編みながら歌い出したから、私も一緒に歌う。

 アエファニルから重ねてきたならともかく、まだ歌が下手な私から重ねるのは抵抗があるんだけど、前に一回じっと聴いてたら寂しそうにされたので。

 歌はバンシーにとって重要なコミュニケーションなのかもしれない。

 

「出来たぞ。羽を上げよ」

「かんしゃする!」

 

 アエファニルが私の頭に花冠を被せてくれる。

 私は早速8の字を描くように頭を振った。

 

「ぶふっ」

「ゆかい?」

「どちらかといえばシャロンの動きが愉快であった」

 

 二人で景色を楽しんだり歌ったり、アエファニルが小さなブーケを作って持たせてくれたり。

 しばらく遊んでいると見守りお姉様からそろそろおやつが出来上がる時間だと声を掛けられる。散歩の時間は終わりか。

 さて……帰る前に私にはミッションが有るな。転生者の私でなければできない事だ。

 

「あ! あえふぁにう、あれはなんだ?」

「む? どれだ?」

「むこーの、きのえだに、なにかおるぞ!」

 

 遠くの木々を指差してアエファニルの気を逸らしつつ、そっと布から下りる。

 布と同色の糸の刺繍が光の加減で浮かび上がってとっても綺麗。これスカーフとかだな……

 下手に汚れをはたいたり畳んだりするとまずいと思い、広げたまま指差しと視線でお姉様へ助けを求める。お姉様は頷いて布を慎重に回収してくれた。

 

 布が心配で、つい年齢に相応しくない動きをしてしまった……

 私はトイレ爆速習得の実績を持つ天才バンシーということで良い感じに納得してほしい。

 

「ああ、あれは羽獣の一種であるな。他の種より気性が荒いゆえ、近付いてはならぬ」

「しょうちした」

 

 本当に何か居たらしい。ごめんアエファニル、折角教えてもらったけど私にはその羽獣がどこに居るのか分からないんだ……

 でも君の優しさと布を同時に守るにはこうするしか……

 罪悪感を抱きつつ、手を繋いでお揃いの触角花冠をにょいんにょいんさせて、道中のお姉様方に挨拶しながら帰る。

 

 本格的に外に出るようになって分かったけど、どうも私はバンシーの中では最年少っぽい。小さな子供は私とアエファニルだけで、アエファニルの上はいきなり中学生くらいのお姉ちゃんになるようだ。

 ラケラマリン様が言ってた「子供が珍しい」のレベルを甘く見ていた。これが長命種……

 

 子供は大人の真似をする。

 バンシー全員から可愛がられているアエファニルは、自分が可愛がる側になれる相手が欲しかったんだろう。唯一の年下の私が自動的にそのポジションに収まったというわけか。

 

 今は受け入れちゃってるけど、原作に影響を出したくないなら彼にはあまり近付くべきではない。逆に原作を改変するのなら、今から仲良くして彼の力を借りられるようにしておくべきだ。

 

 

 アエファニルはいつかこの河谷を出る。

 理想を追い掛けて、敬愛するテレジアを亡くして、ロドスのエリートオペレーターになって、大切な友人を何人も亡くす。

 

 未来を知る私なら展開を変えられるはず。

 例えば事前にレユニオンを味方にできたのなら、AceもScoutもチェルノボーグで死ななくて済むかもしれない。

 

 でもその場合、その後の展開は?

 

 チェンとの共闘が無くなって、アーミヤが剣を持つことも無くなって、チェンはロドスに入らないかもしれなくて……

 チェンが居ないと狂う場面は多いし、アーミヤが経験を積む機会を奪うことにもなる。

 ドクターだってきっと動きが変わってくる。ドクターがケルシーに頼み込んだ、フロストノヴァをロドスの名簿に加えるというあれ。記憶を無くして流されるままだったドクターが、本当の意味でロドスの一員となったのは、おそらくあの時だ。

 

 もしも更に前、テレジア暗殺から覆そうとするのなら、その影響は計り知れない。

 それに仮に暗殺を防いだとして、ドクターが記憶を保持したままだと結局また同じ事が起こるんじゃ? それとも二度目の前にアスカロンあたりにドクターが殺される?

 ドクターの頭脳が欠けたロドスは原作のような活躍はできない。原作で救えたはずの人達も救えなくなる。

 ならばテレジアを死なせないまま、ドクターの記憶をリセットしてもらうのはどうだろう?

 ……テレジアは優しい。刺客を差し向けられた彼女は、自分が裏切られた事ではなく、アーミヤを傷付けた事に怒った。そんな人が、何も起こらない内から人の記憶を消したりするだろうか。

 

 そもそもテレジアが生きて戦いを続ければ、アエファニルの友人どころか、アエファニルが死んでしまうかもしれない。

 

 更に遡って内戦の発生を阻止する?

 無理だよ。

 どれだけ切っ掛けを摘んだところで、いつか必ず衝突は起きてしまう。

 だからこその内戦だった。

 

 テレジア暗殺は最悪の中の最善だった。チェルノボーグだってそう。

 そしてそれらはあらゆる陣営が複雑に動くヴィクトリア編へと繋がっていく。

 原作の展開は繊細に絡み合っている。些細な変化で全てが壊れてしまうかもしれない。

 最悪の場合、行き着く先は人類滅亡エンドだ。

 やっぱり改変なんて考えない方が良い。

 

 

 ……じゃあ、見過ごすの? アエファニルの大切な人たちが失われるのを。

 数人助けるくらいなら、大局には影響しないかな? 少しだけ介入してもいい?

 でもそれって、死んでしまう人達は他にも居ると知っていて、助ける相手を選別するってこと? なんて傲慢なんだろう。

 

 いいや、知っているのに動かない事こそ傲慢では?

 物語に囚われて、彼らは死ぬべき人間だと決めつけてしまっていないか?

 

 だけど先回りして防いだとして、彼らの覚悟を無かった事にして──

 

 

 ──私が改変してしまった彼らは、本当にアエファニルの愛する友人なのだろうか?

 

 

 

 

 その夜、私は熱を出した。

 ぐったりしてお姉様方に看病されていると、階下から揉める声が響いてきた。

 どうやら感染する病気だったらまずいという事で、アエファニルが一時的に出禁にされたようだ。今は顔を合わせたくないから助かる。

 というかいつ朝になったんだろう。

 時間の感覚が分からないまま寝たり起きたりを繰り返す。

 花瓶に移されて飾られていたはずのブーケは、いつの間にか無くなっていた。

 

 頭の中がグルグルする。

 可愛いアエファニルに悲しんで欲しくない。

 でも、私が死んだのって、ある意味ロゴス先生のせいだよね。

 助ける義理、無くないかな。

 

 ……違う、これはただの八つ当たりだ。

 あの日コンビニへ向かわなくても、立ち止まったのが橋の上じゃなくても、きっと私は殺された。

 こんな苦しい世界に転生なんてしたくなかった。

 いいや、良かったって事にしておこう。

 そうでないと、絶望に押し潰されてしまう。

 

 幼い体に引き摺られてか、どんどん情緒が不安定になっていく。

 ふと気が付いたら辺りに小さな羽が散っていて、お姉様が私の手を掴んで止めていた。無意識に自分の羽を毟ってたのか。

 ぐずる私をお姉様が抱き上げてあやしてくれる。煩わせたくないのに。やっぱり転生なんて嫌だ。

 

 

 そうやって無意味な時間を過ごしていたら、不意に窓の外から歌が聴こえてきた。

 アエファニルの声だ。

 ああ、合わせてあげないと、あの子が寂しがってしまう。

 そう思うのに、私の口から出てくるのは泣き声だけ。

 やがて歌が終わってしまい、静かになる。

 もう何も聴こえない。彼は帰ってしまっただろうか。それともまだそこに一人で居るのだろうか。

 

 

 

「……アエファニル!?」

「やめよアエファニル!」

「待て、待つのだ! 妾が交渉して来よう!」

「そなたが怪我をすればマダムが悲しむ!」

「あっ、あっ、それでは届かぬ! 妾の肩を足場にするが良い!」

「ああっ、その枝は細すぎる! 逆の……そう、そちらへ!」

「頭上にも枝が有るぞ! 角が絡まぬよう注意せよ!」

「ああ〜! アエファニル〜!」

 

 急に猛烈に騒がしくなった。

 ……うん、確かにそこには丁度良く木が有るよね。

 心配はいらない。お姉様方ならどうにでもできるはず。

 あの人たちはアエファニルを尊重して、いつも一歩引いている。本当なら無理矢理木から下ろす事もできるだろうし、一見慌てている室内のお姉様たちだって、窓を閉めて彼を諦めさせる事もできる。そうしないのなら、彼の行動は許容範囲なのだろう。

 

「シャロン、騒々しくしてすまぬな。やがて窓の外にアエファニルが現れるゆえ、少しばかり顔を見せてやってくれぬか?」

 

 外の騒ぎから抜けてきたのであろうバンシーが一人、静かに部屋に入ってきて、気遣わしげにそう言った。

 

「シャロン、どうする? もしも会いたくなければ、妾と共に隠れてしまおう」

 

 私を抱き上げているお姉様が、優しく問い掛ける。さっきあの子の歌声に泣いてしまったから、嫌がっていると思われただろうか。

 

 ……なんだか奇妙だ。

 バンシーの皆にとって、最優先はアエファニル。

 あの子が会いたがっているのなら、問答無用で私を窓辺へ運べばいい。なのにそうしないのは何故?

 

 ああ、そうか。

 彼女達は、私の心を大人の望む結末へ押し込めたりしないんだ。

 王子とモブ。モブの方を従わせればいいって、きっと頭をよぎったはずなのに。

 アエファニルだけじゃない。私の事も、実は同じように慈しんでくれている。

 

「あえふぁにう……」

「会いに行くか?」

「ゆく……」

 

 お姉様が窓辺へ移動してくれる。小さな手で木の枝にしがみつくアエファニルの姿が見えた。いつかの未来では飛ぶ事ができるのだろうけど、今は服も髪も枝に引っ掛けながら、両手と両足で懸命に木を登っている。

 

 やがて二階の高さまで辿り着いたアエファニルが顔を上げて、目が合った。彼の顔が悲痛に歪む。

 今の私は目を泣き腫らして、羽もボロボロで、きっとひどい顔だろう。

 

 そして彼は何故だか決意を秘めた顔をして、窓に一番近い枝の上に立って、両手を離して──跳んだ。

 

 お姉様方から悲鳴が上がって、飛距離が全然足りなくて、誰かが呪文で彼を浮かせて、同じ呪文を皆で一斉にかけてしまったのか浮きすぎて一度窓から見えなくなって……

 大騒ぎの末に、彼は天使のようにふわりと窓辺に舞い降りた。

 

「シャロン!」

 

 頭に木の葉を引っ掛けたままのアエファニルが、擦り傷だらけの手を伸ばす。

 炎の色の瞳が、私の躊躇いを燃やし尽くした。

 

 本当はもう、きちんと呼べるはずだった。

 私のような紛い物が彼の名を呼ぶのは、彼女達の宝物を穢すようで恐ろしかった。

 だけど転生とか、原作とか、もうどうだっていい。

 私はプレイヤーじゃない。テラに生まれた、ただのバンシー。

 

「──アエファニル!」

 

 君に加護を与える、大勢のバンシーの一人になろう。

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