目が覚めたら、アエファニルが私の机でプログラミングの本を読んでいた。
あれ? 昨日どうしたんだっけ?
部屋に戻されて、お兄ちゃんが世話してくれて全自動だった辺りは覚えてる。ドレス脱いで寝落ちした?
「目覚めたか。まずは洗顔せよ」
「うむ……」
とりあえず促されるままに洗面所に入る。
なんか頭が重い……うわっ、目が腫れてる!!
思い出した!! お兄ちゃんにしがみついて幼児みたいにべしゃべしゃに泣いた!! 大人になったのに!!
でもなんでだっけ……? 分からないまま洗顔して歯磨きして髪を梳かして帰還。
アエファニルは既に本を棚に戻して私を待っていたようだ。
なんだかちょっと懐かしい目をしてる。カズデルに旅立つ前の、決意を秘めた顔を思い出した。
「シャロン、共に未来を変えるぞ」
ああ、そうか。私、未来の事を言ってしまったのか。
顔を洗ったばっかりなのに涙が出てきて、お兄ちゃんが抱き締めてくれた。
あったかくて安心するのに、怖くて怖くて、身体のどこか奥底が冷えていく。
変えてもいいのだろうか。そもそも変えられるのだろうか?
変えられても、それが良い方向だとは限らない。
「シャロンよ。もしもそれが罪であろうと、我はうぬと共に背負おう」
嘘つき。全部自分のせいにするくせに。
子供の頃と同じように頭を撫でられる。だから私も、子供の頃のように抱き着いた。
「あにうえ、あにうえ……」
子供扱いでもいいよ。君が望むなら、私はいつまでも小さな妹のシャロンでいよう。
それが、私が君に返せる僅かなものだから。
・
自室は狭いから私の作業室に移動。アエファニルがお腹が空いたと言うから、朝ご飯を配達してもらう。
アエファニルはフルーツゼリーも二つ注文しようとしていたが、私はあまり食欲が無いから断った。
デザートはいらないけど、ご飯はちゃんと食べないと。おにぎりを野菜スープに突っ込んで崩し、お茶漬けみたいにする。お兄ちゃんも真似してる。
食べ終えてアエファニルがゼリーを開封するのをぼーっと見ていたら、ゼリーを乗せたスプーンを口元に差し出された。
「うぬはロスモンティスにこうしたそうだな。さあらば我がシャロンへしても良かろう」
懐かしい。小さい頃は、食後のデザートをこうやってアエファニルに食べさせてもらっていた。
ぱくり。複数のフルーツが混ざったトロピカルな味。
ロドスへ来るまでの道中でアエファニルが気付いてくれなかったら、私の味覚は今でも死んだままだったかもしれない。
いつも助けて貰ってばかりだ。私ももっと役に立てたらいいのにな。
一個しか無いゼリーは、結局全てアエファニルによって私の口へ運ばれた。やっぱり二個頼めば良かった。
食べたら後片付けをして、ドクター救出の流れを説明する。
レユニオンの暴動、天災、そして全てを燃やし尽くすタルラ。
「AceとScoutの部隊はアーミヤ達を撤退させるべく時間を稼ぎ、全滅する……Ace隊は纏めてタルラの炎に呑まれ、Scout隊は敵を撹乱するためか分散し、各個撃破されるようだ」
二人の死の未来に、アエファニルは少なからず動揺したようだった。
私の手を握った彼の手は普段よりもぎこちなく、緊張して強張っている。
「……よくぞ打ち明けてくれた。エリートオペレーター二人とその部隊が丸々消えるのは、甚大な損失である。阻止すべき事態だ。タルラとやらのアーツ、我ならば対抗も可能やもしれぬ。我の参戦が叶うよう今の内から根回しを──」
「それはならぬ……流れは極力変えたくないのだ。未来で参戦しておらぬ兄上には、他の重要な役割が有るに違いない」
確かにアエファニルなら対抗できそうだけど、もしもドクターを救出した直後にタルラに勝ったりしたら……どうなるんだろう?
良くない気がする。正直細かい所はあんまり覚えてないものの、タルラから黒蛇を引き剥がすには、あのぶち切れ状態のチェンが必要な気がする。
それにロンディニウムでの戦いを考えると、アーミヤには少しでも経験を積ませておいた方がいい。あれは本当に色々ギリギリだったように思う。
……いや、タルラを即制圧した場合、一番まずいのはドクターだろうか。
フロストノヴァがドクターに強い影響を与えたのは、14章の描写からも明らか。
彼女の名をロドスの殉職者の中に加えたのは、ドクターが自分をロドスの一員だと思っている証だ。
そうでなければ、ドクターはアーミヤの隣に居続けてはくれないかもしれない。バベルの時にテラを見に回ったように、ロドスを離れるかもしれない。そのまま二度と戻らないかもしれない……
フロストノヴァとの戦闘と交流と死別は、きっとドクターがアーミヤと共に戦うための楔となる。
──私はフロストノヴァも見殺しにする気なんだ。テレジアの時と同じように──
こんなの、まるで生贄じゃないか。
フロストノヴァだけじゃない。タルラに捨て駒にされる他の者達や、チェルノボーグの一般市民も見捨てる事になる。
本当にそれでいいんだろうか? 私こそ、自分のために他者を捨て駒にしようとしているんじゃないか?
「シャロン……震えておるな」
アエファニルが抱き締めてくれる。あったかい。この温もりを失いたくない。
レユニオンやチェルノボーグ市民にだって、同じように失いたくないものが有るはずなのに、私は知っていて助けない。
「わらわは自らの大事な者のみ救わんとしておる……わらわは……また大勢を見捨てるのだ……」
ロドスで過ごして、何人もの原作の登場人物と出会った。
そしてそれ以上に、原作には一切登場しない人達にも出会った。
購買部の仲間とお客さん、教室の先生に子供たち、医療部の患者と医師、親切な後方支援部の人、ちょっとおかしいエンジニア部の職人の皆。そしてバンシーの姉妹たち。
同じような大勢が、チェルノボーグに居る。生きている。
これから大勢死ぬだろう。苦痛に苛まれるだろう。内戦中のカズデルと同じように。
私は助けない。知っていて助けない。伸ばせるはずの手を伸ばさない。
「それは違うぞ、シャロン」
「むぐ」
アエファニルに両手で頬をムギュッとされる。そのままムニムニ。や、やめてー……
「うぬは全てを救わんと願い、ゆえに苦悩しておるのだ。強欲とも言える」
「ごうよく……」
「うぬは人間の、己の腕の短さを知るべきである。一人で全ては抱え切れぬ。我とうぬの二人でも、あるいはロドスの総力を挙げようとまだ足りぬ。シャロン、その〝大勢〟を如何にして救うか、実際に思考した事は無かろう?」
……そうかもしれない。実際、助けるとしたらどうすればいいんだろう。
アエファニルにタルラを倒して貰ったとしても、チェルノボーグを襲う天災は避けられない。
事前にチェルノボーグの住人を全員外に出す? 荒唐無稽だ。
移動都市の制御権を奪って天災から逃がす? どうやって? おそらく石棺よりも警備は厳重なのに。
無いものねだりだ。仮に叶ったとして、それは新たな火種となる。
もっと早く、アリーナが死ぬのを阻止できれば一番良かった。だけどそのつもりだったとしても、私はきっと河谷から出られなかった。
出られたとして、旅なんてした事の無い私が、ウルサスの広大な雪原でレユニオンを探し出す事は困難だ。
私は何が起こるのかをただ知っているだけで、何かを成せる力なんて持っていないんだ……
「うぬの慈悲深さは美徳であるが、己の領分でないものまで勝手に背負う事は傲慢と心得よ。それは他者を救うどころか、ロドスを転覆させ得る。さあらば、うぬは我の敵であるぞ」
アエファニルは少し怖い顔をしてそう言った。
……これ、わざと嫌な言い方をしてるんだ。私の諦めが付くように。
そんな事されたら、従うしか無いじゃないか。
アエファニルが望むなら妹でも妃でも何にでもなるけれど、敵にだけはなりたくないよ。
「〝大勢〟を救うには、同じく大勢の力が必要だ。そして大勢とは、一人一人の集合でしかない。ゆえにまずは、目の前の一人を救う事に専念せよ。我とシャロンでAceやScoutの命を拾い上げれば、彼らがまた別の命を拾うであろう。そうして人と人を繋ぐほか無いのだ」
「……承知した……」
「良い子だ」
頷くと、やっと頬が解放される。
アエファニルはまた私の頭を撫でて、お茶を淹れ直してくれた。
まだ割り切れないけど、時間は貴重だ。ここからは、どうやってAce達を生かすかの話だ。
「流れは変えたくないと言ったな」
「うむ。アーミヤは後にタルラを止めるべく、タルラの妹と共闘し、そこで魔王クイロンと同調というか、共鳴というか……そのような事になる。あの子が王冠の力を掌握するために必要な過程やもしれぬ」
「うぬの視た未来には、あの子の成長を待つ猶予は無いようだな。かの王冠の重さを思えば無理も無い」
話が早い。既に軍事委員会との戦いを見据えていたのだろう。
アエファニルの表情からは、アーミヤのような子供を王庭と対峙させなければならない遣る瀬無さが滲み出ていた。
ロドスのリーダーで、魔王の継承者。アエファニルの言葉を借りるなら、オペレーターの運命とサルカズの運命は、ふたつともアーミヤの〝領分〟という事になる。
……あの子の悲しみを減らすためにも、AceやScoutには生き残って欲しいと、改めて強く思った。
「シャロン、うぬが呪術に使用しておる例の帯を新たに作れぬか?」
「かねてより溜めてあるものが有るぞ。必要とあらば追加で織ろう」
私が織ったリボンを保管している箱を出す。昔からこまめに作り続けて、結構な量になった。
アエファニルは一本取り出して確認している。
「良い出来だ。複雑な呪文にも耐え得るだろう」
「兄上、これに死を偽装する呪文を刻めぬか?」
「未来視の通りに死を演出し、流れを保つか。我に任せよ。耐火の呪文も込めよう」
本筋に介入するのは怖い。だけど物語から退場した後の〝遺体〟を回収するだけなら、真正面から立ち向かうよりも影響は少ないはず。
そんなに上手く行くだろうか? 背筋が凍えて、指先が冷えていく。
お兄ちゃんが背中をさすって、手を握ってくれた。
「時にシャロン」
「む……?」
「二人きりの時は、アエファニルと呼んで良いのだぞ」
頭の中ではアエファニルって呼んでたけど、そういえば口ではずっとお兄ちゃんって言ってた気がする。でもお兄ちゃんの方は二人の時はシャロンって呼んでくれてた。
もしかして、ずっと呼んで欲しかったんだろうか。見上げたお兄ちゃんは期待するような目をしている。
「アエファニル」
「うむ」
お兄ちゃんがとても嬉しそうに抱き着いてくる。
そして足りなかったのか、抱えられて膝に乗せられた。
「アエファニル」
「うむ、うむ。シャロン」
「アエファニル」
「シャロン」
「アエファニル」
「シャロン」
名前を呼び合ってるうちに何か恥ずかしくなってきたから、意味も無くお兄ちゃんの泣き黒子をちょんと押してみる。
仕返しなのか、お兄ちゃんは羽で私の羽をつんつんしてきた。くすぐったい。
不安は消えない。それでもあったかくなっていく。
「アエファニル……わらわは、そなたの妹で良かった」
「我もだ。シャロン、我が最愛の妹よ」
こんな苦しい世界に転生なんてしたくなかった。
だけど、ここなら良い。ここが良い。
私を家族にしてくれてありがとう、アエファニル。
・
表向きはアエファニルの主導で火災や爆発を想定した新装備を開発するという事にして、仮死と耐火の呪文を込めた装備を作る事にした。
後方支援部から提供してもらった耐火布に、アエファニルが開発した呪文をリボンに刻んで縫い付ける。
イフリータに協力して貰って性能テスト。燃える。全然燃える。しばらくは耐えるんだけど、長時間は無理。
単なる火ならともかく、炎魔の炎は防ぐのが難しいようだ。原作的に言えば術耐性も低下してるだろうし……
燃やされたのが悔しかったらしく、後方支援部とエンジニア部が改良を滅茶苦茶頑張ってくれている。繊維の素材とか、コーティング剤とか、色々研究中。
差し入れに手作りチュロスを持って行ったら大好評だった。チュロス作チュロス、やはり妙にウケがいい。
チュロス作りは気分転換でもある。リボンを補充するべく空き時間に糸を紡ぎまくっているのだが、ずっとやっていると段々頭がおかしくなってくるのだ。全く違う作業をしてがっつりリセットする必要が有る。
そして皆私が揚げ物をやる事を心配して、揚げる段階は毎回誰かが代わりにやってくれている。
Aceがやってくれた事も有った。Scoutがやってくれた事も有った。
出来上がったチュロスを一緒に食べた。来年もまた食べたいな。
後方支援部と仲良くなったので他にも面白い布が無いか聞いてみたら、色々サンプルを回してくれた。イフリータの筆箱の時は本当に必要な量しかくれなかったが、アエファニルの口利きのお陰で今はあれもこれもと持たせてくれる。成人して正式に社員になったのもあるかな?
貰った素材で負傷者を背負うためのハーネスを作ってみた。訓練で使ってもらって形を修正していく。
作業室に篭る事が増えて、そのまま寝泊まりする事も増えた。そしてブレイズが突撃してくる事も増えた。
研究に没頭して食事を抜きがちなウィーディの様子を見に行くついでと、私が端末を忘れて連絡が付かないから念の為という事らしい。
いつも使ってる鞄と、作業室に行く時に使う鞄は別にしてある。だから端末をいつもの鞄ごと自室に忘れてしまう事が良くある。
なので連絡が付かなくても皆を心配させないために、作業室の扉の横に生存確認用のタブレット端末を貼り付けてみた。作業室内のパソコンと連動させて、今何の作業をしてるとか、いつ休憩したとか、何食べたとか、今寝てるとか表示できるようにする。
私の最後の操作から経過した時間も表示。これが異様に長い時だけ心配してもらえばいい。
ついでに絶対入って欲しくない時もそう表示しておける。集中してる時にいきなり人が来たら、びっくりしてビーズとかぶち撒けたりしそうだからね。やってて良かったプログラミング。
・
チェルノボーグ対策で忙しくしている内に、私がロドスに来て三回目のお兄ちゃんの誕生日が来た。今年は自作のタペストリーにしてみた。
河谷に居た頃のアエファニルと私を思い出しながら絵を描く。ラケラマリン様と五体のぬいぐるみも一緒。背景に木々や清流も入れて、あらゆる色の糸を贅沢に使ってオートミシンでズババババ。あの頃は写真とか無かったから、うろ覚えでも残しておけると良いかなって。
更に手作業でビーズを縫い付けて、水面や瞳などにキラキラ感をプラス。ラケラマリン様の頭部にはレースを付けて、実際に捲れるヴェールにしてみた。私は当時はヴェール被ってなかったからそのまま。最後に祝福の呪文を手で刺繍して完成。
ラケラマリン様の絵画と違ってイラストって感じなので、ちょっと恥ずかしいが、まあいいだろう。
厨房を借りて、お花の香りのクッキーも焼いた。子供の頃のアエファニルが好きだったやつ。
そしてふと思い立って、バンシー風の装飾を入れた筆箱を作った。もしかしたらお兄ちゃんも欲しいんじゃないかなって。
一昨年は私とお揃いなのが刺さっていた事を思い出したから、同じデザインのものを二つ用意して、一緒に包む。
当日は休憩室を借りて、そこで渡した。プレゼントを開封したお兄ちゃんは泣いた。いつもの顔のままいきなりポロポロ涙をこぼすからびっくりした。
クッキーも出したら泣きながら抱き着いてきた。お兄ちゃん、絵画で涙拭いてる。
「シャロンよ……我はこの大地で最も幸福な者に違いない……」
大袈裟な気がするけど、幸せって結局主観だからね。お兄ちゃん自身が言うならテラナンバーワンに違いない。
お兄ちゃんは二つの筆箱のうち、片方を私の前に置く。
「筆入れを欲しておる事が気付かれるとは。態度に出ておったか?」
「態度では分からなんだ。されど兄上ならば喜ぶと思ったのだ」
「我を理解しておる。流石は我が妹」
クッキーも一緒に食べる。材料の産地の違いなのか河谷のクッキーとはまた違う味になったけど、中々上手く出来た。おいしい。
「この大地で最も美味なる菓子である」
アエファニルは滅茶苦茶幸せそうに味わっている。
これは……言葉通りお菓子として気に入ったのか、それとも私の手作りという情報を食べているのか、判断が付かないな……
何にせよお兄ちゃんのご機嫌ゲージがぐんぐん上がっていくのを感じる。涙と幸せで目がキラッキラ。
「シャロン、今宵は久方ぶりに添い寝を」
「調子に乗るでない」
「我の寝床は広いぞ」
「行かぬぞ」
うん、今日もお兄ちゃんはシスコンだな。
……待って、広いって何? もしかして添い寝に備えて大きなベッド買ってたりする?
それは流石にちょっと引くよお兄ちゃん!