挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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3-20 黎明の子

 あっという間に日々が過ぎて、もう11月も半ばになってしまった。今日は数ヵ月かけて改良した呪文耐火布のテスト。

 お兄ちゃんは忙しくて中々顔を出せないので、最近はもう私がリーダーみたいになっている。私のような未熟者についてきてくれる皆に感謝だ。

 

「イフリータ、今日も頼むぞ」

「おう! 任せとけ!」

「此度も試験時間は30秒とする。始め!」

 

 木製のブロックを包んだ耐火布へイフリータの炎を当て続ける。

 16秒経過。初めての試作品はここで燃え尽きた。今はこのラインはとっくに越えている。

 21秒経過。表面が融解し始める。誰かが小さな悲鳴を漏らした。

 25秒経過。全体がじりじりと溶け焦げていく──

 

「そこまで!」

 

 長い長い30秒が経って、テスト終了。炎が晴れる。

 耐火布は黒々と焦げているが、しっかり形を保っている。おそらく中のブロックは無事だ。

 

「クソッ、なんで燃えねぇんだよ!?」

 

 半ばゲーム感覚だったイフリータは突如現れた強敵に憤慨しているが、目標としていた30秒の大台に到達した事でエンジニア部と後方支援部の皆は大喜びでハイタッチを交わしている。

 この空気、イフリータとしては面白くないだろうから、これ以上機嫌を損ねる前にフォローしておかねば。幸い私は特効呪文を知っている。

 

「サリアにも報告せねばな」

「えっ!? も、文句言って悪かったよ! ちゃんとやるから、サリアには……!」

「違うぞ、わらわ達は感謝しておるのだ。イフリータの炎をも防ぐ事が可能ならば、大抵の火は問題にならぬ。いずれこの素材によって救われる命が有る……それはそなたの献身有ってこそ。サリアもそなたの事を誇らしく思うであろう」

「……そ、そーか? へへっ、それならいーんだよ!」

 

 よしよし、機嫌を直してくれたようだ。後でちゃんとサリアへ手紙を書いておかねば。

 ある程度熱が冷めたらエンジニア部の人が慎重に耐火布を広げる。耐火布は高温で変質しているが、中身に張り付いて剥がれないという事は無さそうだ。

 中まで熱が通ったらしく、木のブロックには少々濃い目の焼き色が付いているものの、引火した様子は無い。呪文を刻んだリボンも無事だ。

 ……万全とは言えないけど、ドクター救出作戦に間に合わせるなら、これ以上時間は掛けられない。ここまでだ。

 

 炎魔とドラコ、どちらの炎が強いのだろう。

 実際に目にしたイフリータの炎は、シンプルに火炎放射という感じだ。

 でも原作のタルラの炎はもっとヤバい感じで描写されてた気がする。とはいえその辺りは読んだのが昔過ぎて、実際どんな表現だったかは思い出せない。

 熱でWの仕込んだ爆弾を無効化してたのはうっすら覚えてるけど、そのくらいだ。高温という事しか分からない。

 ボスとしての性能は……民間人……ナイチンゲール……犬……ダメだ微妙に違う記憶ばっかり出てくる。あの飛んでくる炎自体には何か特別な効果とか有ったっけ……?

 

「イフリータちゃん、協力ありがとう!」

「おう、また手伝ってやってもいいぜ!」

「宿題も頑張るんだよ!」

「わ、分かってるよ!」

 

 後方支援部の人がイフリータにご褒美のお菓子を渡している。

 ……炎魔そのものではない上に本人も未熟なイフリータの火力は、タルラより低く見積もっておくべきなんだろうな。

 

 

 耐火布に仮死の呪文と耐火の呪文を組み合わせて加工していく。

 ただ耐えるだけじゃタルラの火力で結局押し切られる。でもタルラは、AceとGuardが生き残ってるのに一度はその場を去った。「何がなんでも殺す」というスタンスではない。

 死んだと思わせてしまえば、わざわざ死体蹴りのような真似もしないはず。

 ……だけどもしこの小細工がバレたら、きっと全員念入りにとどめを刺されるだろう。

 

 怖い。いいや、私が怖がる事に意味は無い。今は手を動かすだけだ。

 

 呪文を使った防護マスクも開発した。熱で呼吸器が焼けないように、そして酸欠にならないように。

 原作のAceは腕を失っていたから、自動で止血する包帯も作ってみた。

 包帯にリボンを縫い付けるとかいう謎の行為。自動止血包帯と言うか、自動で巻き付くリボンに包帯をくっつけてるというか。長い呪文をリボンに刺繍するはめになったけど、やらずに後悔したくない。

 幼少期からリボンを作り溜めておいて良かった。ロドスに来てから織っていては全く足りなかっただろう。あの頃の自分に感謝だ。

 

 積極的な介入はしない。これらを装備させて送り出し、成功を祈るだけ。

 流れは原作通りにしたい、だけど彼らは救いたい。

 そんな中途半端で欲張りな考えを、この大地は許してくれるだろうか?

 

 

 

 

 チェルノボーグへ向けた準備も進めつつ、これまで通り日常もこなしつつ過ごしていたある日。アエファニルから訓練場に呼ばれた。

 アエファニルは妙に目がキラキラしてるし、羽もウキウキだし、訓練場は人が多いし、何やら障害物や坂のある複雑なコースと……スタートラインに並べられたスツール!?

 

「これよりスツール滑走大会の決勝戦を行う。我も出場するぞ。我が妹よ、うぬに勝利を捧げよう」

「う、うむ……応援しておるぞ」

 

 決勝って事はその前の試合も有ったのか。何戦やったんだお兄ちゃん。

 私はアエファニルを侮っていたのかもしれない。AceとScoutが死ぬかもと知った上で、全力で遊べるメンタルの強さよ。

 

 アエファニルは颯爽と出走準備に向かい、観客がコースを囲みだす。

 原作のロゴス先生が変形者との話の中で、いきなりスツール滑走競技がどうのと言い始めたのを、まだ覚えている。

 今日はきっと、アエファニルにとって大事な日だ。

 原作に居ないであろう私が良い位置を取るのは憚られて、少し離れた所に立つ。

 人の壁で正直見えないけど、空気は感じられるからいいか。

 

「チュロス、そんな所で何やってるのさ! お兄さんの勇姿、もっと近くで見なよ!」

 

 あっ、エリジウム! 彼の声で私に気付いた人達が、左右に分かれて場所を空けてくれる。ビーンが手招きしていた。

 厚意を無下にできず、お礼を言って最前列まで行く。エリジウム自身はケルグやセブンティーンと一緒に後ろの方に立つようだ。背高いからか。

 小柄なビーンは私と一緒に最前列。三人衆がバラける所初めて見た気がする。まあ離れたと言ってもかなり短距離だけども。

 

 しかし最前列ではあるものの、ロープが張られていて少し離れた所から見る形になっている。これは派手めにコースアウトする想定の距離感……

 えっ、スツールで滑走するだけだよね? そんなに激しいの……?

 

 レースが始まると、皆の憧れのエリートオペレーター達がダバダバと足を動かしてスツールに座ったまま流れていく。

 アーツでスタートダッシュを決めたかと思えば熱でキャスターが破損して脱落するブレイズ、自分で仕込んだというトラップに引っ掛かってコースアウトするMechanist、MiseryとOutcastの追突事故。皆凄く受け身が上手い。

 そっか、こんな感じだったのか。

 

「Aceアニキー!」

「隊長ー!」

「負けるなScout!」

「ロゴス大先生ー!」

 

 観客が声援を上げる。私の隣でビーンも珍しく声を張り上げてAceを応援している。

 ていうか今ラヴァの声したな? ラヴァ的にはスツール滑走もアリなのか。

 折角最前列に居るし、私も応援しておいた方がいいかな。

 

「兄上ー!」

 

 アエファニルの羽がビビンッてなった。聴こえたようだ。

 レースも終盤。Aceが追い上げてきて、アエファニルとScoutと共に最終コーナーを曲がり、ラストスパートをかける。

 しかし一番盛り上がるはずのこの場面で、急に訓練場が静かになっていく。Aceが慌てたようにスツールから下りてコースから抜けた。

 観客が狼狽えたようにバラけ始めて、隙間からアーミヤとケルシーが見えた。怒られるやつだこれ!

 

「我の勝利だ。Scout、例の賭けは忘れておらぬだろうな?」

「敗者の金で呑む酒は美味かろう……! 次は負けないぜ!」

 

 観客がケルシーの登場に慄いている間に、僅差でお兄ちゃんが勝ったようだ。

 勝った負けたで騒ぎ始めたアエファニルとScoutが、数秒後ようやくケルシーの視線に気付いて固まる。その場でアーミヤによるお説教が始まった。

 他の選手の皆がケルシーの方を見ないようにして片付けを始める。観客は逃げるように仕事に戻ったり、片付けを手伝ったり。エリジウムやサングラス三人衆もコースの解体に加わっていった。

 私も隅の掃除用具入れを開ける。大勢出入りしたから床掃除をしておこう。

 

「チュロスさん、掃除ならアタシがやります!」

「おお、ラヴァか。さあらば共に熟そう、訓練場は広いゆえな」

「は、ハイッ!」

 

 アエファニルの余波なのか、ラヴァは私の事も敬ってくれているようだ。モップとバケツを渡すと凄い勢いで掃除し始めた。

 もしかして私がやる分を減らそうと頑張ってくれてるのかな……? 私がサクサクやったら焦らせてしまうかもしれない。ゆっくりやろう。

 

「きちんと元に戻して下さいね!」

「承知した」

 

 床掃除を進めていると、お説教が終わったようだ。解放されたお兄ちゃんは一瞬こっちに来ようとしたが、ケルシーがまだ見ている事に気付いてそそくさとコースの解体に加わる。

 アエファニルがちゃんと作業を始めたのを見届けたケルシーは、ロドスのリーダーの役目をしっかり果たしたアーミヤを褒めて訓練場を出て行った。皆の緊張が解けて和やかな空気になる。

 

 あ、アーミヤがこっちに寄ってきた。なんだか心配そうな顔をしている。

 

「……チュロスさん、何か有りましたか? その、なんだか悲しそうなので……」

 

 感情を読まれてしまったか、それとも……

 あ、羽がぺたんってしてた。いけない、これじゃアーミヤじゃなくてもバレちゃうよ。手で戻しておく。

 

 私を見上げてくるアーミヤは、最初に会った頃よりも大きくなった。

 原作よりちょっと健康的な体型になった気もする。でも二次元と現実の違いと言われたらそんな気もする。

 原作と大きくは変わらないアーミヤ。原作と同じ催し。原作と同じ勝敗。

 私が干渉しても未来は変えられないのかもしれない──そんな不安が過ぎる。

 

「叱責する側のそなたにこう言うのも憚られるが、此度の催しは非常に愉快であった。……されど、つい考えてしまうのだ。この場に集った者の中で、これが最後の幸福となる者もおるのではないかと……」

 

 訓練場を見渡す。焼き付いたキャスター跡を必死にこするブレイズとロスモンティス。二人の部下も一緒だ。

 Mechanistはエンジニア部を巻き込んでトラップを片付けながら、その場で改造案を出し合っている。

 Scoutはどこから出たのか分からない謎のネジを拾ったらしく、迷子の親を探すかのように呼び掛ける。

 アエファニルが呪文で坂を解体すると、土台に使われていた大きめのブロックをAceが軽々運び、同じ物をサングラス三人衆が三人がかりで重い重いと言いながら台車に乗せる。

 Miseryが三脚のスツールを同時に運ぶ。両腕に一脚ずつ抱え、一脚に跨がって滑走する。Outcastも一脚に跨がって一脚を抱っこしながら併走する。このエキシビションマッチに周囲の人達が小さく声援を上げた。

 他の人達も軽口を叩きながらそれぞれ運べるものを運んだり、ロープを纏めたりしていく。

 

 あったかい光景だ。しょうもない事に本気で盛り上がって、片付けまで楽しんで。

 そんな日はいつまでも続かない。

 

「……そうですね。チュロスさんは死を告げるバンシーですし、亡くなった方を何人も見送ってきましたから。まだ訪れない死に思いを馳せてしまうのも、仕方ない事だと思います」

 

 アーミヤは私と同じように彼らを見渡すと、再び私を見上げてくる。だから私もアーミヤの方を向いた。

 原作でも綺麗だった大きな青い瞳。実際はもっとキラキラで、だけど宝石みたいな確固とした輝きじゃなくて、移り変わる揺らぎが有って。

 私の方が見下ろしているはずなのに、見上げているような心地がする。

 曇っている日も、雨の日も、晴れている日も、その青さだけは変わらない、夜明け前の空を思い出す。

 不思議だな。私は前世から規則正しい生活だから、夜明け前の空なんて、ろくに見た事無いはずなのに。

 色だって少し違う。青は青でも、アーミヤの瞳は空と言うには少々強い色だ。

 

 夜明け、夜明け。不意にテレジアの言葉を思い出す。

 ──長い長い夜の後には、ロドス・アイランドにもきっと夜明けが訪れるわ。

 

「でも、だからこそ、どうか笑っていて下さい。もしかしたら、チュロスさんの笑顔が――いえ、顔は見えないですけど、あなたが楽しそうにしていたら、それが切っ掛けで死を跳ね除ける人も居るかもしれません。帰りたい場所が有れば、生き残ろうと足掻く理由になりますから」

 

 黎明の子(アーミヤ)はそう言って、私を先導するように微笑んだ。

 なんとなく分かる気がする。スズラン親衛隊の人とか、這ってでも帰ってきそうだし。

 ……ああ、そっか。それでか。

 クロージャも、ただ儲けたいだけじゃないという事か。

 

「そなたの言う通りだな。心得た──」

 

 モップをしっかりと持ち直し、ひとつ深呼吸。

 私が怖がる事自体に意味は無い。

 だけど恐怖を切っ掛けに走り始める事ができるなら、この感情は無駄じゃない。

 

「──購買部限定新作チュロス〜♪ 極東より来たるきなこ味♪ 栄養満点魔法の粉末♪ 甘く輝く黒蜜ソース♪ 最強タッグがロドスに降臨♪ 一度食せば知らぬ頃には戻れぬぞ〜♪」

「ここで宣伝ですか!?」

「食したいものが有れば帰りたくなるであろう? 皆に美味なるものを教えねば」

「た、確かに……!」

 

 運良く生き残っても、孤独では心が折れてしまう。

 彼らを繋ぎ止めるものが、未練が、希望が必要だ。

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