挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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三章ラストです


3-21 アークナイツ。

「当日中に帰艦する事は難しい。うぬの側におれぬ我を許せ……」

 

 ドクター救出作戦まであと五日という所で、アエファニルが悲壮な顔でそう言い出した。当日は外勤で本艦に居ないそうだ。利刃が出張って来ないかの警戒にでも行くんだろうか?

 お兄ちゃんは私を抱き締めて撫でくり回しながら滅茶苦茶行きたくない感を出しているが、それでも嫌とは言わない。

 

「承知しておる。兄上はエリートオペレーターゆえ、任務を最優先とするのは当然である。そんな兄上をわらわは尊敬しておるのだ」

「我が妹よ……」

「それはそれとして人前で斯様に纏わり付くのはやめよ」

「断る……」

 

 現在地は食堂付近の廊下のベンチだが、通行人は私達の存在を殆ど気にしていない。「この場所でくっついてるのは珍しいな」くらいの空気を感じる。お兄ちゃんのシスコンは最早ロドスにとって平常と化しているようだ……

 押しても離れないから、もうこのままでいいか。そのうち気が済むだろう。

 

「兄上、わらわが製作した護符だ。持ってゆくがよい」

「感謝を……」

 

 自作のお守りを渡す。性能的には不要だろうけど、アエファニルはとても大事そうに懐に仕舞った。

 廊下を行き交う人が俄かに途切れて、静かになる。お兄ちゃんが抱き締めてくる力が強くなる。

 

「……妹よ。手は尽くした。されど全員は救えぬだろう」

「……承知しておる」

 

 分かってる。きっと全員は助からない。

 それでもたった一人でも生き残るのなら意味は有る。……そう思うしかない。

 

「シャロンはアーミヤの成長を願っておるな」

「然り」

「その為に間接的な手段を選択した」

「……然り」

「さあらば、此度齎される死はアーミヤによるものか?」

「それは違う!」

 

 思わず大声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。しかしすぐ近くまで来ていた新たな通行人は、何も聞こえなかったかのように通り過ぎた。こっちを見もしない。

 いつの間にかアエファニルの呪文の中に居たようだ。誰も私達に気付かない。

 

「うぬも同様だ。その死はシャロンが齎したものにあらず。罪が有るとすれば、覆す力を持ちながら動かぬ我なのだ」

「それも違う!」

「そう言ってくれるか。我もうぬに同じ思いを抱いておる」

 

 そんな言い方ずるい。でも彼の優しさを悪いように言いたくないから、代わりに納得できない気持ちを籠めて胸をポカポカ叩いた。叩くというより当てる感じだから、ポフポフかもしれない。

 アエファニルはくすぐったそうに少し笑って、撫でくり回して乱れた私の髪に手櫛を入れて整える。

 

「シャロン。我らロドスの戦士は、自らの生存のために理想が断たれる事は望まぬ。たとえ死の未来を告げようと、彼らは己の意思でチェルノボーグへ向かうであろう。彼らもアーミヤを支持する、うぬの同志であるがゆえに」

 

 そうだろうか? 教えれば「死にたくない」と言う人も居るかもしれない。

 でも、ロドスなら「それなら自分が行く」と言う人も居るだろう。

 ……そうか、最初からそういう人達で構成されているという事か。

 

「シャロンは一度テレジア殿下の理想を守った。今一度、我らと共にアーミヤの理想を守るのだ」

「……うむ」

 

 頷いて、アエファニルに強く抱き着く。私達に気付かないまま何人もの人が行き来する。

 五日後、この廊下を歩く人が減る。そこから二週間後には、もっと減る。

 

「兄上、わらわは恐ろしい……」

 

 抑えきれない思いが転がり落ちる。

 私が怖がる事に意味は無い。だけど、私の感情をお兄ちゃんに差し出す事には意味が有る。

 そうだ、そうだった。怖いって、言ってもいいんだ。

 

「自ら言えるようになったのだな。良い子だ。……我ではうぬの恐怖の全てを払拭する事は叶わぬ。されど忘れるな。我はその恐怖ごと、シャロンの全てを愛しておるよ」

 

 アエファニルはとびきり優しい声でそう言って、私の頭を宝物のように抱き込んだ。

 アークナイツで一番好きな一文を鮮明に思い出す。

 

 ──そうか、痛みがないわけではなかったのか。あらゆる苦痛は、ただ優しい温もりに包まれていたのだ。

 

 恐怖は消えない。だけど私も、きっと同じものに包まれている。

 あの美しい再会と別れへ、アーミヤを送り出さなきゃ。

 

 

 アエファニルの部隊は、翌日に出発した。次に会うのはドクターが目覚めた後だ。

 怖い。怖いけど、私、頑張るよ。

 

 

 

 

「クロージャよ。先に告げるが、頻繁にはやらぬぞ。少なくとも今年はこれきりだ」

「ええー!? 勿体ないよ、折角曲もダンスも作ったのに! もっと皆に聴いて貰おうよ!」

「わらわは購買部と医療部の兼業で忙しいのだ! 斯様な催し、如何に懇願されようと年に二度程度しかやらぬぞ!」

「そこをなんとか年四回に! 購買部の休みは増やすから!」

「頷いたが最後、倍以上になるのが目に見えておる!」

「バレてる!? 月一でやろうよ、皆喜ぶよ!」

「曲と映像の権利は委ねるゆえ、配信でもするがよい! それと明日からの一週間の休暇を忘れるでないぞ!」

 

 ドクター救出作戦の三日前、作戦に参加するメンバーに集まってもらった。

 見逃したお兄ちゃんは悔しがるだろうけど、今でないといけない。クロージャが高画質で録画してるらしいから、それで我慢してほしい。

 

 今日の服は、諸事情で前々から作っていた、レースとリボンとフリルを総動員した甘々フワフワドレス。遠目にもプリンセス感が出る作り。

 元々は黒一色だった所へ、急遽ロドスのブルーを足した。終わったら元に戻す。

 スカートはいつもより少し短め、足首が出るくらい。見た目のボリューム感に反して軽くて動きやすい。袖もヒラヒラ。

 髪も巻いて、大振りなリボンでツインテールにしてみた。踊った時に揺れて映えるように。

 

 倉庫で眠っていた古い机に適当な板を渡した即席ステージに上がる。クロージャには最初からステージが有る部屋を提案されたけど、身近に感じて貰えるように、この低さと手作り感が欲しかった。エンジニア部がしっかり固定してくれたし、呪文で私自身を軽くするから安全性は問題無し。

 何も言わなくても皆拍手で迎えてくれる。まずは淑女の礼!

 

「皆忙しい中集まってくれて感謝する。此度の作戦は困難なものになると聞き及んでおる。ゆえに兄上と皆で開発した新たな装備と──」

 

 マイクは要らない。私の声ならこの部屋の端まで通る事は確認済み。

 正面にはアーミヤと作戦メンバーが扇状に並ぶ。直接チェルノボーグに乗り込む人だけでなく、サポート人員も一緒。

 そしてその後ろには、自作のペンライトやうちわを持った耐火布開発班。

 

「──ささやかではあるが、わらわから激励の歌を贈らせて欲しい」

「うおおお!」

「いいぞチュロスー!」

「イェーイ!」

「キャー! 黒百合姫ー!」

「チュロたん! チュロたん!」

「ウインクしてー!」

 

 耐火布開発班から少々様子のおかしい歓声が上がる。まだステージに上がっただけなのに既にかなり盛り上がっている。

 彼らのお陰で作戦メンバーも気楽なノリでいいと察したようで、先程よりリラックスした様子だ。

 

 前世の世界、三次元にも二次元にも歌や踊りが溢れ返っていた。目を引く動き、心地のいい音色やリズム、突き刺さる歌詞。そういったものの蓄積はまだ私の中に残っている。

 どれも本職には及ばないだろうけど、その分は歌唱力でねじ伏せる。

 

「我らロドス・アイランド〜♪ 感染者達の寄る辺とならん♪ 進めロドスオペレーターズ♪ 明日の光を掴むため♪」

 

 作曲アプリで作った伴奏に合わせて、歌って踊る。ロドスのオペレーターへ向けて書いた応援歌、『ロドス行進曲』。

 今ここで「帰りを待ってる」なんて歌えば、却って死地へ送り出すかのようだ。それに私の未練を伝えるんじゃなくて、彼らに未練を抱いて貰わなければならない。

 だから軍歌の如く勇ましく、それでいてアイドルのように可愛くポップなパートも織り交ぜる。もう一度聴きたいと思えるように。

 

 歌詞はちょっと陳腐なくらいでいい。こういう時に詩的すぎると嘘っぽくなるし、ロドスには色んな出身の人が居るから、シンプルな語彙で伝わりやすい方がいい。

 そして自分の事だと感じてもらえるように、各職業を讃える歌詞を織り交ぜていく。

 

「駆ける先鋒♪ 閉ざされし未来抉じ開けて♪ 我らを導く一番槍♪ 猛き前衛♪ 燃ゆる闘志と鋭き意志で♪ 絶望をも打ち砕かん♪」

 

 重装、理想を抱いた魂は、決して砕けぬ光輝の盾。

 狙撃、放つ一撃希望を乗せて、流星の如く闇夜切り裂く。

 術師、前途に暗闇尽きぬなら、アーツの光を黎明と成さん。

 医療、死へ抗いし反逆者、悲劇覆す神の手よ。

 補助、戦況操る支援の匠、大地の如く部隊支えん。

 特殊、勝利掴み取る最後の一手、我らロドスの切り札よ。

 

「我ら生まれは異なれど♪ 同じ理念のもとに集わん♪ 進めロドスオペレーターズ♪ 大地に夜明けを齎さん♪」

 

 歌い終わると皆が笑顔で拍手してくれる。淑女の礼!

 ……ん? ケルグは拍手じゃなくて手拍子してるな?

 

「アンコール! アンコール!」

「やらぬぞ! 次は半年後だ!」

「そんなァ!」

 

 ケルグの嘆きっぷりに笑いが起きたところで、他の皆も口々に感想を述べたり、オペレーター同士でじゃれ合ったりし始めた。

 

「かわいい」

「顔見えないのにかわいい」

「かわいかった」

「聞いたか? 補助は戦況を操るんだよ! もう地味扱いするなよ!」

「それ言ってたの自分でしょ〜」

「は、反逆……! 私が反逆者……神の手……!?」

「いよっ、ゴッドハンド!」

 

 好評みたいで良かった。諦めそうになった時、何かの拍子に思い出して、踏ん張る力になったらいいな。

 私もステージを下りて皆の輪に加わる。皆気さくに話し掛けてくれる。

 

「超良かったよ!」

「半年後にまた聴けるんですか?」

「コンサートを企画しておるぞ。月一で曲を書けば、次は合わせて七曲披露できるな」

「絶対行きたい!」

「楽しみだね!」

「衣装も凝りたいゆえ、ヴェールを外す事を兄上に打診しようかと」

「それはやめときなよ」

「俺達を危険に晒さないでくれ」

 

 コンサートは作戦後すぐの開催だとあからさま過ぎるから、全然関係無い時期に設定。アークナイツの大陸版とのズレが半年くらいだったはずだから、なんとなく合わせてみた。

 私はあまり調べてなかったけど、積極的に情報を追ってた人はよく「半年生きなきゃ」みたいに言ってたし。

 

 私のコンサートを生きる理由にして貰えるとは思わない。

 でも、アーミヤの言う通り、切っ掛けくらいにはなるかもしれない。

 「生きたい」と「もういい」の天秤を傾ける、最後の1グラムになるかもしれない。

 ならない可能性の方がきっとずっと高い。それでもゼロよりはずっといい。

 

「士気の上がるいい歌だった。そういや、チュロスは職分の理解が深いとPithが褒めてたな。戦闘能力さえ有れば指揮官候補として育成したかったと言ってたぞ」

 

 Aceも褒めてくれた。職分の話は、多分最初の能力測定の時のやつだ……

 職業の駒を砂盤に配置してみろって言われて、職業だとざっくりし過ぎて置きづらいから「この前衛って一人で大物をドンと抱えるやつ? それとも大勢とザクザクやりあうやつ?」みたいに聞いたら、職分単位の上位バージョンが出てきて、ついアークナイツ感覚で配置して、他の項目より評価が上になった……

 

「砂盤と実戦は異なるものである。わらわでは目まぐるしく変化する状況に対応しきれぬ」

「そういう所が良いんだろう。対応できる範囲を見極めるのも指揮官に必要な資質だからな。まあお前は既に内勤で引っ張りだこだし、そもそもロゴスが許さんか」

 

 お喋りはほどほどに切り上げて、用意した装備を耐火布開発班と一緒に配る。

 製作期間はたった半年。もっと早くに決断していれば、もっと性能を上げられたかもしれないのに。

 

「これらの装備は従来のものより性能が増しておる。サイズもそれぞれに合わせておるぞ。Ace隊のものには新開発の耐火布を使用しておるゆえ、理論上はある程度の爆発にも耐え得る」

「ほう、そりゃ頼もしい。もし天災から逃げるのが間に合わなかったら、俺達で皆を庇えば良さそうだ」

「アニキカッコイイ!」

「これが光輝なる魂……!」

「いやお前らもやるんだぞ」

 

 Ace隊には耐火と仮死の呪文。きちんと焼死を演出しないといけないから、耐火布の上にあえて普通に燃える布を重ねた。

 Aceの分にはこっそり自動包帯を仕込んである。本当は皆に用意できれば良かったけど、私の呪術じゃ自動で傷の位置を特定する事まではできない。Aceの場合も、失うのは盾を持っていない方の右腕だと予想して、右腕の根元に巻き付くように呪文を刻んだだけ。実際にどっちを失うのかは分からない。

 

 他の隊には副産物の丈夫な生地で作った装備。

 Scout隊とアーミヤ隊には仮死の呪文付き。アーミヤ隊の隊員が死ぬシーンは覚えが無いが、殉職者のリストには入っていたはず。

 逆にドーベルマンとニアールの所は死者が居なかった気がする。だから仮死の呪文が無くても大丈夫……なはず。

 

 全員は救えない。特にScout隊は、死ぬ事自体が目的のようなものだ。仮死では誤魔化せない殺され方をするかもしれないし、生き残ったとして、呪文の効果が切れて目が覚めた後に、また死にに行くかもしれない。

 それでも何もしないよりは可能性は有る。……そんなのばっかりだな。

 

 私が個人的に作った幸運のお守りも全員に手渡しする。コードネームの刺繍入り。

 原作でイネスが語ったScout隊の死に様を、二人分だけまだ覚えてる。

 逃げ遅れた市民を助けようとして、ビルの下敷きになったプータル。

 ソラナはまだ息が有ったけど、拷問される前に自害する。

 戦闘による生き死にだけじゃないのだと、あの時初めて知った。

 生きて欲しい。……もしもそれが叶わないのなら、せめて苦痛の無いように死んで欲しい。

 

「そう心配するな、流星を降らせたらすぐに帰って来るさ。あんたのコンサートも聴きたいしな」

「Scoutには世話になっておるゆえ、特等席を用意しておこう」

「そりゃ楽しみだ」

 

 私を安心させるためか、Scoutは随分と軽い態度で受け取った。

 アーミヤは渡す時に手を握ってくれた。アーミヤだって不安だろうに。

 

「チュロスさん、ありがとうございます」

「うむ。武運を祈っておるぞ」

 

 お互いそれ以上言葉は無い。それで良い。

 「全員無事で」なんて、破られる事になる約束をアーミヤにさせたくなかった。

 

 

 原作でも、ドクター救出作戦で犠牲が出ること自体は想定されていた。

 だけど死者が出ると分かっている部隊を率いるのは、殺すためじゃない。その先に有るものを掴むためだ。

 アーミヤは覚悟している。私も生温い事は言ってられない。

 

 行くか、チェルノボーグ。

 

 

 

 

 

 

 1096年12月23日。ついにこの日が来てしまった。

 正直に申し出ても連れて行って貰えるはずが無いし、そもそも私が同行したら原作の流れを変えてしまいかねない。

 だからこっそり抜け出して、一人で行く。準備ならしてきた。

 

 たまに纏った休みを取って服作りに没頭していた。今回もそう思わせる。

 作業室の扉横のタブレットの表示を変える。『精密作業中! 開閉厳禁!』。今までこれで訪ねてきた人は居ない。

 今何をしてるかの欄は、過去のログを元にしたスケジュール通りに自動で変化するように設定、在室してるように偽装。端末は自室の鞄の中。

 忘れてたの、わざとなんだ。ごめんブレイズ。

 

 三日前に歌った時のドレスに着替える。これ自体は市販の布で作ったものだが、呪文リボンをたっぷりと縫い付けてある。抜け出そうとしている事がこの呪文からバレる恐れが有ったから、アエファニルの前では着れなかった。

 アエファニルなら、どんなに離れても自分の刻んだ呪文の位置が分かると思う。私でも多少はできるし。

 だから今回、彼の呪文が入ったものは一切身に着けない。転倒防止のブーツはちょっと惜しいけど、私がロドスを離れてる事に気付いたら彼の気が散ってしまう。任務の邪魔はしたくない。

 

 腰には大きめのウエストポーチ。元々はミシンを貰ったら作ろうと思って準備してた。でも作業室を貰ったから、作るのは最近まで先延ばしにしていた。そこに端末入れなよってなっちゃって忘れたフリがしづらくなるから。

 作業室を貰う前は、端末は自室に置いていくつもりだった。しかしこれだと私がロドスに居ない事がバレるのは時間の問題だっただろう。お兄ちゃんのシスコンぶりに感謝である。

 

 ウエストポーチの中には予備の骨筆と、携帯食と水筒、ガーゼや包帯や消毒液、縫合キットなんかを入れておく。骨筆が下手な私の必須アイテム、呪文リボンも色々。

 それと自分用にこっそり用意した例のおんぶ用ハーネス。後方支援部から素材を回して貰えるようになって助かった。普通に購入できる布で作っても、強度に不安が残ったはず。

 あとは全然使ってない骨笛。私は骨筆以上に骨笛が下手くそなのだ。

 でも今回はきっと必要になる。刻まれた王庭の紋章を撫でてから、出しやすい所に仕舞う。

 

 サーベイランスマシンは置いていく。もしもレユニオンと遭遇した時、これでロドスの人間だとバレると危ないかもしれないから。

 Mechanistの言う事が本当なら、これにGPS的な機能は無い。医療部で実際にデータを扱う所を見ても、ロドスのサーバーと常時同期しているわけではなかった。予め設定しない限りは、医療部に通知とかは行かないはず。

 

 空っぽのリュックは、コートを着た時シルエットに出ないように、ぺったんこにして背負う。

 首から歌用のアーツユニットを掛けて、自作のロングコートで荷物を隠す。日傘もコートの中に隠して準備完了。

 

 

 アスカロンの警戒はもう解けてるだろう。あれからもたまに隠形はするが、言いつけはちゃんと守ってる。

 隠行しつつ甲板へ。声を掛けられたくはないけど、監視カメラには映っても構わない。

 雪ではないとはいえ、ウルサスの夜は寒い。それでも甲板には多少は人が居た。私もいつも通りに散歩するふりをして移動。

 以前落としたチュロスを拾いに行くという建前で確認した、カメラの死角へ。

 一回なら見付かっても誤魔化せたかもしれないが、一回でも見付かってたら甲板出禁になってた可能性も有る。一発で当たりを引いたのは幸運だった。

 後からScoutに教えてもらえると知ってたらあんなリスクは犯さなかったけど、過ぎた事は仕方ない。……私が抜け出したのが自分のせいだって思わないといいけど。

 

 アーミヤ達は既に出発したが、おそらくドクター救出までは少し猶予が有る。

 ノンストップじゃ体力も集中力も持たないし、時間に追われて急いでいたら目立ってしまう。少し余裕を持って都市に潜り込んで、慎重に進むはず。ドクターを起こす作業だって有るし、私が追い付くだけの時間はきっと有る。

 ふわりと欄干に飛び乗る。外では久しぶりの月面歩行。コートの中に隠した日傘を取り出して、音を立てないように慎重に広げる。

 ここから飛び降りても誰も来なかった。壁を登って戻っても何も言われなかった。ならばここからロドスの外へ、多分、きっと、行けるはず。

 

 

 ドレスとコートに刻んだ呪文を起動。軽量化、軽量化、軽量化、軽量化、軽量化、軽量化。

 プログラミングを覚えて良かった。そうでなければ、大量のリボン全てに愚直に同じ呪文を刺繍する羽目になっただろう。今は呪文を関数化する事で、刻む文字数が激減した。関数自体が破損したら全てが機能停止するリスクも有るが、そこは仕方ない。

 流石に重ね掛けしても際限無く軽くはならない。それでも改造して呪文を入れたこの日傘なら一応飛べる。作業室でしか試したこと無いから、長距離は分からないけど。

 突風が吹いて、足が浮いた。風向き良好。流されるままにロドスを離れる。アーミヤ達に持たせた呪文を追って、夜の闇に私一人で沈んでいく。

 

 ふわふわ風に流されるだけじゃ追い付けない。ロドスから十分離れたら、思い切って日傘を閉じて腰に括り付けておく。呪文の効果で落下は緩やか。

 離れても呪文の位置を感じ取れるという事は、私と私の呪文には何らかの繋がりが有る。皆にGPS代わりに持たせたお守りとの繋がり、その非実体の糸を、ひとつに纏めて撚り合わせる。手応え有り。

 大の字に手足を広げて、コートで風を受け止めて再上昇。そのまま〝糸〟を軸にして、凧のように舞い上がる。ぶっつけ本番だけどなんとかなった。

 〝糸〟は長時間は維持できない。高さを確保したらブーツに仕込んだ呪文で無理矢理宙を蹴る。走る。高度が落ちてきたらまた凧になる。何度も空中で転びそうになったけど、段々慣れてくる。

 まだ速度が足りない。走るだけなら陸地でいい。走りながら骨筆を振るって、思い付いた呪文を片っ端から試す。どれもこれも、思ったほどは上手くいかない。

 

 

 試行錯誤する内に、前世で見掛けた何かの画像の記憶が朧気に蘇る。お腹側と背中側にいい感じに空気が流れたら、空を飛べるって事で合ってる?

 閃いた。バンシーの呪術、現代アーツ学、プログラミング。それらが私の中で、雷に打たれたみたいに急速に繋がっていく。掴んだ輪郭を、思考の海の中から引き上げる。

 

 小さく歌う。音に乗せるのは呪術ではなく、気流を操る転化変換系統アーツ。

 ……失敗した。風に煽られてあらぬ方向へ吹っ飛ぶ。だけど歌ならすぐに効果を修正できる。

 何度も吹っ飛びながら、一番合った音を探る。見つけ出したらブログラミングの要領で効率化して、より正確な、より強固な歌に作り変えていく。

 

 浮遊感が増していく。落ちるみたいに前に進む。私が飛ぶんじゃない、大気の流れに身を任せる。

 もう足は動かさなくていい。歌が私を押し流していく。

 冬のウルサスの風は痛いほどに冷たいのに、嫌な高揚感で暑いくらいだ。

 

 

 落ちたら死ぬ。ならば落ちなければ良い。私は死なない。

 だけど私が行かないと、Scoutは確実に死にに行く。

 他のオペレーター達だって、仮死の呪文から目覚めるまでそのまま放置じゃ死ぬ可能性は高い。

 

 一人が一人を救えば、次は二人で二人を救える。

 それは最初の一人が立ち上がれなければ、全滅するという事だ。

 ならば私が、その起点の一人になろう。

 

 アエファニルのためじゃない。アーミヤやロスモンティスのためでもない。

 これは私の我儘だ。

 

 Aceも、Scoutも、ケルグもセブンティーンもビーンも、もう私の友達だから。

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