挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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4-2 抑圧

「僕の事を覗き見てたなら、知らないわけないよね? 僕はもう歌えないんだよ! ゴホッゴホッ」

 

 怒鳴られて身が竦む。

 そうだよね、歌いたくても歌えないのに「歌って」って言われるの、嫌だよね。ごめん、他に思い付かなくて……

 殴られるかと思ったけど、メフィストは声を荒らげたせいか咳き込んでいて、それどころじゃなさそう。

 

 ……ん? でも喋ることは普通にできているのなら、極端にひどい状態ではないはず……?

 喉だけなら、私でもなんとかできないかな。

 

「わらわは医術の心得が有る。そなたの喉を癒せるやもしれぬ」

 

 これに食い付いてきたのは、本人ではなくファウストの方だった。

 

「本当に治せるのか?」

「鉱石病そのものを治す事は叶わぬ。されど症状を抑え込む事は可能なはずだ。わらわの手に負えるかどうかは、実際に診なければ分からぬが……」

「……メフィスト、試してみないか?」

 

 なんだかメフィスト本人よりもファウストの方が期待しているみたいだ。

 うん。親友には好きな事をさせてあげたいよね。

 

「……喉が良くなったとしても、ここじゃ歌えないよ。今はうるさくするわけにはいかないし」

「問題無い。わらわのアーツで遮音しよう」

「…………」

 

 メフィストは黙り込んでしまう。迷っているのだろうか。

 気持ちは分かる気がする。期待してダメだったら、ショックが大きいから。

 最初から手放しておけば、失う事も無い。

 

「……俺は、お前がまた歌えるようになったら嬉しい」

 

 ファウストがぽつりと零すと、どこか虚ろだったメフィストの瞳に意思が灯っていく。

 この子達は二人で一人。自然とそう思わされる光景だった。

 

「……いいよ、やって見せてよ。サルカズのお姫様のアーツがどんなものなのか気になるしね」

 

 メフィストが縄を解いてくれた。よ、よし、第一段階突破!

 いける! なんとかなる! 多分なる!

 

「妙な動きをすれば撃つ」

 

 ファウストはクロスボウを構え直したけど、最初よりは警戒感も薄れている。

 信用されたんじゃなくて、私が弱いからだとは思うけど。

 

「うむ。では誤解無きよう、行動の前に宣言するとしよう。道具が必要である。まずは荷を返してくれぬか」

「ここに広げるから、必要なものだけ取って」

 

 メフィストが荷物を床に出していく。おかえりマイ骨筆!

 

「この筆はわらわのアーツユニットである。まずはアーツを用いてイーノの喉を診る」

「……僕はメフィストだよ」

「失礼した。ではメフィスト、触れるぞ。アーツで体内の状態を探るゆえ、少々違和感を覚えるやもしれぬが我慢せよ」

 

 喉に触れて、アーツでエコー検査的な事をする。

 粘膜に生えてしまった源石はどうにもならないけど、その周囲の炎症はなんとかできそうだ。

 ……メフィストはこの喉の感染で治療のアーツが使えるようになったのに、自分の喉は治す事ができないなんて、悲しいだろうな。

 

「喉の奥が荒れておる。アーツで炎症を抑える」

 

 殺菌! 冷やす! 潤す! 保湿! 血流コントロール!

 あとはアレルギー反応的なものの可能性も有るから、抗ヒスタミン!

 しばらくアーツをかけ続けていると、私を睨み付けていたメフィストの表情が和らいでいった。

 

「あ……楽になった……」

「それは良かった。次は遮音を行うゆえ、範囲に印を付ける」

 

 ポーチから遮音用のリボンを四本出して床に置き、呪文を発動。

 今更だがこの部屋は机がひとつだけで、他には家具や柱は無い。私、この何も乗ってない机の足に対して「柱に縛り付けられた」って思ってたのか……多少大型とはいえ……

 

「遮音した」

「え? これだけ?」

「出入りは可能ゆえ、好きに効果を確かめるがよい。その間にわらわは補助のための呪文を認める」

 

 私は遮音の範囲内に座り、空中に即興でサポート用の呪文を書く。メフィストじゃなくて、彼をサポートする私をサポートするための呪文。

 二人は境界を行ったり来たりして、音を立てたり喋ったりして試している。半信半疑だった顔が、すぐに驚きと興奮に変わっていった。

 

「どうなってるの? 外からの音は聴こえるのに、中の音は漏れてないみたいだ!」

「わらわにもよく分からぬ」

「俺はお前がよく分からないよ……」

「あはは、ショコラって面白いね!」

 

 実は私は自分で開発した呪文以外は割と感覚で使っている。外国語の歌を、歌詞の意味を知らないまま歌うのに似ているかもしれない。

 二人は範囲内に来て床に座る。メフィストはいつの間にかご機嫌だし、ファウストもクロスボウは手放さないけど、もう構えてはいない。

 

「少々音を出すぞ」

 

 呪文を書き終えて、自分の口笛でちょっとテスト。

 ただの口笛が、ちょっとエコーがかかって上手く聞こえる。上手く行った!

 

「綺麗な音だね」

「うむ、呪文は正常に発動しておるようだ。準備は終えた。メフィストよ、わらわが補助するゆえ、歌うが良い」

「……うん。やってみるよ」

 

 炎症を抑えただけではおそらく足りない。骨筆を振るいながら、ゆっくり息を吐く。

 遮音の呪文は空気の振動を防ぐ。さっきは空気の流れを作り出して空を飛んだ。思い返してみれば、初めて開発した呪文もマスクを通過する空気に制限をかけるもの。

 私は空気を操るのが得意なのかもしれない。それなら──

 

「──全ての夢は湖の底に沈み♪ 時さえもここで凍える──♪」

 

 筆と言うよりは指揮棒のように骨筆を動かして、私の呼吸音を起点に空気を揺らし、耳に届く前に音を改変する。声が掠れた部分を補ったり、つっかえた部分を少し滑らかにしたりして、彼が本来奏でたかった歌声を作り上げる。

 あくまでサポート。エコーもほんの少しだけで、他に余計な装飾はしないように気を付ける。

 私にはメフィストの向かいに座るファウストを見る余裕は無いけど、聴き入ってる事だけは分かる。

 

 歌い終わると、メフィストは深く俯いてしまった。

 

「……僕の歌じゃない」

 

 ……気に入らなかっただろうか。

 でも、中断せずに歌い切ったのなら、全てが嫌だったわけでは無いはず。

 謝るのも違う気がして、じっとメフィストの次の動きを待つ。

 ファウストも何か言いかけて口を閉ざし、無言でメフィストの隣に座り直した。

 

「……でも、久しぶりにちゃんと歌った気分を味わえたよ。ありがとう……」

 

 メフィストは俯いたまま、袖で自分の目元を拭った。

 

 まだ子供だ。歌うのが好きな、ただの子供だ。

 だけどこの子はこれから大罪を犯す。でもまだ犯してない。

 痛いことはされたけど、取り返しの付かないことはされてない。まだ戻れる。

 子供を導くのは大人の役目だ。私は大人になったし、子供達の教育にも携わっている。

 原作で悪者だからって、この子を見捨てるのは大人のする事か?

 それに私がこの子達を上手く誘導できたら、チェルノボーグや龍門で死ぬ人達を減らせるはず。

 

 ──ダメだ、欲張るな。

 

「わらわこそ、我儘を聞き入れてくれて感謝するぞ」

「この為にわざわざ来たの? 弱っちいお姫様が、家出してまで? 君、変だよ」

 

 メフィストは拗ねたようにそっぽを向いた。

 確かにメフィスト視点の私、たまたま見かけた人に勝手に入れ込んで押し掛けるタイプの変質者だな……?

 あれ? 私今この子達の中でストーカー姫になってる?

 

「……聞きそびれてたが。ここに入ってきた時、何故姿を隠していたんだ?」

 

 ファウストが話を逸らすかのように聞いてくる。

 確かに会いに来ておいて隠れてるっておかしいよね!?

 いやでもここまでの事実をミックスしたら誤魔化せる!

 

「未来が視えると言っても、視る場面は細かく選べぬ。そしてそなたの推察通り、わらわに戦闘力は無い。断片的な情報からここだとは思うたのだが、確証が無く、他の浮浪者や犯罪者などが居着いておる可能性も有ったゆえ……その、恐ろしくて……」

「……そうか」

 

 可哀想なものを見る目をされている……

 いや実際は「鍵壊れてるけど誰も居なくてラッキー」って思ってたから、なお悪いんだけど。

 よくよく考えると、鍵が壊れてると認識した時点で離れるべきだった。都市は前世ぶりだから、感覚がズレてるみたいだ……

 

「ねえ、ショコラも僕達と来なよ。僕らの時代の幕開けを、特等席で見せてあげるよ!」

 

 気を取り直したらしいメフィストが顔を上げて、舞台役者のように両腕を広げて誘う。

 ……その幕開けとは、何を指すのだろう。レユニオンの蜂起? この都市が天災に沈む瞬間? タルラの炎?

 アリーナが生きていれば、この子はこんな風にならずに済んだかもしれない。

 あるいは、この子を虐待する家族が居なければ。

 タルラを操る不死の黒蛇が居なければ。

 私が動く事ができていれば。

 

 ダメだ。こんな風に背負い込むのは傲慢だ。

 

「……すまぬ、わらわは去らねばならぬ」

「どうして?」

「何も告げずに出奔してきてしまったゆえ、兄上に見付かる前に別れねば、そなたらが誘拐犯と誤認されてしまう」

「お兄さんも感染者だよね? 事情を説明して、一緒に来て貰えばいいよ!」

「兄上は間違い無く激怒しておる……再会直後は聞く耳を持たぬに違いない。少なくとも、一度はわらわ一人で戻らねば」

 

 悪者みたいにしてごめん、お兄ちゃん。

 お兄ちゃんは寧ろ何をしてでも無事で帰れって言いそうだけど、というか私がロドスを抜け出した事のほうがお兄ちゃん的に一大事だろうけど……

 帰ったら大人しくお仕置き受けよう。

 

「……行かないでよ」

 

 メフィストは私の手を掴んできたが、すぐに驚いたように力を緩めた。

 彼の手は思っていたより固くて、ざらついている。

 

「あは、本当にお姫様の手だ……あっ、そうだ! さっきは痛くしてごめんね。治しておくよ」

「おお、感謝する」

「ここ、文句を言う所だと思うよ?」

 

 メフィストは優しく角の周りと羽を撫でて治療してくれた。痛みが引いていく。

 ……どうして誰も、この子を止めてあげられなかったんだろう?

 いいや、ファウストは止めようとしてたはずだ。

 でもできなかった。ずっとメフィストの側に居た彼にできなかった事が、私にできるわけがない。

 出しゃばるな。欲張るな。自分が何をしに来たのか忘れるな。

 ここでレユニオン側に留まったらScout達を助けに行けないし、ロドスを混乱させてしまう。アエファニルだってきっと黙ってない。

 原作に影響を出さないようにやるって決めたのは私なのに、その私がここで崩壊させるわけにはいかない。

 まだ始まってない。今のうちに別れる事ができれば、今後のレユニオンの行動は原作とそう変わらないはず。

 

「別れの前に、わらわからも一曲贈らせてくれ」

 

 Pithは私の〝理性の喚起〟の効果を反転させる事で、相手を混乱させる事が可能だと考えている。彼女が言うからには、理論上は可能なのだろう。だけど私は、実際には不可能なんじゃないかと思い始めている。

 私は自分がどうやって精神感応アーツを使っているのか全然分かっていない。無意識的に使っているからには、おそらく無意識で願っている事しか歌に乗らないのだ。

 前世の常識から、私は闘争に強い抵抗を感じている。攻撃的なものはきっと効果を発揮しない。

 

 逆に言えば、前世から馴染んだ感覚ならいくらでも乗せられる。

 怒らない。期待しない。気にしない。悲しまない。怖がらない。

 感情を殺していれば、ある程度穏やかに生きられる。

 購買部では雑念を排除した。余計な感情を抑制して、本当の望みを浮き彫りにした。

 教室では高ぶり過ぎた感情を鎮めた。あるがままで良いはずの子供達の感情を、自分勝手に押さえ付けた。

 これは、抑圧の歌だ。

 

 歌うのはバンシーの子守唄。

 今だけでいい。非感染者への怒りも、私への執着も眠らせて、静かにお別れさせて欲しい。

 

「嫌味だなぁ、僕の後にそんなに綺麗に歌うなんてさ……」

 

 私が歌い終えると、メフィストはどこか晴れやかにそう言って、隅に丸めてあった毛布に包まって目を閉じた。

 すぐに寝息が──えっ!? 寝た!?

 ファウストを見れば、彼も船を漕いでいる。抗ってるみたいだけど、じきに寝落ちするなあれは。

 

 そうか、色々緊張してたのが抑制されて眠くなったのか。

 ……ていうか私もちょっと安心したせいか急にグワッと睡魔が来た。徹夜だったし、飛び続けたせいか疲労感が……

 やばい、今のうちに逃げないといけないのに……いや、いっそ一緒に寝ておくか。

 この子達と一緒に居る方がある種安全だし、寝過ごす事も無いだろうし。その辺で寝落ちするよりマシなはず。

 

 遮音の呪文は解除したものの、もう散らばった荷物を片付ける余裕も無い。瞼が勝手に下りてくる。

 もう一枚有った毛布をファウストにかけて、私もコートを羽織って床に横になる。おやすみなさい。

 

 ……このまま二度と目覚めたくないなって、ちょっとだけ思った。

 アークナイツが始まらなかったらいいのに。

 

 

 

 

「君、バカだよね? なんで逃げなかったの? その為に僕らを眠らせたんじゃないの?」

「わらわも睡魔に襲われて……そなたらが眠りに落ちたのも想定外である……」

「あれは俺が勝手に眠くなっただけだったのか……?」

 

 起きたら床に敷いた毛布の上で毛布を被っていた。つまりメフィストとファウストがそれぞれ使っていた毛布である。寝かせてくれたようだ。

 そして私は何故かメフィストに怒られている。

 二人によると奥で休んでた仲間が裏口の見張りの交代に来て、その音で飛び起きたら冷たい床で私が寝てて仰天……という事らしい。

 えっ、二人は自力で飛び起きたのに、私は動かされても眠りこけてたってこと? 私自身もびっくりだよ。

 そしてそんな気はしてたけど、やっぱり他のレユニオンの人も居たのか。でも流石に他の幹部は居なさそうな空気。分散して潜伏してるんだろう。

 

「見張りの邪魔をしてしまい、すまぬ……」

「何も無かったんだからいい。……久しぶりによく眠れた」

「まあ、確かにスッキリしたよね」

 

 多分二時間も寝てないし、飛び起きてるのに……?

 それにしても、ファウストも気付けば随分態度が柔らかくなった。

 あ、奥の扉から誰か来た。ファウストの部下の迷彩狙撃兵! カップとケトルを持ってる。

 

「お嬢ちゃん起きたか? 水分取っときな」

「おお……感謝する」

 

 私の事は既に話が通ってるようで、ナチュラルに私にも白湯をくれた。いただきます。

 あったかくて落ち着く……

 

「き、危機感が無さすぎる……」

 

 ファウストにドン引きされたが、私はこれでも河谷で薬作りをしていたのだ。毒の見分け方はある程度把握している。匂いや味のある飲み物ならともかく、白湯ならまず間違えない。

 私を害する気が有るなら、さっき寝てる時にやれば良かったわけだし。

 

 迷彩狙撃兵はケトルを置いて奥に戻って行った。三人で白湯を飲む。ごちそうさま。

 そろそろ出撃準備を始めるんだろうし、バタバタする前に逃亡チャレンジしておこう。

 

「そろそろ兄上に追い付かれる頃合いであるな。パトリオットが攻めてくるようなものと考えよ。それもフロストノヴァを誘拐されたと思い、怒りで我を忘れた状態のパトリオットだ」

「やっぱり君って知りすぎてるよね」

 

 あっ、今の言わない方が良かった!?

 情報を漏らさないために無理矢理にでも連行されるか、最悪消される……?

 私が青ざめたのが面白かったのか、メフィストはけらけら笑っている。

 

「そんな顔しなくていいよ、もう一緒に来いなんて言わないから。君を守りながら戦うのって凄く骨が折れそうだし、ドレスのお姫様を天災で荒れた場所で連れ回すのもね」

 

 あれ、行かせてくれる雰囲気?

 メフィストは机の上から私のリュックを持ってくる。

 

「ごめん。君の鞄、一応直してみたんだけど……」

 

 私のリュックは本体と肩紐の間にリングが有るタイプ。切られた肩紐の代わりに縄を通してくれたみたいだ。これなら背負える!

 

「助かる! そなた気が利くな!」

「いや、ここ怒る所だからね? これ君を縛ってた縄だし」

「さあらば丈夫な縄なのだな」

「本当に気にしてないんだ……まあ君が良いなら良いけど。ほら、顔もしっかり隠して。そんな間抜け面晒してたら、本当に誘拐されちゃうよ」

 

 ヴェールとマスクに、他の荷物も返して貰った。

 確認したけど何も取られてなさそうだし、逆に増えてもなさそう。良かった。

 

「……これも返す」

 

 ファウストが首に何か掛けてくる。

 円錐型で装飾性が強くて、ちょっと大きめの金属製ペンダント的な……

 ……私の歌用アーツユニットだこれ!?

 

「いつの間に取ったのだ……!?」

「最初に取り押さえた時だが……」

「え、気付いてなかったの?」

「ふ、普段は身に着けぬ物ゆえ……」

 

 二人が信じられないものを見る目をしている。

 うん、分かる。私も自分で愕然としてる。

 そういえばうつ伏せにされた時にゴリッてならなかった。え、あの時既に取られてたの……?

 

「……ちゃんと一人で帰れる? やっぱり一緒に来る?」

「一人で来たからには、当然一人で帰る事もできるぞ!」

「そうしてくれ。正直来られても邪魔だ」

「うん、来たら絶対敵に狙われるよ。本当に気を付けてね……もう見知らぬ建物に入っちゃダメだよ」

 

 思わぬ方向からお別れを確固たるものにしてしまった。

 良かったんだけど、微妙に良いと言いたくない複雑な気持ち……

 ともかく呪文で綺麗にしたりして身形を整えて、購買部で買ったロドス製栄養ブロックをウエストポーチから二つ取り出す。

 パッケージそのままだと落とした時何かの証拠になって良くないかと思って、開けてアルミホイルで包み直して来たけど、荷物漁られたしやっておいて正解だった。

 

「白湯と寝床の礼に、この食糧を進呈しよう」

「いや、いいよ。っていうか君の食糧、少なすぎて心配だよ」

 

 よし、どっちかというと断って欲しかった。

 人は要求を断った後に別の要求をされたら受け入れなければならない気がしてしまうという、なんだっけ……アレ狙いである。

 

「さあらば記念品としてこれを一本。これ単体では効果は無いが、この出会いの証に」

「うん、そっちは貰っておこうかな」

 

 遮音に使ったリボンを一本渡す。……GPS代わりだ。何かの役に立つかもしれない。

 このリボンには別の場所に刻んだ呪文を呼び出すためのキーワードしか刺繍してないから、これだけでは呪文は発動しない。

 その分位置情報としては弱い。でも私に繋がる情報としても弱い。見た目はただのリボンだし、問題無いはず。

 

「わらわはこの場には訪れておらぬていで行くゆえ、見せびらかすでないぞ」

「分かってるよ。あ、君の事は僕ら以外にはさっきの奴ともう一人しか知らないし、言いふらさないように言ってあるから安心して」

「感謝する」

 

 見張りを代わりに来た二人という事かな。口止めしておいてくれるとは助かる。

 でも、どうしてメフィストはこんなに協力的になってくれたんだろう。私が眠りこけてる間に何か話し合ったのかな? 何にせよありがたい。

 

「サーシャにも」

「……ああ、ありがとう。兄さんと連絡は取れるのか?」

「取れぬが、兄上はアーツでわらわを追跡できる。じきに追い付いてくるであろう」

「そうか。今なら急げば天災に巻き込まれずに済むかもしれない。できるだけ遠くへ行け。ウルサス人に捕まったりするなよ」

「うむ。仮に捕らえられても、そなたらの情報は吐かぬ」

「それは本当に頼む……」

 

 ファウストも受け取ってくれた。よし、お暇しよう。

 

「では、さらばだ」

「元気でね、ショコラ。いつかバンシーの河谷まで会いに行くよ」

「そうか。待っておるぞ」

 

 そんな日は来ない。私は河谷に居ないし、彼らは死んでしまうのだから。

 でもまだ死んでない。

 

 ──欲張るな。

 

「どうか達者でな。イーノ、サーシャ」

 

 最後に淑女の礼をして、隠行の呪文をかけて建物を出る。

 タワーの地下に留まっているアーミヤ達の反応はまだ動かない。

 始まる前に、どこか潜伏できそうな場所で食事を済ませよう。……今度は屋外で。

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