挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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4-4 二人

 これから訪れる未来が怖い。時間を止めたい。あるいは今すぐ死んでしまいたい。

 私の意識がどこか遠くへ向かいたがっている。だけどずり落ちてきたマリヤを無意識に背負い直して、その小さな重みに現実に引き戻される。

 ……余計な事は考えるな。まずは一人、まずはScoutを。その為にここまで来た。

 

 ここのサルカズ達はあまりドローンは使わないようだ。地上に偏った警戒網を避けるために、できるだけ高い屋上や壁を走る。これなら進路を遮る障害物も少ない。

 ピークは過ぎたとはいえ、天災の影響はまだ続いている。脆くなった箇所を踏んで破片を落としてしまっても、今ならそこまで意識されないはず。

 

 縦横無尽に動き回るScoutに、極力直線で迫る。すると偶然にも、いくつかの反応が消えた付近を通った。

 僅かな期待を胸に下を見る。夥しい血と──転がる生首。

 ──ああ、そうだった。原作では、ヘドリーの刀兵に首を落とされた隊員が三人くらい居たんだった。あれじゃ仮死の呪文も意味が無い。

 衝撃的な光景を前にしても、私の足は止まらない。それがScoutを追っているからなのか、その場から逃げ出したかったからなのか、自分では分からなかった。

 走り回って暑いはずなのに、凄く寒い。手足の感覚が薄くなる。そのお陰で逆に走る事に集中できるような気もした。

 

 ……切り替えなきゃ。気持ちが大事だ。

 Scoutを助ける。Scoutと逃げる。

 ヘドリーより先にScoutに接触できればいい。だけどScoutが捕まった後でも、殺される前ならまだ希望は有る。その為にドレスも作った。

 今はただ走るしか無い。

 

 

 あと少しでScoutに追い付くという所で、突然彼の動きは止まった。

 崩れかけたビルの壁面を走って正面に回り込むと、ヘドリーがScoutを捕らえている。

 当然イネスも一緒だ。あ、目が合った。

 やっぱりイネスに隠行は通用しないか。影も既に読まれてるだろう。でも、それでいい。

 彼女ならこの一瞬で私を捕らえる事も、殺す事もできたはず。そうしなかったのなら、彼女はまだScoutを逃がす事を諦めていない。

 マリヤは背負ったままだが、安全な場所に隠して来る時間は無い。自分だけ隠形を解いて、ビルを蹴って跳び上がる。どうかイネス以外にこの子が視える人が居ませんように。

 

「そこの傭兵、待たれよ!」

 

 攻撃の意思が無いことがヘドリーにも伝わるように、慌てず優雅にふわふわと舞い降りる。

 天災に見舞われた荒れ放題の都市に、どこも汚れていないドレス姿の女が悠長に降ってくれば、それだけで警戒するに値する、はず。ヘドリーに「一旦Scoutの事は脇に置く」という選択肢を与えられる……はず。思慮深い彼なら、少なくとも一度は対話を試みてくれる。

 

「あんた、どうして……! 逃げろ、ここはあんたが居ていい場所じゃない!」

 

 Scoutが狂乱したように叫び、暴れ始めた。ヘドリーに抑え込まれてはいるが、私が逃げる隙を作ろうとしてくれているのだろう。

 ……Scoutがこんなに取り乱す所、初めて見たな。彼の勢いにイネスも少し困惑した様子だ。

 

「随分動揺してるわね。恋人かしら?」

「そんなんじゃない! あんた達、死にたくないなら彼女に手を出すな。バンシーの主に呪われるぞ!」

「バンシー? まさか……バベルの男バンシーの妹?」

「ロドスの一員か? 仲間を取り戻しに来たか」

 

 ヘドリーが真っ直ぐ私を見据えてくる。

 ……ヘドリー、大きいな。ちょっとAceを思い出す。

 体格が良いっていうのはそうなんだけど、それだけじゃない、戦士としての厚みみたいなものを感じる。

 〝梃子でも動かない〟なんて、ありきたりな表現が頭に浮かんだ。

 実際、私が彼を動かす事は不可能だろう。私という()()なら。

 

 震えそうになるのを抑えて息を吸う。……大丈夫、できる、やれる、がんばる。

 ラケラマリン様やお姉様の淑女教育で、感情を姿勢や仕草に出さない術は教わっている。顔には出ているかもしれないが、ヴェールとマスクで隠れている。

 声には性格が出る。ならば声の響きを再現できれば、相手が私に抱く印象を操作できる。

 本当は怯えていても、強い私を演出できる。

 

「わらわを勝手にロドスに加えるでない! 兄上によってあの艦に幽閉されておるだけだ!」

 

 まずはロドスと私を切り離す。レユニオンでもロドスでもない、第三者としてここに立つ。

 それでいてロドスと無関係過ぎてもいけない。Scoutを助けるためには繋がりが要る。帰る場所が同じという程度が丁度いい。

 勿論口で言うだけでは意味が無いから、これから行動で印象をスライドさせていく事になる。

 

 暴れていたScoutは、私に逃げる素振りが無いからか大人しくなった。

 ごめん、多分私に任せるのは物凄く不安だろうけど……しばらくそのまま静かにしていて欲しい。

 

「確かに今代のバンシーの主は、閉じ込めたいほど妹を溺愛しているそうだが……ロドスに加勢しに来たのでないのなら、何故こんな所に居る?」

 

 ヘドリーにそこまで言われるって、バベル時代に何をしたんだお兄ちゃん。いやまあ、説得力が増すからありがたいけども。

 騒ぎに気付いたサルカズ傭兵達が集まりつつあるが、私が王庭の関係者だからか、それとも単に交渉中は手を出さない決まりなのか、攻撃してくる者は居ない。距離を開けて包囲しているだけだ。

 

「移動都市と天災に興味が有り、兄上の目を盗んで散策に興じておったのだが、道に迷ってしまってな。そなた、その者を解放せよ。帰りの道案内をさせるゆえ」

 

 途端にサルカズ傭兵達が殺気立ち、武器を構える音が四方から聴こえる。

 構う必要は無い。戦士ならここで有利な立ち位置を探って駆け引きでもするのかもしれないが、戦えない私からすれば、彼らがどう動こうと全部同じピンチで、逆に攻撃されていない内は全部セーフ。

 それに焦ってバタバタすれば小物に見られる。逆に動じずにいれば、きっと勝手に深読みしてくれる。ただ立っているだけでかっこいいラケラマリン様みたいに、堂々としていればいい。

 ……私は身長が足りないけど、そこはドレスのボリューム感でカバーだ。

 

「こいつには随分仲間を殺されたんだ。悪いが生きては返せない」

 

 ヘドリーはそう言いながらも、Scoutに剣を突き立てる事はしない。やっぱり様子見してくれてる。

 彼の気が変わる前に、そして傭兵達の我慢の限界が来る前に、Scoutを殺せない状況へ持って行ってみせる。

 

「急ぎ戻らねば、兄上の仕置きを受けてしまうのだ! ただでとは言わぬ。その者の首より価値有るものを授けよう」

 

 用意しておいた骨笛を取り出し、イネスに投げ渡す。

 お姉様達が用意してくれた大事なもの。だけどScoutの命と引き換えられるなら、今ここで捨てても構わない。

 ……とはいえ、これはおそらく私の手に戻って来る。

 

「そなたらはなんと素晴らしき傭兵か! 弔鐘の王庭の姫を退け、紋章を刻まれし骨笛まで奪ったのだ。混乱に乗じて捕虜が一人逃亡したが、この大儀の前では些末事であろう。ロンディニウムへ向かえば、テレシスより褒美を賜るやもしれぬな」

 

 Scoutが倒したサルカズ傭兵のボスはテレシスが送り込んだ者で、Wは空席になったそのポジションを奪おうと動いてる。だからWに協力している二人は今、テレシスを強く意識しているはず。

 このタイミングでレユニオンをすっ飛ばしてテレシスに言及すれば、二人は私が軍事委員会側である可能性を疑って警戒してしまうかもしれない。でも大丈夫。

 怖い、Scoutを助けたい、骨笛も返して欲しいという私の感情は、影を通してイネスに伝わっている。きっと疑念はすぐに晴れる。

 一回疑わせてから自己解決して貰う事で、私が軍事委員会側でないと彼女に証明できる。そうなればイネスを信じているヘドリーもついてくる。

 まあ、これはついでというか、副産物なのだが。

 

「あなた、何考えてるの!? 摂政王は今はバンシーを刺激したくないはずよ! こんなもの持ってたら、どんな厄介事が舞い込んで来るか……! 受け取れないわ!」

 

 骨笛をキャッチしたイネスが、焦った様子で言う。イネスなら他者に感情を読ませない事もできるだろうから、他のサルカズ傭兵達に見せるための演技だろう。

 

 「バンシーの主が溺愛する妹から骨笛を奪いました」なんて、火種にしかならない。

 アエファニルの恨みを買うのは勿論、テレシスだって、バンシーの王庭をわざわざつつく気は無いはずなのだ。

 軍事委員会の敵はヴィクトリア。今はサルカズ同士で削り合っている場合ではない。しかし紋章入りの骨笛なんてド直球の王庭アイテムを姫から奪ったとなれば、静観している河谷のバンシー達が動くかもしれない。

 この骨笛は手柄どころか、爆弾に等しい。

 

 実際にはラケラマリン様は動かないと思うけど、それは私が彼女と河谷を知っているからだ。

 秘境に篭るバンシー達が何を考えるかなんて、彼らには分からない。それに傭兵なら、自然と戦いの方を想像するだろう。

 

 一度意識してしまったものを思考から外す事は難しい。私とイネスのやり取りを聞いた傭兵達は、今から〝レユニオンとロドス〟だけでなく、〝摂政王とバンシー〟、〝軍事委員会と自分達〟の構図を頭の片隅に置く事になる。

 舞台をロンディニウムまで押し広げる事で、このチェルノボーグでの出来事を矮小化する。

 世間知らずのバンシーの姫がめちゃくちゃな事を言っていると印象付けて、私とロドスを切り離す。

 

 ロドスの存在感を薄めていけば、私とScoutは〝ロドスの仲間同士〟という群体から、〝バンシーの姫〟と〝姫のおもり役〟に切り分けられる。

 王庭に影響を与えられるカードは少ない。ならば手札の一つとして、Scoutの命は保持しておきたいはず。殺すだけなら後でもできる。

 

 イネスは骨笛を一瞬投げ返そうとしてやめて、私の前までスタスタと歩いて差し出して来た。

 ありがとう、イネス。素直に受け取って、仕舞っておく。

 

「気に入らぬか? 笛は好かぬゆえ、手放す好機かと思うたが……うむ、よくよく考えれば、この骨笛が思わぬ所から出てくれば、わらわの出奔が兄上に露見してしまう。やはりこれは譲れぬ。さあらば高所から周辺を確認し、どうにか一人で帰路につくとしよう。さらばだ」

 

 Scoutに執着していると思われたら、そこから主導権を奪われる。だから仲間扱いはしない。そして傭兵達とも敵対しない。敵味方のカテゴリーが定まってしまえば、敵として叩き潰されるだけだ。

 

「動かないで」

「ふふっ、わらわに命令するでない」

 

 タワーを見上げて一歩踏み出せば、イネスがナイフを手に立ち塞がった。

 ありがとう……絶対無いだろうけど、このまま「どうぞ」って行かされたらどうしようかと思ってた……進行方向に厳つい傭兵さんも居たし……

 あと、よく「命令しないで」って言うイネスにこっちから「命令するな」って言う機会が来たの、こんな時だけどちょっとフフッてなった。

 

 変な感じだ。死ぬかもしれないし、マリヤもScoutも道連れにするかもしれないのに、恐怖が薄らいできた。

 何ともないわけではないけど、メフィストに羽を掴まれた時よりは全然平気。寧ろ一人でぐるぐる考えてた時より落ち着いてる。

 

「あそこには行かせられない。好き勝手に動かれると困るんだ、姫君にも捕虜になってもらう」

「捕虜……」

 

 ヘドリーの言葉に返事をしようとした時、止まっていたお守りの反応が一つ、動いた。

 三つ一緒に有って、二つの反応が消えると同時に、その一つもそこから動かなくなっていた。

 ……期待しちゃダメだ。お守りが壊れなかっただけかもしれない。誰かがお守りごと死体を動かしただけかもしれない。

 でも、サルカズ傭兵はここに集まってるのに? いや、別動隊だって十分あり得る。

 行って確かめないと。ここを乗り切って、Scoutと一緒に行かないと。

 

「ふむ、悪くない! そなたらと共におれば、わらわはお咎め無しとなろう。わらわは捕虜になるぞ!」

「……俺達を誘拐犯に仕立て上げる気か!?」

 

 ヘドリーが驚いて見せる。でも、さっき「溺愛」なんて言葉を使ったヘドリーなら、ほっつき歩いてる妹をその兄が回収しに来るなんて事はとっくに分かっている。この選択肢は使えないのだと周囲に示すために、あえて捕虜にすると言いだしてくれたんだ。

 ここまではお互いに得る物も失う物も無かった。だけどここからは、明確にサルカズ傭兵の不利益に繋がる。

 ヘドリーとイネスの立場では、「Scoutを逃がしたい」とは言えない。でも、「バンシーの主と敵対したくない」なら言える。知ったからには対処しなければならないのだから。

 

 アエファニルが攻めてくるという事象は私にもコントロール不可能。よって彼らは、私を無事に帰す事でしか、この危機を回避できない。

 主題をすり替える。無理難題を押し付けてScoutの首の価値を相対的に下げつつ、この事態を収める唯一のカードとする。

 既にScoutによって損害を負った彼らは、それ以上の強敵を招く真似はできないはずだ。

 

「何グズグズしてんだヘドリー、さっさとその野郎を殺せ!」

「王庭に喧嘩売るのはマズくねぇか? 今代のバンシーの主はマジでヤベェって噂だぜ」

「あいつに何人殺されたと思ってる? ガルシンまでやられたんだ! 獲り逃したらオレらの立場が無ぇだろうが!」

「だからこそよ! 私達は既に失態を犯してる。その上ここでバンシーと事を構えたら、摂政王からどんな扱いを受けるか……!」

 

 痺れを切らしたのか、状況を飲み込めていない傭兵が騒ぎ出すが、イネスが上手い事テレシスの名を使って牽制している。彼女も既に私のシナリオに乗るしか無いから必死だ。

 ガルシンっていうのは、Scoutが倒したボスか。そういえばそんな名前だった気がする。

 しかしちょっと長引きそうな気配だな。少し強引に進めるか。

 

「うむ……うむ。兄上によって誘拐犯から救われるわらわ……面白い。それに迎えを待てば良いなら楽だ。その者の命は残念だが、わらわは生かす努力はした。力及ばず無念である。しばしよろしく頼むぞ」

 

 ナイフを構えたままのイネスを迂回し、ゆっくりヘドリーに歩み寄る。不遜な姫君らしく悠々と。

 こちらの気分次第で選択肢の一つは消えるのだと示して、決断を迫る。

 

「待て、お前を捕虜にするわけには行かなくなった。バンシーの主とやり合う気は無い」

「安心せよ。おそらく一人二人であれば、わらわが助命を願えば生き残れる」

「頼むから一人で帰ってくれないか? あの塔に登るのは無しでだ」

「ふーむ、中に見られたくないものでも有るのか? わらわも覗き見の趣味は無い。さあらば側面から上がろう」

「そういう事じゃ無くてだな……」

「そなた我儘であるな。帰路を見失ったわらわを助けようとは思わぬのか!」

「……誰か、彼女の道案内に立候補する者は?」

 

 一人では帰れない迷子のバンシー。放置するなら勝手にうろついて邪魔をして、傷付けるか捕らえれば、王庭の恨みと摂政王の不興を買う。

 傭兵達から道案内を付けようにも、自分一人が〝誘拐犯〟になりかねないその役目を誰がやる? 我儘姫が素直についてくる保証も無い。

 仮に用意されても、「この者は気に入らない、これなら捕虜になる方がいい」と駄々をこねるだけだ。

 

「ここは我先にと名乗り出る場面ではないのか? わらわを先導する栄誉を求めぬとは、傭兵とは無欲なのだな」

 

 足を止めて見渡してみるが、手を挙げる者は居ない。視線だけで「お前が行け」「いやお前が行け」と押し付け合っている。

 無言なのは、最初に声を出した者が指名されるのではと恐れてるのだろう。

 しばらく沈黙が落ちた後、ヘドリーは溜息を吐き、ついにScoutに突き付けていた剣を下ろした。

 

「……こいつに彼女の道案内をさせる。それしか無い」

「今の内に両方殺しちまえばいい!」

「駄目だ、バンシーの主の復讐がどこまで及ぶか分からない……おそらく俺達が死ぬだけでは済まないぞ。それに彼女に勝てる保証も無い」

 

 傭兵達が一斉にこっちを見る。うん、多分「弱そう」って思ってるんだろう。

 でも、同時に「本当に弱い奴がここで堂々と立っているはずが無い」とも考えてるはず。王庭だし。

 

「捕虜じゃなくて迷子の保護って事なら、バンシーの主も怒らねぇんじゃ……」

「妹を幽閉するような男が〝誘拐犯〟との対話に応じると思う? しかもこのお姫様、自分が叱られないために被害者面するわよ」

「そもそもこの女、本当に道に迷ってんのか?」

「そこは最早重要じゃない。彼女の真意がどうであれ、バンシーの主が駆け付けてくるという事実は変わらない。あの男の妹への執着は本物だ、必ず来る」

 

 傭兵達がScoutを殺す道を探るが、ヘドリーやイネスができない理由を挙げて反論する。

 Scoutよりもヘドリーにヘイトが向かってる感が有るのはちょっと心配だけど……傭兵に恨まれるのは多分慣れてるだろうし、ここで寝首を掻かれるような人じゃないはず。

 あとお兄ちゃんは本当に何をしたんだ。

 

「こいつ、解放されたらまた攻撃してくるんじゃねぇのか?」

「この傷なら武器取り上げときゃ大丈夫だろ。寧ろ姫様を送り届ける体力が残ってるか心配だぜ」

「せめてチェルノボーグを出てから死ねよ! 俺達からこの女を遠ざけろ!」

 

 既に納得した傭兵達も乗って来ている。いい流れだ。他にもいくつか意見が出るが、全部却下されていく。

 でもまだ数人粘ってるから、ちょっと急かしてみるか。

 

「まだ決まらぬのか? もう飽いたぞ。捕虜にせぬなら立ち去っても良いか?」

「待ってくれ! お前達、こいつを引き渡して彼女を追い払うのが最も傷が浅いんだ。いいな?」

 

 ついに全ての傭兵が黙る。舌打ちは有ったが、実質同意の返事だ。

 ヘドリーが私に向き直る。少し疲れた顔してる……付き合わせてごめん、本当にありがとう。

 

「姫君、約束してくれ。こいつを解放したら、俺達の邪魔をせずにチェルノボーグを出て行くと」

「うーむ、既に塔へ登る気分であったのだが……ここで拾わねば、わらわの名に傷が付くか。承知した。わらわは元より帰りたいだけゆえ、そなたらの邪魔をする理由は無い。その者は何ぞ任務が有るやもしれぬが、このわらわより優先されるものでは無かろう。誓約書を認めても良いぞ」

「不要だ。呪文を仕込まれそうだからな」

「ほう、賢明であるな」

 

 武器や荷物を奪われて解放されたScoutが、ふらつきながら歩いてくる。駆け寄りたいけど動いちゃダメだ。

 Scout、ずっと黙っていてくれてありがとう。

 ……近くで見ると本当にボロボロだ。致命傷は無いみたいだけど、随分血を流したようで顔色が悪い。早くどこかで治療しなくちゃ。

 

「わらわが通りがかって命拾いしたな。時にそなた、何と言う名であったか?」

「……Scoutだ。プリンセス、頼むから大人しくついてきてくれよ。急いで帰らないと、俺が誘拐犯扱いされかねん」

「うむ、昼餉までに戻らねば」

 

 ……さて、仕上げが必要だ。

 王庭相手とはいえ、交戦すらせずに逃がしたとなると、彼らのレユニオン内での立場は危うくなるかもしれない。

 「逆らえなかった」「歯が立たなかった」という言い訳を与えておいた方が……多分……いいと思う……どうかな……余計かな……

 でも納得してない傭兵に立ち去る背中を狙われる可能性も無いではないし……うん、やっておくか。

 

「傭兵達よ、さらばだ」

 

 淑女の礼で呼吸の変化を誤魔化す。ゆっくり大きく吸い込んで、顔を上げると同時に悲鳴の如く声を高く響かせ、そこに乗せた呪文で空気を操る。この声の届く場所は全て射程だ、伏兵が居ても巻き込める。

 音を改変して耳を塞ぐ。砂塵を巻き上げて視界を閉ざす。

 そして薄くしすぎないように気を付けて、酸素濃度を下げる。初見では何が起きているのか分からず動揺するだろう。しかも対応しようと動けば動くほど苦しくなる。

 

 彼らの意識が逸れた隙に骨筆で隠形! Scoutに軽量化と月面歩行のリボンを巻いて発動!

 Scoutを半ば担ぐようにして離脱! 流石にScoutもマリヤも抱えて壁歩きはきつい、普通に地上を行く!

 Scoutから滴る血は……水のアーツで集めて、とりあえず私のドレスに吸わせておく! ちょっと気持ち悪いけど痕跡を残すわけにはいかない。

 

「──落ち着け! 見逃されたのはこちらだ、手を出せば死ぬぞ!」

 

 声を止めたから、すぐに妨害の効果は消える。ヘドリーが傭兵を制止する声が背後から聴こえた。

 ありがとうヘドリー。そして私に手を出せば死ぬっていうの、多分間違ってないんだよな。

 

 多少軍事委員会側やレユニオン内での展開は変わるかもしれないが、ヘドリーとイネス、それにWならきっと上手く生き残ってくれる。原作知識からの決め打ちで乗り切った私と違って、臨機応変に動くのは得意だろうし。

 Wはドクターを見逃す、その代わりにScoutがガルシンを殺す。そしてWはガルシンの仇を討って面子を保つという事でScoutの首が必要だったんだろうけど、どの道イネスは一回殺される事になるだろうし、どの道ヘドリーはロンディニウムへ向かうだろうし、どの道Wは色々ゴタゴタする。原作での三人の状況が悪すぎて、逆にそれ以上悪化する気もあまりしない。

 私の存在についてテレシスに報告は上がるだろうけど、アエファニルに妹が居るという情報は向こうも持ってるだろうし、そもそも狙ってロドスにレユニオンをぶつけたわけじゃないだろうから、大して気にされない……はず。やった事の割に影響は小さいはず。たぶん。

 

 

 とにかくまずは、安全な場所でScoutの治療をしなきゃ。

 ……助けた。一人、助けられた。一人だけ。やっと一人。

 次は二人で二人を助ける。ふたり。

 戦えない私と傷だらけのScoutは、二人にカウントしてもいいのだろうか。

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