月面歩行で歩幅を広げつつ、ブーツに仕込んだ空中歩きの呪文を使って足跡が残らないようにする。何回かに一回は普通に地面を踏んじゃうけど、止まっていちいち足跡を消すわけにもいかない。走り続けながら、Scoutの傷の中でも大きめのものをアーツで止血。
十分ヘドリー達から離れたと思える所で、花屋を見付けた。硝子が割れて花もあちこちに吹き飛ばされているが、踏み荒らされた感じはしない。物資狙いで入る場所でもないだろうし、ここなら安全かも。
「Scout、一度ここに隠れよう。そなたを治療せねば」
「ああ……」
中には誰も居なさそうだ。奥の休憩室らしき所に入り、念の為遮音して、Scoutの治療を始める。
アーツで傷の状態を詳しく探ってみる。見た目は傷だらけだが、体内は想像よりもひどくはなかった。骨にヒビが入ってる部分は有るが、折れてはいない。臓器に達した傷も殆ど無い。腱も無事。
偶然じゃなくて、重要な部分を守るように上手く受けたんだと思う。全てまともに食らっていたら、とっくに死んでいただろう。
「アーミヤらは既にドクターを連れてチェルノボーグを離れつつある。このまま無事に撤退するであろう」
「それは良かったが……あんた……あんたなぁ……どうやってここまで来た……?」
「歌で空を飛んだのだ」
「そんなわけ──いや、あるのか。ロゴスも浮くもんな……はぁ……」
情報を共有しつつ治療を終える。複雑な傷が無いお陰で、私でも問題無く処置できた。
だけど完全に治ったわけじゃないし、失われた体力と血液は戻らない。そのせいかScoutはボーッとしていて、声にも覇気が無い。
……あと、サングラスもヒビが入っている。気付いてないのか、それとも壊れていても外したくないのか。
「治療は済んだぞ。水を飲むのだ」
「随分小さい水筒だな……あんたが飲むといい」
「アーツで補給できるゆえ、遠慮はいらぬ」
「なら貰うが……」
水筒と一緒に栄養ブロックも渡す。Scoutは少し迷う素振りを見せたが、何も言わずにマスクを外して食べてくれた。
水筒が空になったらリボンの呪文を発動しつつ、アーツで更に水を追加してもう一杯飲ませる。
Scoutは水筒を傾けながら私の背後に視線を向けた。
「ところでその子供は?」
「瓦礫に埋もれておったのを救助した。共に居た保護者は亡くなって──」
ハッと気が付いて、一度マリヤを下ろす。私とした事が、この子の感染対策をしないまま、天災に見舞われた中を散々走り回ってきてしまった。
呪文で汚れを落として、私のマスクを綺麗にして着けさせておく。今更とはいえ、何もしないよりマシだ。
……医療部でちゃんと勉強したはずなのに。この子が感染したら、私のせいだ……
「連れて帰るのか?」
「……うむ。そこらに置き去りにするわけにも行くまい」
「……俺もさっきロドスの生存者を見付けた。そいつも一緒に──」
おそらくGuardの事だろう。でも、連れて行くわけには行かない。彼はチェルノボーグに残ってパトリオットに感化され、後に新生レユニオンの中心人物になる。
どう説明しよう。誤魔化すにしても、無事な仲間をわざわざ置いていく理由なんて、咄嗟に思い浮かばない。そもそもScoutに嘘が通用するとも思えない。
かと言って、未来について話すのは──
──いや、逆だ。
私の我儘で、Scoutの未来を大きく変えてしまった。彼には知る権利が有る。
「そなたが手紙を託した相手ならば、レユニオンに扮してチェルノボーグに留まり、後に再突入するアーミヤらに情報を共有する事となる。今連れて行くわけには行かぬ」
Scoutは少しの間動きを止めると、俯き気味だった顔を上げて私を見た。
そしてサングラスが壊れている事にようやく気付いたのか、煩わしげにそれを外す。
「あんた、未来が視えるのか。なるほど」
びっくりした。Scoutは私の素顔を見たがっていたけど、私の方こそScoutの素顔を見た事が無かったのだと、今初めて気が付いた。
いつもの格好じゃなくなった。でも──その雰囲気はいつもの、私やアエファニルの兄貴分のScoutだ。もう死にかけの負傷兵じゃない。
いつものScoutが帰ってきた。
「サイクロプスの血を引いてたのか?」
「それは不明だが……わらわは彼らのような遠見はできぬ。おそらくわらわの未来視は別の由来によるものだ」
話していると、どこかで大きな破壊音がした。原作でイネスが襲撃された場所だろうか?
私が介入した事で、彼女が襲われるタイミングも変わったかもしれない。
……大丈夫。きっと大丈夫。
「……そう遠くない場所だな。ここも危ないかもしれない、そろそろ行こう」
「うむ」
「あと、何でもいいから口を覆っておけよ」
「む、そうであるな」
Scoutはサングラスを仕舞うとマスクを着け直して立ち上がり、部屋に有ったペン立てからハサミを取ってポケットに入れる。
私もガーゼと包帯をマスク代わりに巻いて、マリヤを背負い直した。私の勝手で連れて来たんだから、この子は私が守らなきゃ。
あと、すぐに発動できるように隠行と壁歩きのリボンをScoutに巻いておこう。
裏口から外に出る。Scoutを支えながらさっき動いた反応の方へ行こうとすると、Scoutは踏ん張って抵抗してきた。
「おい待て、自分で歩ける。それとチェルノボーグを出るなら方角は向こう……」
「向こうでそなたの隊の者が生きておるやもしれぬ。救助せねば」
「OKプリンセス、一旦話し合おう」
ぐいぐい引っ張られて、出てきたばかりの花屋に戻る。
私が逃げないようにか腕は掴まれたままだ。
いや、逃げないから! Scoutを置いて行ったら意味無いから!
「エリートオペレーターの俺の方があんたより権限は上だぜ。あんたは俺に従うべきだ」
「まだ助けられる命が有るやもしれぬ! わらわがそなたらに持たせた呪文のいくつかが、まだ生きておるのだ!」
「あんたはその為に来たんだな。……チュロス、優先順位を決めよう。医療で言う所のトリアージだ、できるな?」
「う、うむ……」
トリアージ。限られたリソースの中で、より多くを救うために治療対象を選別すること。
私はまだやった事が無い。でも医療の場で行われるそれは、意識も呼吸も、助かる見込みも無い、手の施しようが無い人を治療の候補から外すものだ。
「あんたの方針は尊重するが、あんたは戦場に関しては素人だ。救助が可能かどうかは俺が判断する。今の俺には武器が無いから、敵が居て近寄れないような場合は手を出さずに立ち去る。同意できないなら、俺はあんたを担いで真っ直ぐロドスへ向かう。今の俺の──いや、俺の隊の最優先は、あんたを無事にロドスに帰す事だ」
私達がこれから行う〝トリアージ〟は、まだ生きられるはずの仲間を置いて行く事になるかもしれない。
……悔しいのは私だけじゃない。Scoutの方こそ、叶うのなら全員の生死を確かめて、一人でも多くロドスへ帰したいはず。
頷くしか無かった。
・
その反応は、比較的無事なビルの二階の奥で、隠れるようにじっとしている。幸いにも近くに敵は居ない。裏の壁を歩いて近くの窓まで行く。
窓を覗くScoutに釣られて私も中を見ようとしたが、手振りで止められた。……そっか、中に居るのが味方とは限らないからか。
「チュロス、部屋の中だけに音が通るようにできるか?」
「任せよ」
リボンで囲うのは難しいから、ちょっと手間だけど骨筆で遮音。
何かの暗号なのか、Scoutはリズミカルに窓を叩く。すると体を引きずるようにして人影が窓辺に現れた。……ロドスの制服姿の女性だ!
隠行を解くと、彼女は驚いた様子で窓を開けてくれた。ちょっと歪んでるみたいで途中で引っかかってるけど、Scoutがガッとやって全開にして中に入る。
中は何かの事務所のようだ。扉の前にバリケードが作られているが、箱を寄せ集めただけの簡単なものになっている。重いデスクや棚を動かす体力は無かったのだろう。
「た、隊長……!? チュロスちゃん!?」
「ミミ、生きていたか! イネスがお前は死んだと……」
「不思議なんです。術師の総攻撃を受けて、これで終わりだと思ったのにまた目が覚めて……でも、一緒に居たレイファとサムタックは……」
「……そうか」
仮死の呪文、無駄じゃなかった。
でも、かなり苦しそうだ。顔色は真っ青で呼吸も荒いし、時折うめき声を漏らしている。
治療しようと手を伸ばすが、ミミ自身にそっと掴んで止められてしまう。
「二人とも、早くここを離れて下さい。死んだはずの敵が消えてたら、探しに来るでしょう? あいつらを引き付けようと思って、あえて追いやすいように痕跡を残してここまで来たんです」
その言葉に、私の体内の血が全部抜き取られたかのような心地がした。
この傷では、敵に立ち向かってもすぐに殺されて終わる。あるいは敵を見付ける前に力尽きる。でも隠れて捜索させれば、見付かる前に自分が死んだとしても、無駄足を踏ませられる。
ミミは生き残ろうとして隠れてたわけじゃない。最後まで時間稼ぎをして死ぬ気だったんだ。
ロドスで仮死の呪文を用意してる時。彼らは生き残ったとしても、もう一度死にに行くかもしれないって、考えてた。そのはずだ。
考えた。確かに考えた。考えただけ。本当にそっちを選択するなんて、思っていなかった。
「な、ならぬ! そなたも共に行くのだ! 他の者の救助に、少しでも手が欲しいゆえ!」
生きようとしてくれると勝手に思い込んでいた。物語の中のピンチにヒーローの登場を期待するみたいに、そういうお約束が有るかのように、この願望は叶うものだと身勝手に信じていた。
現実が見えていなかった。まだどこかゲーム気分で居た。
それでもミミは生きてここに居る。まだ助けられる。今から手放すなんて絶対に嫌だ!
「チュロス、落ち着け」
Scoutが私の肩に手を置き、静かな声で言う。
清潔な白いタイル。原作のロスモンティスが、彼をそう表現した事を思い出した。
整然としてて、水や汚れを受け付けなくて、硬質でひんやりして、でも滑らかで、ちょっと輝いてて。そんな白いタイルを連想する声。
タイルに触れて体温を奪われる時みたいに、嫌な高ぶりがすっと抜けていく。
そうだ、落ち着かないと。一回座ってしまおう。
力を抜いて床にへたり込み、深呼吸すると、逃げていった血が戻ってくるのを感じた。
「ミミ、命令だ。一緒に来るんだ」
「……了解しました」
「今の所周囲に敵の気配は無さそうだから、慌てて出なくても良いだろう。俺が警戒しておくから、治療を始めてくれ」
「う、うむ!」
Scoutは使えるものを探してか、外を警戒しつつ静かに室内を漁り始めた。
私もミミの治療を始める。
……肋骨が折れて、臓器にめり込んでいる。凄く痛かったはずだ。
焦ったらダメだ。敵が私達を見付けるより、Scoutが敵に気付く方が早いはず。ゆっくり丁寧に処置をしていく。
傷を防ぎ、骨を繋ぐ。変な所に溜まった血は移動させて、臓器や血管もできるだけ修復。次第に楽になったようで、呼吸が安定してきた。
治療したばかりの臓器には負荷をかけない方がいいだろう。水だけ飲ませる。
「チュロスちゃん、ありがとう。……二人が、最後に庇ってくれて……二人の分まで、チュロスちゃんのコンサートを聴いておかなくちゃ」
「……うむ。共に帰ろう」
ミミはきっと、私を励ますためにそう言ってくれたのだろう。さっきまで死ぬつもりだった彼女は、私のコンサートの事なんて忘れていたはずだから。
私の方が助けに来たはずなのに、私の方が守られてしまっている。
私がもっともっと強かったら、ミミにそんな気遣いさせずに済んだのに。
「チュロス、他の隊員の方角は分かるか?」
「……護符の反応が消えたのは向こうだ。首を落とされた者を目にしたが、されどそれ以外は死んだと決まったわけではない。護符が破損しただけやもしれぬ」
指を差して方角を伝えるが、返事を聞かなくても分かってしまった。
Scoutはサルカズ傭兵の守りを突破して、ガルシンを討った。
その時間稼ぎをした隊員達が倒れたのは、当然サルカズ傭兵が集まる場所に近い。
「……位置が悪いな。チュロス、捜索はここまでだ。俺達は敵と鉢合わせるわけには行かない。時間をかけて慎重に隠密行動する事になるが、それではミミの体力が持たない。死んでいる可能性が高い隊員を拾いに行く余裕は無い」
「……うむ……」
「撤退しよう。ロドスへ帰るんだ」
頷くしか無い。一番悔しくて苦しい思いをしているのはScoutだ。
それでも彼は清潔な白いタイルのままで……
私はエリートオペレーターに囲まれて過ごしていたのに、今ようやく、彼らの肩書の一端を理解した気がした。
「撤退するならば、Aceの……Aceの所へ行きたい。あちらだ」
「……その方角……辺り一帯が燃え尽きていたのを見た。生存者が居るとは思えない」
「Ace隊が相手をしたタルラは、一人一人丁寧にとどめを刺す性格ではない。Ace隊には死を偽装する呪文と耐火装備を持たせてある。タルラが偽装に気付いておらぬのであれば、彼らは生きておるやもしれぬ。それにおそらくあの場は他のエリアより安全なはずだ」
「救助が無理だとしても、撤退ルートとして使えるという事か。……分かった、Aceの所へ行こう」
出発するためにミミにマリヤの事を説明しつつ呪文リボンを巻く。
Scoutは室内に有った工具箱を使い、パソコンや家電から取り外した何かで工作している。
準備ができたのとほぼ同時に、Scoutが不意に振り返った。そこには何も無い……が、私にも聴こえた。ミミの痕跡に気付いたレユニオンの声が。
「敵が近くまで来てるようだ。チュロス、呪文を頼む。すぐに出るぞ」
隠行の呪文と壁歩きの呪文を使って外に出る。Scoutは今作ったものを室内に残していった。
ふらつくミミを支えながら隣のビルへ移った所で、下が騒がしくなる。今離脱したばかりのビルが、レユニオンに取り囲まれていく。
もしも私達が来なかったら、ミミは……
ぞっとして足を止めてしまった私を、ミミがマリヤごと抱き締めてくれる。
そうだ、行かないと。ミミは助かったんだから、余計な想像をしても意味が無い。
助けた。三人になった。でも、あと何人救えるだろう。
前へ進むと、背後から控えめな爆発音がして、レユニオンが慌てて表通りへ戻り始めた。
「全員退避だ! 窓から活性源石粉塵が散ってる!」
「自決したか? 最初から大人しく死んどけっての!」
ああ、Scoutは源石製品を使って即席の爆弾を作ったのか。
ミミが見付からないままだったら、更なる捜索が始まって私達も動きにくくなる。だから感染者が死んだように見せかけた。
私はそこまで頭が回らなかった。
実戦には出るなと教官に言われたの、多分こういう所なんだろうな。
先導するScoutは、ドローンを避けて上を行く事を選んだ。
ドローンは高所を偵察しているわけではなく、地上の監視カメラ代わりに使っているようだから、避けるのは容易だった。
確かに今わざわざ屋上に出る人なんて居ないし、窓から中を見ても、遮蔽物が多くてあまり意味が無いだろう。出入り口を見張った方が効率がいい。
……あのドローン達に市民が見付からない事を願った。
屋上を進みながら、ふと横を見る。何も無いけど、何かの予感が有った。
Scoutと隊員は、サルカズ傭兵のボスを討つために動いた。でも、さっきビルを囲んだのはレユニオンの構成員。おそらくこの付近は、サルカズ傭兵とレユニオン、二つの管轄エリアの境目なんだ。
何か、何か引っ掛かる。
そうだ、レユニオンには確か──
「……Scout! ここは駄目だ、サルカズ傭兵の管轄エリアを通るのだ!」
「どうした?」
「レユニオンの偵察兵の中に、探知機を所持する者がおる! おそらくわらわの隠行は通用せぬ! その上その者自身は隠行に長け──」
「静かに。ここに居ろ」
私が言い終わる前に、Scoutが駆け出して壁に回る。月面歩行の効果で、滑るような動きであっという間に去っていく。
Scoutの反応は壁から隣の建物へ移り、そこから屋上に上がってジグザグ動く。少しだけ、争うような声が聴こえた。
こっちの建物の方が高いし私達は屋上の真ん中に居るから、隣の屋上で何が起きてるのかは見えない。でもScoutはすぐにこっちの屋上に顔を出した。
ちょいちょいと手招きして再び下に行くScoutをミミと一緒に追う。
隣の建物の屋上には、レユニオンの剣士と術師と──原作でこちらのステルスを看破してきた、技術偵察兵が倒れていた。
「こういう時は不審な反応に気付いた時点で報告するものだが……俺達が人間でない動きをしていたせいか、実物を見るまで判断を保留していたようだ。チュロスの呪文のお陰だぜ」
倒れた敵の体には、ドライバーやハサミが突き立っている。あと首があらぬ方向に……
うちの狙撃手様は工具や文具でも戦えるし、どうやら格闘もできるらしい。