挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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4-7 帰路

「マリヤを起こし、歩かせる」

 

 意識が無いのは五人だが、重傷者は四人。マリヤは寝てるだけで五体満足だ。

 パトリオットにマリヤを預けるというのも考えた。彼が保護した市民の中に家族が居るかもしれないし、その場合、私がマリヤを連れて行くのはぶっちゃけ誘拐である。

 でも……物資は既に足りていないはず。それに原作では、遊撃隊の目が届かない場所でレユニオンが市民を殺しているような話も有った。そんな所に置いて行く気にはなれない。鉱石病検査だって受けさせたいし。

 

「賛同できない。負傷者を運びながら子供の面倒も見るのは無理だ」

 

 Scoutの言う事は分かる。マリヤは小さい。何かの拍子に叫んだり飛び出したりするかもしれないし、体力だって少ない。

 それでも、一人も諦めたくはない。

 

「マリヤは一度、わらわの言う通りに歩いてついてきた。不可能ではない」

 

 他のエリアなら私も躊躇った。

 だけどこのエリアなら、マリヤが一人ではぐれたとしても遊撃隊が保護してくれる。

 あるいは私達が丸ごと見付かったとしても、遊撃隊なら話ができるはず。

 ……余計な誤解を招きそうだから、レユニオンの服は脱いで行った方が良いかもしれない。

 

「……わかった、それで行こう。ここで問答を続けるよりは、無茶でも進んだ方がいい」

 

 納得したというよりは諦めたといった風だが、Scoutは頷いてくれた。

 知らずの内に入っていた力を抜く。皆で帰るというだけの事が、何故かとても難しい。

 その〝皆〟すら、本当は皆じゃない。遺品さえ、全員の分は回収できなかった。

 

 力を抜いたせいか体が震えそうになって、それを止めるために手を握り締めて力を入れて、結局前より強張って、よくわからなくなってきた。

 Scoutの言う通りだ。こんな事をしているよりも、一歩でも前に進んだ方がいい。

 

「ミミ、探知機は置いて行こう。中身を破壊しておいてくれ」

「はい、隊長」

「俺は……あいつにもう一通手紙を渡しておく」

「わらわも行く」

 

 Scoutはポケットからドライバーとペンチを出してミミに渡すと、Guardの居る廃墟へ向かった。私も後を追う。

 ScoutやAceが生き残ってるし、私がパトリオットと接触してるし、Guardが得る情報は原作と大きく違ったものになる。フォローしておかないと。

 

 意識の無いGuardの怪我を治療して、飴と包帯をポケットに入れておく。

 手紙の内容を軽く相談して、文面はScoutに任せた。Scoutからの命令という形で、Guardが原作に近い動きをするように誘導してもらう。

 ……Guardの装備も耐火仕様だ。もしかしたら、13章のあの火事を乗り越えられるかもしれない。その後の影響なんて正直考えてないけど、死なずに済むのならその方がいい。

 

 ミミは探知機の中のパーツをいくつか破壊して、建物の残骸の中に隠したそうだ。これで誰かが探知機を拾っても私達を追う事はできない。

 次は私の荷物をScoutとミミに預けて、建物の影へ行く。

 遮音して、嫌な臭いを極力吸わないように空気の流れも変えて、マリヤを背から下ろして起こす。

 

「ここどこ……? これなに……?」

「ここはわらわも分からぬ。それはマスク、悪しきものを防ぐ布だ。病に感染してしまうゆえ、外してはならぬぞ」

 

 マスクが気になるのか外そうとしているが、手を取って止めさせる。

 焼け焦げた周囲の状況に不安そうな顔をしているものの、騒ぐ気配は無い。元々大人しめな性格なのだろう。

 

「マリヤよ、この街は悪者が入り込んだようだ。わらわ達と共に避難するのだ」

「ひなんってなに?」

「新しいおうちへ行く事である」

「おひっこしするの? おばあちゃんも?」

「……御老人は足が遅いゆえ、別の道から都市を出る。合流には時間がかかるやもしれぬな」

「マリヤ、おばあちゃんと違うおうちがいい。おねえちゃんといっしょにすむ」

「さあらば御老人は別の家に向かうように手配しよう」

「やったー!」

 

 いきなり闇の気配である。

 この感じだと、パパとママは居ないのかな?

 未練が無いのなら連れて行きやすくはあるけど……

 

「街を出るには、悪者から隠れながら進まねばならぬ。騒いだり、泣いたりすれば攻撃されてしまう。静かにできるか?」

「できるよ。マリヤ、おうちでずっと静かにしてたから、じょうずになったの」

 

 闇である。これ多分同居のお婆さんが怒るとかだよね?

 治療した時には他に怪我は無かったから、殴られたりはしてなさそうだけども……

 ともかく、心配する保護者が居ないのなら遠慮なく連れて行ける。

 ……複雑だな。家族と離れたくないと泣くような関係であって欲しかった。でも、今はそうじゃない方が都合が良い。

 

「さあらば良い。約束は三つだ。マスクを外してはならぬ。離れずついてくる。わらわが良いと言う時以外は静かにする」

「うん、わかった」

 

 マリヤは小声で返事をする。

 負担を軽減するために月面歩行のリボンを巻いておこう。

 

「ふわふわする!」

「マリヤ、騒いではならぬ。しーであるぞ」

「しー」

 

 ぴょんぴょんして楽しそうだ。今の内に少しはしゃがせて慣れさせる。勝手に駆け出す事も無く、私の近くでうろちょろしている。これなら大丈夫かな。

 広場に戻ってScoutとミミを紹介。特に怖がったり人見知りしたりはしないようで良かった。

 マリヤがショックを受けないように、Ace達の火傷はガーゼと包帯で極力隠してもらった。ビーンは私のコートにくるまれている。あとは軽量化と月面歩行のリボンも巻いてくれている。

 

「彼らもわらわの友人達だ」

「……おむかえくる?」

 

 お迎え。ああ、私が教えたんだった。一瞬ぞっとしてしまった。

 

「……彼らはまだだ。普通の怪我人ゆえ、背負って連れて帰るのだ。鞄を背負えなくなるゆえ、マリヤも手伝ってくれぬか?」

「うん」

 

 リュックにレユニオンの服を入れて、マリヤに背負わせる。日傘はミミが預かってくれた。

 ウエストポーチを装着して、リボンの呪文を発動して、Aceに着けたハーネスの最終確認。

 

「チュロス、Aceは俺が……」

「ここからの索敵はそなたが頼りだ。加えてそなたらは負傷者で、わらわは無傷の非戦闘員。わらわが負荷を負うべきである。ビーンもわらわが運ぶ」

「……分かった」

 

 Scoutとミミに手伝って貰い、どうにかAceを背負って立ち上がる。

 ビーンを渡してもらい、両腕で抱える。本当は大きい二人のどちらかを抱えられれば良かったけど、残念ながら私の体格が足りていない。ケルグをScoutが、セブンティーンをミミが背負う。

 

 そのまま歩くとAceの残った足を引き摺ってしまう。呪文で浮かせながら、前傾姿勢になって少しでも高さを稼ぐ。

 抱えたビーンで足元が見えない。転ばないように、そして極力痕跡を残さないように、慎重に足を踏み出す。

 

 足に、背中に、経験した事の無い重みが乗る。

 それでも一歩、踏みしめた。

 

 不意に河谷の景色が脳裏に蘇る。

 アエファニルを杖にして立ち上がった時の事。

 彼に手を引かれて歩んだ日々。

 気付けば随分遠くまで来た。だからきっと、遠くに帰る事もできるはず。

 

 大勢が一人一人の集合ならば、距離は一歩一歩の集合だ。

 今、一歩歩いた。歩ける。帰れる。一緒に帰れる。

 お兄ちゃんの所に皆で帰る。

 

 

 

 

「何をするか分からん素人よりも、プロの動きの方が読みやすい。傾向も既に分かってるしな」

 

 Scoutはそう言って余裕を見せるが、私達の歩みは遅々としたものだ。

 探知機はもう使えないし、負傷者を運んでいる事で私達の動き自体も鈍くなった。この重さでは壁歩きも難しい。

 マリヤは今の所大人しくしているものの、こういう我慢強い子はよく見ていないと突然限界を迎える可能性もある。彼女の様子も見ながら慎重に進めば、更に速度は落ちる。

 

 一人で来て、二人になって、三人になって、七人になった。マリヤも入れれば八人。

 甘く考えていた。単純な足し算ではないだろうけど、人数が増えれば増えるほど、できる事も増えると思っていた。

 実際には一人の時よりも身動きが取れなくなっていく。

 だけど本当に動けなくなる時まで、絶対に諦めない。

 

 

 地上へ降りる道にはレユニオンが居る可能性が高い。だから私達が目指したのは、移動都市の外縁。

 僅かな距離に長い時間をかけた果てに、ついに目の前に荒野が広がって、思わず安堵の息を吐く。あと少しでこの都市を出られるんだ。

 

 ここからは道ではない所を行く。登るのは難しくても、降りるだけならなんとかなる事は道中の高低差が有る所で確かめた。下まで壁が続いてるわけではないだろうけど、月面歩行なら着地の衝撃も和らぐ。

 ……着地の仕方によっては怪我をするかもしれないが、生きてさえいれば治してみせる。

 

「それじゃ、下で会おうぜ」

 

 まずはScoutが降りる。

 落ちたら死ぬ。それでも彼は私の呪文を信頼して、最初に行った。

 下を覗き込むと重みで落ちかねないから、私は縁から離れた所で待つ。

 ……しばらく待ったが、変な音はしない。無事に降りただろうか。

 

 次は日傘を開いてマリヤに持たせる。

 彼女の重量なら月面歩行の呪文だけで降りられるが、物理的に掴まれる物が有った方が安心するだろう。

 

「マリヤ、傘をしっかり掴むのだ。声を上げてはならぬぞ、悪者に見付かるゆえ」

 

 こくこく頷く小さな頭を、両腕の塞がった私の代わりにミミが撫でてくれた。

 小さく歌って風を起こしてマリヤを浮かせ、外壁にぶつからないように降下させる。

 

 マリヤが着地したであろう頃合いにミミも降りていく。

 またしばらく待つ。心細くなって振り返ってみるが、誰も居ない。敵も味方も。

 レユニオンも、こんな何も無い端までわざわざ見に来るはずが無い。大丈夫。大丈夫大丈夫。

 

 十分に待ってから、外壁に両足を付ける。

 ずるずると滑り落ちていく。

 ……あれ? 速度が増していく!

 負荷が大き過ぎた。だけどもう上へは戻れない。

 壁歩きの呪文が弾け飛ぶ直前、咄嗟に外壁を蹴って距離を取る。ぐるんと空中に投げ出されて、下で驚いているScout達の姿が見えた。

 

 重心が不安定な今、歌で飛ぶのは難しい。できたとして、歌を敵に聴かれるのもまずい。

 落ち着け、音だけなら遮音すればいい。空気を操って飛ぶんじゃなくて、別の呪文を込めればいい!

 ブーツに仕込んだ空中を歩く呪文は、発想自体は壁歩きの呪文と同じ。空気を地面として定義して、普通に踏む。

 ロドスからチェルノボーグに来る時に使ったけど、あの時は走る内に高度が落ちていった。ヘドリーの所から逃げる時にも何度かに一回は地面を踏んだ。固定しきれてなくて、踏むと沈むから。

 つまりクッション性が有るという事。

 

 息を吸い込む。

 まずは遮音の呪文で上から下まで筒状に包み込む。歌で無音にするのも変な感じだ。

 これ以上呪文を組み直してる時間は無い。ブーツに仕込んだのと同じ、厚さも面積もハガキ一枚程度の疑似地面を、下方向にありったけ展開する。

 ミルフィーユを噛んだ時のように、小さな衝撃が連続する。パリパリの海に沈んでいく。

 

 まだ足りない。

 医療アーツを応用する。治療の逆。私の手首の皮膚と血管を破壊して、水のアーツで噴き出した血を整列させ、空中に紅い呪文を描く。ずっと月面歩行と呼んでいるけど、本来は完全に浮かぶ事ができる呪文。

 全ての重みが消え失せて、一瞬空中に静止する。

 すぐにウエストポーチからポキンと骨筆の折れる音が聴こえて、ゆっくり落ち始める。落下速度が徐々に増す。

 

 地面にぶつかるギリギリの所で、もう一度同じ事をする。また骨筆が折れる音がする。

 足が分厚い感触に触れる。着地した実感が無いままよろめいて、Scoutとミミが支えてくれる。

 Scoutが私の首に掛かっているアーツユニットの鎖を引き千切って、風下に放り投げる。それは遠くの地面に転がって、やや遅れて小さく爆発した。

 ……負荷をかけ過ぎた。作ってくれたエンジニア部の皆、ごめんなさい。

 

「おねえさん、いたいいたいしてる!」

「降りる時に引っ掛けたようだ。されど治療できるゆえ問題無いぞ」

 

 マリヤを驚かせてしまった。……マリヤだけじゃないな、Scoutとミミも何か言いたげだ。でもマリヤを不安がらせないために黙ってるんだろう。

 ビーンを一旦Scoutに預けて、傷を塞いで血を落とす。これでよし。

 

 

 流石にチェルノボーグの外には敵は居ない。Ace達を下ろして休憩する。冷たい地面に寝かせたくないから、せめてレユニオンの服を敷いた。

 栄養ブロックに飴にスナック菓子を皆で食べる。あと水。アーツで補給して順番に飲む。

 皆が飲み終わった後にアーツで水を補給しておこうとしたら、最後の骨筆がポキンと折れてしまった。

 

「……すまぬ。わらわのアーツユニットが尽きた」

「……あんたはここまで随分無茶をしたんだ。仕方ないさ」

 

 脱出できた安堵は、そのまま不安へと変じていく。

 呪文を無駄に使い過ぎたんじゃないか? それかもっと骨筆を持って来ていれば──いや、今更何を言っても仕方無い。

 無事にチェルノボーグを出られたんだから、最低限の事はできた。でも……本当にここから帰る事ができるだろうか?

 

「チュロス。あんたが特に対策してなければ、そろそろ脱走した事がバレてると思うんだが、どう思う?」

「作業室に篭もっておるように偽装してきた。扉を突破されぬ限り気付かれぬはずだ」

「あんた、まさかあのパネルは今回の為に付けたのか……? となると、迎えが来る展開は望み薄か」

 

 ロドスを混乱させたくないから、こっそり行って、こっそり帰るつもりだった。

 見通しが甘かった。そもそもどうやって帰る気で居たんだろう?

 行く事さえできれば、帰る事もできると思い込んでいた。浅はかだった。

 

 これから進む事になる途方も無い荒野を見渡していると、不意に視界に動くものが入り込む。チェルノボーグから車が出てきたようだ。

 距離が有るから、誰が乗っているのかは分からない。脱出した市民だろうか?

 

 何となしに見ていると、そこへ飛来するものが有った。

 咄嗟にマリヤを抱き締めて視界を塞ぐ。ボン、とお手本のような爆発音がして、車は動かなくなった。黒い煙が立ち昇る。

 ……砲兵だ。脱出しようとする市民を狙ってるんだ。

 

「……車両が欲しい所だが、諦めた方が良いな。このまま徒歩でロドスへ向かおう」

 

 Scoutの声には、流石に疲労感が籠っている。

 私達が追い付く前にロドスは龍門へ向かうだろう。つまり私達は、龍門まで歩かなければならない。

 原作では、チェルノボーグが龍門に衝突するまで、24時間以上猶予が有ったと思う。チェルノボーグは時速何kmで走行するのだろうか?

 ……いや、考えないでおこう。気が遠くなってきた。

 たとえ車両を入手できたとしても、もう隠行の呪文は使えない。

 Ace達を運ぶので精一杯の今、敵に狙われるリスクは負えない。やるしか無い。

 

 

 Aceを背負い直す前に、最後にチェルノボーグを見上げる。

 大勢の人がこの都市に居た。だけど連れ出せたのは、たった七人。

 

 ……考えないようにしていた事が有る。〝ウルサスの子供たち〟について。

 私と同じ年頃の子供達が学校に閉じ込められ、極限状態へ追い込まれていく。

 きっともう始まってるだろう。

 ……子供達を傷付けないでって、メフィストにお願いしてみるべきだったかな。言ったところで聞いてはくれなかっただろうけど。

 

 

 ……あれ? ちょっと待てよ、〝ウルサスの子供たち〟って、いつの話だっけ……?

 一回読んだきりだから、細かくは覚えていない。でもよく考えたら、数日前から閉じ込められていたような描写だった気がする。ズィマー達は何日も学生同士で争って、天災が来て、その後に逃げたんだっけ……?

 包囲してたレユニオンが、ある日急に引き上げたみたいな話も有った……?

 でも学校が占拠されたら、ニュースになったり警察が出動したりするよね? 感染者に厳しいウルサスの都市で、レユニオンが同じ場所で何日も活動してられるとは思えないけど……

 

 いや、少し思い出した。貴族は早い段階で逃げた。平民は何も知らなくて、でも貴族の注文が減ったとかで、変化を感じ取ってる人も居た。

 となれば、一日二日の話ではないだろう。今日よりもずっと前から?

 

 思い出した。ドクター救出作戦の帰りの道中で、アーミヤ達がニュースを見ていたはずだ。ウルサスの栄光がなんちゃらみたいな……さも警察側が優勢かのような報道だけど、実際にはレユニオンが勝っていた。同じような隠蔽が前から起こっていた?

 

 そうだ、そもそもレユニオンの大量の感染者はどうやってチェルノボーグに潜り込んだ? ただでさえ殆どが素人なのに、大勢で隠密行動なんてできる?

 チェルノボーグ事変にはウルサス軍も関わってた。もしかして都市に侵入する段階から軍が手引きしてた、とか……?

 

 最初、街は普通だと思っていた。でもあれは、たまたまレユニオンの手付かずのエリアだった? あるいは食後のデザートのように、今日喰らい尽くすためにあえて残されていた?

 

 未来だと思って見ていたのは過去だった。もうとっくに始まっていた。

 防ぐとか防がないとか、それ以前の問題じゃないか。

 

 

 そっか。私が会ったメフィストは、既に学生達を閉じ込めた後だったのか。

 あの時はまだ、あの子も引き返せるのだと思っていた。それは私の思い込みだった。

 それでも嫌いになり切れない。歌わせてあげた事に対する後悔も湧いてこない。

 原作の登場人物だから? やっぱりまだゲーム気分でいる?

 でも、ゲームの時はそんなに好きなキャラではなかった。現実になった今だからこそ、彼にも救いが有って欲しいと思う。

 だけど彼の悪意も現実だ。

 

「チュロス? 大丈夫か?」

 

 ……いけない、行かないと。考える事は後でもできる。

 Aceを背負い直す。ビーンを抱え直す。

 あとはただ歩くだけ。右足と左足を交互に出すだけ。

 

 何も無い荒野には、凍てつく風が絶えず吹いている。

 寒さに体力を奪われないように、歌で空気の流れを変えようとした。でも、骨筆も歌用のアーツユニットももう無いんだった。感染者ではない私は、今はアーツを使えない。

 骨笛なら有るけど、仮にビーンを抱えていなかったとしても、Aceの重量に耐えながらではまともに吹けない。そしてそれ以前の問題として、私は笛はヘタクソだ。

 骨筆が無い今、リボンの呪文も何かの拍子に切れてしまったら掛け治せない。骨筆が手元に無い状況なんて想定してなかったから、リボン単体での耐久テストもしていない。昔よりは維持できるようになったとはいえ、私の呪文はそもそもあまり強くない。

 

 チェルノボーグの中では、敵が居るという緊張が疲労と不安を誤魔化していた。

 それが無くなった今、否が応でも現実と向き合う事になる。

 

 ロドスまでどれだけかかるだろう?

 リボンの呪文は、Scout達の体力は、Ace達の命は、いつまで持つ?

 

 私の背中に伸し掛かるAceの体は、暖かくも冷たくもない。生々しい重みだけがそこに有る。

 河谷を出る時、アエファニルが私の荷物を背負ってくれた。

 もっと重い荷物を背負う事も有るって言ってた。

 それって、こういう事だったのかな。

 

 

 

「──通信です!」

 

 不意にミミが声を上げ、肩の通信機に手を伸ばした。

 チェルノボーグは通信を妨害されているから、他の場所から?

 でも、こんな何も無い所で、一体どこから……?

 

『良かった、繋がった! ミミさん、チュロスってそっちに居る?』

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