「おそらくロゴスは君を自室に監禁し、頃合いを見てバンシーの河谷へ帰すだろう。君が抵抗するのなら、私は君に協力する用意が有る」
監禁はまだしも、河谷に!? それは嫌だ!
「わ、わらわは帰らぬ! 最低でもAceらの治療に何らかの結論が出るまでは!」
「いいだろう。本題に入る前に……アスカロン、チュロスに質問が有れば先に済ませておくといい」
ケルシーの視線を追うと、私の隣にアスカロンが座っていた。
いつの間に!? 全然分からなかった……
フードの下で輝く眼光がすごく鋭い。こわい。
「……あの〝隠密ごっこ〟が事前準備だったとはな。確かにあの日のお前の衣服は呪術の籠められていないものだった。偶然かと思っていたが、捕らえられる時に余計なトラブルを防ぐためか」
「う、うむ。騙してすまぬ……」
「迷子も嘘か」
「それはまことである……過不足無く警備を刺激する事に集中するあまり、道を意識しておらなんだ……」
「お前……狡猾なんだか迂闊なんだか分からないな……」
アスカロンの手が伸びてきて身構えたが、何故かワシワシと頭を撫でられる。アエファニルやお姉様よりは荒っぽいけど、決して乱暴ではない。撫でられてる内に少しリラックスしてくる。
かと思ったらいきなりスッと首を掴まれた!
「むぎゃあ!!」
「警戒心が無さすぎる……」
やだ! 首はやだ!
反射的にジタバタするが抑え込まれる。なんか力尽くって感じじゃないし寧ろ触れ方自体は優しいのに動けない!
「……誰かに首を絞められた事が有るか?」
思わず呼吸を含めたすべての動作を止めてしまう。
いや急に止まったら有るって言ってるようなものじゃん……!
「お前のトラウマに触れたようだな。すまない」
「も……問題無い。驚いただけゆえ……」
そっと離してくれたので、一旦ぬるいココアを飲んで落ち着く。
あっ、さっきのは暴れた私がぶつかってココアが溢れないようにしてくれたのか。
「話を戻すが。二年も前から事前準備ができたというのは、一体どういう事だ?」
「んぐぐ!」
首絞め経験については聞かないでくれるみたいだけど、確かに作戦がまだ決まってもなさそうな時期から事前準備してるのおかしいよね!? 動揺してココアが変な所に入った!
「やはり自覚が無かったか。お前自身の発言と状況証拠から、お前が未来を知っていた事は明らかだ」
「そ、それは……」
バ……バレてる……!? いやまだなんとかならないとも限らない!
待って、私全部顔に出るんだった! とりあえず表情筋コントロール!
「今更顔だけ取り繕っても無駄だ。ケルシー、こいつは迂闊過ぎる。河谷に帰した方が良いんじゃないのか」
迂闊か狡猾か分からないと言われた直後なのに、もう迂闊100%判定されている。
いや、うん、私が〝事前準備〟の話をした時点で気が付いてたなら、本当に今更過ぎるもんね……
よく考えたらScoutが報告してる可能性も高いし、未来視の事はとっくに分かった上で、指摘された私がどう反応するかを見られてたのかも……
このままだとお兄ちゃんより先にアスカロンに強制送還されかねない。なんとか挽回しないと。
「だが、今日まで私達を欺いたのも事実だ。投入する場面さえ間違えなければ、必ずロドスの力となってくれるだろう」
「正直不安だが……まあいい」
ありがとうケルシー……何故か分からないけど、さっきからやけに味方になってくれてる……
……やっぱり彼女には、未来についてちゃんと話しておいた方が良いだろうか。テレジアの件も含めて。
でも、私が覚悟を固めるより、ケルシーが口を開く方が早かった。
「未来が視える事は、君と初めて会う直前にロゴスから聞いていた。君がテレジアの死の未来を知っていて、黙っていた事も。アスカロンにも、君の〝事前準備〟以前に私から話してある」
えっ……最初から全部知っていた?
初めて会った時の、ケルシーの虚ろな瞳を思い出す。あれは気のせいじゃなかったんだ。
アスカロンの眼光はいつも怖い。私の事を恨んでいるから?
ひやりとしたのは一瞬だけ。
もしもケルシーが私を敵視していたら、アーミヤやロスモンティスにも、医療にも関わらせなかっただろう。
アスカロンの触れ方は優しかったし、嫌いな相手にわざわざ隠行のヒントなんて与えないはず。
二人とも、知っていて責めずにいてくれた。聞きたい事が有ったはずなのに、何も言わないでいてくれた。
「君を恨んではいない。君には自分の干渉した先の未来が視えないそうだな。未来を変えたくないのなら、何もしなければいい。だが君は、守護と祝福の呪文を籠めたリボンをテレジアへ贈った」
……だから助けようとしてくれてるのかな。
あのリボンは、何もしない自分に耐えられなくて織ったもの。私の罪の意識を軽くするだけのもの。
でも、今こそ罪悪感に押し潰されそうだ。無意味と知っていて贈ったのに、それで信用を得るなんて詐欺師じゃないか。
「わらわの呪術は脆弱である。守護の呪文を籠めたところで、何の助けにもならぬと存じておった。未来に影響を与える恐れが有れば、贈りはしなかった……」
「それでも君のリボンが時間を稼いでくれたのは事実だ。私やアスカロンが駆け付けた時、テレジアはまだ生きていた。傷は深く、もはや手遅れだったが……彼女を冷たい床の上で孤独に逝かせずに済んだ」
ケルシーとアスカロンが、テレジアの死に立ち会った?
原作と違う。誰も間に合わなかったはずだ。
私の存在で何かが変わってタイミングがズレた? それとも他の転生者が居て、テレジアを守ろうとした?
「わらわの呪文では数秒も稼げぬ。何か他の要因が──」
不意に隣のアスカロンが動いて、つられて見上げる。
フードが取り払われて、長い髪が広がって──後ろに何か髪飾りが付いている?
「お前たちバンシーは、自分の呪文が掻き消された時、それが遠くであっても感じ取る事が有るそうだな」
アスカロンが髪から解いて広げたのは、一本の黒いリボン。
白と桃色の花模様は、大部分がくすんだ茶色に変わっている。
……そうか、そこに有ったのか。私の最低な贈り物は。
「何らかの事故で呪文が消えてしまえば、お前が不安がる……そう考えたロゴスは、より強力な呪文を上から掛けたそうだ」
「兄上が……?」
考えてみれば、テレジアが自ら戦ったのはあの暗殺の日だけではないだろう。部下を盾にして引っ込んでいるような人ではない。
私の弱い呪文なんて、早々に散ってないとおかしいのに……どうして気付かなかったんだろう。
「あいつは殿下の強さを知っている。自分では殿下に守護の呪文を掛けようなどとは思わなかったはずだ。このリボンだけでも、ロゴスだけでも、間に合わなかった。お前達兄妹が、最後に殿下に会わせてくれた」
何の意味も無いと思っていたリボン。
お姉様が作り方を教えてくれて、私が織って、アエファニルが呪文を被せて、テレジアが身に着けて……そして彼女の死の間際に、直接アスカロンへ手渡されたのだろう。
遺品として取っておくだけなら、身に着けなくてもいい。きっとテレジア自身が願ったんだ。
贈って良かった。結末は変えられなかったけど、彼女達の心が少しでも救われたのなら、意味は有った。
だからこそ悔しくなってしまう。もっともっと、変えてしまえたら良かったのに。
「元はお前の物だ。返しておこう」
リボンを差し出される。多分、アスカロンの中で何かの区切りが付いたのだろう。元々遺品に執着するタイプではなさそうだし。
でも……もしかしたら、単に使い方が分からないのかもしれない。さっきも髪を結うというよりは、ただ結び付けてる感じだった。
「さあらば、わらわからそなたへ贈ろう。いつでも使える髪結いサービス付きだ」
「……そうか」
リボンを一旦受け取って、アスカロンの髪を少し取り、勝手に三つ編みにしてリボンを結ぶ。抵抗はされなかった。
アスカロンがお洒落をしたら、テレジアは喜ぶと思う。
血染めのリボンなのがアレだが、そこはまあ、暗殺者ファッション? ということで……
気のせいでなければ、こっちを眺めているケルシーも少し嬉しそうに見える。
「ついでだ、一つ明かしておこう。君がアスカロンをおびき出したあの日、私も嘘をついた」
「む? 嘘をつく余地など存在したか?」
あの日は確か、食の細いアーミヤのために食事会をするって話をしたんだっけ。
でも、本当にそれだけだった気がする。
「当時のアーミヤは一度の食事量こそ少なかったが、その分回数を増やして補っていた。だから倒れるというほどではない。とはいえ元が細すぎるからな、君があの子を気に掛けてくれるように少し誇張させてもらった。……今日起きる事を知っていた君ならば、あの子の生存に問題が無い事も分かっていたはずだ。しかし君は未来に囚われずに、常に目の前のあの子を見てくれている」
確かに知っていた。原作に繋がっている以上、少なくとも死ぬような事態にはならないと。
でも、死ななきゃいいというものじゃないし、アーミヤには幸せでいて欲しい。美味しいものを沢山食べさせたい。
それは目の前のアーミヤを見て自然と感じる事でもあり、原作で頑張ってる姿を知ってるからこそ思う事でもある。
「わらわはまことに今今のアーミヤと向き合えておるのだろうか? わらわは、あの子がわらわの知る未来を辿る事を望んでおるのだ」
「いいや、視たままの未来ではないはずだ。叶うのなら優しい部分だけ与えたい。違うか?」
違わない。
誰も失われないまま問題だけ解決して、ハッピーエンドにしたかった。
「そうだ」って肯定したいのに、なんだか喉が詰まって言葉にならない。
優しい部分だけ与えたかった。できなかった。
「君がアーミヤやロスモンティスに注いだ善意と愛情は本物だ。いや、あの子達だけではないな。君は子供達全員に知識と喜びを与え、自らもよく学び、医師と患者を支えた。誕生日を楽しんでいる最中だっただろうに、その手で医療部へマスクを届けてくれた。鉱石病を恐れず、しかし軽視もせず、死にゆく戦士を敬意をもって送り出し、全ての死に深い哀悼を示した。君がロドスの理念の賛同者である事は疑いようも無い」
大した事はしていない。できていない。
できていないと思っていた。
でも、ケルシーがこうやって評価してくれるのなら、少しは皆の助けになれたのかな。
私、ロドスの一員になれてるのかな?
「君は悲劇を娯楽とする鑑賞者でも、無関心な傍観者でもない事を証明した。喜んで、あるいは無感動にテレジアの死を見過ごしたわけではないと、証明してくれた。……何故教えてくれなかったのかと、思った事が無いと言えば嘘になる。だが未来を知ろうが知るまいが、今を勝ち取らねば結末は変わらない。君が未来を知るからテレジアが死ぬのではなく、我々が守り切れなかったためにテレジアは死に、君はそれを誰よりも早く知ってしまった。今はそう思っている」
テレジアの死。ずっと手放せずにいたその重みを、優しく取り上げられた気がした。
アエファニルが言っていた、〝領分〟の話を思い出す。その重みはケルシーやバベルのメンバーのもので、私が背負うべきではないのだと、そして背負わずとも忘れなくて良いのだと、今ようやく理解した。
私がするべきは、無意味に抱え込む事じゃない。私を許してくれた彼女達を支える事だ。
「飲め」
決意を新たにしていると、アスカロンが何故か脈絡無くココアのマグカップを押し付けてくる。
言われるままに一口ごくん。ぬるいけど甘くておいしい。でもなんで?
「美味いか?」
「う、うむ」
「お前の味覚が戻って、良かったと思っている」
その言葉は優しいのに、アスカロンの眼光は相変わらず怖い。
じっと見上げて、ようやく気付く。
蛇に似た瞳孔が、彼女の表情を実際以上に鋭いものに見せていただけだった。
「わらわが味覚を失ったのは……」
「事情は聞いている。だからだ」
そっか、心配してくれてたのか。
またワシワシと頭を撫でられる。子供扱い。でも嫌じゃない。
「随分話が逸れてしまったが、本題に入ろう」
なんとなく空気が和んだところでケルシーが仕切り直す。
そうだ、私が河谷に戻らなくて良いようにするんだった。
「君の沈黙は悪意によるものではない。ロゴスがそう断言し、私はそれを信じる事にした。RaidianやMantra、人事部の彼女──嘘を見抜く事に長けた者達に、君の内心を詮索しないよう言い含めたのは私だ。彼女達が手加減していなければ、君の計画は速やかに暴かれていただろう」
えっ、そうなの……?
私、自力で誤魔化せてると思ってたんだけど……スルーしてくれてただけなのか……
あと人事部の人は誰だろう。ケルシーが暈すなら、私は知らなくて良いんだろうけど。
「装備開発を始めたのが、未来を変えるためだとも聞いていた。君が一度もロドスの外へ興味を示さなかったため、君は本艦でできる事をしようとしているだけであり、それ以上の手出しをする気は無いのだと私は判断した。私の油断により君は脱走し、それゆえに六人ものオペレーターが生還した。私はロゴスに対して責任を果たすべきであり、仲間を救った君には褒賞が必要でもある」
つまり……私を止められたはずのケルシーにも責任が有るという事?
それはそれとして、私にはご褒美が有る?
「私がロゴスを説得する。彼の納得を伴う形で、君の自由を保証させる」
何か説得と言うより説教が始まる気がしなくもないが、ケルシーが言うと物凄く頼もしい。
しかしアエファニルも私の事になると譲らない所が有る。簡単には行かないだろう。
「兄上は頷くであろうか……」
「材料は既に揃っている。だが、おそらく今のロゴスは聞く耳を持たない。先に落ち着かせる必要がある」
お兄ちゃん、落ち着いてくれるかな……
アエファニルとは殆ど喧嘩した事無いから、どうしたら仲直りできるのかもよく分からない……
でもケルシーには何か策が有るようだ。
「チュロス。君の休暇は今日を含め、あと五日残っているな」
「うむ」
「君は慣れないウルサスの寒さと、友人が重傷を負った事による不安で体調を崩した。幸い肉体的な症状は重くなく、精神が安定すれば自然と回復するだろう。こういった場合は医療部への入院よりも、安心できる場所での静養が効果的だ。五日間、ロゴスの部屋で過ごすといい」
「う……む?」