挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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4-12 今だけの幸せ

 いきなりバッと目が覚めた。

 お兄ちゃんがゆっくりこっそりベッドから出ようとしている!

 咄嗟に腕にしがみつく。

 

「シャロン、起こしてしまったか? 体調は──」

 

 心は昨夜のまま、よくわからない重たい気持ちで泥んこだ。

 だけど一度眠ったせいか、ひとつ見落としていた事に気が付いた。

 きっとアエファニルの心も泥んこなのだ。私がそうしてしまったのだ。

 それなのに私は……自分の我儘ばっかりだ。

 

「わ……わらわは、河谷へ帰る……」

「シャロン?」

 

 何もロドスと縁を切れというわけではないだろう。本艦が河谷の近くに来た時は遊びに行けるかもしれないし、そうでなくてもお姉様に頼んだら手紙を届けてもらえるかも。

 私がロドスに居た所でAce達の回復が早まるわけじゃないし。

 うろ覚えの私の原作知識は、無い方がマシかもしれないし。

 そもそも私は、ロドスに居ないはずの人間なのだ。

 

 メインストーリーに気を取られて、それ以外を見落としてた。そんな私が七人も……七人も連れて帰る事ができた。

 よわよわバンシーにしては、頑張ったんじゃなかろうか。

 ドクターもちゃんと助かったし、私なんて居なくても、大体のことはなんとかなるはず。

 

「河谷へ帰る……それで兄上が安心するならば……」

 

 起き上がってお兄ちゃんに抱き着く。

 お兄ちゃんはロゴス大先生だ。これからのロドスに絶対必要な人。

 私のせいでお兄ちゃんの気が散ったら、原作で勝てた戦いも勝てなくなるかもしれない。そんなのダメだ。

 だからお兄ちゃんの心の泥を、ちゃんと洗い流さないといけない。

 

「理解してくれたか。良い子だ、シャロン」

「わらわは、兄上が一等大事だ。兄上を悲しませたくはない……」

 

 ケルシーはアエファニルを説得してくれるって言ってたけど、私のお兄ちゃんなんだから、私が自分で説得できないなら、私はここに居ちゃいけない。

 河谷へ帰ろう。変えたい未来はまだ有るけれど……

 

 変えたい。変えたい、けど、どうすればいい?

 ロドスに残れたとしても、もう抜け出すわけには行かない。

 誰かに頼む?

 あっ。人に頼むなら、私は居なくてもいいじゃないか。

 ……未来の事をノートに纏めて、お兄ちゃんに託してみよう。ドクターでもいい。

 いや、ドクターは忙しいかな。

 それで、お兄ちゃんに任せて、河谷で大人しく待とう。

 負担はかけたくないけど、私が動いた方が皆が困るって分かったから。

 ……河谷へ帰ろう。

 

「兄上、時間の有る時に、わらわの部屋からオリジムシ人形を運んでくれぬか……」

「人形のみで良いのか?」

「うむ……」

「我のシャロン。うぬはまことに愛いな」

 

 アエファニルは機嫌が良くなったようだ。いつもの調子で抱き締めて撫でてくれる。お兄ちゃんが元気だと私も嬉しい。

 順番に洗面所を使ってから朝ごはん。パンとインスタント野菜スープとプリン。

 部屋に食べ物いっぱい有るから、しばらく食堂のごはんとは再会できなさそうだ。

 

 

 

 

 お兄ちゃんは早速人形を取ってきてくれて、その後はすぐ出かけて行った。

 のど飴を舐めながら、柔らかいオリジムシ人形を揉み揉みする。落ち着く。

 満足したら枕元に配置。黒兎と白猫の編みぐるみも一緒だ。幸せ空間。

 熱は無いし、体のだるさも少しマシになってきたから、気分転換のためにも一回お風呂に入っておこうかな。

 準備万端未使用お風呂も使ってしまえばただのお風呂だ。異常性は消失する。

 

 まずは湯船の準備。お湯を入れ始めると底に跳ね返ってバシャバシャする。この音好き。

 溜まるのを待つ間にケルシーの物資から下着とタオルを出して用意。

 服は今のワンピースのままでもいいけど、やっぱり洗濯してあるやつを着たい。

 部屋のものは好きに使えって事だし、勝手に服を借りても大丈夫だよね?

 

 クローゼットを開ける瞬間、内から押す力を微かに感じた。

 吊るされた私のボリューミーなドレスが扉とお兄ちゃんの服を押しやっていた……

 ドレスの裾を奥に押し込みつつ、その下の畳まれた衣類を物色。

 お兄ちゃんが着てた長袖パジャマの替えが有るけど、サイズ違い過ぎて袖が邪魔になるだろうから、できれば半袖がいいな。

 

 ダサいような一周してオシャレなようなグラフィカルなTシャツが何枚も有る。

 一枚広げてみたら、想像以上に大きい! 私が着たらワンピース状態になって寝間着に丁度良さそう。

 でも原色バリバリのやつとか、やたらクセの強い字で格言っぽいのが書いてあるやつとか、状況がよく分からない絵のやつとか、気が散るのが多いな……もっと普通の無い?

 探したらオリジムシTシャツが有った。比較的地味だし、これでいいか。下は穿いたところでずり落ちるだけだから無し。

 

 

 次は机の引き出しの一番上を開ける。中にはノートやメモ帳に筆記用具、骨筆のストック、私があげた筆箱。筆箱は流石に飾らずに使ってくれているようだ。

 それと棒状サイコロ! やっぱり有った!

 これを簪代わりにして髪を纏める。上がった後に髪を乾かす用に骨筆も一本拝借。

 

 あとは……香油も欲しいな。リラックス効果有るし。

 戸棚を開けてみる。消耗品のストックとか、謎の箱とか有る。

 香油も有った。有ったけど……

 豪華な細工入りの、凄く綺麗な瓶だ。微かに漏れ出ている香りはフルーティーかつフローラルでかなり甘め。超良い香りだけど、アエファニルが普段つけているやつとは全然違う。

 これ、贈り物用では? 触らずそのままにしておこう。

 

 バンシーは意中の相手に香油を贈る……

 うーん、私にじゃないよね。前に結婚しないって話で纏まったし、私宛なら見える所には置かないだろう。お兄ちゃんならサプライズプレゼントが事前にバレるようなヘマはしない。

 という事は……あのお兄ちゃんが、誰かに恋してる!?

 そうに違いない! この超良い香りにこの瓶のゴージャスさ、かなり気合が入ってるもん!

 

 衝撃だ……そっか、お兄ちゃん、好きな人居るのか。良かった。

 香りからすると、きっと相手はキュートな感じの人なんだね。

 シスコンが過ぎて結婚できないんじゃないかと心配だったが、そう遠くない内に私に可愛いお義姉さんが出来るのかもしれない。

 良かった……良かった。心の中にあったかいものが広がる。

 

 この世界は苦しい。でも、喜びも幸せも確かに存在する。

 その事を忘れちゃだめだと思った。

 

 

 

 

 香油はあの一本しか無かった。空の瓶とか香油作りの道具は有ったんだけど……普段使い用は持ち歩いてるのかな?

 まあ高級トリートメントを使えばサラツヤだから、香油無しでも問題は無い。

 

 お風呂を済ませてTシャツを着る。丈が思ってたよりも短い。わりとギリギリ。

 しかも信じられない襟ぐりの広さにより、肩が片方ずり落ちてしまう。何回真ん中に戻してもどっちかに落ちる……

 どうしよう、想像以上にだらしない格好だ。これなら長袖ダルダルの方がマシだったかも。でもすぐ脱ぐのもなんとなく勿体無い……

 上に何か羽織ればいいかな? パーカーとかジャージみたいなのが無いか探してみるか……と思ったら、扉が開く音が!

 

「シャ──」

 

 私を視認したお兄ちゃんは、即座に背後に何らかの呪術を展開した。位置的に外からは私の姿は見えないはずだけど、反射だったんだと思う。

 お兄ちゃんは外をしっかり確認してから扉を閉める。どうやら誰も居なかったようだ。犠牲者が出なくて良かった……

 

「シャロン、なんという格好をしておる」

「湯浴みをしたが、着替えが無かったのだ」

「うぬはいまだ本調子にあらず、湯浴みは避けよ。無いと言うが、うぬが人形のみで良いと……」

 

 そうか、あの時服も頼めば良かったのか! 思い付かなかった。

 お兄ちゃんは上着を脱いで私にかける。地味に気になってた謎の構造の上着。袖を通してみる。これ着方有ってる?

 着たは良いが裾が長すぎる。もう衣服っていうか四分の一くらい拘束具の気分だよ。

 また私の部屋まで行ってもらうのも何だし、やっぱりお兄ちゃんの別の服を──

 

「愛い………………」

 

 お兄ちゃんが顔を覆って何やら満足げだ。じゃあしばらく着とこう。

 さて、見なかったフリするのも違う気がするし、香油の事を聞いてみるか。

 

「兄上」

 

 引きずらないように裾を纏めて片手に抱えつつ戸棚の前へ向かう。ドレスより動きにくい。お兄ちゃんもついてきた。

 短い距離をのっそのっそと移動したら、戸を開いて香油を指差す。

 

「この香油はもしや、求愛用ではないか?」

「……然り」

 

 やっぱりそうなんだ!

 でもお兄ちゃんは怒っているような、いじけているような、なんとも言えない顔をしている。視線も合わない。

 照れてる感じじゃないな……自信が無くて渡せず置きっぱなしとか?

 

「わらわは応援しておるからな!」

 

 励ましたかったのに、アエファニルはますます不機嫌な顔になってしまった。

 あ、あれー……?

 

「これは……既に不要となったものだ。うぬが使用すると良い」

 

 お兄ちゃんは私の手を取って瓶を持たせてくる。

 そういえば昔もこんな感じで香油手渡されたな。やはり今でも家族はノーカンのようだ。

 もう不要っていうのは、つまり振られたって事?

 アエファニルの求愛を断れる人とか居るんだ!? いやロドスには結構居そうだけども!

 うちのお兄ちゃん格好良いのに!

 

「兄上を振るとは、その者は見る目が無いな」

「……振られたわけではない」

 

 アエファニルは居心地悪そうに自分の頭をガシガシしている。珍しい仕草だ。

 ……想い合ってたけど死別しちゃったとかだろうか。

 迂闊だった。お義姉さんが出来るかと思って浮かれちゃってた……

 あんまり聞かれたくなさそうだし、これ以上掘り下げないでおこう。

 

 スツールに座って香油を開封してみる。すっごくいい香り。

 名前付けるなら〝楽園〟とかだよこれ。心地良すぎて脳がとろけそう。

 早速髪に付けておこう。

 

「なんと芳しい香りか……」

「気に入ったか?」

「うむ。非常にわらわ好みだ」

「さあらばその香油も報われよう」

 

 お兄ちゃんがまた私を抱き上げて膝に乗せる。機嫌は直ったようだ。

 いつかこの膝も、別の人のものになるのかもしれない。

 ちょっと寂しい気もする。でもその時が来たら、寂しさ以上の喜びが有るはずだ。

 

 

 アエファニルはそのままで良いと言うけど、エリオペ服の上着を借りっぱなしにするわけには行かないので、クローゼットからジャージを発掘して着た。

 前世ぶりのジャージ。なんか落ち着くからそのままベッドにダイブしてゴロゴロ。

 袖がだぶだぶ。オバケごっこできる。うらめしや〜。

 

「シャロンよ、体調は良好なようだな。先延ばしにしておった説教を開始しても構わぬか?」

「う、うむ」

 

 ちょっぴり怖い顔のお兄ちゃんが、腕を組んだままスツールで滑走してベッドに近寄ってくる。私も起き上がって正座。

 心細いからオリジムシ人形を抱っこ。オリジムシTシャツにオリジムシ人形で、今の私はオリジムシの加護を得ている!

 

「まずは……甲板より飛び降りた件である。命綱は? 用いたか?」

「用いておらぬ……」

「なんと愚かな。一応言うが、命綱が有ればして良いという意味ではないぞ」

「作業室で練習して、行けると思ったのだ……」

「作業室では高さを稼いだ所で2mにも満たぬ。ロドスの全高はその凡そ百倍有るのだぞ。風などの条件も大きく異なるゆえ練習とは呼べぬ。その上密室で一人では、失敗して頭でも打てば助からぬやも──」

 

 お兄ちゃんは私の行動を根掘り葉掘り聞き出して、ほぼ全てに細かくダメ出ししてきた。

 でもお兄ちゃんは悪い展開を想像する内に悲しくなったのか、段々羽がしおしおになっていって、途中からベッドに乗ってきて添い寝しながらのお説教になった。

 

 アエファニルが復讐鬼と化して飛び出して行ったら困るので、メフィストとファウストの事はマイルドにして報告した。敵と間違われかけたけど、サルカズの姫という事が分かったら匿って寝床用意してくれた的な感じで。嘘は言ってない。

 それでもお兄ちゃんはショックだったらしく、奇跡の再会かのように私を抱き締めて背中を撫でてくる。

 

「そのレユニオン幹部の少年らが紳士であった事に感謝しよう……」

 

 説教は一度そこで止まった。二人でゴロゴロして、一緒にお昼ご飯を食べて、お説教午後の部が開幕して、おやつを挟んでまた説教、黄昏時に中断して久しぶりに二人で挽歌を歌って、晩御飯を食べて、お説教夜の部。

 

「全て終わった後だと聞かされた我の心境が理解できるか? 更にはケルシー医師が我の機嫌でも取るかの如くうぬを我の部屋へ……大方我を宥め、うぬを今後もロドスに留まらせる魂胆であろうが、我の意思は変わらぬ。うぬを河谷へ帰し、うぬの分も我が──」

 

 既に説教というより愚痴になってる気がするけど、お兄ちゃんの顔は最初よりスッキリしている。

 私は半日がかりのお説教にしおしおである。オリジムシの加護が無ければ耐えられなかった。

 お兄ちゃんの腕の中でオリジムシ人形を揉み揉み。香油のいい香りもする。幸せ空間。

 

「……シャロン、眠いのか?」

「うむ……」

「さあらば、よく休むがよい」

 

 撫で撫でされて嬉しい。今だけの幸せ。

 だけど今はまだ、私だけのお兄ちゃんだ。

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