「そのプロファイルは正式なものではなかろう。オペレーター試験に合格しておらぬ者を戦場には出せぬ」
「いいや、今人事部に登録されているプロファイルの方が偽りだ。チュロスは既に私の部下だ」
「真実はエリートオペレーターにも伏せられておったと?」
「S.W.E.E.P.は初めからロドスの枠組みの外に有る」
アスカロンは〝規則違反を誤魔化すためにS.W.E.E.P.の任務だった事にする〟はS.W.E.E.P.の一員に対してはありえない対応、だからこそS.W.E.E.P.所属という事自体を隠したいなら有効だし、そんな事をするからにはつまりチュロスはS.W.E.E.P.所属である──という、明らかにケルシー発祥のややこしい理論を展開。
普通に嘘なので当然私はS.W.E.E.P.らしい振る舞いなんて一切した事が無いわけだが、その事自体も偽装能力の高さの証明という事にされて、私は元からS.W.E.E.P.だった事になった。
ケルシーはアエファニルでも覆せない建前を用意してくれた。彼女は今ここには居ないけど、〝行け〟って言ってくれてるんだ。
あとは私がお兄ちゃんを説得して、許可を貰わなきゃ。
「兄上、頼む。わらわも皆と──」
「アーミヤらは仕事に行くのだ。帰郷前の記念旅行ならば、事が終息したのちに我が連れて行こう」
アエファニルが少し苛立った様子で私の言葉を遮る。
記念。旅行。記念旅行?
頭が真っ白になって、真っ白なのにぐちゃぐちゃになる。
「兄上に! 遠慮して! 一度きりと申したのだ! それを、記念旅行などと……!」
分かってる。私が我儘を言うから、お兄ちゃんもちょっと嫌味を言いたくなっただけ。本気で旅行扱いしてるわけじゃない。
分かってるのに、悔しくて悔しくて、涙が出てくる。私の弱さが、お兄ちゃんにその言葉を選ばせた。そんな言葉であしらっても構わない存在だと思われている事に、無性に腹が立った。
腹を立てた所で何ができるわけでもない自分が情けなくて、それがまた悔しかった。
「回数の問題ではない。うぬ一人のために手筈を整えるより、我や他の者が行動する方が、僅かな労力でより多くを成せるであろう。うぬの参戦は邪魔をするのと変わらぬ」
「わらわとて、チェルノボーグより生還したのだ! 兄上の言う通り幸運にも恵まれたが、わらわにしか成し得ぬ事も存在した! 無能の如く扱われるのは心外である!」
「力を発揮できた事自体が幸運なのだ。うぬは成せる事柄よりも弱点の方が多かろう? 次に降り掛かる困難が、うぬの得意分野とは限らぬぞ」
私が上手く出来たら幸運で、皆だと実力なの?
アエファニルだって完璧じゃないし、部隊は弱点を補い合うものなのに、私だけが駄目なの?
アスカロンやケルシーは行かせてくれようとしてるのに? お兄ちゃんが嫌なだけじゃないの?
「兄上は、わらわの全てを愛しておると……されど、わらわの覚悟は愛してくれぬのか?」
「うぬを愛するがゆえに反対しておるのが分からぬか?」
愛なんて欠片も籠もってなさそうな冷たい声。
ほんの少しでも、より良い未来へアーミヤを連れて行きたい。そんな気持ちまで否定されてる気がして、悲しくて悔しくてむかついて、なんだか言葉が出なくなる。
「シャロン、弁えよ。うぬは訓練を受けておらぬ。足手纏いとなるのが目に見えておる」
正論だ。救急の訓練はしたが、戦闘部隊としての動きはさっぱりだ。
ロドスのオペレーターになりたいなら、エリートオペレーターのお兄ちゃんには従うべきで。従うのなら行けなくて。
……いや、さっきアスカロンが言っていた。
「S.W.E.E.P.は初めからロドスの枠組みの外に有る」。
それってもしかして、エリートオペレーターの権限も及ばないってこと?
私をS.W.E.E.P.扱いにしたのは、ただの建前じゃなくて、アエファニルを振り切れるように?
アスカロンは何も言わない。彼女は私の事をS.W.E.E.P.のメンバーだと示しただけで、それ以上私に加勢する素振りは無い。かと言って見切りを付ける素振りも無く、じっとこの場を観察している。
私の選択を待っている?
アエファニルの嫌がる事はしたくない。それは本当。
私が我慢して済むならそうするべき。
だけど我慢にも限界が有る。それに私は今、とっても怒っているのだ。
わざわざ私の気に障る言い方をしたお兄ちゃんに、はい分かりました、って従いたくない!
「アスカロン、わらわをここから出してくれ!」
「ああ、構わない」
当然のように返ってくる答え。用意されたシナリオ。ケルシーはどこまで先を見通しているんだろう?
アエファニルのこと、自分で説得したかった。でも、私が何か言えば言うほど彼は頑なになるだけだ。
私もそうだ。きっと今は、彼に何を言われても納得できない。
アエファニルのこと、嫌いって思いたくない。だから今は、離れなきゃ。
「シャロン、勝手に去らぬと我に誓ったであろう」
「宣言したゆえ勝手にあらず! 帰る予定ゆえ去るわけではない!」
「屁理屈ではないか……」
席を立つ。困った様子のお兄ちゃんがついてこようとするが、アスカロンが立ち塞がる。
今の内に、机の片隅に置かれたままのケルシーの物資箱へ元々入っていた物を戻していく。
ついでに黒蜜きなこチュロスも投入!
「これは没収とする! わらわが良いと言うまで、兄上はチュロスを食してはならぬ!」
いやこれはお兄ちゃんが買ってきたやつだからお兄ちゃんのものだけど、私が気に入らないから没収する!
「我が妹よ、我は兄としてうぬを案ずるがゆえ──」
「今思い出したが、わらわとそなたは血縁関係にあらず! 成人したわらわがそなたに縛られる道理は無い!」
「されど我はバンシーの主であり──」
「そなた、実際にバンシーの主として振る舞った事などろくに無かろう! 都合の良い時だけ主面するでない!」
アエファニルは両手を宙に彷徨わせつつ、アスカロンに阻まれながら付かず離れずついてくる。そして何故か段々自信無さげになっていく。
「シャ……シャロンよ、しかし、その装いのまま行く気か?」
「そなたの衣装など着ておれぬ!」
ファスナーをガーッと開けて、ベッドの上にジャージを脱ぎ捨てる。オリジムシTシャツも脱いでポイッ。
下着姿のままクローゼットをガバッとオープン。早く移動したいから、インナー用のワンピースは箱に入れて、ドレスを直で着た。ヴェールも装着。
着替えている間、視界の端でアスカロンがアエファニルの顔に押し付けるくらいの位置でプロファイルを掲げててくれた。アエファニルもなんか動かなかった。
最後に編みぐるみとオリジムシ人形も箱に入れて、準備完了!
「シャロン、香油を忘れて……」
「いらぬ!!」
「シャロンよ、待て、待つのだ!」
いよいよ声を荒げたアエファニルに、アスカロンが封筒を押し付ける。
「ケルシーからだ」
「…………………………」
絶望に満ちた沈黙ごとアエファニルを置き去りにして、部屋から脱出。
なんだか清々しい! 多分「シャバの空気は美味い」とかいうやつ!
行くぞ! アエファニルが言うところの記念旅行へ!
お兄ちゃんのバーカ!
・
アスカロンと一緒に目立たないエリアの空き部屋に移動して、明日の動きを相談する。
その中でいくつか問題点が挙がった。
まず、龍門の都市内では歌えない事。
市民の不安を煽るならまだ良くて、歌に惹かれた市民が見に来ちゃったりすると危ない。しかも未来視を前提とした効率的な動きは、龍門サイドに不信感を抱かせてしまう恐れが有る。
私が介入するとしたら、スカルシュレッダーが近衛局からミーシャを取り戻した後の、荒野での戦いの時に援軍としてという事になった。
スカルシュレッダーの怒りが頂点に達しているタイミングだが、龍門を無視して彼にミーシャを引き渡すわけにも行かない。他に選択肢は無い。
私が後から参戦する事でアーミヤ達が混乱するんじゃないかとも思ったが、アスカロンに言わせると、何も起きない段階から同行する方が皆の気が散って良くないそうだ。
私は非戦闘員として有名だが、エリートオペレーター・ロゴスの妹だという事も有名。Pithに目を掛けられている事も割と知られている。だから既に戦闘が始まっている所で力を見せれば、各々勝手に理屈を付けて納得してくれるだろう……という事らしい。
次に、私の呪文関数群がアエファニルによって破壊された事。
軽量化、月面歩行、壁歩き、隠形、遮音──チェルノボーグで使用した主要な呪文は全部ここに刻まれていた。
同じ呪文は骨筆でも使える……というか本来はそっちがスタンダードだけど、私の場合は刺繍の補助が無いと展開速度と安定性が落ちる。チェルノボーグで実践しまくったお陰で前より骨筆への苦手意識は薄れたが、戦場に行くとなると不安が残る。
一応声を使うという手も有る。でも私の場合はアエファニルみたいに一言サラッと唱えるだけのは無理で、歌や叫びにしないといけない。しかも瞬間的な出力こそ骨筆より有るものの、歌い続けないと持続しない。そもそも今回の目的を考えると口はフリーにしておきたいので、当てにするべきではない。
刺繍は私の手作業で入れないとダメだから、今から直しても間に合わない──という所で、アスカロンの血染めのリボンが目に入った。
壊れたのは関数本体だけで、関数を呼び出すためのリボンは生きている。
だからダメ元で同じ関数を血で刻んでみたら、ちゃんとリボンから使えた。検証する時間が無いから持続力とか不明だが、そこは最悪現地で刻み直す。
昨日のお説教の中で「呪術に血を用いるのはやめよ」っていうのも有ったけど、今の私は反抗期なのだ。ガンガン使う。
ガンガンと言っても、使う血の量は検査の採血と大して変わらないし、体調には影響しないだろう。今まで時間をかけてチマチマ刺繍してたのが、サッと書くだけで良くなるんだから、場合によってはこのまま全面的に刺繍から乗り換えたいくらいだ。
もしかして、治療の要領で血管を作り変えて、体内を流れる血を呪文の形にできたら──とも思ったけど、流石にちょっと怖いのでやめておく。
日傘とブーツと水筒の呪文は独立したものだから、こっちは手を加えずにそのまま使える。使うかは分からないが。
それと、歌用のアーツユニットが壊れてしまった事──と思ったら、これは既にケルシーの指示でMechanistが同じ物を用意してくれているそうだ。
確かに「首に下げてたアーツユニットどうしたの?」ってなったら誤魔化すのがちょっと面倒だ。「部屋に有る」は持って来てと言われたら詰むし、「失くした」も論外だし、「メンテ中」もタイミングによっては嘘とバレるかもしれない。
だったら私が外出しないこの数日間で密かに作り直して、ずっと手元に有るというていにしておけばいい。見た目は元より綺麗になるかもしれないけど、それこそ「Mechanistにメンテしてもらった」で通せる。最適解だ。
このアーツユニットは歌の効果を増幅するだけでなく、範囲指定機能も付いている。
普通のバンシーなら、音という勝手に四方八方へ駆け巡るものに呪術を籠めても、狙った相手にだけ効果を与えられるものらしい。しかし私は自分がどうやって歌に呪術を籠めているのかイマイチ理解してないので、コントロールもイマイチで、声の届く限り全方位に効果を撒き散らす事になる。この無差別っぷりをマシにしてくれる優れものだ。
ただし効果範囲を指定するものではなく、効果から除外する範囲を指定するものなので、そこは気を付けなきゃいけない。私が認識していない空間にも作用しないから、遮蔽物の多い場所では無関係な相手を巻き込む恐れが有る。チェルノボーグでパトリオットを巻き込んだアレである。
そういう意味でも市街では歌えない。
「大体の流れは決まったな。後は、お前を現場へ送り届ける護衛が必要だ」
「わらわ一人で構わぬぞ? 帰りはアーミヤらに加われば良かろう」
「いや、単独行動は許可できない。既に手配も済んでいる」
アスカロンが端末で誰かを呼び出す。少しして入室してきたのは──Scout!?
車椅子に乗せられたりベッドに拘束されたりしてたのでは!?
「よう、プリンセス」
「そなたは療養中であろう!?」
「万全とは行かないが、この位なら問題無いぜ。エリート負傷兵とS.W.E.E.P.の新米、足せば丁度良くオペレーター一人分になるんじゃないか?」
それは私が0.1とかで残りがScoutだ。
しかし一番動かしやすい人材なのは確か。他の人を護衛として連れ回した場合、その人が本来居るべき場所に居ない事が原作崩壊に繋がる可能性も有る。でも原作で既に退場しているScoutなら、その心配は無い。
逆に居ないはずの人が居る事による崩壊は起こり得るけど、それは私自身もそうだから、一緒に行動する事で寧ろリスク軽減になる。
しかもScoutが横に居れば、私が姿を見せた時のオペレーター達の動揺が格段に減ると思う。考えれば考えるほど適任である。
Touchの許可もちゃんと出ているらしい。それなら大丈夫かな。
「一応聞いておくが、ロゴスは同意したのか?」
「全く。これっぽっちも。されどあやつは兄にあらず、同意は不要」
「少し見ない間に随分ブラコンが崩壊したな……」
「今今のわらわは反抗期シーズン2である」
「シーズン1も有ったのか」
護衛も決まった。あとは明日を待つだけだ。
しかしアエファニルが物理的に妨害してくるのではないかという不安がよぎる。私が自室で寝てる間に扉を呪文で塞いでくるとか、そんな感じで。
というわけで、急遽お泊りである。
うぴょねん様より支援絵を頂きました! 愛されプリンセス感満載のシャロンをありがとうございます!
画像の貼り付け方がよく分からなかったのでリンクでご紹介。もしや自分でアップロードした画像しか貼れないシステムかこれ……?