挽歌の後は晩御飯   作:シカルニ

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1-2 かなりの力で強制移動

 私は五歳になった。

 アエファニルの修練と私のお稽古がそれぞれ本格化し、会う時間は減った。

 呪術、歌、骨笛、糸紡ぎ機織り裁縫刺繍レース編み、料理に製菓とその前提となる食材の知識、植物のあれこれに薬作りや香油作り、他にも色々。一般バンシーとして生きるべく、私はどれも真剣に学んでいる。

 裁縫は前世でやってたから得意だけど、呪術は座学は悪くないのに骨筆が下手で困る。やりたい事があるから、頑張って練習しよう。

 

 このまま徐々に距離が開けば、二人で遊んだ日々は思い出になっていき、彼は原作通りの道を歩む事になるだろう。

 その為には、まず私がアエファニル離れをする必要がある。

 

「シャロンよ、聞くのだ」

 

 昼下がり、私の機織りのお稽古中に、いきなりアエファニルが突撃してきた。

 私は顔を上げそうになるのを堪え、機織り機から視線を逸らさず、手を止めないまま返事をする。

 

「話ならば、これを終えてからにしてくれぬか?」

 

 ごめん、アエファニル。

 君がカズデルへ行かず河谷で遊んで暮らすようになってしまったら、原作の色んな部分が崩壊する。

 原作では命を懸けられる理想と命を預けられる仲間たちに出会うのに、その機会を私が奪うわけにはいかない。ついでにテラの存亡もかかっている。

 元はと言えば私が構いすぎたのが悪いのに、大事にしたいはずのアエファニルに皺寄せが行ってしまっている。心が痛い。

 でもアエファニルはきっともっと痛い……

 

「さあらば、先にうぬの荷物を運ぶとしよう。母上の承認も得ておるのでな」

「えっ?」

 

 運ぶって何を? どこへ? ラケラマリン様の承認?

 思わず顔を上げる。アエファニルは妙に機嫌が良さそうだ。羽の角度の微妙な違いで分かるのだ。

 

「アエファニル、それはどういう……」

「聞かなかったのはうぬであろう」

 

 羽はご機嫌なままなのに、不機嫌な顔をして見せるアエファニル。

 可愛い。可愛いけれども、これは何か、良くない事が起ころうとしている予感がする。

 そもそもお稽古中に乱入してきた時点で普段とは違うと気付くべきだった。迂闊か。

 

「すまぬ、わらわが悪かった。くわしく説明を──」

「それを終えた後で構わぬぞ。後でまた迎えに来よう」

 

 アエファニルは私の指導をしていたお姉様に手紙を渡すと、弾む足取りで作業部屋から出ていく。

 今、何か号令っぽい声が……沢山の足音……?

 二階の私の部屋の方角からやたら物音がするんですけど!!

 これ……もしかしてアエファニルの家に引っ越しさせられる?

 

「あ、姉上〜……!」

 

 お姉様に縋り付く。彼女はアエファニルをしっかり叱れる、あの台車事件のお姉様である。アエファニルを止めて!

 しかし手紙を読んだお姉様は、諦めたような微笑みで私の頭を撫でる。

 あっ、それもしかしてラケラマリン様からの命令的なやつ……?

 

「シャロン、腹をくくるのだ。男は一度ああなると……非常に面倒である」

「めんどう」

「抵抗すれば寧ろ燃え上がるであろうな。思惑通りに事が進んでいると錯覚させ、籠絡してしまう方が良い」

「ろうらく」

 

 お姉様も過去に何か有ったようだ。

 でも、アエファニルのはそういうのじゃ無いと思うんだよね。

 恋心みたいなのは一切感じない。首絞めてきたりもしなさそうだし。

 単純に遊ぶ時間確保のために移動時間を削減したいと見た。

 

 しかしなんだか違和感がある。私がハガネガニやオリジムシを嫌がってないか気にしていた優しいラケラマリン様が、いきなり引っ越しを命じるだろうか? それも直接ではなく書面で。

 私が疑問を抱いているのを察したのか、お姉様が手紙を見せてくれる。

 

「マダムはアエファニルに、『シャロンを宮殿へ迎えたくば、河谷を横断する大橋を一人で架けてみせよ』と無理難題を突き付けたそうだが……」

 

 やり遂げちゃったのか。

 ロゴス大先生、天才だもんね……原作でも一人で色々解決しまくっていた。

 ……えっ? 今朝突然生えだしたあの立派な橋、あれアエファニル一人でやってたの? 私と遊ぶ時間を増やしたいがために?

 

「アエファニルは見事に橋を架け、マダムは強度の確認などの後始末に追われておるそうだ」

 

 手紙には経緯の説明と謝罪と引っ越しのお願いがとても丁寧に書かれていた。

 ラケラマリン様、きっとアエファニルが無茶しないかとか、橋が途中で崩れないかとかずっと見てて、こっちに来るタイミングが無かったんだな……あの規模だとお付きのお姉様方も総動員してそう。

 改めて直接伝えるとも書かれているけど……これはアエファニルが一人で突っ走ったな。

 とはいえアエファニルも、さっき私が突っぱねてなかったら、ちゃんと説明して「うちに来て」って言ってくれたんだろう。それはそれとして拒否権は無かった気がする。

 

 いやもう、仮に拒否権有ったとしても断れないよねこれ。頑張った子にはちゃんとご褒美をあげないと。

 そのご褒美が私との同居というのは功績の大きさに全く釣り合ってない気がするけど……

 まあ、アエファニルがそうしたいなら、それでいいか。

 

 道具を片付けて自室へ行くと、アエファニルが連れてきたらしきお姉様方がウッキウキで私の荷物を纏めていた。皆テンション高めの挨拶をしてくれる。

 これ、「妾達の可愛いアエファニルが恋しちゃってますます可愛い〜!」の空気だ……!

 でも部屋の中心に立つアエファニル自身は絶対にそんなつもりは無い。なんだこの状況。

 

「シャロンはまだ我のオリジムシと寝ておるのだな」

 

 アエファニルは私のベッドの上にある人形を見て嬉しそうにしている。

 他にもアエファニルが作ったアクションフィギュアシリーズ、アエファニルが描いた絵、アエファニルが拾ってきた良い感じの石や枝に虫の抜け殻、生え変わりで抜けたアエファニルの羽など、貰ったものは全部飾ってある。勿論誕生祝いの品々も。

 あれ? お姉様方から見たら私もアエファニルラブにしか見えないのでは?

 

 荷物はお姉様方に任せ、私はアエファニルに手を引かれて彼の家へ連行された。

 さて部屋はどこだ、あんまり豪華じゃないといいけど。

 

「シャロンは我の隣の部屋を使うがよい」

 

 いやいや隣はまずい!

 お姉様方はアエファニルの逃げ道を用意しているのか決定的な事は言わないから、私はただの遊び相手だと言い張れる。

 でも隣の部屋に住んじゃったら、流石に完全に妃に内定してるみたいになってしまう。将来出ていく事になったら色々気まずい。

 

「わらわ、二階がいい! 窓のすぐ近くに木がある部屋だとなおよい!」

「我より木の近くが良いというのか……!?」

 

 アエファニルがショックを受けている。

 だがここだけは譲らない。隣の部屋はアエファニルにちゃんと好きな人が出来た時のために取っておくべきだ。

 今の男児アエファニルでは直接伝えても「シャロンが(友達として)好きだから問題ない」と解釈しそうだし、どうにか別の方向から回避しなければ。

 

「まえの部屋では窓から木を見るのが好きだったのだ!」

「そのような姿、さほど目にした覚えは無いが……」

「木があればアエファニルに会えぬときでも寂しくはない! そなたが木からわらわの部屋へ飛び込んできてくれた時のことを思いだせるゆえ!」

「覚えておったのか。……うむ、さあらば好きにせよ」

 

 できるだけ遠いエリアの部屋にしてもらった。最上階の中心のアエファニルと二階の片隅の私。これなら一つ屋根の下というよりは、同じマンションの別の部屋くらいの感覚で暮らせそう。

 

 夕方になって帰ってきたラケラマリン様は、事の顛末を聞いてアエファニルを叱っていた。

 ラケラマリン様的には今日の所は事前通達だけのつもりが、アエファニルが勝手にお姉様方を率いて即日私を連れてきてしまったので、「きちんと同意を取りなさい」とか「相手の都合も考えなさい」だとか懇々と諭している。既に目的を達成したアエファニルは「次はそのようにする」と半ば聞き流しているが。

 

「シャロン、申し訳無い。突然の事で驚愕させてしまったな。本来であれば、妾とアエファニルから事前に仔細を伝え、そなたの意思を問うべきであった。己の我儘でそなたを愛着ある住処から引き離す事になるというに、この子は猶予も与えずに……」

「わらわは構わぬ。斯様にすばらしき宮殿に住まうことを許され光栄であるぞ。マダムこそ困憊しておられる様子、わらわが茶を淹れよう」

「おお……すまぬな……感謝する……」

 

 ラケラマリン様はいつも若々しいけど、今ばかりは育児に疲れたママさん感が出ている。こんなに壮大なスケールの育児疲れある? 神話の世界か?

 ラケラマリン様のお付きのお姉様に手伝ってもらってお茶を淹れて来ると……アエファニルがなんか、何かを待ってる顔だ。

 

「シャロン、見よ。我はあの橋を一人で架けたのだ」

 

 アエファニルが窓の外を指差す。その先には昨日までは無かった長ーい橋。自分も労って欲しいのか。

 うーん……できれば手放しで褒めてあげたいけど、ここで調子に乗らせて、橋を架けたら願いが叶うと学習されても困る。何本でも生やしかねない。

 ラケラマリン様も顔を覆い、言葉を失ったまま「この子ときたら……!」の空気を漂わせている。よし、決めた。今日の私はママさんの味方です。

 

「うむ。アエファニル、立派であるな。されどマダムを困らせるでないぞ」

「橋を架けよと、母上が言ったのだぞ」

 

 あっ、拗ねちゃった。今度はフリじゃなくて羽も拗ねてる。

 可愛いけれども私は負けない。人を困らせるのはスツール滑走くらいにしておきなさい。

 

「やるならば後先ふくめ段取りをととのえ、あらかじめよく根回しせよ。後始末に他者を奔走させては、まことにひとりで成したとは言いがたい」

「……次はそのようにする」

 

 完全に不貞腐れている……

 なんだろう。アエファニル、原作よりも我儘王子様になってない?

 私のせい? それとも実は原作でも河谷を出る前はこんな感じなんだろうか?

 大仕事を終えた興奮で一時的に盛り上がってるだけならいいんだけど、将来ちゃんと神秘的で落ち着きのあるロゴス大先生になってくれるのか、ちょっと不安だ。

 まあ原作からして「スツール滑走大会で優勝する人が落ち着いてるってどういう事?」って思ってたのに、実際お出しされたら確かに落ち着きは有ったし……

 きっと、きっとなんとかなるだろう。うん。

 

 食事はアエファニルとラケラマリン様と一緒。ラケラマリン様の所作が抜群に美しくてエレガントで格好良いので、テーブルマナーのお稽古は頑張ろうと思った。食器も優美でテンションが上がる。

 刺繍入りのテーブルクロスも美しい。花畑をそのまま閉じ込めたかのようだ。

 汚したくないという緊張で逆にスープを零してしまったら、ラケラマリン様も少し零して「妾もシャロンとの食事に浮かれて手元が疎かになってしまった」と笑ってくれた。フィンガーボール!

 

 食後に少し休んでから自室へ戻ると、私の世話役のお姉様達が皆居て、プチ送別会をしてくれた。

 そして三人のお姉様が引き続き直接お世話をしてくれるそうだ。

 台車事件のしっかり者でクール系……アエファニルを叱る時以外はクール系なお姉様と、リーダー気質の溌剌セクシー系お姉様と、主に昼寝と子守唄担当だったダウナー系お姉様。

 世話役のメンバーは増えたり減ったり戻ってきたりしていたけど、この三人は赤子の頃からずっと一緒に居てくれている。

 彼女達は私の保護者であり、家庭教師でもある。これからもよろしくお願いします。

 

 

 そして迎えた最初の夜、当然のようにアエファニルが私の部屋へやってきた。

 距離を稼ぐ意味は果たして有ったのか。

 

「シャロン、我の部屋で共に眠ろうではないか。我の寝床には美しき幕が掛かっておるのだ、うぬも気に入るに違いないぞ」

 

 ……まぁいいか、もう眠いし。

 ご機嫌なアエファニルに手を引かれ、オリジムシ人形を片腕に抱えて彼の部屋へ行く。ベッドには確かに見事なカーテンが掛かっていて、ツノを引っ掛けて裂いてしまったらどうしようという気持ちで眠気がちょっと飛んだ。

 ん? アエファニルの羽の角度がしゅーんと下がって……

 

「……シャロン、すまぬ。我が求むるは橋にあらず、ましてや賞賛でもない。しかるに我は大義を成したと浮かれ、うぬや母上らを等閑にしておった」

 

 どうやら我儘男児はクールダウンしたようだ。今!?

 

「我は……うぬと過ごす時を好いておる。母上もうぬを気に入っておる。うぬも我とおる時はよく笑っておろう。三人で暮らす事が叶えば、それが最良と思ったのだ……」

 

 落ち込んだ横顔は神秘的で落ち着きがある。良かった、ロゴス先生への進化条件は満たせていそうだ。

 

「夜が明ければ、うぬを在るべき場所へ帰そう。されど今宵だけは……」

 

 アエファニルはこちらに向き直り、祈るように私の手を両手で包み込む。

 いいよいいよ、というかどの道もう戻る体力が無いからここで寝るよ。

 

「わらわが戻っては姉妹らも荷運びをした甲斐がない。当分は居座らせてもらうぞ」

 

 とりあえず眠いから横にならせておくれ。アエファニルの手から逃れ、慎重にカーテンを潜り、勝手にベッドに潜り込む。

 うわふっかふか! シーツすべすべ! 安眠効果が有りそうな香り!

 

「シャロン……感謝する」

 

 羽がご機嫌な角度に戻ったアエファニルは、私の隣に潜り込むと古い書物を広げ始めた。

 

「我がシャロンに読み聞かせをしてやろう。母上が活躍せし戦の話だ」

 

 ああ、なるほど、読み聞かせる側をやってみたかったのか。それは聞いてあげなくては。

 私は眠気に抗って、彼の声に意識を集中する。声変わり前の幼い声。

 アエファニルは美幼女から成長したとはいえ、まだまだ美少女。ここから長身イケメンイケボのロゴス先生へ進化するんだから不思議だ。

 あれ? 私は今ロゴス先生と一緒に寝てる事になるのか。

 でも、アエファニルはアエファニルであって、まだロゴス先生じゃない。

 なんだかいつになく原作が遠く感じた。

 

「シャロン、皆には秘密であるぞ。我はいずれカズデルへ行きたい」

「……うむ、いくとよい」

「シャロンも共に──」

「わらわはいかぬ……」

 

 遠いと思ったのに、やっぱり近付いているようだ。

 私は睡魔に身を委ね、アエファニルの勧誘から逃げ出した。




■ラケラママの想定
アエファニルはいきなり橋を架けようとして失敗を繰り返す。
その間に「諦めさせるためにああ言ったけど、もし本当に達成したら来てくれないかな」ってシャロンに話を通しておいて、アエファニルにも自分からシャロンにお願いするように誘導しておく。
達成する頃には二人で行くか行かないかの話し合いは終えてるだろうし、アエファニルの努力を見続けたシャロンは既に行く気持ちになっていてスムーズに移住してくれる。
アエファニルの本気度チェックや呪術の向上も兼ねている。自分の未熟を悟って諦めるならそれもまた良し。

■実際のアエファニル
達成させる気が無いと感じたので、横槍が入らないように短期決戦を決意。
諦めたフリをして、まずはミニカーコースを作って小さなスケールで橋の構造を研究。呪術の鍛錬を兼ねた道の舗装作業や宮殿の増築などでコツコツと石材の扱いを学ぶ。
時間をかけてノートの上で計算や設計を繰り返し、ある朝突然今からやる宣言して本番一発勝負。強度はちゃんと足りてた。
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