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轟音が鳴り響き、悲鳴が辺りに木霊する。
人工的に作られた見た目以上に簡素で人の気配が少ないその街並みを、巨大なロボットが粉砕し、足元で蠢く矮小な小人共を踏み潰さんと動き続ける。
それに恐怖し、周囲にいる大多数の個性豊かな人影がその巨体から遠ざかって行く。
そんな中、二人程、逃げ遅れた者達がいた。
「痛っ……!!」
「大丈夫か、しっかりしろ!!」
巨大な機械によって崩壊した瓦礫に巻き込まれ、とある少年の尾が──普通の人間が持つはずではないその部位に、大きく傷が刻まれていた。
痛みに悶え苦しむその少年を背負い、背中から複腕を生やした異形の男が疾走する。
しかし、巨体の一歩はあまりに大きく、見た目以上の機敏さでもって動き続けるそれから逃げ続けるには、少年を背負った異形では難しい。
一歩、一歩。また一歩と、巨人は大地を揺らし、少年達を踏み潰す勢いで歩を進める。
純粋な質量とはそれだけで絶対的な暴威と化し、それに相対するのであれば相応の暴力を振るう他ない。
しかし、未だ無精卵にすらなっていない少年たちに、それを成し遂げることは不可能に近かった。
それでも尚、全力で逃走を続ける二人の行先に、一人の女がいた。
切れ長な青い瞳を細めた、背の高い女。
あまりに美しいその出で立ちに、脇目も振らずに逃走していた二人の目が奪われた。
細身の長身を花柄をあしらった鮮やかなキモノに包み、毛先にゆくにつれて徐々に白から橙色へ色濃く発色する髪を丁寧に美しく結い上げていて、その髪を飾るのは動物の骨や角を加工して作られた簪で、それ以外にも牙や鱗を素材とした髪飾りの数々が、見るものの目を楽しませる役割を果たしている、
だが、それらはあくまで装飾品であり、人の手で作られた美の形でしかない。
真にその魅力を発揮するには、飾られる人物、その中身の質が重要だ。
そしてその要素において、キモノを纏った人物の質は問われるまでもないものだった。
「――――」
細い体をしなやかに動かし、ゆったりと歩を進めるのは目を見張る美貌だ。
どこかけだるげな雰囲気を纏いながらも洗練された仕草、見られることを計算し尽くして思える動作の数々は、およそ人目を惹くという行為の最適解が垣間見える。
しゃなりしゃなりとした足取りの印象をより際立たせるのが、その細身には大きすぎるように見える狐の尾――それも、豊かな毛並みのものが九本。
結い上げた髪と簪、髪飾りの中にピンと持ち上がる獣耳も相まって、それがキモノを纏った美しい狐人の美女であるのだと、情報が酒気のように脳に染み渡った。
今二人がいる場所には到底似合わない、『花魁』や『遊女』を彷彿とさせる格好をしたその女は、殊更に場に沿わぬ金に塗られた煙管を手に持ち、自身の御座す場所へと走り寄る二人と、その二人を追いかけてくる巨大なロボットを見上げていた。
「ッここは危険だ!!!早く逃げろ!!!」
咄嗟に意識を現実に戻した異形の少年が、狐人の女にそう叫ぶ。
そうしている間にも巨体が腕のような部位を振り上げ、その場に佇む女へとその巨岩の如き拳を落とす。
あわや巨拳に潰され、二人の少年と女の未来が潰えるかと、そう覚悟した時。
先程まで静観を決め込み、一分たりとも動かなかった女が軽く跳ね──、
──少年達へと伸びたその手を蹴り飛ばした。
「なっ!!?」
響き渡る爆音、突如起きた予想外の出来事に、思わず二人が驚愕を顕にする。
それと共に、鈴の音のような凛とした、蠱惑的な、聞くものを魅了する声が辺りに響く。
「早うお逃げなんし」
女の気遣いの言葉が鼓膜を揺らすと共に、女が大地を蹴り、巨大ロボットの身体を足場として、目にも見えぬ速度で駆ける。
『標的補足─────ブッコロ!!!!!』
「お口の悪ぅロボットでありんす」
驚異的な身体能力でもって瞬く間に巨体の頭へと歩を進める女を撃ち落とさんと、ロボットは再度その巨拳を振るう。
それに対し、女は手に持った煙管を迫る拳に振り下ろし、その華奢な身体と美麗な出で立ちからは想像もできないほどの轟音を立て、巨拳が砕け散る。
まるでハエでも叩くように叩き落とされ、吹き飛ぶ鋼鉄の腕を尻目に女は高く高く飛び上がる。
刹那の隙に巨体の頭上に女が迫り、その長い脚を振り上げ───、
「───っ!!!」
高々と上がった厚底の下駄を履いた脚が、真っ直ぐに高速で打ち下ろされる。
刹那、踵の直撃を受けた巨体が折れ曲がり、あらゆるパーツや関節が打ち砕かれ、まるでダイナマイトでも爆発したかのような轟音を上げて崩壊した。
あまりの威力に粉微塵と化したロボット。
その有り得ざる光景を見上げていた人々─他の試験生達が、気づく。
倒れ伏す巨体からこぼれ落ちるパーツと、ロボットに巻き込まれて倒壊する建物群とその瓦礫が降り注ぎ、第二の脅威として自分達へ牙を向けているのだと。
再度悲鳴が上がり、吹き飛んだ瓦礫やパーツによって、被害が広がろうとしたその時。
「────ふぅ」
状況にそぐわない呑気な、しかし完璧に作られた仕草から醸し出された吐息が女の口から漏れ出る。
手に持つ煙管を一服し、煙管から出てくる紫煙が空に舞う。
女が降り注ぐ瓦礫に沿うように煙管を震えば、紫煙はあっという間に広がり、瓦礫や倒れ落ちる巨体を受け止めた。
眼下で女を見上げている者たちがその光景に唖然とし、そして──、
『終了──────!!!!!』
自分達の本来の目的───試験の終わりが、告げられた。
△▼△▼△▼△
数十秒の間に起きた突然の出来事に惚けていた頭を、やかましい程大きな声が叩き起こす。
ハッと顔を見上げれば、空高くから女が降り、再度轟音を立てて着地する。
砂埃に包まれて尚その美貌は霞むことなく、むしろ汗一つかいてないその様はある種の芸術作品のように美しい。
であると言うのに、その足元には小さなクレーターが生まれており、見た目よりも何倍も、物理的に強かな女性であることがわかる。
「───主さん方、怪我はないでありんすか?」
女が二人の少年の方へ視線を寄せ口を開く。
先程と同じように此方を気遣うその声に、少年がどこか唖然としながらも答える。
「あ、あぁ…お陰様でどうにか。助かった、感謝する」
「ご無事なようで何よりでありんす」
女は仄かに微笑みながらも、少年達の無事を確認したあと、近くで見ていた人々──他の受験者達にも声をかけていた。
恐らく、今の一撃の余波で誰かが巻き込まれていないかを調べているのだろう。
とはいえ、見ていた限りでは人を傷つけるほどの瓦礫は落ちてくる前にほとんどがかすめ取られ、怪我人という怪我人は出ていなかったはず。それ故に、彼女の心配は杞憂に終わるだろうが。
「それにしても……」
「どうかしたのか?」
尾が生えた少年──尾白猿尾が女を凝視する。九つの尾と狐耳を生やした妖艶な出で立ちに眩む感覚を押しのけてよく観察すれば、その特徴と美貌から、とある人を思い出す。
そうだ、覚えがある。
彼女は────
◇◆◇◆◇◆◇
「───ヨルナミシグレ」
受験生達の様子を審査するためのモニタールームにて、数十人近くの教師達が…より正確に言えば、ヒーロー達が、その映像を見ていた。
「大型
「あの子と比べて、こっちはアフターケアもバッチリね。この紫色の煙は、あの子の個性かしら?」
画面の向こうでは大型敵が倒れ、その残骸が煙によって包まれる。ほんの一瞬の内に起きた出来事を、ほとんどの教師が賞賛していた。
「さすが、と言ったところでしょうね」
その様子を見て、後ろでひとり静観していた身なりの汚い男性…
「これまで排斥されてきた無数の異形系個性保持者達の最後の拠り所とされた、混沌たる魔都────カオスフレームの女主人」
「まさか、彼女が?」
相澤の言葉に、何人かの教師が目を丸くして驚いていた。それほどまでに、相澤の口から放たれた言葉は驚愕に値することだった。
「彼女とその一族は、その財力で街一つを買い取り私有地とした後、ヒーローの力を借りずに治安を維持し続けてきた」
「これまでに何人もの凶悪なヴィランが根城にしようと訪れ、その全てが返り討ちに会っているほどの圧倒的な力を保持している。それでも尚全ての住民に支持されている人望も含めて、異形型の個性を持つ市民たちに対し、彼女は高い影響力を持っています」
「かの有名な物語にして実話とされる『アイリスと混沌の王』から始まった、実質的な独立都市…一部の民間団体では、彼女達に対する寄付まで行っていると聞きます」
事実、排斥されがちな異形型の個性の保持者達にとって、混沌都は希望の星とも言える存在だ。
故郷で差別され、疎まれてきた異形型の人間が混沌都に流れ着き、住み着くというのはよくある話。
そして、混沌都に受け入れられたものを、彼女達は決して見限らない。たとえどんな相手が敵になろうと、必ず守り抜いてきた。
「今まで、混沌都が外の世界に介入してくることなんてほとんどありませんでした」
しかし、身内に対する過保護なほどの愛情とは裏腹に、混沌都は自分達以外の存在に、驚くほど無関心だった。
そんな彼女が表に出てきたことには、きっと意味がある。
「恐らく、今回の件には、何かしらの意図がある」
「──だとして、どうするの?まさか不合格にするって訳じゃないでしょうね」
そう疑問を呈せば、相澤は少しため息をつき、答える。
「成績、経歴、実技。全てにおいて優秀だ。どの観点においても、ヒーローの能力として一線級どころか、並のヒーローを凌ぐ程でしょう」
「彼女を不合格にするのは、実に非合理だと言う他ない」
例えどれだけ不可解であろうと、理由もなく不合格にするには、彼女はあまりにも優秀すぎるのだ。
議論を重ねる教師陣に対し、彼らの上司のような存在…この場において、唯一の人外であり、雄英高校の校長である根津が言葉を呈する。
「相澤くんの言う通りだ──雄英高校の校風は自由!!彼女と、彼女の持つ全てを!!我々は受け入れようではないか」
「では──」
「──彼女を、夜波時雨を合格とする」
その様子を、ただ一人。オールマイトが、静かに見ていた。
□
その場所は、異様であった。
正確に言えば、その土地、その建物、その住民、あらゆる全てが異質であった。
都市とは多数の人が住まうための集合体であり、そのために統一された様式やルールが建築にも敷かれているはずだ。
しかし、そこには…カオスフレームの街並みには、そうした統一感というものが感じられない。
まさしく、『混沌』を冠する都市らしい、雑多で適当な主義主張の坩堝だった。
都市の中央、最も目につくのは赤く光沢のある塗料で塗られた城郭に近い作りの城であり、街並みはその城を囲うように円状に拡大する形だ。一見、かつてのヨーロッパの都市と近い造りに見えるが、あちらは貴族街や平民街、貧民街と階層ごとに明確な違いがあった。
だが、カオスフレームにはそれがない。
煌びやかな建物の隣に古びた廃墟が、背の低い建物の並ぶ通りに突如として倍以上も大きな尖塔が、緑の生い茂る公園と隣接して荒廃した砂地が存在している。
それら街並みの上には勝手に継ぎ接ぎされた梁や足場が無数にかけられていて、遠目には都市全体が蜘蛛の巣で覆われているかのようにも見えた。
規律や整頓、総じて『まともさ』と無縁の都市――魔都と、そう呼ばれるだけはある。
ここは紛れもなく、混沌の蔓延る場所なのだと一目でわかった。
その混沌の都の中心部、赤く輝く城郭── 『紅瑠璃城』の御殿にて、狐のごとき美しい女性と、その傍で傅く鹿のような少女がいた。
「雄英高校ヒーロー科、一位合格…流石です、ヨルナ様」
鹿の角を生やした少女は、美しい女性…ヨルナの手元にある機械から投影される映像を確認し、その内容を賞賛する。
「ふふふ…ありがとう、タンザ。今日は少し豪勢な夕餉にいたしんしょう」
対し、ヨルナ恥じらうことなく受け入れ、甘い仕草で少女、タンザに語りかける。
「勿論です。街の皆様もお呼びしましょう」
「それはそれは…素敵でありんすね」
彼女の為と一声かければ、都に住まう全ての住民が集うだろう。
誰も彼もがヨルナの恋文を受け取り、魅了され、ヨルナを愛し、ヨルナに愛されているのだから。
人も、獣も、その両方が、あるいはそれらが合わさった者達でさえ、彼女の元では楽しげに笑い、かつてのことを忘れ幸せに生きるのだ。
街を挙げて宴を開き、歌い、踊る。
ヨルナのことを、まるで我が身のように喜び、同時にヨルナも皆が楽しげであることを喜ぶ。
ここは都、混沌都。あらゆる異端を受け入れ、あらゆる異質を許容し、あらゆる異常を普遍とする、混沌の魔都。
それこそが、カオスフレーム。
ヨルナが愛する、永遠なる都の名である。