――幻想郷で聖杯戦争を再現する。
大まかな形ではあるが、計画はすでに固まりつつあった。しかし、実現の可能性が見えただけで、問題は山積みだ。何よりも最大の課題は、この儀式の核となる聖杯の代用品を作れるのか、という点だ。どうにかできなければ残念だが今回の話は無かった事になるだけだ。
「なにはともあれ……まずは権力者たちの懐柔ね」
ミシミシと関節を鳴らしながらイスから立ち上がる。
魔術や神秘に精通した者たちの協力は不可欠であり、これが通らなければレミリアには悪いが諦めてもらうしかない。最終的には八雲紫や摩多羅隠岐奈といった幻想郷の賢者たちに話を通す必要があるのだが、彼女たちは神出鬼没で所在がつかめない。なのでまずは、八意永琳や八坂神奈子などの会いに行ける強者からコンタクトを取りに行く。興味を引く内容であれば、いずれ向こうから姿を現すはずだ。
ふと時計を確認すると、昼近くになろうとしていることに今さら気づく。レミリアにも話をしておきたかったが、寝ている時間だ。
使いの小悪魔を連れて行こうと思ったが、今回はより適任な人物がいる。そう判断し、パチュリーは呼び鈴──通称「メイドスイッチ」を鳴らした。
チリン、と軽やかな音が鳴った瞬間、
「何でしょうか」
1秒も経たぬうちに、咲夜が姿を現した。紅魔館の完璧な従者は、相変わらず時間の概念を無視している。普段なら紅茶の準備を頼む合図だが、今回の用件は少しばかり異なる。
「レミリアから頼まれた件で永遠亭に行く必要があるの。悪いけど付き合ってくれないかしら」
咲夜はわずかに眉をひそめ、深くため息をついた。
「はぁ……またなにかお戯れですか?」
「えぇ。できるかどうかも分からないけどね」
咲夜の表情は晴れないまま、それでも主人の希望であるのならば逆らうはずもなく、静かに永遠亭へ支度を始めるのだった。
〜~~~~
永遠亭は迷いの竹林と称される土地に存在する。外敵からの侵入を防ぐため、地形的効果と人避けの呪い。さまざまな仕掛けが施されている。道を知る者でなければ、たどり着くことは叶わない。
だが今回は、人里で薬を売っていた兎を連行したことで、その問題は解決している。案内役を買って出た彼女のおかげで、迷うことなく永遠亭にたどり着くことができた。現在、パチュリーと咲夜は永遠亭の客間に通されている。
「珍しい客人ね。悪魔は風邪に罹らないと思っていたのだけれど」
白衣を纏い、いつも通りの落ち着いた表情を崩さずに対面している人物が、永遠亭に訪れた理由。月の頭脳と呼ばれた月人。八意永琳である。
「処方薬をもらいに来たわけではありません。それと、お嬢様を馬鹿みたいに言い表さないでください。馬鹿だって風邪くらいひきます。」
一瞬の沈黙が訪れる。気まずさに耐えられなかったのか、応対をしていた優曇華院が、静かに湯呑を差し出した。
「さて、今日はどんなご用件かしら?」
優曇華院に差し出されたお茶で口を湿らせ、パチュリーは単刀直入に切り出した。
「聖杯戦争と呼ばれる儀式を幻想郷で再現しようと思っているの」
「……続けて」
永琳は、淡々と続きを促した。
パチュリーが尋ねる。
「聖杯戦争という儀式について知見はあるかしら?」
「まあ、存在くらいは知っているわ。再現ということは、特定の地域や条件下でしか発動できないものなのかしら?」
「えぇ。私が調べられた範囲の聖杯戦争を説明するわ。」
少女説明中……
「……もちろん。冬木という場所で行われているものを完全再現することはできないわ。でも、幻想郷の龍脈を利用し、あなたの知識と技術があれば、疑似的な聖杯を作ることは可能だと考えているの。」
永琳はしばし思案し、やがて静かに言葉を返した。
「……確かにできないこともないわね。でも、私たちにとってメリットがないのではなくて?」
願いが叶うという驚きの要素も、今の彼女たちにはあまり魅力的ではないようだ。それ以外の見返りがないのならば、動く必要がない。と。
「百年、二百年かけて作られ、発動できれば願いが叶う。しかも、地上の人間が作った儀式でしょう? 欠陥儀式臭がするし。面倒だわ」
永琳の言葉に、パチュリーが何か返そうとしたその時、不意に横から咲夜が口を開いた。
「そちらのお嬢様は大人しそうで羨ましいですわ」
さらりと放たれた一言は、皮肉なのか、はたまた本心だったのか。
……当の発言者は出されたお茶の吟味に夢中になっていたため、後者かもしれないが。
「……ふふ、なるほど。確かに」
永琳の脳裏には、永遠亭のお嬢様である輝夜の姿が浮かんでいた。もし輝夜がこの計画を聞けば、きっと嬉々として首を突っ込んでくることだろう。そして、もし協力を断れば、拗ねた顔をするのも容易に想像ができた。
「確かに、いい暇つぶしにはなりそうね。可能な限り協力しましょう。」
永琳は、少し面倒そうに小さく息をついた。その姿を見て、咲夜はどこか共感するような視線を送る。
「ありがとう。感謝するわ」
その後、しばし雑談を交わし、永遠亭を後にした。
これで一歩前進。いや、ようやくスタートラインに立てた。
幻想郷における聖杯戦争の再現──その中核をなす聖杯の作製。
この工程が不可能ならば計画そのものが崩れ去るが、永琳が協力を承諾したことで、その可能性が現実のものとなった。