後ろの席の美少女(プレデター)に恋をする   作:はるゆめ

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第一話 夜の学校で彼女と

 昭和のいつか。どこかにある高校。季節は冬。

 

 二学期の最後の日。長い長い終業式が終わった。

 校長の口からいつもよりさらに長い説教が垂れ流されたからだ。

『女子生徒三名が家出した。学業に集中しろ』なんて言われても僕の頭の中は図書館で読む本のことでいっぱいだ。

 

 各クラスでのホームルームが終わると同時に教室を飛び出して、珍しく雪が舞う中を急いで自転車を走らせる。

 

 市立図書館へ滑り込み、SF小説を読み耽る。これが僕の幸せな日課。

 昨日置いた本の位置はそのまま、すぐに取り出し昨日の続きを読み始める。

 人間を殺して姿も記憶も複製して、成り替わる宇宙生物の話だ。

 

 読み終えたところで顔を上げたら、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 街灯に照らされた雪が闇の中を白く舞っているのは幻想的だと思う。

 

 閉館ギリギリの時間まで粘り、明日は朝から来ようと考えつつ図書館を出た。

 

 雪が舞う中、学校の横へ差し掛かったところで、僕は大事なことを思い出す。

 悪友にして親友の山本に借りたレコードを返す約束!

 我ながらうっかりにも程がある。

 

 山本は明日、彼女を部屋に呼んでアルバムを一緒に聴くって言ってた。

 

『俺の大事なデート、どうしてくれるんだよ!』

 

 阿修羅のような顔で怒る山本が頭に浮かぶ。

 自転車を脇に寄せ、正門を飛び越える。

 

 校舎は同じ建物とは思えないほど暗く不気味で、月明かりで浮かぶ廊下の輪郭だけを頼りに進む。

 

 すると人の話し声がした!

 僕の心臓は軽く跳ね、足を止めて息を潜める。

 声の主は男だ。

 

 人のことを言えたもんじゃないが、夜の学校で何してるんだ。

 耳を澄ませ足音を忍ばせながら、声のする方へ近づく。声の出どころは───僕が目指す――二年一組の――教室のようだ。

 

「俺の彼女になってくれよ」

 

 この声、隣のクラスの北尾達也。少しツッパリ風の優男で、いつも女子を連れているやつだ。

 

「何度も言わせないで。その気はないから」

 

 え?

 この声……河野文香(ふみか)じゃないか! 

 僕の後ろの席、クラスどころか学年でも五本の指に入ると言われている美人さん。

 僕の中での称号は“孤高の美人”。

 

「でもこうやって呼び出したら来たじゃないか。嫌じゃないんだろう?」

「すごい自信家ね」

 

 ……河野の言う通りすごいな北尾。夜の教室に女子を呼び出して告白とか。僕は想像もしたことない。

 

「違うのかよ」

「うん。君と付き合うんじゃなくて、別の用事ならあるかも」

「へっ? 何だよ、それ」

 

 河野になぜ“孤高”という言葉が似合うのか。それはクラスの誰とも決して馴れ合わないからだ。

 

「北尾君と私が付き合うなんてありえないから」

「はあ?」

 

 河野は誰にも心を許さない、そんな確信があった。根拠は何となくだけど。

 

「じゃ、どういうつもりで来たんだっ!」

「……」

「何とか言えよ!」

 

 北尾は怒鳴り声になり、机や椅子がぶつかり合う物音が静まり返った校舎に響く。

 北尾が動いたらしい。

 

「やっ!」

「おとなしくしろよ! お前もさ……」

 

 二人は激しく揉み合ってるようだ。

 

 人が倒れたような大きな物音。

 それっきり静かになる。

 北尾が河野を押し倒したのか? 

 頭の中にドラマや映画のそういうシーンが浮かぶ。

 

 同級生の男女が……なことしているのに居合わせるなんて。僕は己の間の悪さを呪った。

 

「ほごっ」

 

 北尾が小さく呻いたような声を上げると同時に錆びた工具の匂い――鉄錆のような――が鼻をつく。

 

 なんだ?

 何をしてるんだ?

 

 少なくとも男女が“そういうこと”をしている様子じゃない。

 

 僕は好奇心が抑えられなくなって、そっと窓の方へ近づき中の様子を覗いてみた。

 

 窓から差し込む月明かりだけが頼りの暗い教室。

 薄らと白く見えているのは女子の制服だ。

 

 河野の背中と彼女の長い髪だけが見えるけど、あの音は何だ? 

 水気のあるものが擦れ合うような音。経験ないけどキスとかそういう音じゃないのはわかる。

 

 不意に彼女は立ち上がり、いきなり僕の方へ振り返った。

 

「わ!」

 

 驚きすぎて思わず声が出た上に、尻餅をついてしまう僕。

 

 暗闇に浮かび上がる色白で整った顔。見間違いようがない。河野文香(ふみか)だ。

 

 ブラウスは乱れ、肩や胸、白い腹部が丸見えだ。

 僕は反射的に目を逸らし、視界の端に河野をおさめる。

 彼女は恥ずかしがるどころか、それを隠そうともせず、ただ僕を見つめるだけ。

 鉄錆の匂いは相変わらず鼻を刺激し続けている。

 

 僕は開き直って立ち上がり、教室へ一歩だけ入る。そして意を決して河野に声をかけた。

 

「あ、あ、や、やぁ」

「霧丘君、こんな時間にどうしたの?」

 

 河野は普段聞いたこともない無機質な声で訊いてきた。

 

「や、山本に借りたレコードを、つ、机の中に忘れたんだ。それを取りに来たんだよ」

「そうなんだ」

「そしたら話し声が聞こえて」

「……」

「ご、ご、ごめん。べ、別に聞くつもりじゃなかったんだ」

 

 さっきから頭が目の前にある現実を認めるのを拒否している。 

 けど、これ以上は無理だ。

 見えないフリをやめ、河野の足元に散らばるジーンズやスニーカー、ブルゾンへ視線をうつす。

 

 ───北尾はどこに行った?

 

「見られちゃったね……困ったな……」

「そ、それ、北尾の服だよな? あ、あいつはどこへ行ったんだ?」

 

 考え込む河野を問い詰めるが、彼女はそれには答えず独り言を呟いていた。

 

「記憶処理……ううん、霧丘君にはやってほしくないなぁ」

 

 僕をチラリと見る。

 

「でも見られちゃったし……」

 

 今度は天井を仰ぐ。

 

「……お母さんに怒られちゃうね」

 

 目を瞑る。そして左目だけ開けて再び僕を見た。

 

「でも、霧丘君になら……」

 

 河野は胸の下の方へ手のひらをゆっくりと持っていく。思わず僕は一歩、後ずさる。

 

「今ね、北尾君を処理中」

 

 頭の中が一瞬、真っ白になった。

 なんだ?

 河野は何を言っている?

 

「え? な、何……処理?」

「彼はもういない。それだけよ」

 

 は? 何それ

 言葉として認識できるが、僕は河野の言っていることに理解が追いつかない。

 

「この学校、次はこの街に人間がいなくなるとこだったのよ」

 

 彼女は何を言っているのか。

 

「その前に私が北尾君を処理した。それが今ここで起きたことなんだけど、わかってくれるかなぁ?」

 

 処理した? 北尾を? 

 

「わ、わか、わからないよ!」

 

 河野は何者なんだ? 怪物か? 或いは宇宙人? 妖怪?

 僕も処理されるのか?

 に、逃げないと!

 頭の中を色々なものが高速で駆け巡る。

 

 

 頭の中が混乱しているけど、僕は彼女から目を逸らせないでいた。

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