後ろの席の美少女(プレデター)に恋をする   作:はるゆめ

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第十三話 彼女から目が離せない

 昭和のいつか。どこかの世界。季節は春。

 

 海から巨大な黒い触手が、それも何本も伸びて船に巻きついているのが見えた。

 タコやイカみたいな吸盤はなく、ヌメヌメとした表面。まるでウナギのようだけど、大きさが桁外れ、それがどんどん船を壊していく。怪獣だ! 

 

「うっ」

 

 急にセルアさんが苦しそうに呻くと膝をついてへたり込んだ。ヒロア君が駆け寄る。

 どうしたんだろう。

 

「◯◯◯◯?」

「……◯◯◯◯。◯◯◯◯◯◯……」

 

 何言ってるのかわからないけど、ヒロア君がセルアさんを大事に思ってるのが伝わってくる。セルアさん以外、僕も含めて皆は平気そうだ。あの不協和音はずっと聞こえている。

 

「どういうことだ?」

 

 ヒロア君が苛立った様子で考え込む。

 

「すごく異物の匂いが強くなりました。本命だからですね、黒瀬さん!」

 

 すると河野が今も暴れ回っている触手を睨んで叫ぶように言った。

 

「……この感じ……そうだな。あれがここでの親玉だろう」

 

 黒瀬君も忌々しそうに見つめている。

 

「それって、あれか? ここから地球に変なのを送り込んでるという」

「はい! 異物どもの放つ匂いが強くなってます」

 

 ヒロア君の問いに河野が自信たっぷりに答えた。彼女が持つ独自の嗅覚かな?

 

「どうする? ひとまずここを離れたいが」

「ヒロア、可能なら今、アレを叩いておきたい。アレを放置して向こうへ帰っても……」

 

 黒瀬君がヒロア君に頼みこむ。

 河野や黒瀬君、優子さんが日々始末して回っている異物という名の怪物。それを僕達が住む日本へ送り込んでいるのがあいつなら、倒しておきたい気持ちはよくわかる。僕も賛成だ。

 

「いいさ。でもどうやって? あれデカすぎるだろ」

 

 ヒロア君の言うことは当然だ。だって怪獣だよ?

 すると黒瀬君が何もない空中から淡く光る木刀を取り出した!

 

「これでアレの急所を突けばやれると思う。前にも似たようなのと戦ったことがあるんだ」

 

 え? あんなのと? 

 黒瀬君の木刀を見つめながらヒロア君がしばらく考え込んだ。光っているから普通の木刀じゃなさそうだけど、それでもあんなデカい怪獣に通用するんだろうか。

 

「わかった、黒瀬。でもどうやって水中に?」

「優子、移動を頼めるか?」

「ええ」

「いや、俺が転移で黒瀬を連れていく。優子、君はセルア達と残ってくれ」

 

 三人がこんなやり取りをしているところに突然河野が割り込んだ。

 

「アレには私もお役に立てます!」

「河野さん? 君が?」

 

 河野? まさかアレと戦うってこと?

 

「あそこに私を連れていってもらえますか?」

「あ、ああ。いいけど。河野さん、本当にいいのか?」

「はい。あ、霧丘君、できれば目を瞑っててね?」

「え?」

 

 そう言うと河野は僕の手を取り、頭を下げる。さらに上目遣いで僕の目を覗き込むようにしてきた。何だろう……いつもの彼女と雰囲気が違う。

 

「霧丘君に見せたくないから……お願い」

 

 答えられない僕にさらなる追い討ちのように首を傾げて頼んでくる河野。くっ!

 

「わ、わかった。む、無茶はしないんだよな?」

 

 彼女が強いのは見たけど、相手は巨大怪獣だ。あの触手なら河野を簡単に潰せる。

 

「それはもちろん。ヒロアさん、お願いします」

「ヒロア、無理をするな」

「わかったよ。必ずセルアのとこへ戻るさ」

 

 ヒロア君、黒瀬君、河野、三人の姿が一瞬で消えた。ここからじゃ見えないけどあの港に瞬間移動したんだ。

 音楽とは言えないレベルの不協和音がさらに大きくなった。あの怪獣の鳴き声なんだろうか?

 

 優子さんがセルアさんの手を取り、何か話しかけてるのを横目に僕は港の方をじっと見つめた。河野、君には悪いけど心配で目を瞑るどころじゃないよ。

 

「あっ?」

 

 思わず声が出た。

 な、な、な、あれは何だぁぁー?!

 

 港に並ぶ倉庫みたいな建物の陰から大きな人影が現れた!

 裸の巨人!

 それは───よく知ってる後ろ姿、長い髪を腰まで伸ばした───河野だ!

 建物が彼女の太ももにも届いていない。何て大きさだろう。

 まるで特撮の巨大ヒーローじゃないか!

 

「◯◯◯」

「◯◯◯。霧丘君、目を瞑るよう頼まれたはずよ?」

「あっ、は、はい」

 

 僕が呆然と河野を見ていたら優子さんに注意され、僕は慌てて目を瞑った。 

セルアさんもびっくりした顔だった。 

僕は耳に全神経を集中させる。

 

「じゃ行ってきます」

 

 ここまで聞こえる河野の声。普段より低め。

 続いて重量のある物体が地面を叩くような音が響く。河野の足音だとすぐにわかった。

そして今まで聞いたことのないような飛び込み音が辺りに響いた。

 

 しばらくして高波が立てるような音が聞こえてきた。

 

「優子さん、どうなってるか教えて!」

「……いいわよ。河野さんが、そうね、蟹の胴体から触手を生やしたような怪物を捕まえてるところ」

 

 河野、大丈夫なのか?

 

「心配ないわよ霧丘君。河野さんは怪我ひとつしてないから」

「あ、はい」

 

 安心した。

 

「そっちへ行きます!」

 

 河野の声。

 

「行きます!」

 

 河野の掛け声とともに、重量物が地面に落ちたような音がしたかと思うと、瞼を閉じていてもはっきりわかる光、続いて雷の音が耳へ飛び込んできた。思わず体がビクッとなる。

 しばらくは何も聞こえなかっけど、安堵したような河野の声。

 

「良かったです」

 

 やっつけたんだな。雷はヒロア君? それとも黒瀬君? 河野がアシストして二人があの怪獣を倒したんだ。本当にすごい。

 

 昨夜、黒瀬君が僕に言ったことを今さらながら理解した。河野が戦ってる現場に僕がいる危険性。

 何も特別な能力を持たない僕など、敵がほんのちょっと手を出しただけであっさり命を落とすだろう。

 

「もう目を開けても大丈夫よ」

 

 優子さんに声をかけられ、目を開けるとやけに眩しい。河野の姿が見えないから元に戻ったんだろう。

 

「彼女の活躍で黒瀬君もヒロアさんも苦労せず倒せたの」

「そ、そうなん……だね」

 

 曖昧に答えて僕は下を向く。

 

「黒瀬君に『関わるな』って言われたこと気にしてるのね?」

「えっと、それは納得しました」

「私達が通ってた高校、そして住んでいる街でね、人がたくさん怪我したり亡くなったのよ」

「えっ?」

「テレビや新聞には載ってないことよ。だからこれは内緒。ね?」

 

 ウィンクしながらそんなこと言う優子さん。この人もずっと歳上って気がする。

 僕達が知らないところで起きていた事件。背筋に冷たいものが走る。

 

「彼も偶々、そうね、人生に“もしも”はないのだけれど。黒瀬君はこういうことには関わらない人生を過ごすはずだった人」

 

 少し哀しげな目をする優子さん。河野の仲間である黒瀬さんと優子さん。あそこで僕達を襲った姉妹みたいな化け物とやり合う仲間ってこと。

 

「だから余計に河野さんに巻き込まれた君のことが心配なの。黒瀬君のそんな気持ち、わかってあげてね?」

「あ、は、はい、うん」

「河野さんも一人じゃ手に負えない時は仲間が手助けするから心配はいらないのよ?」

「そうなんだ……」

「私達の他にも、強い強い鬼さん、土地神様、それに狐、猫、イタチも味方にいるから」

「え?」

 

 僕は思い出す、カーノン姉妹を倒した後に河野が教えてくれたこと。

 

『異物以外にもね、君が住んでる街や他の地域にもたくさんいるよ。妖怪って言った方がわかりやすいかな』

『実在するんだ……』

『うん。そこそこ』

 

「妖怪……」

「そうね。伝承とはかなり違うけど、人の中で暮らしているわ」

 

 僕の出る幕は無い。 

 

「河野さんはね、まだ二歳だから少し安易に考えてたみたい。そこは大目に見てあげてね」

「あ……」

 

 元々は僕が言い出したことだ。河野に僕が描いたマンガを見せろと言われて、僕は交換条件を持ちかけた。

 

 

『じゃあ、僕の言うことを聞いてくれたら』

『え? なぁに?』

『あのさ、これからさ、河野が、その、怪物を退治する時に、遠くからでいいから見学させてよ』

『え? 霧丘君、そんなことがしたいの?』

『じ、自分でも変なこと言ってるのはわかる。けど! 自分が生活しているすぐ隣で、河野が、その、戦ってるというか、頑張ってることを知ったから……。もちろん手を貸すとかできないけど、せめて見ておきたいんだ』

『うーん。それは仲間に相談してみないと、だけどね』

 

 あの時は河野がしていること、自分の身の回りで起きてることを知った以上、知らん顔で暮らしていくことに、罪悪感というか、負い目というか、そういったものを感じて言い出したことだけど、黒瀬君や優子さんが言う通り、安易に首を突っ込むことじゃなかったんだ。

 

 河野達が戻ってきた。彼女の顔を見た瞬間、さっき見た裸を思い出し、顔が熱くなった僕は下を向いた。

 

 ヒロア君がどういうわけか、学校の先生みたいな顔でにこやかに僕を見ているのが目に入った。

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