後ろの席の美少女(プレデター)に恋をする   作:はるゆめ

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第十八話 恋物語は突然に

  昭和のいつか。どこかにある高校。季節は冬(僕らは冬休み)。

 

「篤史、玄関へ出て」

 

 母親に言われるまでもなく、僕は最速で玄関ドアを開ける。そこに立っていた声の主は、雪に反射した陽光によって輝いて見える河野だ。

 

「霧丘君、おはよう」

「な、なんだよ。どうした?」

 

 比喩じゃなく笑顔が眩しい。高揚感が体の奥底から込み上げてきて、全身に広がっていく。どうした僕?

 それを顔に出さないように堪えながら、再度河野に問う。

 

「昨日の今日で何の用だよ」

「朝早くからごめんね。お母さんが緊急で霧丘君のこと調べたいって」

 

 河野に似た顔の女性、柚木さんの顔が浮かぶ。調べる?

 

「できるだけ急いでって言われたから……。ダメ?」

 

 ぬぐ! 首を傾げて上目遣いをする河野、反則的に可愛い。僕の心臓は跳ね上がった。

 

「べ、別に用事はないからいいよ。着替えてくる」

 

 急いで階段を駆け上がり、お気に入りのセーターとジーンズに着替える。母親に『出かけてくる』と伝えて飛び出す。

 

「似合ってるね、そのセーター」

 

 呑気なことを言う河野の手を引いて走り出す。

 

「ちょ、ちょっと霧丘君」

「いいから! 急ぐぞ」

 

 うちの隣には“町内スピーカー”と呼ばれるおばちゃんが住んでいる。その人に見られでもしたら、即座に母親の耳に入る。それだけは避けたいんだ、僕は。

 隣の家が見えなくなると足を止めて河野に問いかけた。いきなり走ったので息が切れそうだ。

 

「はぁっ、はぁっ、そ、それでどこに行けばいいの?」

「にゃはは。そんなに慌てなくても大丈夫だよー」

 

 振り返ると昨日会った人――山田さんだったか――がいつのまにか立っていた。

 

「えっと、山田さん?」

「そうだよ。じゃ行くね。ほら」

「え?」

 

 景色がまるで映画の場面転換みたいに切り替わる。林の中に佇む茅葺き屋根の一軒家。

 黒瀬くんの家だ。

 

「……便利ですよね、山田さんの能力」

「私は狐だからねー。これぐらい簡単だよ」

「そうですか」

 

 昨日、彼女は狐だと黒瀬君に紹介されてた。目が大きな美人だからどちらかと言うと猫っぽいけど。

 

「にゃはは」

 

 ───狐なら『コン』とか『ケン』では? と思うけど僕は黙っておく。それよりも瞬間移動なんて超常現象に慣れてしまった自分に呆れてしまう。

 

「さ、入って」

 

 山田さんに促され僕と河野は屋敷に通された。河野の生みの親である柚木さんが申し訳なさそうにしながら、僕らを出迎える。

 

「霧丘君、ごめんなさい。ことは一刻を争うの」

「は、はい。全然かまわないですよ」

 

 あれ? 変だな。柚木さんの言うことを聞くのが当然って気分だ。

 

「ここの布団に横になってくれる?」

 

 柚木さんの後ろに布団が敷かれていて、僕はそれに従い寝転ぶ。柚木さんは小さな硬貨のようなものを取り出すと、僕の額に載せる。

 

 そして僕の額をじっと覗き込む柚木さん。綺麗な女の人に見つめられ、恥ずかしくなり思わず目を瞑った。

 

「予想以上ね……」

 

 そう呟く柚木さんに僕は体を起こし、質問してみた。

 

「な、何がです?」

「あのね、霧丘君。文香の細胞を君に移植した影響が思った以上に……霧丘君、あなたは文香に好意を覚えてないかしら?」

 

 ビクッと心臓が跳ねた。

 

「昨夜ね、ここにいた皆が君の文香に対する態度から“愛情”を読み取ったのです」

 

 柚木さんの形の良い眉が申し訳なさそうに下がる。

 

「それで気になって来てもらったんだけど、君の体内を調べたら同化率が半分以上で……その」

「同化率ですか?」

「ええ。文香の細胞が増殖して君の体を作り変えてて」

「え?」

「ごめんなさい。こんなことは初めてだから、私も予想してなくて」

「えっと……僕はそのうち河野になるってことですか?」

「にゃははははー」

 

 山田さんが腹を抱えて笑い転げている。

 

「霧丘君は面白い発想するね!」

「ど、どうも」

「山田さん! 静かに!」

「ごめんごめん」

 

 柚木さんの剣幕に山田さんはタジタジだ。

 

「霧丘君、あなたの外側も内側も見かけ上は変化しません。ただ……」

「ただ?」

「遺伝子的に見て“人間”ではなくなります」

 

 ええ? どういうこと?

 

「どういう変化になるかは予測できません。ただ同じ遺伝子を持つ文香に好意を寄せるのは必然なんです」

「好意……」

「私は吊り橋効果だと思っていたのですが」

「吊り橋効果?」

 

 聞いたことある言葉だ。なんだっけ。

 

「危機的状況で不安になった感情を目の前の異性に対する恋愛感情だと誤認することです」

「あ、なるほど。そうではないと?」

「はい。君の場合、同族の異性に対する自然な好意で……」

 

 僕は納得した。さっき玄関で河野を見た時から、どうにも愛おしく感じていた気持ち。

 

 そうか。

 

 河野の人間じゃない面を見るたびに『この子は別の生き物なんだ』と感じてたのが、あの蛮族の襲撃以降、薄れていっているのは自覚してた。

 

 そうなんだ。

 

「だ、大丈夫?」

 

 思わず天井を見上げでいた僕を優しく労わる河野。

 

「あ、うん。大丈夫……かな。ははっ」

「私はね」

「えっ?」

「あの夜にね、『霧丘君になら、私のこと全部知られてもいい』って気持ちになったの」

「え?」

「不思議ね。霧丘君にはそんな雰囲気があるよ」

 

 異界からの侵略者だった北尾を捕食した河野。彼女は僕に躊躇することなく自分の正体を明かした。今にして思えば違和感あるし、河野は誤魔化そうともしなかった。

 

「霧丘君、今後は私が君をサポートしますから、時々君の体を調べさせてください」

「あ、はい。健康診断的な?」

「ええ。何か異変が起きたらすぐに電話で知らせてください」

 

 柚木さんに手渡されたメモに書いてある電話番号。

 

「ここの連絡先です」

 

 柚木さんが黒電話を指す。それは昨夜自宅へかける時に借りたものだ。

 

「わかりました……」

「文香ちゃん、彼氏ができちゃったね」 

 

 山田さんがニヤニヤしながら河野の頭をなでている。

 

「山田さん、ダメですよ。霧丘君は不本意な形で……」 

 

 柚木さんが山田さんを咎めている横で、河野は畳に目を落としたままだ。その頬はうっすら紅くなって。

 なんだかとても恥ずかしい。照れくさい。穴があったら入りたい気持ちとはまさに今の僕だ。

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