昭和のいつか。どこかにある高校。季節は冬。
翌日の放課後。
帰る準備をしている僕に呼びかける声有り。
誰? と見てみれば背が高い見知らぬ女子が廊下にいて、僕に手招きしていた。
『何の用だろう?』と不思議に思いながら彼女のもとへ。
僕より頭ひとつ大きく百八十センチは余裕でありそう。その上表情が乏しいので少し怖い。
「霧丘君、これ……」
「え?」
彼女が手渡してきたのは一冊の自由帳。中身はマンガ。僕が冬休みに描いて、昨日山本に預けたものだ。
僕のマンガは男子四人に回し読みされて大体は次の日に山本が返してくるのがお決まりのパターン。
それなのに見知らぬ女子が返しにきた。
「えっと……なんで?」
僕の表情や態度が全力で『誰だ?』と訴えてたんだと思う。彼女は自己紹介した。
「七組の松多」
「あ、うん」
見れば可愛い顔してるのに表情がないから、背の高さもあって物おじしてしまう。
ちなみに僕や河野のクラスは一組で山本や
「
「は?
無表情で松多と名乗った女子はとんでもないことを言った。
というか
うわ恥ずかしい。
「霧丘君、才能あるよ。マンガ家になるの?」
「え、いや、その気はないよ」
僕は世の天才マンガ家達、そして彼らには到底追いつけないのだということを知ったら。
「ふぅん。もったいない。次も見せてね?」
それまでの無表情から一転、笑顔になった松多はそれだけ言うと背を向けて去っていった。
SFみたいなの、女子も読むのか。僕は少女マンガに詳しくないからなぁ。もしやSF作品が多いのか?
「霧丘君?」
背後から声をかけてきたのは隣に住む“孤高の美人”。
僕は慌てて小声で返す。
「教室じゃそういうのなしでって頼んだだろう?」
「もう誰もいないよ?」
河野に言われた通り、僕達しかそこにいなかった。
「そうなんだけどさ、どこで誰が見てるかわからないから」
「霧丘君がそういうなら……」
エネルギー切れのロボみたいにシュンとなる河野を見ると、心の奥底に泥が溜まるような気持ちになった。
僕はそれを振り払うかのように自由帳を差し出す。
「それ何?」
彼女は自由帳を指差した。
「僕が描いたマンガ」
照れ隠しのために少しぶっきらぼうに自由帳を手渡した。
「わぁ。霧丘君の?」
「まだ見ちゃだめ」
全身で嬉しそうにしてページをめくろうとすると河野を止める。
流石に目の前で読まれるのは恥ずかし過ぎるから。
「家で読んでくれ、な?」
「うん」
そして僕と河野は少し時間差をつけて別々に学校を出た。
自室に入って急に恥ずかしさが込み上げてきて、ベッドの中で悶々としてしまい、僕はその夜、中々寝付けなかった。
次の日。
僕は授業中にずっと背中に謎の波動を感じることになる。発信源は河野。
そして二限目の最中、背中を指でつつかれ、小さく畳んだ紙切れを渡された。
開くと整った字で『面白かった!』と書いてあった。
うーん。ほんとかぁ?
僕のマンガを読む面々は山本を除いて感想を言わない。
山本も主に絵柄とかデッサンについてあれこれ言ってくるけど、ストーリーについては『まあまあだな』としか言わない。
教室で河野に聞くわけにもいかず、午前中の授業は全部上の空で、四限目の数学で当てられた時は何も答えられず教師に嫌味を言われる始末。
昼休み。バツが悪そうな山本がやってきた。
「すまん霧丘」
いきなり謝ってくる山本。
「別に怒ってるわけじゃないけど、知らない女子から返されたからびっくりしたぞ」
「松多だろ? バレー部なんだよ」
「だから
「小夜がさ『霧丘君のマンガをどうしても読みたいって子がいるの! お願い』って必死で頼んできてさ」
彼女の頼み事をきっぱり断れる山本ではない。
こんなことは初めて。あの松多って子はマンガマニアなのか。
「それはもういいよ。けど女子が読んで面白いのか?」
「小夜に見せてもらったことあるけど、少女マンガでもSFってあるぞ」
「でも基本は愛とか恋だろ? 僕のマンガに恋愛要素はゼロだぞ」
女子は『こんな恋がしてみたい』という願望を叶えるために少女マンガを読む、これは僕の偏見かもしれないが全くの的外れでもないはず。
「その辺はしらん。とにかくお前のマンガの読者が増えたってことだ」
「やりにくいな……」
「気にするな。霧丘は描きたいもの描いとけばいいんだ」
「で、今回のはどうだった?」
僕は山本にだけは感想を聞くことにしている。
「後半かなり雑だったぞ」
「うん、それは認める」
結末を早く描きあげたくて丁寧に描かなかったのはいつものクセ。
「女の描き方は上手くなった。誰かさんによく似てるし」
「……」
「エイリアンのデザインがすげぇな。どこから考えつくんだ、あんなの」
実際に出くわしたからだよ、とは言えない。
「ストーリーはいつもの霧丘だけど、ファンタジー要素を取り入れるとはな。あれか? この前テレビでやってた映画の影響か?」
「ま、まあな」
本当は自分の体験がベース、これも言えない。
「続きがあるような終わり方だったよな。次のを早く描けよ。小夜も面白かったと褒めてたぞ」
「そ、そうか」
あーあ。
よし女キャラは封印だ。出しても婆さんだな。
学校も終わり帰宅するとすぐに河野が我が家に来た。
「あらあら河野さん、いらっしゃい! さっ上がって。篤史の部屋は二階なの」
なんと母親の独断と暴走で河野が僕の部屋に来ることになった。
「ちょ、五分待って!」
大急ぎで部屋を片付ける。特にデッサン用に買ったエロ版や週刊誌を押入れの奥へ放り投げ、床に散らばっているレコードやカセットテープを棚に押し込む。
「お邪魔します」
もう来た! 早いって。
「わぁ、本がいっぱい」
本棚を覗き込む河野。
「マンガもいっぱいあるね」
「叔父さんから貰ったり、母さんが知り合いから譲ってもらったのが結構あるから」
「レコードもたくさん!」
「見ての通りさ」
そして部屋にノックもなしに入ってくる我が母親。何度言ってもこれだ。
「コーヒーで良かった?」
ニコニコ顔の母親は河野の前にコーヒーとケーキを置く。
「ごゆっくりね」
俺をチラと見て出ていく母親は、なんていうか、もう、色々と手遅れだというのを感じさせてくれた。