昭和のいつか。どこかにある街。季節は冬。
前回のあらすじ。
悪友の山本。山本の彼女
その木暮が僕宛のラブレターの仲介をしてきて、ついに差出人である女子生徒と公園で会うことになった。
「あ」
公園に着くと制服を着た女子二人がすぐ目についた。背が高い方が木暮だ。その木暮に隠れるようにして小柄な女子が見える。
顔は───見たことあるな、それもそうだ、同じクラスの、えっと名前は……。
「あ、あの。や、山下です」
小さく消え入るような声で彼女は俯きがちに自己紹介をした。それを受けて僕は質問する。
「手紙をくれたのは山下さんなんだよね?」
「は、はい」
木暮はというと、山下に何やら耳打ちして一歩下がる。
「えっと、結論から言うよ。あ、あのさ今、生活が本当にバタバタしていて、その、山下さんが期待するようなことはできない……んだ」
さっと顔を上げる山下。大きな目がチャーミング。手を胸の前で忙しなく動かしていて、リスのような印象を受ける。こんな子だったか?
「あ、あのっ。そ、それは」
「僕は曖昧な態度で変な期待を持たせるなんて、そんな不誠実なことはしたくない」
「や、やっぱり河野さんと」
ぐぐ! 痛いところ突いてくるな。木暮へ向けて(どうせ色々と話してるんだろう?)と睨みつけたら、あいつめ、しれっと視線を逸らした。
「か(彼女と言いかけた)、こ、河野は席が後ろだから、その、付き合ってるとかはないよ」
これは事実だ。うん。
「そ、そう。う、うん。わかりました」
「謝るようなことじゃないけど、ごめん」
「ううん。わ、私は気持ちを伝えたかったから……。て、手紙、また書いてもいい?」
「え? 手紙?」
「う、うん。ダメかな?」
縋るような視線を向けてくる山下。この子に思うところはないとはいえ、あまり無碍にもできない気持ちが湧き上がる僕はあっさりと了承する。
「じゃ」
木暮が山下の腕を取り、去っていく。
「あ、あの、さ、さよなら」
「あ、うん」
山下が振り返り口にした挨拶に対して、僕はまともに返せなかった。情けないけどこれでもかなり動揺してるんだ。
「どちらとも言えないかな」
目の前に座る山田さんが僕の目を見つめて言い切った。
「───わからないってことですか」
「うん。怪しいところのない、普通の女の子だったね」
「まぁ……そうですね」
肩透かしを食らった気分。僕は河野の方を見た。
「それについては山田さんの方が詳しいから」
河野に言われて、僕は山田さんの方へ向き直る。
つい一時間ほど前、僕は公園でラブレターの差出人である女子、山下と対面していた。
まさかの同じクラス。けれど彼女と話したことは一度もない。
ラブレターを貰ったこと、告白をされること、僕にとってどちらも人生初体験なんだ。
「簡単に言うね、霧丘君」
「は、はい」
「前に私が捕まえたのがいたでしょ?」
「白薔薇、ですか」
体育の授業中、河野を昏倒させ保健室へ運び、駆けつけた僕を襲ってきた女子。
顔がくるりと裏返るように、まるで白い薔薇のような姿になったクラスメイト。
彼女は目立たない感じの子だったけど、奴らに同化され、そして化け物に変えられた。
「首から下は遺伝子レベルで普通の人間なんだよ。それでね、変身を解いて元の姿になった体組織を調べたら───これまた普通」
「普通……」
「柚木ちゃんは知ってるよね?」
「河野の、その、お母さんですね」
柚木さん。
見た目こそ若くて可愛らしい女の人だが、その正体は宇宙全体へ探査のためにばら撒かれた存在、そして河野の生みの親だ。
「そうよ。彼女が結論を出したんだ。奴らは完璧に人体組織を真似るって」
「それって……」
ある映画を思い出した。とある宇宙生物が最初は犬、そして人を襲い、細胞レベルで同化して成り変わるSFホラー。
「頭の形を変えない限り、私たちには見分けられない。だからあいつらの駆除もスムーズに進まないんだよ。で、このタイミングでしょ?」
「?」
「君が文香ちゃんと夜の教室で出会ってからの流れだよ」
今でもはっきり思い出せる、僕が河野の正体を知ったあの夜。
河野が奴らの尖兵となっていた北尾を“処分”した現場に僕は居合わせた。
そして二人で山本の家に行き、帰り道でトレンチコートの男によって異界へ飛ばされたんだ、河野と二人で。
その異界で現地人に襲われ、重傷を負った僕を助けるために河野は自分の体の一部を僕へと移植した。
こっちに帰ってきて、向かいに河野と山田さんが引っ越してきた直後。
僕は自室から黒薔薇に拉致される。奴は僕と河野を混同してた。
保健室へ僕たち二人を誘導した白薔薇は、僕を河野と同じように感知できると言っていた。
「あいつは言ってたよ。文香ちゃんと霧丘君、二人とも始末する気だったって」
「……」
あの時の恐怖、忘れるわけがない。山田さんが来てくれなきゃどうなっていたか───考えるまでもない。奴らにとっての邪魔な僕らは抹殺対象。
「文香ちゃんだけを狙っていたのに、そこに霧丘君も加わったからね。このタイミングで君に近づこうってのが怪しいんだ」
「そう言えば───河野は北尾に呼び出されたんだよな」
「うん」
河野は苦笑いしながら教えてくれる。
「素行調査って言うのかな、クラスの誰とも深い人間関係を結んでない私に見当をつけたんだと思う。あ、これはお母さんの受け売り」
そう言って頭をかく河野。う、なんだ、可愛いじゃないか。
北尾によって三人の女子生徒が奴らに同化させられていた。彼女らはどちらかというと内向的な性格で、友人も少ないタイプだったそうだ。
その彼女らを失ったので北尾の奴は焦って次の手駒を手に入れようとした、と。
「手先というか三人の女子を河野が、その、“駆除”したんですよね」
「霧丘君はその辺、気になる?」
山田さんの目から感情が消えた。
「え? あ、河野がその女子たちを手にかけたこと、ですか?」
「そうだよ。元々彼女らは普通の人間だったからね」
僕は息を大きく吸ってから、思いを吐き出す。
「黒瀬君に聞きました。奴らに変えられたら元に戻すのは不可能だって。意識が残っていたかも不明だし、もし残っていたとしたら、あいつらに自分の体をいいように使われて家族や他の人を襲っていく……僕がもし同じ立場なら───死んだ方がずっとマシだと思います。だから」
河野の方を向く。
「もし僕がそうなっていたとしたら、それを終わらせた河野に感謝しますよ」
僕の勝手な想像だけど犠牲になった彼女ら、そして北尾も同じなんじゃないかな。
「へぇ〜。霧丘君は若いのにやけに理性的で落ち着いてるねぇ」
山田さんが感心したように微笑む。
「君ぐらいの歳ならもっと感情的になるのが普通じゃないかな」
それはそうだろう。
「僕ってその辺、物心ついた頃から妙に冷めてるんです」
「あ! そう! それ!」
急に河野が声を張り上げる。
「あの夜、私のこと知った時も最初はそこそこ驚いてたけど……すぐに受け入れてくれたよね?」
河野の顔が近い。少しだけ切長の目、すっと通った鼻筋、形の良い唇。大正か昭和初期の美人画みたいな顔が目の前にあると少し落ち着かなくなる。
「近いって」
僕は優しく彼女の肩を押すと、山田さんの方へ向き直る。
「確かにすごく驚いたんですけど、なんて言えばいいんだろう、その、自分でも不思議に思うぐらい……」
「縁があったんだろうね。にゃはは。もう運命のカップルだにゃあ」
あ。山田さんの語尾がいつもの口調に戻り、満面の笑顔になる。
「縁が?」
「そうだよ。詳しくはまた説明するけどね、縁というのはね、ちゃあんとあるんだよ?」
「は、はあ。そうなんですか」
「嬉しいっ」
途端に僕の腕に巻きつく河野。
「わっ。ちょ、ちょっとくっつくなって」
振り払おうとした僕は河野のこれ以上ないぐらい嬉しそうな顔を見て、何も言えなくなった。
「あの山田さん」
「ん? 何かにゃ?」
「奴ら、河野にすごく拘ってるというか、黒瀬君や他の人達に対して奴らがどうなのかは知らないんですけど……。この前もあの変な空間に河野だけ閉じ込めてたし」
ヒロア君と再会したあの空間。フゥジィという邪神(?)の体内だという変な場所。
河野との出会いからしてそうだ。僕と一緒にいきなり異界へと飛ばされた。
なぜ河野ばかりが……。
すると山田さんは真剣な顔になり、ぽつりぽつりと話し始めた。
「文香ちゃんはね、あいつらにとって最悪の天敵だからなんだよ」
「天敵……」
隣に座る河野を見る。コタツの中で河野の足と僕の足が触れ、僕は慌てて位置を変える。
「そう。柚木が生み出した地球上でも上位に入る生き物なんだ、捕食という点でね」