【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
社屋の三階に、社長室がある。俺としては、二階がよかったのだ。要求を通すべく勝則たちと大激論したが、結局ここに押し込まれたという苦い思い出がある。余所からの見栄えは大事って、仕事の効率より優先すべき事なんだろうか。
必要データに目を通して、回覧に判子を押す。そんな作業をしていると、内線が鳴った。それを取るのは俺では無い。秘書の仕事である。
「はい、社長室です。……承知しました、社長にお伝えします。社長、面接の方たちがいらっしゃいました」
スーツ姿のマリアンヌさんが、そう伝えてくる。ええ、はい。眼福なんてもんじゃないよ。一分の隙も無く着こなしているからこそ、セクシーさが半端ない。ボン! キュ! ボン! のパーフェクトボディは、真面目なスーツすらけしからんものに変えてしまう。仕事にならん。
……彼女を一般社員の目からそらすために社長室を三階にした、といわれても信じる人が居ると思う。実際はもちろんそうじゃ無い。彼女が俺の個人秘書となったとき、建築工事は終わりかけてたし。
「はい、じゃあ行ってきます」
そう断って、社長室を出る。俺も彼女も、この部屋で過ごす時間は少ない。そもそも俺は労働時間の半分以上をダンジョンで過ごしているし。毎日一時間……30分いるかどうかだ。俺がいないのに、彼女がそこに居続ける理由もない。基本的に自由にして貰っている。いざとなれば、すぐに現れてくれるしな。本人かどうかは別として。
普段は社長室でも作業着だが、今日は背広。足取り軽く、階段を降りていく。我が社にエレベーターはない。設置しようか悩んだが本体価格と工事費用が結構するし、ランニングコストも馬鹿にならない。そんな理由で諦めた。
二階の会議室前には勝則と三郎君、それから流の父親である
「お待たせ、どんな感じ?」
「イキってるのが一匹、ナメるのが一匹。楽しそうなのが一人、びくついてるのが一人ですね」
ニコニコ笑いながら三郎君がそう評する。彼は案内係をやってもらった。三郎君の体格をみて、なおイキれるのか。なかなかいいな。そんな風に思っていると、勝則が小さく咳払い。
「んん……一応チェックしましたが、よからぬ輩ではないようです。普通の高校……卒業生ですね。チンピラだったりギャルだったりオタクだったりしますが」
「うーん、個性的だね。ソレじゃあ行ってみよう」
ノックし、まばらな返事を貰ってから入室する。入るのは、三郎君を抜いた三名。先頭は勝則、最後が俺。会議室は面接のためにテーブルや椅子の配置を換えている。俺たちはテーブルつきの椅子。卒業生たちは、パイプ椅子のみ。
でもって、早速だが個性というか教育の差が出ている。普通っぽい二人は、俺たちが席に移動するまで立っていた。そうでない二人は、だらしなく椅子に座ったままだ。うんうん、なるほど。ちなみに全員スーツ姿である。
俺たちが位置に付き勝則が卒業生二人におかけください、と促す。五人で座ると、チンピラの一人が鼻で笑った。勝則はそれを無視する。
「それでは面接をはじめさせていただきます。私は人事を担当しています御影です。こちらは総務の黄田。そして弊社社長の入川です。よろしくおねがいします」
返事もまたまばらだった。緊張を感じさせる声でお願いします、と返すのが二人。うす、とか、はーい、というのがそれに混ざった。
「ではお名前と、出身学校を入口側の人からお願いします……あ、座ったままで結構ですよ」
「はい!
普通に元気な学生さんという感じだが……若干違和感を感じる。何が引っかかっているか、自分でも言い表せないのだけど。
「……峰際高校出身、
美人……美少女? ともかく容姿は優れているが、顔色が悪い。緊張と言うよりは、怖がっている。ううむ、もしかしたら三郎君のマッチョが悪かったか? チンピラがどう反応するか見たかっただけだったんだが。配慮が足りなかった。ちなみに、峰際高校はここいらでは指折りの進学校らしい。……そこから就職しようとしたのか。
「下川原高の
チンピラ君がダルそうに呟く。ポケットに手を突っ込んだまま。パイプ椅子に浅く腰をかけて、のけぞるように座ったまま。うーん、いいね。ちなみになんと、キンキラの金髪である。染めたばかりらしく綺麗に輝いてる。
「同じく下川原高の
最後の一人は、分かりやすくギャルだった。ウェーブをかけた髪、デコられた爪。キラキラ光るアイシャドウ。スーツと大変ミスマッチである。でもって、さっきから勝則へ熱視線を送っている。いやあ、小百合がいなくて良かった。
その視線を全く気にしない勝則が、進行を続ける。
「では、同じ順番で我が社の面接を受けた理由を話してください」
事前に受け取った履歴書で、すでに知っていることだ。それをあえて聞くのは、基本的な受け答えが出来るかどうかの確認である。割と冗談ではなく、いるのだ。会話が成り立たない人間というのは。大抵のことなら受け入れるつもりであるが、流石に意思疎通が難しい人は厳しいものがある。
「はい。ええと……理由、ですか? 入社を希望する動機ではなくて」
「そうです。……ダンジョンカンパニーが、世間でどのような評価をされているか。我々はよく知っています。出来ることなら、ダンジョンに近づきたくない。それが一般の人の本音でしょう」
びくり、と肩を跳ねさせたのは塩村さん。顔色の悪い理由はソレか。うん、とっても普通の反応だな。理解できる。むしろ残りの三人の状態がちょっと違うまである。
「なので、動機ではなく理由を説明してください」
「はい、わかりました……」
そして、四人がそれぞれの理由を語ってくれた。若干怪しい人も居たが、基本的には問題無いというレベル。あと、新保くんと福与さんは一切ごまかさず全部喋ってくれた。親と教師がうるさいから仕方なく、と歯に衣着せないお手本のような説明を。
これが、新社会人か……ジェネレーションギャップというものなのか……と、ちょっと遠くを見たくなったが我慢した。
この後も会社に入ってやりたいこと、ダンジョンについて知っていること、等の質問が続く。これも受け答えがしっかり出来るかのチェックだ。少々ならボロは出にくいが、いくつか話せば流石に虚飾は剥がれるから。とりあえず、求めている水準の会話能力があるのは確認できた。
一通りを聞き終えて、勝則が口を開く。面接を次の段階へ進める。
「はい、ありがとうございます。皆さんに伺いたいのですが、事前に郵送した資料に目を通していただけたでしょうか?」
この質問について、ある意味予想通りの答えが返ってきた。近衛くんと塩村さんは、はい。新保くんと福与さんは、よんでなーい、である。勝則は顔色一つ変えず話を続ける。
「では、読んでくださったお二方は復習すると思って一緒に聞いてください。我が社の業務は……」
しばらく、彼による簡単なレクチャーが続く。ダンジョン管理がメインである。モンスターを倒しそれを持ち帰ることで利益としている。マジックアイテムも持ち帰るが、ほかのカンパニーと違いメインでは無い。市などの要請で他のダンジョン管理を一時的に請け負う場合がある、などなどだ。
近衛くん達は知っている話であるはずなのに、真剣に聞いてくれている。新保くんは眠そうにしていたし、福与さんは勝則の声を聞いているだけで幸せそうである。
「……以上が我が社の仕事です。ここで最初の質問ですが、この仕事をやっていけると思いますか? もちろん、最初からモンスターを倒せとはいいません。十分な訓練を受けてもらってからとなります」
「はい、質問です!」
おおっと、意外。一番最初に手を上げたのがまさかの福与さんだ。
「それって、御影さんにマンツーマンレッスンとかしてもらえるんですかぁ?」
……これはすごい。彼女はここがダンジョンカンパニーだと理解しているんだろうか。していない可能性が出てきた。自分に都合の良い情報だけ理解する人……居るからな、時々。ほかの面接者も、この発言にはわりと引いている。新保くんですらも、である。
しかしこのトンデモ発言でも、勝則は動じない。なぜなら慣れているから。大学時代、この手の女性は山のように対応してきたのである。彼は冷静に首を横に振った。
「いいえ。新人教育は複数人がローテーションで行います。自分はダンジョン管理業務が主な仕事ですので、そちらには参加しない予定です」
「えー、私、御影さんが教えてくれるなら頑張れるんだけどなあ」
「ほかの社員の状況でも頑張ってください」
ド級の塩対応……だけならば、コイツが大学時代にあれほどモテたりはしなかった。勝則はほんの少しだけ笑うと、こう続けた。
「……直接指導は出来ませんが、応援していますからね」
「はい!」
これである。ちょっとしたフォローのつもりだろうが、この振る舞いでどれだけの女性が勘違いしたことか。小百合がそのたびに大変荒ぶった。ソレすらたやすく納めるのだから……まあ、勝則はこういう男である。俺が学んだのは、この状況の彼に近づいてはならないということ。必ず女性からヘイトを向けられるから。
でも区切りがいいから、ほかの人たちに話を振る。
「ほかに質問はありますか?」
ここで、やや遠慮しながら手を上げたのが近衛くんだった。
「ええと、教育についての質問、ですよね? ……あの、その訓練を受けたら、プラーナとかマナとか使えるようになるんでしょうか」
おっと、結構突っ込んだ質問が来たな。勝則に視線を向ければ、彼はしっかりと頷いた。
「えー、まず最初にうけてもらうのは基礎体力訓練、それからダンジョン内での行動レクチャーです。危険の避け方、物資の運搬方法。これをしていればダンジョン地下一階から二階まで安全に行動できるという知識と体力を身につけていただきます。……なお、業界内では今のところ、確実にプラーナ等を身につける技術やトレーニング方法は確立されていません……が」
一旦区切る。ふむ、この話題は全員の関心を集められているようだ。若干名、内容では無く喋っている人が目的な気がするが放置する。
「我が社ではプラーナに関して、独自のトレーニング方法があります。今のところ、時間はかかりますが体験者は皆それに覚醒しています」
「本当ですか!?」
「ええ。ほかならぬ社長が第一号です」
お、視線がこっちに来たな。
「……実演してみせる?」
「そうですね、軽くお願いします」
「わかった」
ブラーナを練り上げる。経脈に沿ってそれを全身に行き渡らせる。独特の気配が俺から放たれ、面接者達が目を見開いている。さて、これだけだとちょっと味気ないな。
「黄田さん、ちょっとペンを持ってください。で、水平にしてくださいな」
「ええと、こうですか?」
立ち上がり、
「うおおお!?」「マジかよ……」「ええ……」「うひゃあ」
面接者達をしっかり驚かすことが出来たので、もう一回ジャンプして元の位置に着地する。
「はい。ちなみに自分は才能がない、といわれています。一年頑張って訓練して今こんな感じです。全員がプラーナ、マナ、アビリティに覚醒できるかは分かりませんが、ダンジョンで活動できるだけの訓練、教育は必ず行います」
そう言って席に戻る。近衛くんを見ると、激しく首を縦に振っていた。理解してもらえたようだな。よし。……次に手を上げたのは塩村さんだった。
「あの……御社の資料には、女性も多く働いていると記載されていました。その方々も、ダンジョンで活動、というかモンスターと戦っているんですか?」
「はい。本人に合った方法で、モンスターと戦っています。……必ずしも、剣や盾を持って真っ正面から殴り合う、という形ではありません。割合としては半々で、それ以外の戦闘方法を習熟していますね。魔法、マジックアイテム、アビリティなど、種類は様々です」
「はじめは基礎的な技術を学んで貰います。やり方さえ覚えれば、一般人でもビッグアント位なら倒せます。運動をろくにしていなかった、一般サラリーマンでも一人でできました。皆さんの場合は周囲に先輩がいる状態ですので、もっと安全だと思います。油断は禁物ですが」
勝則に続いてそう説明する。……まだ、不安は払拭できないか。いや、言葉で楽観視するのもそれはそれで問題か。
ほかに質問を求めたが、誰も手を上げなかった。
「……では面接はここまでとして、実際にダンジョンを少しだけ体験していたこうと思います。地下一階に降りるだけなので、危険はありません。そこは安心してくださ……」
「モンスターとは、戦わねえの?」
おや、まあ。今まで全くやる気の無い態度だった新保くんからのまさかの発言である。これには俺だけで無く、勝則や健平さんもびっくりだ。
「流石にそれは……」
「条件付きで、許可してもいい」
「社長……よろしいので?」
「条件に同意するならね。一つ目、着替えて武器防具を装備して貰う。流石に背広のままやらせるわけには行かない。二つ目。地下一階まで。流石に素人さんをケイブチキンと戦わせるわけには行かない。三つ目。モンスターをなめない」
「はン?」
新保くんがいぶかしげに鼻を鳴らす。俺は気にせず続ける。
「モンスターぶっ殺すなんて簡単だ、なんて気持ちで挑むなら許可できない。こけ玉は君を窒息させられる。ビッグアントは君の手足、胴体、首を切り飛ばせる。間違いなく脅威だ。その危険性をかけらも考えず戦う者はハンターではない。ただの馬鹿だ。……それでもいいかな?」
「俺をなめんなよ、おっさん」
おっさん……ッ! 十代後半から見れば、今年二十六の俺はそう見えるのかもしれないが……三十過ぎるまでおっさんよばわりはされたくない……ッ!
心に致命的ダメージを貰ったが、根性で耐える。
「結構。では下に降りようか。……皆さんは、見学でよろしい?」
三人は顔を見合わせたが、やがてそろって首を横に振った。