【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第101話 かつてと似ていて違う光景

 ダンジョンへ降りていく。面接者たちはおっかなびっくり、といった感じ。例外は新保くんで、彼はそこそこ獰猛な笑みを浮かべている。

 

「な、なんか、変な感じが……ぞわっとするというか、もやっとするというか」

「ダンジョンに入ると、個人差はあるけどみんなそれを感じるんだよ」

 

 近衛くんにそう答えておく。ほかの面々も、同じように感じているようだ。

 

「懐かしい。本当に懐かしい。俺たちも、面接したその日にダンジョン体験させられたんだよなあ。すっかり我が社の伝統になって」

「先輩がそういう無駄口を叩くんじゃないよ、ヒロっち」

「へーい」

 

 社員で同道しているのは俺、勝則、健平さん、そして暇してた宏明である。万が一に備えて、俺も作業服と防具、そしてクォータースタッフを装備している。同じ物を新保くんも身につけている。作業服は新品。どうせ入ったら貸与するしね。

 程なくして、地下一階に到着する。ふと壁を見やって、良いものをみつけた。

 

「はい、皆さんご注目。この壁に取り付けてあるのがこけ玉捕獲用シート。で、今まさに引っかかってるのがこけ玉です」

「これが……! 生きてるの初めて見た!」

 

 近衛くん、大興奮。臆すること無く近づこうとする。流石に押しとどめる。

 

「はい、そこまで。トラップに引っかかってるから基本的に大丈夫だけど、まれに引っかかってる部分をちぎって脱出するから無防備に近づかない」

「あ、はい。すみません」

 

 分かってもらえたようなので、よし。というわけで、ハンマーパンチ。肩たたきのように拳を振って、壁に押しつぶすようにこけ玉を殴る。大して手応えも無く、緑のマリモもどきは潰れた。若人達の短い悲鳴が聞こえたが、気にせずトラップからひっぺがす。

 

「さて。ビッグアントはこけ玉をエサにします。なのでコイツで釣ってみようと思います」

「そ、その……素手で触って大丈夫なんですか?」

「もう潰したからね。生きているときは、若干不味い。倒す必要があるときは、武器を使ってね」

 

 注意をしてから、こけ玉を掴んで持って行く。そのまま先頭を進む……つもりだったが、勝則が前に立った。そのまま、ぱちりと指をスナップさせるとほの明るい光玉が生まれる。ダンジョン内は基本的に十分な明るさがある。だが若干光が足りなくも感じる。初心者には、十分な光量があった方がいいだろう。モンスターが近くに居るか分かりやすいしな。

 

「わあ。御影さんって魔法が使えるんですね、すごーい」

 

 そして、速攻で反応する福与さん。うーむ、ここまで来ると少しばかり感心してしまう。乙女心は一直線なのだなぁ。

 

「マナが使えれば、この程度些細なことですよ」

「そんなことないですよー、絶対スゴイですって。写真撮っていいですか?」

「遠慮してください。目立ちたくないので」

 

 きゃっきゃとしたやりとり。ダンジョン内なんだがなあ……と思っていると、隣からものすごい圧を感じる。

 

「社長……あれは、なんですか」

 

 宏明が、地獄の底から絞り出すような声で唸る。

 

「モテ男と、ピチピチギャルかな」

「オノレェ、オノレェ。俺だって魔法使えるのにぃぃぃ」

「使ったらいいんじゃね?」

「超能力は、モテないんですよぉぉぉ」

「ああ、そういえばそうだった」

 

 色々やらかしたからな、超能力使い。案の定、塩村さんと福与さんが数歩距離を置いた。逆に近衛くんがキラキラした目で見ているが。

 

「まあ、なんだ。先輩として頼れる姿を見せれば、偏見はなくなるんじゃないかなあ。たぶん」

「根拠のない希望は、妄想と変わらない……」

 

 そんな雑談をしながら歩くと、程なくして目的の分岐路にたどり着いた。

 

「かっつん。ちょっとストップ。えー、皆さん。今歩いてきた道は、入口から地下二階への最短ルートとなっています。で、このルートはうちのダンジョンで一番安全になっています。何故かというと、毎日通る道なので遭遇したモンスターは必ず倒すからです」

「つまり、その分だけ数が減っているということですか?」

「近衛くん、正解です。最初は道を覚えられないと思うので、地図を渡します。すぐに、地図無しで歩けるようになりますけどね。で、この道から離れると、モンスターと遭遇しやすくなるわけです。というわけで、ちょっとこっちへ行きます」

 

 最短ルートからはずれる。面接者達の緊張が、一ランク上がったようだ。うん、いいことだ。普段ならそれをほぐすところだが、今日はしっかりそれを感じてほしい。とても大事だから。

 三十メートルも歩いただろうか。特徴的な、硬い爪が石の床を叩く音が聞こえてきた。前方に向けて、こけ玉を投げる。

 

「さて、そろそろ遭遇するわけだけど……お手本見せようか?」

 

 新聞紙の棒を使った方法は、まだ教えないけど。あれは戦闘ではなく駆除だ。今の彼が求めるものではないし、俺たちが見たいものでもない。

 

「いらねえよ。……ナメないために、ガチでやる」

「グッド」

 

 そういうことなら、任せよう。気炎を上げる新保くんの背を見送る。もちろん、ピンチになったら介入できるようにプラーナを静かに練り上げておく。

 ほどなくして、奥の通路よりそれが現れる。小型犬ほどの大きさのアリ。コンクリを砕くアゴ。表情の読めぬ不気味な複眼。地下一階のモンスター、ビッグアントだ。

 

「うおおおおおっ!」

 

 その姿を見た途端、咆哮を上げて新保くんがクォータースタッフを振り上げて突撃した。む、むむ。評価が分かれる。無謀ではあるけど、恐怖で足をすくませるよりはいい。一気に両者の距離が詰まる。武器が、上段から勢いよく振り下ろされた。

 通路に響き渡る金属音。クォータースタッフは、ダンジョンの床をしたたかに打ち据えた。ミス! ダメージを与えられない!

 

「!?」

「足を止めるな! そのまま走り抜けろ!」

「お、おおお!」

 

 俺の声が届いたようで一旦速度を落とそうとしたが、大股でその場を離れる。ビッグアントも急には方向転換できない。至近距離まで近づいた両者だったが、また距離が開いた。

 

「いいぞー! 距離を意識するんだ! 君の方がリーチが長い!」

「うるせえ、黙ってろ!」

 

 叱られてしまった。そうだな、せっかくの初挑戦だ。自分で気づいた方が経験になる。再び見守りモードに入る。……と、その前に。

 

「かっつん、ヒロっち。あのタイマンの邪魔にならないように、ほかのビッグアントは避けておいてくれ」

「承知しました。気づかれないように、ですね」

「そうそう」

「もうやってますよーっと。サイコキネシス、遠投。ぽいっとな」

 

 見えないが、宏明がさっそく邪魔者を排除してくれているらしい。これで安心して、彼の戦いを見ていられる。再度、一人と一匹の距離が近づいていく。先ほどの違いは、新保くんがその場で待ち構えていると言うこと。さあ、どうなるか。

 

「オラァ!」

 

 堅い音が、通路に響く。ヒット! 右の前足が今のでへし折れた! 進もうとしても曲がってしまう。これは勝負が決まったか? 

 

「っしゃぁ!」

 

 動きの鈍ったビッグアントへ、全力のクォータースタッフが振り下ろされる。だが。

 

「ガチッ! ガチッ!」

「っち、くそが!」

 

 敵もタダではやられなかった。生存本能による動きなのか、なんとビッグアントはその場で跳ね飛んだ。そして勢いが乗り切る前のスタッフに噛みついたのだ。こうなっては、殴りつけることも出来ない。振り回しても、全然取れない。彼の顔に明確な焦りが浮かぶ。

 

「壁に叩きつけろ!」

「! こうかぁ!」

 

 反応が早い。新保くんは即座にクォータースタッフを壁に叩きつけた。噛みついていたビッグアントが避けられるはずも無く、強く打ち据えられる。たまらず、アゴを開いてしまう。

 

「くたばりやがれ!」

 

 苛立ちと怒りの込められた踏みつけにより、ついにビッグアントは打ち倒された。肩で息をする彼に、歩み寄る。

 

「お疲れ様、お疲れ様。うん、センスあると思うよ新保くん」

「はー、はー……ああ?」

「教えて貰っても、即座に動ける人ってそんなに居ないんだよ。思い切りがいい。それは間違いなく、君の才能だ」

「……うす」

 

 おお、初めて気持ちのこもったお辞儀をしてくれた。小さいけど、これはとても大事だ。

 

「社長、こちらは回収しますぞ?」

「ああ、お願いします」

 

 健平さんが持参した火ばさみとゴミ袋でビッグアントを拾っている。実は忘れていたので、彼が持ってきてくれていて良かった。最近、この手の仕事やろうとすると周囲の人が持って行っちゃうんだよね……。

 

「初めてのモンスター退治、どうだった?」

 

 本人に聞いてみると、意外なことに苦い顔をしている。

 

「……だせえ。俺が、だせえ。全然上手く当てられなかった」

「続ければ、やれると思う?」

「やる。このまんまじゃ終われねえ」

 

 続けて、残りの三人に聞いてみる。

 

「実際のモンスター退治はもっと安全に行います。一人でなく、複数で。それでも勇気は必要だし、疲れるし、油断は禁物です。どうでしょう、続けられると思いますか?」

「はーい、やりまーす! 入社しまーす!」

 

 うーん、福与さんはまったくブレない。そして信用も出来ない。彼女は質問の意図を全く酌まずに、勝則だけ見てるから。要注意。

 

「自分は、訓練受けさせて貰ってから戦いたいと思います。準備大事」

 

 近衛くんは、ダンジョンに対する忌避感が無いように見える。遠い昔を思い出す。ダンジョンの不思議に夢を見たあの頃に。彼はいつ幻滅するのか……いや、うちの会社にいれば割とそうでもないか? 色々不思議に触れる機会が多いからな。

 

「私は……とりあえず、入らせて貰って体験してから……すみません」

 

 そして塩村さん。彼女が一番、普通の反応をしている。ダンジョン、危険は怖いもの。それから離れたいと考えるのは生物の本能。しかし働かねば食べていけない。ほかにも労働場所はあるだろうが、どこも楽な仕事ではない。そんな中、彼女は我が社を選んだ。出来れば続けてほしいしサポートもするが、結局は彼女次第である。

 ともあれ、面接者達の意思は確認できた。社会人としての最低限の能力も。となれば、入社には問題ないと俺は判断するが……勝則を見る。彼はしっかり頷いた。健平さんを見る。こちらも同じ。であれば、ためらいはない。

 

「よろしい。では地上に戻りましょう。今後について総務の方からお話があります」

 

 そう言って道を戻ろうとすると……またも、堅く細やかな足音が聞こえてくるじゃないか。それも複数……ちょっと多めだな?

 

「めずらしい。騒ぎを聞きつけて奥に居たのが反応したかな、これ」

「そのようです。5匹……いや、もっとですか」

「黄田さん、面接者たちを下がらせて」

「はい、ただいま。みなさん、こちらへ下がってくださいね」

 

 異常事態に驚き戸惑う三人とは違い、一人血気盛んなのが吠える。

 

「お、おい! 俺も……」

「ここは先輩に花を持たせて頂戴よ、新人君」

 

 ひらひらと手を振って、宏明が前に出る。ソレと肩を並べるのは勝則だ。

 

「宏明さん、まとめてください。とどめは自分が」

「はいはい、任して。おー、来た来た。団体さんだ」

 

 ぞろぞろと現れたのは、やはりビッグアント。数はざっと見ただけで八匹。後ろからも続いてくる。一般人どころか、新人ハンターでも命に関わる数だ。スペクターと戦った頃の俺たちでも、ピンチに陥っていた数かも知れない。

 でも、今は違う。

 

「サイキック……グラップ!」

 

 宏明が、開いていた手をぎゅっと握る。するとこちらに向けて突進していたアリ達が、一斉に浮き上がった。そのまま、まるで空中にある檻の中へ放り込まれたかのように一点に集まってしまった。一匹残らず、全てである。

 

「極点の空気、失われる熱、白き終わり……アイスコフィンッ!」

 

 勝則の発動させた魔法が、身動き取れないビッグアント達へ容赦なく襲いかかる。瞬く間に氷が体表を覆っていく。あっという間に、一つの丸い氷塊となってしまった。

 

「……勝則君。動きは止まったけど、これで仕留めたの?」

「身体の芯まで凍り付いています。ほぼ即死ですし、さらに数分が過ぎれば窒息死間違い無しですよ。ご心配なく」

 

 氷漬けのそれを手元に寄せて、二人がそう語り合う。中のビッグアントはピクリとも動かないので、大丈夫のようだ。

 

「すっげー! マジスッゲー! あんな魔法見たことない!」

「御影さんかっこいい! マジイケてる!」

 

 大はしゃぎする近衛くんと福与さん。塩村さんは口元に手を当てて驚いているし、新保くんはどことなく悔しげだ。

 

「でも、コスト的には全く美味しくないんだよねえ」

「魔法使い二人を投入してビッグアント十匹程度では、お辛いですね。あれで500円ですから」

 

 面接者たちから、『安!?』とそろって驚きと悲鳴が上がる。そうだよね、俺もそう思う。

 

「モンスターからの収益で、まともに生活しようと思うとやっぱり地下二階に行かないとね。ケイブチキン、一羽一万円。一日十羽持ち帰って、週5日働いたとします。はい、4週での利益は? 経費は考えないものとする」

「はい! 十万円×五日×四週で二百万円です!」

 

 塩村さんの計算が速い。親指を立てる。

 

「下に降りれば降りるほど、モンスターは強く、そして利益は基本的に上がる。こんなに人を雇えるのは、相応に儲けているからなんだよ。君らが強くなって危険に対処できるようになれば、その分だけお給金は増える。そこいらの大学出なんて目じゃないくらいに出す。……きつい仕事だけど、それに見合うものはあるよ」

 

 全員の目の色が変わる。うん、こんなご時世だ。お給金が良い、は魔法の言葉だよな。

 

「そしてそれを掴むためには、汗と努力が必要なんだ。今時流行らない話だよね。でも楽してもうけられる仕事は、行きたがる人が多すぎて大渋滞だ。前に進むためには、こういう道いかないとねえ……おや?」

 

 地上へと戻る道を歩き出そうとしていたら、前方から羽ばたく音が聞こえてきた。ケイブチキン? いや、もっと軽い感じだな。となると?

 いぶかしんでいると、それはあっという間に目の前まで飛んできた。見間違うはずもない、一羽のカラス。このままではぶつかる、と思わず身構えるが残り一メートルと言うところでくるりと一回転。一瞬で姿形、体積まで変わって執事服を纏った美女が目の前に立っていた。

 

「失礼します、社長様。里奈様がご到着されたのでお知らせに参りました」

「おおっと、もうそんな時間だったか。ありがとうね、カラスさん」

「とんでもございます。知らせを運ぶのは私の仕事でございますから」

「よし、それじゃあみんな、地上へ……あ」

 

 若い子たちが、目を丸くしている。確かに、普通では見ることのない光景だものな。うちの社員達も初めて見たときは同じ反応をしたものだ。もちろん、俺も。

 

「あー、こちら、使い魔のカラスさん。本当にカラスで、魔法で人の姿に化けているの。俺の個人秘書……のお手伝い、でいいのかな?」

「はい。立場的にはその通りでございますね。皆様、カラスでございます。名前が付きますと不都合が生じますので、そのままカラスとお呼びくださいませ。ささ、皆様ここでのんびりはいけません。地上へお急ぎを」

 

 と、彼女に促されて我々は地上へ戻ることにした。

 

「あの、御影さん。あのカラスさんは……魔法、なんですか?」

 

 恐る恐る、声を潜めて近衛くんが質問している。

 

「その通りです。テレビや配信などで見る論理魔術は、初心者向けのもの。その深淵は奥深く、容易に習得できません。カラスに知恵を与え人に化けさせるなど、一体どれだけの術を組んだのか。学び初めて一年弱の自分には、まだ到底届かぬ領域ですよ」

 

 早速、一般では知られていないファンタジーに接触している。ふふふ、こんなもんじゃないぞぉ……まあ流石に、蛮族の楽園(サベージ・パラダイス)についてはある程度時間を置くが。ちょっと刺激が強すぎる気がするので。

 地上への階段を上る。太陽や気温から察するに、もう昼に近いようだ。

 

「黄田さん、四人を食堂へ案内して。総務の話はご飯の後にしよう」

「承知しました。それでは皆さん、こちらへどうぞ」

 

 面接者たちは彼に任せて、俺は入口へ。そこにはいくつもの旅行用トランクを足下に置いた、『断神』観月(みづき)里奈(りな)さんの姿があった。

 

「里奈さん、お早いおつきで」

「こんにちわー社長さん。到着でーす」

 

 というわけで、里奈さんが生活の場をこちらに移すことになった。もちろんダンジョンブレイクなどの大仕事は現場に駆けつける。それ以外の仕事、特にドゥームブレイカーズ関連からは大分手を引くらしい。

 代わりにモデルやらテレビやらの仕事はまだ続くとか。事務所と政府から、土下座する勢いで頼まれたと本人嘆いていた。彼女の影響力は大きい。どうしても、頼りたい部分があるのだろう。本人が了承するのなら、俺から言うべきことは無い。嫌なことははっきりと言える人だしね。

 

「ソレで荷物なんですけど、こっちじゃないって聞いたんですが?」

 

 彼女が指さす先は、今まで俺たちが住んでた旧黄田邸。俺は逆側を指さす。道路を挟んで反対側の家を。

 

「はい。実は家を変えることになりました。四月からあっちです」

「あらまあ。それじゃあこちらは?」

「解体……じゃなかった、移築します。詳しい話は家で……いや、その前にお昼ですね」

「はい。お腹がすきました」

「とりあえず、荷物を運んでしまいましょう」

 

 運搬は得意なお仕事。俺は彼女の荷物を、新たな住処に運び込んだ。

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