【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第102話 家を変えるお話

 少し前、三月の終わり頃。仕事が終わって日も暮れた、そんな時間帯。俺たちは家の居間にいた。面子は少々多い。俺、御影兄妹、黄田一家、そして猫さん。合計六名+一匹。俺は印字してきたばかりの通帳の数字を確認し、手元の書類にサインした。それには、返済計画書との表題が書かれている。

 

「はい、たしかに。これにて俺への支払いが全て完了したのを確認しました。お疲れ様でした」

「ご迷惑をおかけしました」

 

 一家がそろって頭を下げる。彼らの借金の額は、ちょっとしたものだった。俺への示談金、こちらに来たときの生活費、その他いろいろ。一家三人が一般企業で働き続けても、返済には数年かかる額だった。

 しかしながら、彼らは一年かからず返しきった。贅沢をせず、返済を第一にしていたというのもある。しかし最大の理由は、我が社の事業が拡大していくのにしっかり付いてきた三人の努力によるものである。

 実際、それぞれ立派に務めを果たしてくれた。流はダンジョンに関わる全般。陽子さんは雑務。健平さんは事務関係。しっかりした後方支援があったからこそ、ここまで仕事を広げられた。それは間違いない話なのだ。

 

「というわけで、これにてあの事件に関わる全てが片付いたものとします。お疲れ様でした」

「いえ、そういうわけには……」

「終わったことにしたいんです、俺が。いい加減、このわだかまりを下ろしたい」

「……分かりました。ありがとうございます」

 

 黄田一家が改めて頭を下げた。これにておしまい、である。となれば、次の話をしなくてはいけない。具体的には、三人のこれからについてである。

 

「それで、ですね。これからお三方はどうしますか。引き続き我が社で働いてくれますか?」

「え、はい。それはもちろん……」

「っていうか、俺らここ以外働けるところねえっス」

「でもないぞ、リュー。特にお前は。なんせプラーナ使えるんだから、普通に一流のダンジョンカンパニーで雇ってもらえる。アサナギとか、履歴書送ればいけるんじゃねえの?」

「思いっきり前科持ちなんスが」

「能力のあるハンターともなれば、その辺目をつぶるらしいぞ」

「それはそれで問題があるんじゃ……?」

「俺もそう思う」

 

 都会のダンジョンカンパニーは、モラルがやや怪しい。何年か前にカンパニー同士で抗争じみたことをしていたと、今でも時折耳に入ってくる。それは大分下火になっているらしいが、それでも起きるときは起きると身をもって知らされている。

 

「出来れば、引き続きこちらで働かせていただきたいのですが。やはり地元ですし新天地で最初からと言うのがどれだけ大変かは、嫌というほど学んだので」

 

 健平さんが、かつてを思い出しながらそう述べる。その頃の話は聞いていないが、三人が口に出すこともない。お調子者である流ですら。さぞかし過酷だったのだろう。

 

「地元だからこそ、大変な事もあると思うんですが」

「それは、私たちが一生背負っておくべきものです。たとえ社長からお許しいただいても」

 

 本人達が覚悟を決めているのなら、俺から言うべきことはない。しっかりと頷いてみせる。

 

「そういうことでしたら、引き続きよろしくおねがいします。……せっかくだから、四月から総務部の部長になって貰おうか?」

「社長!?」

 

 本人、とても焦った声を出す。だって、事務方の大半を仕切ってくれているんだもの。まかせてもいいんじゃないかなって。

 

「社長、流石にまだ早いかと。せめてもう一年、時間をおくべきだと思います」

「そうかー。残念」

 

 勝則に言われては仕方が無い。アイデアをしまう。健平さんが思いっきり安堵の息を吐いていた。我が社ってば、相変わらず色々足りてないんだよなあ。任せられるものはどんどん分散していきたいと思っている。その一環として、氷川正吉さんを雇うって話になったのだから。

 

「あ。そうだ。せっかくだからこの話もしておこう。健平さん」

「はい、なんでしょう」

「この家なんだけどさ、本当に申し訳ないんだが……取り壊そうと思っているんだ」

「なんと」

 

 驚く黄田一家に説明する。理由は、我が社の人数にある。新社屋が完成した。社員の労働環境が整った……が、足りないのである。人数に対して、広さがぜんぜん。当初はね、俺たち+ハガクレ組くらいで考えていたんだよ。

 それが地王カンパニーの一部に加え、元ドゥームブレイカーズことサキモリ組まで合流することになった。さらにこれから新人も採用いくとなると、箱の容量をあっさりオーバーするのである。

 とりあえず今は、緊急の対応をしてある。我が社が管理しているもう一つのダンジョン。そこの近くに、使うのを止めた農業用の倉庫があった。そこそこの広さがあるのでそれを借用、改装。休憩所兼倉庫として利用している。

 近くの農家さんとの関係は良好なので、こういうことが出来ている。やはり地元とのつながりは大事だな……。しみじみとそう思う。

 話をこの家のことに戻す。現状について軽く説明を終えた俺は、腹案を話し出す。

 

「と言うわけで、新しく箱を作らなきゃいけない。もちろん基本的な労働場所はダンジョンだし、全員この場にあつまっているわけじゃない。とはいえダンジョンから出たら箱からあぶれるというのは労働環境を整える立場としていかがなものかと考えるわけで」

「昨今は、外にいるのが辛いっスからね。ダンジョン一階のほうが過ごしやすい」

「そう言えるのは、実力のあるハンターだけだ。これから入ってくる新人は、気が休まらないだろう。だから、新しい施設を作る。ここを壊し、裏の家も買う。そことつなげて、二階建てくらいの建物を用意したいなと考えている。一階は休憩室兼ホール。二階はトレーニングルームみたいな感じ。中身については、まだ本決まりじゃ無いけど」

「なるほど。そこまで広ければ、キャパシティは確保できますか……そういうことでしたら、私共に否はございません」

 

 健平さんを初め、黄田一家はまったく否を示さなかった。

 

「それでいいんですか? ここは素直な話を聞きたいんですが」

「はい、大丈夫です。もちろん、思い出はあります。ですが、この家はすでに私たちのものではありません。それに、家族の思い出は社長のご厚意で返却していただきました。これ以上はバチが当たります」

「……そう言ってもらえるなら、助かります。俺としても、この家には思い入れがあるんですけどね」

 

 俺には住んだ家が五つある。実家、祖父母の家、学生寮、アパート、そしてここだ。実家には悪い思い出しかない。祖父母の家での生活は、心の支えだ。学生寮では良くも悪くも色々あった。アパートには……ないな。あそこは帰って寝るだけの場所だった。

 ここでの思い出は……良いものも、悪いものもある。喜怒哀楽、全部だ。つまり大変思い出深い。それを取り壊さなきゃいけないというのは、やはり大きな寂しさを感じるわけで。

 

「では、私がどうにか致しましょうか?」

「うわぁ!?」

 

 すぐ後ろから、あり得ない人の声がして飛び上がった。振り向くとそこに居たのは、メイド服を着た魔女がいつも通りの笑顔を浮かべていた。

 

「マリアンヌさん!? 今日はずっとあっちで作業っていってませんでしたっけ!?」

「はい。本体はダンジョンの方におりますよ。これは猫の身体を使っております。このとおり」

 

 彼女の服が、いつもの私服に変わった、と思ったら今度はホームセンターの時のソレに。さらにはまたメイド服へと戻った。

 

「使い魔の居る場所なら、これこの通りでございます。……それで思い出のお家を壊さず、この場所を空けたい、というお話しのようですが」

「そんな夢のようなことが出来ると仰るんですか、魔女殿」

 

 ここまで黙っていた小百合が口を挟んできた。……どうにも彼女は、マリアンヌさんへ若干あたりが強い気がする。魔法の手ほどきを、ほかの社員達と一緒に受けている立場なのに。でもって、マリアンヌさんはそんな小百合の振る舞いを楽しんでいるようなのだ。そんな状態なので、俺も口を出せない。成り行きを見守っているしかない今日この頃である。

 

「出来ますとも。とりあえず、この家を私の土地に移築してしまいましょう」

「……はい?」

 

 なんだか、とんでもないことを言い出したぞこの魔女殿。ついて行けない俺たちを置き去りにして、マリアンヌさんは唄うように続ける。

 

「電気ガス水道、ちょっとだけいじる必要がございますがあとはそのまま。それとも、改築とか耐震工事とかいたします? 大抵のことなら、ご要望通りにできますが」

 

 彼女が手を振ると、家の幻がミニサイズで現れる。さらにそれが、ミニチュアか子供向けのおもちゃのように天井や壁が外れたりする。……不動産屋さんがこの魔法使えたら、さぞかし便利だろうなと、少し現実逃避してしまった。

 

「解体の手配、各種手続き、新しい建物の打ち合わせ。社長はお忙しいというのに、通常業務に加えてこれらの作業が加わってくる。であればここは一つ、この秘書がぱぱっと片付けますとも。どうぞ私にお任せあれ」

 

 楽ができる。銀行や業者との打ち合わせが減る。これ以上のない魅力的で都合の良いお話。だと言うのに、俺の胸にはもやもやとしたものがわだかまっている。頷けない。なんでだ?

 一見すればできの悪い詐欺のような話。しかし相手はマリアンヌさん。彼女が俺を騙すはずがない。きっと間違いなく彼女はそれをやってのけるだろう。だと言うのに、イエスと言えない。

 

「わーお、やったじゃないっスか社長。これで全部丸く収まるっスね」

 

 流の脳天気な声が、心にざっくりと突き刺さった。なるほど、これだ。

 

「マリアンヌさん。ありがたい申し出だけど、遠慮させて貰うよ。だってそれは、スジが通らない」

 

 相手の目を見てはっきりと告げる。彼女は気分を害すること無く、ただ小首をかしげてみせる。

 

「スジが通らない、ですか?」

「そうです。マリアンヌさんにやってもらえれば、そりゃ楽でしょう。間違いも無い。……でもなんと言いますか、ズルすぎる。魔法でポンポン願い事が叶うのは楽ですが、大人のやっていいことじゃないでしょう」

 

 俺は、黄田一家の方を見やる。

 

「なんと言っても俺は、黄田一家に筋を通させた男です。警察に出頭させました。必要なことでしたが、酷な仕打ちだったのもまた事実です。そんな男が、自分だけすごい魔女に頼って楽をする。そんなの、到底納得できる話じゃないでしょう。俺だったらふざけるな、と腹を立てます。スジが通らないとは、そういうことを言っています」

 

 ふたたび、マリアンヌさんへまっすぐ顔を向ける。これは信条を伝える作業だ。これから先、協力し合っていくには必要なことだ。

 

「まあたしかに、崑崙マーケットとか表沙汰にできない繋がりや金もあり、完璧にまっさらな身とは口が裂けても言えません。それでも、俺は社長です。能力も器も足りてないですが、皆がそう扱ってくれています。そんな社員達に顔向けできなくなるようなことは、したくありません」

「……センパイは相変わらず、損な道ばっかり選ぶっスねー」

「やかましい。楽して生きるってのは賢くなきゃ簡単に身の破滅を呼ぶんだよ。俺は賢くないって自覚しているから、こういう風にやってるんだ」

 

 流の茶々入れにそう返す。……御影兄妹も、黄田一家も、苦笑いというか生暖かい視線をこっちに向けてくるの止めてくれねえかな。

 そしてマリアンヌさんは、笑顔を収めて真剣な表情で頷いてくれた。

 

「なるほど。春夫さんの信条、確かに伺いました。そのような信念をお持ちであれば、私の方法はたしかに邪道といえましょう。差し出がましいことを申し上げました」

「とんでもない。お気持ちは本当に嬉しかったです。なのに酷い返し方をして申し訳ない。本当、この通りで」

 

 思わず床に手をついて頭を下げる。信条には合わなかったが、善意で申し出てくれた話だ。これぐらいしないと気が済まない。が、マリアンヌさんは俺の手を取って、視線を自分に合わせてきた。

 

「いいえ。春夫さんのお気持ちをよく理解しなかった私の落ち度です。どうぞ頭を上げてください。お詫び、と言うわけではありませんが、よりよい方法を提案致します」

「より良い?」

 

 首をかしげると、彼女は再び輝くような笑顔でこう申し出てきた。

 

「どこからも文句が出ないように、完璧な手続きを()()()()()。そうすれば、この家を移築しても問題ないでしょう?」

 

 ん、んんん? なんだかものすごいことを言い出したぞこの魔女殿。ちらり、と勝則を見る。こめかみを押さえながら首を振っている。小百合を見る。両手を上に上げやがった。

 

「私、この国の政府には色々貸しを作っております。ちょっと言えば、必要な手続きを完璧にこなすでしょう。面倒な仕事も、そちらに投げてしまえばいいのです。コネクションという力は、こういうときに便利ですね」

「……あの、それって方々にご迷惑をかけることになるのでは」

「大丈夫ですよ。これで少しでも私に借りが返せると、皆大喜びしますから。折りを見てまた盛大に貸し付けますけどね」

 

 なんか、変な脂汗出てきた。どうしよう、どうしたらいい? 変な動揺に襲われる俺の後ろから、肩を叩かれた。流だった。

 

「センパイ、諦めが肝心っス」

「リュー? それは、どういう……」

「なんか、魔女さんのスイッチをがっつりオンにしちまったみたいっスよ? 俺知ってます。そういう女の子には逆らったら駄目っス」

 

 振り向いたついでに、黄田夫妻を見る。二人は神妙な顔で頷いていた。そうかー……そうなのかー……。マリアンヌさんへ改めて向き直る。いつも美しい笑顔を浮かべている彼女だが、今日この時ばかりは、有無を言わさぬ迫力を伴っていた。

 

「それじゃあ、よろしくおねがいします」

「はい、お任せくださいね」

 

 もうどうにでもなーれ♪ 俺はその時、いろんなものをぶん投げた。

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