【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第103話 新しい環境、これからの関係

 そんな訳で俺は、新しい家を買った。道路を挟んで反対側の家であり、通勤時間は一分増えたかどうかも怪しい。至近距離にダンジョンがあるおかげで、土地の価格は最低額。家は新しいのに、全く売れていなかった代物である。

 それを俺が不動産会社に連絡して購入。相手側にはこれ以上無いほど喜ばれた。新築でローンも組んだろうに、ろくに住めずよそに引っ越した家主の心情、いかほどのものか。この家を処分できたことで、少しは楽になれば幸いである。

 購入資金は、貯金から一括で支払った。……うん。気がついたらね、結構貯まってたからね。っていうか、もし足りなかったら稼げばいいし。俺ね、最近一匹だけなら弾丸サンマをソロで取ってこれるんだ。

 半日に一匹ずつでも、一日四百万稼げるという話である。我ながら馬鹿みたいな話をしていると思う。身体が健康なら、数千万単位なら一ヶ月で支払えるって言ってるようなものなのだから。

 旧黄田邸の移築で必要となる経費も、俺の財布から出すと言っておいた。たとえウン億とか言われても、返済可能である。常識的に考えれば、そんな金額にはならないと思うけど。しかし、我ながら金額の桁が本当おかしくなってきたな。どうにもならんのだけど。

 新居の話に戻る。一応業者さんに入って貰って、電気その他のチェックはしてもらった。やはり、一年近く放置されていたので、若干の問題はあったが些細なもの。その日のうちに解決出来たのは助かった。

 そうして、前の家からは引っ越し。俺たちの荷物はたいしたことないので、運び出しは楽なものだった。家具も古いものは処分、家に合わせて新しいものを購入。新生活開始……とするつもりだったのだが。

 

「勝則たちが引っ越し前日に、これを機に別の家に住むって言い出しましてね。具体的には一樹さん達が住んでいるマンションなんですが。土壇場だったので、荷物の運び出し計画がドタバタするはめになりました。あと、互いの荷物が間違って入ってたりも。まあもう、片付きましたが」

「大変でしたねー」

「当人達も、割と直前まで無意識で一緒に住むものだと思っていたようですね。習慣で動いていると、そういうことをしてしまうものです。」

 

 昼過ぎの、社員食堂。俺は里奈さん、マリアンヌさんと一緒に昼食を済ませた。社長が、美人二人に囲まれている。当然、視線を集めてしまうわけで。

 

「オノーレ、社長。ハゲる呪いをかけてやる」

 

 やめろ宏明。超能力といえどマナが使えるお前が言うとしゃれにならない。

 

「うお、本当に断神が来てる。あれ冗談じゃ無かったんだ」

「ばか、社内連絡で回ってきた話なんだから。冗談載せる会社がどこにあるってのよ」

 

 あっちでこそこそ喋ってるのは地王組の憲治(けんじ)くんと広美(ひろみ)さんだな。……まあ、日本の英雄が地方の会社へ天下りとか、めったに聞かない……どころか、普通に無い話だものな。疑いたい気持ちはよく分かる。

 

「断神様だ。ありがたや、ありがたや……」

 

 手を合わせて拝んでいるのは、近衛くん。……君、移動中でしょ? そんなことしていると他の人においていかれるぞ。ほら、呼びに来た。面倒見がいいな、塩村さん。

 そんな風に周囲が若干の混乱に陥っているが、放置して話を進める。

 

「まあもう、二人が同居する理由も大分薄れていましたしね。元々は経済的に厳しかったからそうしていたわけですが、今は違いますし。唯一の理由と言えた通勤時間も、車買ってしまえばほぼ解決しますし」

 

 ちなみに我が社は、近隣の駐車場を借りて社員用にしている。元々は別の会社が使用していたものだったらしいが……これ以上は語る必要は無いだろう。つまりいつも通りの流れの結果である。

 

「じゃあ、これからはあちらのお家で暮らすという感じですか?」

 

 という里奈さんの言葉に、俺とマリアンヌさんは顔を見合わせた。里奈さんが首をかしげる。

 

「あれ? どうされたんです? 違うんですか?」

「そのとおりなのですけど、そうで無いとも言えます」

 

 マリアンヌさんが、映画に出てきた魔法使いみたいなことを笑いながら語る。当然、里奈さんの頭の上にはハテナマークが浮かんだままだ。

 

「まあ、それに関しては夕方のお楽しみということで。それで、里奈さんのこれからのスケジュールはどうなっているんです?」

「あ、はい。今日はオフで、明日からすぐ近隣のダンジョンへヘルプに行きます。迎えが来るので、待ってればいいって香ちゃんから言われてます」

「すぐ近隣? 市内ですか?」

「いえ。お隣……その隣? ええと、ちょっとまってくださいね。メモが、これで、スマホの地図アプリが、これで」

 

 彼女が四苦八苦するのを手伝って、その場を検索する。それは西側にある市内を示していた。確かに近い。

 

「ここが、今度ダンジョンブレイクすると?」

「それがなんだかおかしな話なんです。そのダンジョン、モンスターが増えなくなったんですって」

「なんですと?」

 

 それはおかしな話だ。モンスターは基本的に増えていくもの。向こう側からくみ上げたマナをモンスター、あるいはマジックアイテムに変換。ダンジョンから持ち出されない限り、内部に貯蔵され続ける。

 

「特別なマジックアイテムを手に入れたとか、そういうお話は?」

「無いです。そこは最低限の間引きしかしていない、管理委託ダンジョンなので。階層だって地下二階までしか降りていないそうですよ」

 

 思わず、マリアンヌさんへ視線を向ける。彼女はこれ以上無いほど真剣な表情をしていた。

 

「委託された企業もこれはおかしい、と報告はしたそうです。ところが雇い主である県はこれに対して動きが鈍かったんですよね」

「……なんでまた」

「『減っているならいいじゃないか。そこの管理委託費、減らせないか?』と担当部署のトップが言っちゃったそうで。委託企業と揉めたそーです」

「なんて、短絡的な」

 

 眩暈がする。ダンジョンの秘密を知らないにしても、限度がある。これを機にダンジョン消滅のきっかけを得られるかもとか、そういう思考に行かないだろうか。立場が変われば考え方も違うだろうが、それにしたってあんまりだ。

 

「で、契約切る切らないの押し合いまで行ったところで県の偉い人の耳に入りまして。そこからやーっと、私たちの方に話が回ってきたんです。あ、ちなみに担当部署の偉い人は移動になったそうです」

「さもありなん」

 

 そのまま残しておいたら、その企業の心証も悪いしね。

 

「そうしてやっと、調査が開始されて。管理会社は地下三階まで降りたそうなんですが……弾丸サンマも、数は適正以下だったそうです。一応、地下四階への階段は見つけたそうですけど、そこで撤退してます。戦力不足で」

「それで最終的に、里奈さんたちにお鉢が回ってきたと」

「それなんですけどねー。なんだかその管理会社と揉めてるみたいでー。地下四階に入るの、もうちょっと先になりそうって話でー。でもいざというときのために昼のうちは詰めておけとか、面倒くさいお話が回ってきちゃってるんです-」

 

 至極面倒だ、と大きくため息をつく里奈さん。しかしその話は、かなり深刻なものだった。これが何も知らなかったら、ダンジョンの不思議で片付けられた。だけど今の俺は、少々知りすぎている。マリアンヌさんのシステムに、予期せぬトラブルが起きている。

 

「どうしますか?」

「私の方で調査いたします。ありがとうございます、里奈さん。大変貴重な情報を頂戴しました」

「え? そうなんですか? それならよかったです」

 

 本人は気づいていないが、これは値千金だった。もしかしたら、対処が可能かもしれない。手の付けられない事態が、すでに進行中と言う可能性も否定できないが。

 

「とりあえず、うちの方でも情報共有しておきます。場合によっては、俺たちが手を貸せるかもしれませんので」

「その時は、よろしくおねがいします。もちろん、私個人の依頼という形で」

「助かります」

 

 俺個人だったら礼など要らないというのだが、会社を動かすならそうも言っていられない。社員には人件費がかかっている。利益無しで動かせば、それは収益を落とすことになるのだ。……腕のいい社員はそれだけ高給取りだからね。割としゃれにならない。

 さて。にわかに危機感を覚えたが、さりとて今できることは少ない。特に俺が出来ることなどほんの僅かだ。さっき言った情報共有くらいしかない。とりあえず、主要メンバーには後で集まってもらえるよう、スケジュール調整のために声をかけておく。より正確に言うと、そうしてもらえるよう伝言を頼むくらい。

 皆、仕事があるからすぐには集まれない。なので里奈さんを家に案内する。二階建て、築一年とちょっと。ろくに使われなかったこの家は、ほとんど新品に近い。新築の匂い(乾いていない建築用接着剤……という夢のないことは言わない)はしないけど、汚れも傷もほとんど見えない。

 庭だけは、雑草が酷かったので手を入れた。目立ったマイナスはそれくらいだった。

 

「おじゃましまーす。わあ、綺麗ですね-」

 

 なので、里奈さんのこの感想もある意味当然で。だよね、と心の中で同意していると家の奥から羽ばたく音が聞こえてきた。家の中に戻っていたのか。

 

「え、あれ? カラス……?」

 

 という里奈さんの驚く声が終わる頃、玄関まで飛んできたカラスさんは先ほどのように瞬く間に人の姿になった。

 

「いらっしゃいませ、『断神』観月里奈様。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

 

 執事服の美女が、微笑みながら迎え入れる。

 

「え、え、え?」

「おおっと、申し遅れました。私、大魔導士マリアンヌ・ヴァルニカが使役する使い魔の一羽。カラスでございます。このように人に化け、皆様のみの周りのお世話をさせていただきます。ご承知おきくださいませ」

 

 恭しく一礼する彼女に、里奈さんは目を白黒させている。うむ、最初は驚くよね。俺もそうだった。マリアンヌさんを助けたあの事件のすぐ後くらいだったか。彼女と一緒に一羽のカラスがやってきて、今のように目の前で化けて見せた。

 

『私は、半戸(はんど)たちの呪いの道具により操られていた使い魔です。自由意志がなかったとはいえ、社長様に酷い仕打ちをしてしまいました。謹んでお詫び申し上げます。また、あの道具を破壊し、助けていただいたことも深く感謝しております。どうか御側で侍ることをお許しください』

 

 このように、大変丁寧なお礼を頂戴した。その後も、凄く親切にしてくれている。ちなみに、感謝しているのは彼女……というかカラスだけではないという。あの時アイテムに操られていたほかの使い魔、猫やら梟やら狼やら。直接お礼を言いに行けないが、大変助かったと感謝してくれているとか。うん、動物虐待とか許せないからね。助かって何よりだった。

 で、使い魔と言えばもう一匹。軽快に床を走る小さな足音が近づいてくる。

 

「あ。あれはいつもの猫ちゃんですね……え?」

「お待ちしておりました、里奈様。お荷物は運び終えております。こちらへどうぞ」

 

 当然のように、猫さんも人に化けた。メイド服の彼女を見て、口を金魚のように(と言うと彼女のイメージを損なうか?)開けたり閉じたりしている。二連続の驚きに許容量が限界かもしれない。とりあえず、彼女の背を押して中へ進む。

 リビングは広く、キッチンも輝くほどに清潔。風呂だって新品同様だ。……が、それらをスルーして、どんどん中へ進む。空き部屋のドアを開ければそこにはマリアンヌさんの転移魔法、木のアーチが設置されていた。

 

「それでは、こちらへどうぞ。もう一度靴をはいていただきますので、ここでお願いします」

「あ、はい……」

 

 アーチの前にはしっかりシートを敷いているから、土足で床を汚すことも無い。というわけで、マリアンヌさんの家にお邪魔します、と。今日は外を経由せず、そのまま家から家へ移動である。わざわざ外を歩くのも面倒だしね。

 

「わあ、すごい!」

「映画のセットか高級ホテルかって感じだよね」

 

 中は、絵に書いたような豪華な洋館だった。ふかふかの絨毯に、光を反射するほど磨かれた調度品。一般人では遠い世界が、目の前にあった。

 

「いくつか泊まったホテルで、似たような所見たことありますよ」

 

 ……さすが、我が国の英雄様。一般人とは生活がかけ離れていた。

 

「今日より里奈様には、こちらで過ごしていただきます。家事にまつわる全ての雑務は私どもが行います。どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」

「わー、すごーい……え、本当にいいんですか?」

「いいらしいですよ。この家を維持する労力はたっぷりあるから、俺や里奈さんが増えた程度ではなんともないそうです」

「なるほどなー……社長さんも?」

「はい、俺もなんです」

 

 旧黄田邸から新しい家に変える理由は、いくつかあった。一つは前に説明したとおり、社員が増えたから。次の理由は、住む人が増えるから。里奈さんのお世話には人手が必要。マリアンヌさんがそれは手配してくれるという話だった。ならば箱は自分で、とその時は思ったのだ。

 そして引っ越しが終わった後、では今後の生活はこちらでとゲートに押し込まれて。その後はこちらでの生活がスタートしている。いやね、俺も最初は抵抗したんだ。家は買ったし、一人暮らしだってできる。里奈さんについてはお手伝いして貰うにしても、自分に関しては大丈夫だと。

 でもね、一人も二人も一緒だと言うし。部屋は余ってるらしいし。こっちの方がいざというとき安全だし。色々やりたい放題だし、とマリアンヌさんのみならず、猫、カラス、その他使い魔の皆さん+モフモフラットマンが総出で説得(圧力)を仕掛けられたらね。抵抗は無意味でした。

 そんなわけで、今は俺もこの屋敷の住人です。養われています。生活費、受け取ってくれません。食費も。でも食材は受け取ってくれる。だからダンジョン食材を始め、色々仕入れて持ち込んでいる。屋敷の住人に好評のようで何よりだ。

 ちなみにほぼ通り道でしかない新居は、猫さんとカラスさんがバッチリ管理してくれている。

 

「ところで社長さん。あの猫さん、社長のお家にいた猫さんですよね?」

「そうです。マリアンヌさんの使い魔だったんです。あの頃、トラブルがあったんですよ」

 

 全ては、半戸代表が蛮王グラニートに繋がるアイテムを拾ってしまったことから始まる。圧倒的な力により服従を強いられた彼は、言われるがままマリアンヌさんの使い魔を探し出した。そして渡された呪いのアイテムを使って、カラスさんを操るようになった。これが大体、俺たちがアントニーをぶっ飛ばした頃。

 それによって、世界中に分散していたマリアンヌさんの使い魔ネットワークが不調となる。猫さんが倒れてしまったのも、彼女が表に出てこられなくなったのもこれが原因。

 猫さんは我が家で保護され、マリアンヌさんは光の塔の下で籠城戦を開始。カラスさんを操る半戸代表は、その力で一時的に蛮族の楽園(サベージ・パラダイス)と接続。向こうの戦力を使って、アントニー達を救出。さらに潜伏先としてこの屋敷を使った。

 その後のことは、知っての通りである。半戸代表は向こうに送られ捕らわれの身に。使い魔は解放され、悪党は捕まった。

 

「マリアンヌさんが元気になったので、猫さんも元の力を取り戻した。なのであのように、人に化けられるようになったと」

「いつぞやは、里奈様にも大変お世話になりました。今度は私共が身の回りのお手伝いをさせていただきます。よろしくおねがいします」

「あ、はい。おねがいしまーす」

 

 そんな話をしていると、程なく一つの部屋に到着する。大きな扉を開くと、個室と言うにはあまりにも広い空間が広がっていた。もちろん家具は一通りそろっている。

 

「こちら、ご自由にお使いください。何か不都合がございましたら、いつでも私たちにお申し付けを。日本の放送や配信も、問題なく見られるようにしてあります。ご堪能ください」

「屋敷には沢山娯楽室がございます。図書室、遊戯室、バー、プール、室内風呂に露天風呂。サウナもマッサージもございます。最近、ホームプロジェクターで小さな映画館を作りました。いつでもご利用くださいませ」

「わあ、至れり尽くせりですね」

 

 猫さんとカラスさんが交互に話す。それを里奈さんは単純に喜んでいるが、俺などは初めて聞いたとき耳を疑った。一体どこの大富豪の屋敷なのかと。でもまあ、こんな広い土地をもっているし、多くの魔法使い達の上に立っているようだし。納得できてしまう所はある。……そんな人に告白したのか、俺は。

 そしてその当人は、己の使い魔に指示をしている。

 

「猫、カラス。里奈さんの荷ほどきをお手伝いして。あと、明日もお出かけになるようだから、その準備も」

「「はい、かしこまりました」」

「それじゃあ里奈さん、私たちは一度会社にもどります。何かあったら、この二人に言ってね。あっちに戻る場合も」

「はーい、わっかりましたー」

 

 ドアを閉めて、踵を返す。マリアンヌさんと一緒に、広い廊下を進んでいく。

 

「これからは、この広い屋敷で三人住まいか……いや、三人住まい、ではないな?」

 

 何せほかにも色々住んでいるし。ほら、いまも作業用チョッキを身につけたラットマンが三匹、廊下をすれ違った。一匹は背中に、あの清掃用スライムをいれた大きなバケツを背負っていたし。

 

「賑やかなのは、お嫌いですか?」

「いえいえまさか。そもそも、勝則たちと三人で暮らしていたわけですし。日が暮れる前は、宏明達とも食事を取っていたので。騒がしい方がなれています」

 

 この一年、ひたすら賑やかな生活を送っていた。この屋敷だと広いから、分散される。やや静かになる、まであるんじゃないだろうか。

 

「ふふふ。静かにしたいときはいつでも仰ってくださいね。そのように申しつけますから」

 

 そう言いながら、少しだけマリアンヌさんが距離を詰めてくる。あー、いけませんお客様。まだ日が高いですし、仕事もあるんですー。というわけで、気持ち早足で来た道をもどった。

 ゲートをくぐって、新居に入る。そして外へ出ると、異様な気配が漂っていた。なんというか、空気がピリついている。……あ、俺、何が起きてるのかなんとなく分かっちゃった。

 誰か話を聞こうとしたら、丁度こちらに近づいてくるダニエラさんの姿が見えた。

 

「先生、なにかありましたか」

「ええ、はい。ありましたとも。新しく入る女の子、いますね?」

「はい。今日面接ですね」

「その子と、小百合さんが勝則さんを取り合ってます」

「ああ、やっぱり」

 

 起こるべくして起きたトラブル。回避不能である。

 

「とりあえず、釘だけ刺しに行くのでどこでやってるか教えてもらえます?」

「倉庫の方ですよ。私もご一緒します」

 

 現場は目と鼻の先のようだ。早速向かってみるとする。程なくして、騒ぎが耳に入ってきた。

 

「ちょっと付き合いが長いだけじゃないですか、それって。自慢になりませんよぉ」

「ほう。まるで自分に何か自慢になるようなものがあるかのような言い方ですね。なにがあるんです?」

「えー? やっぱぁ、私の方が若いしぃ」

「はっ。私に対して若さでマウントをとるとか。笑わせないでくださいよ」

 

 倉庫の見学をしていたのだろう、面接者達。引率の勝則。そしてそこで仕事をしていたと思われる小百合。何も起きないはずも無く……見事に言い争いが勃発している。

 

「若いですねえ」

「青春してますねえ」

 

 その光景を眺めて、ダニエラさんとマリアンヌさんがしみじみと感想を述べられた。俺もそうやって他人事でいたいなあ。……と、おもったら近衛くんがこっちに小走りで近づいてきた。

 

「社長さん! あれ、あれなんとかなりませんか!」

「うん。気持ちはよく分かる。だがすまん、どうにもならん」

「そんな! 上司なら、叱るとかあるじゃないですか」

「組織人として、人間関係のトラブルは収めなくてはいけないという意見はよく分かる。当然の反応だ。……俺はあそこに居る勝則と小百合を大学生時代から知っているんだ。一個上の先輩だったから。その時の経験から言うと……あの状況は外部からの刺激では好転しないんだ。むしろ火に油を注ぐ」

「なんでですか!」

「顔面偏差値だ!」

「!?」

 

 稲妻に打たれたかのように震える近衛くん。俺は世界の真理の一つを語り出す。

 

「イケメンにのぼせ上がっている女性は、それ以下の容姿の男の言葉など聞かない。むしろ明確な邪魔者として認識する。断言する。俺が割って入ったら両方からゴミを見る目を向けられると」

「お、おおう……知りたくなかった」

 

 さめざめと泣く(ふりをする)近衛くん。女性二人は、苦笑いを浮かべていらっしゃる。だって本当のことだもの。俺は散々体験したんだもの。

 

「社長さんよぉ。そりゃ、正直納得しかねえんだけどよぉ。でもほっとくわけにもいかねぇんじゃねえの?」

 

 キャットファイトの近くに居たくなかったらしい新保くんがこっちに避難してくる。そして正論を投げてくる。確かに、どうしようもなくその通りだ。

 

「仕方が無い。なんとか状況を動かすか」

「なんとか、出来るんですか」

「できないけど、あの場で言い合うのだけはどうにか」

 

 近づきながら、プラーナを練り上げる。言葉じゃどうにもならん。邪魔だの、うるさいだの言われてこっちの話なんぞ聞きやしない。自分たちの世界にどっぷりだ。なので無理矢理、こっち側へ引き戻す。

 最大効力を求めるなら、二メートルまで近寄るべきだ。しかし軽い衝撃を与えたいだけなので、そこまでは求めない。なので五メートルほどの位置で、両手にほどほどのプラーナを溜め込んで打ち合う。プラーナ妙技、内功猫欺し!

 音に伴って、見えない波動が放射される。ガラスを揺らす程度の衝撃なので、人体に影響はない。しかしプラーナの衝撃は、ダメージ以上に意識に響く。ヒートアップした二人を止めるには十分な刺激だ。

 

「ひゃぁ!?」

「おっと? ……社長、どうされました」

「どうされました、じゃないんだわサッチー。仕事に戻れ」

「ですが、そこの小娘の振る舞いは看過できません」

「やかましい。先輩の振る舞いでも無いだろう。仕事中の口喧嘩はよ」

「そーですー。慎んでくださーい」

「福与さん。君まだ入社していないって事実、わすれてない?」

「え」

 

 刺激を与えて、一時的に現実に戻させる。その間に言うべきことを伝える。それぐらいしか出来ることは無い。

 

「いくつか教えておこう。この御影勝則と小百合。名字同じだし兄妹と呼び合う仲だが血のつながりは全くない。そして婚約中でもある」

「え、ええ!?」

「なのでこのまま君が勝則を口説くと婚約破棄という流れになる。これは社内風紀を乱すので、続けるというなら入社させられない」

「ええー!? それは酷い……」

「我が社にはイケメンがまだ一杯居る!」

「!?」

「探せ、高学歴高身長高収入! ……あ、ごめん、高学歴はいないかもしれない。代わりに顔がいい! そこは妥協可能かな!?」

「いけます!」

「よろしい! では戦闘終了! 社内見学に戻ってね!」

「はーい!」

 

 と、元気よく返事をして福与さんは矛を収めた。ものすごい顔をしてこっちを睨んでいる小百合は、一旦放置する。何か言いたそうにしていた近衛くん、新保くんもそのまま見学に戻っていった。……塩村さん、騒動の間巻き込まれない位置に避難してたな。なかなか上手く立ち回れる子のようだ。将来有望としておこう。

 

「なんとかなったじゃないですか」

「なってないですよダニエラさん。矛先を勝則から外しただけです。多分そのうち第二弾をやらかします」

「……雇わない、という選択肢が一番無難だと思うんですが社長」

「もっと具体的な被害がでないと、雇わない理由にはならないな。ハローワークに乗り込まれたらあとが怖い。その辺はお前も分かるだろう、サッチー」

 

 不当な理由で雇い止め、とか言われちゃうとね。こっちも弱いからね。

 

「そもそも、なんで言われるがままだったんですかね勝則さん。彼はもっとドライな人間だと思っていましたが」

「ええ、そうです。ですが今は仕事中で、面接者の引率をしていました。仕事じゃ無ければ、もっと上手く立ち回っていましたよ。普段ならそれができるヤツです」

 

 マリアンヌさんにそう返して、彼らが向かった方向に視線を向ける。……まあ、良くは無いが、ひどくも無い。人が増えるのだから、問題も増える。そういうものだ。

 

「とりあえず、おしまい。さて、仕事に戻りましょうかね」

 

 これから先をちょっと憂いつつ、俺たちはその場から解散した。

 

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