【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第104話 小さな歓迎会

 長い一日が終わった。仕事は定時で片付き、俺たちは家に戻った。さて、マリアンヌさんの土地は日本と時差がある。あちらはもうすこしで日没だが、こっちはまだ昼間だ。それではちょっとよろしくないと言うことで、屋敷の中は日本時間に合わせたらしい。

 窓の外を見ると、日が落ちようとしている。幻影なのか、それとも別の魔法なのか。俺にはさっぱり区別が付かない。まあいいか、と思いつつノートを広げる。

 現在俺は『山河盾法』を翻訳している最中だ。中国の言葉だが、現代語だ。なのでただ翻訳するだけでいいというのはかなり楽だ。昔の言い回しをされると途端に難解になるからな。……とはいえ、大変であることには間違いない。

 ああ、こう、ちょっとハイテクな世界観の映画みたく、カメラを通すだけで翻訳されるとかそういう素敵な道具は開発されないだろうか。そうすれば、この作業もあっという間に終わるというのに……まあ、無理か。

 不況により、スマホやパソコンの新作が出るスパンが伸びているらしい。開発に金が足りないのか、購買層がそうポンポン換えられないのか。多分両方だろうな。

 民間人の財布事情がこんな感じなのだ。翻訳スペシャルアイテムなんて、とてもじゃないが開発する金なんてどこからも出てこないだろう。そういうマジックアイテム探す方が早いし安いとおもう。……いや、俺なら買えるか?

 

「道具で楽してたら、先生に叱られそうだなあ」

 

 そう呟いて、大人しく翻訳にうつる。まあ、分量はそれほど多いわけじゃ無い。コツコツ続ければ一週間くらいでなんとかなるだろう。

 そう思っていると、部屋がノックされる。振り向いて、改めてあてがわれた部屋の広さを感じる。前に住んでいた部屋が、十個くらい入ってしまいそう。個人で使うには広すぎるとも言う。

 

「はーい」

「失礼します。主より、ささやかながら里奈様の引っ越しのお祝いをするということでお呼びに上がりました」

「……なるほど。分かりました、今行きます」

 

 猫さんに連れられて、廊下を進む。ぶっちゃけ、俺はこの屋敷の中を全部歩いていない。入っちゃいけない場所があるとあらかじめ伝えられている。魔法関係とか呪い関係とか、そういうのがあるらしい。つまり素人には危険な場所ってことだ。

 わざわざそんな所に行ったりはしない。娯楽室は色々使わせて貰っているが。今のお気に入りはホームシアターだ。さて、猫さんの後をついていくことしばし。一つの部屋に案内された。

 

「失礼します。春夫様をお連れしました」

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 扉を開けたのはカラスさん。案内されて中に入れば、マリアンヌさんと里奈さんが待っていた。部屋は、リビング……と言えばいいのだろうか。見栄えを意識する玄関ホール、威信を示す応接室など、この屋敷には部屋ごとにコンセプトがはっきりしている。

 ここは完全に、家の者が気楽に過ごすための空間だ。ふかふかの絨毯に、柔らかなソファー。テーブルには様々な酒瓶とオードブル。うーん、酒盛りの態勢。

 

「お待ちしておりましたー。こちらへどうぞ」

 

 と、マリアンヌさんに呼ばれて席に着く訳なのだが。……ここぞとばかりに、薄着でいらっしゃる。この人ね、あの魔女服から分かってたけど、攻める時の服は本当容赦ないからね。一緒に住むようになって三ヶ月くらい。時折こういった露出限界ギリギリをねらう服をキメてくる。

 なにその背中ほぼ丸出しの服。上も下も下着付けてるか、かなり怪しいんですけど! 助けてお巡りさん、ここに魔女がいます!

 

「飲みましょー飲みましょー、社長さんは何にしますかー?」

「あー、じゃあ、俺はビールで」

 

 そして里奈さん。こちらもまた、ラフな格好だ。ゆったりとしたワンピース一枚でほかは身につけていない。かなり薄着のように思える。日本だと四月でも時折寒いのだが、ここは気温が保たれているからな。

 つまり、だ。美女二人が大変扇情的な格好で今から酒を飲む。……あれ、なんかやべー所に足を踏み入れた気がするぞ。いやまあ、片方は告白してOKもらったし、もう片方は責任取ると宣言した。しかし、だ。親しき仲にも礼儀ありというではないか。風紀の紊乱はいかがなものか……しまった、片方魔女だぞ。率先して乱す側じゃねーか。

 

「はい、それでは春夫さん。一言お願いします」

「……家主、マリアンヌさんですよね?」

「では家主権限で、春夫さんお願いします」

「それを言われちゃあ、断れないなあ……。えー、はい。今日も一日お疲れ様でございました。新年度、新生活が始まっております。私どもといたしましても……」

「ぶー、会社の挨拶みたいー」

「しょーがないでしょ里奈さん。いきなり挨拶しろっていわれたら、言い慣れている方法しか出てこないの! ええい……ともかく、新しい生活が始まります。色々あると思いますが、仲良く楽しくやっていきましょう。それでは、乾杯!」

「「乾杯~!」」

 

 ジョッキになみなみと注がれたビールをあおる。よく冷えた苦みがのどを通る。ううん、染み渡るなあ。ビールサーバはやはり違う。そうなんだよ。この屋敷には当たり前のように持ち運び型のビールサーバがあるんだ。おかげでビールが美味しいのなんの。豪華だよね本当。

 すでに夕食を済ませているから、空きっ腹ということもない。変に酔いが早く回るということも無い。……理性をね、保たないとね。

 

「あー、美味しいー。私あんまり、お酒飲ませてもらえないんですよね-」

「あらまあ、それはどうして」

「香ちゃんが、酔って暴れられたら大変だって。私そんなに暴れたこと無いのに」

「……酒飲んだあと、グレソを触った経験は?」

 

 俺がそう尋ねると、里奈さんはぴたりとその動きを止めた。おい。

 

「ええと、ちょっとは……時々は……あった、かな?」

「アブナイから、やめましょうね? グレソ触らないんだったら、酒飲んでいいですから」

「はあい」

 

 そういうことになった。共同生活をしていくのだから、ルール作りは大事なのだ。さて、オードブルを頂戴する。ゆでたソーセージ、チーズ、ハム、オリーブ、フライドポテト、トマト……素材だけ見れば、日本でもよく見るラインナップだ。

 でもまあ、明らかに質がちがう。少なくともスーパーで一袋数百円の品ではない。もちろんそれが悪い物だとはこれっぽっちも言わない。一年前の困窮していた時代など、それらは贅沢品だったしな俺にとっては。

 単純に、マリアンヌさんの屋敷には似合わないというだけの話。そして今並んでいる品々は、十分にふさわしい輝きを放っている。

 

「これって、やっぱり有名店からの取り寄せとかだったりします?」

「いいえそんなものではありませんよ。大抵は自家製です」

「じかせい……」

 

 土地と配下をもつ魔女は格が違った。よもやそういうものを頂戴するとは。早速、ソーセージをいただく。おお、味が濃厚だ。油が甘い。ハーブの香りもよい。そしてマスタードの辛みが丁度良い。ビールが進む。

 

「うう、こんなことならお夕食、少なくすればよかったです」

「俺も若干後悔を覚えている」

「美味しいですからね、島本さんの料理」

「ダンジョン食材好きなだけ使って料理できるって大喜びしてますからね、あの人」

 

 こんな贅沢な料理人、日本に五人と居ませんよ、と笑いながら言っていた。楽しんで仕事をしてくれているなら何よりだと思う。

 

「子供が持って帰る料理を食べ過ぎて、最近太り気味ともいっていたなあ」

「……気をつけなきゃ!」

 

 ちょっと青い顔をする里奈さん。多少食べ過ぎるくらいでは太れないと思うんだよな、我々は。まあ、その辺を言及しだすと地雷原に飛び込みそうだから止めておくけど。

 

「春夫さんは、特に食べられないものとかありますか?」

「ないですねえ。ゲテモノ以外は、大抵食べられます。一時期、一週間後の財布の中身を気にしていた時期があるので、好き嫌いはなくしました」

 

 学生時代、ちょっと無計画に金を使っちゃったことがあって。一日千円以下に食費を抑えたことがある。あれは辛かったなあ。同時にいい経験でもあった。馬鹿の所業であるのは認める。

 

「好き嫌いはどうですか?」

「んんん……やたらと酸っぱいのは、苦手です。あとは……田舎そば? こう、すぐにそばが千切れるのはダメですね。マリアンヌさんは?」

「茹でてないタコはダメです。しっかり加熱処理したものなら、ギリギリです。あと、虫全般。形が残ってると辛いです」

「それは、割と誰でも……」

「私知ってますよ。日本にはイナゴの加工食品があるって」

「イナゴの佃煮かあ……うん、地域によってはありますね」

 

 なんというか、楽だ。肩肘張らず、雑談しながら飲む。勝則たちと飲むときとは、また違った感じがする。何故だろう、ああいう時も気楽にしているはずなんだけどな。

 

「それはそうですよ。会社の人たちの前では社長として、後輩さん達の前では先輩として。貴方は常に立場で己を律していましたからね。そうしていないとそこに居る権利がないと考えてしまうような、一種の強迫観念に捕らわれている。……まあ最近、少しそれが緩んだようですが」

 

 少し回り始めた酔いが吹き飛ぶような、胸に突き刺さる言葉だった。あまりにも思い当たるところがありすぎる。心を読まれた、どころか精神の形を鑑定されたかのような気分。

 

「……マリアンヌさん、なんか魔法を使いました? 心を読むとかそういうの」

 

 恐る恐る訪ねると、不思議なことに彼女は顔を赤らめた。ワイングラスに残っていた中身を飲み干し、さらに追加を手酌で入れる。香りを楽しむこと無く喉に流し込み、少しだけ座った目でこっちを見てきた。

 

「……一年前、私は貴方に剣を渡しました。スペクターを退治するための」

「あ、はい。……おお、やっとこの話ができる! ずっとマリアンヌさんの前だとできなかったのに!」

 

 そう。そうなのである。マリアンヌさんから借りた魔法の剣。魔法、マナ、プラーナ、それらをかき消すとんでもない性能のそれ。一年前に借りて、それっきり。返そうにもマリアンヌさんの前に行くとその事実を忘れてしまう。てっきり彼女が何かしらの意図でそうしていたと思っていたのだが。

 そう思って魔女殿へ興奮気味に顔を向ける。すると彼女は赤い顔で大きくため息をついた。

 

「あれは私の魔法……ああ、これは最初から説明した方が早いですね。春夫さん、私が常時使用しているものは、勝則さん達が使っている呪文とは異なります。これは分かりますか?」

「……なんかもう、ジャンルが違うなってなんとなく感じてはいます」

「そうですね。彼らの使う呪文は原則的に一つ呪文で一つの効果を発揮します。風の刃、雷の槍。メリットとしてはシンプルで、扱いやすく、消耗も少ない。私が使用しているものはこの逆になります。一つの呪文で、数多くの事柄に対処しています。当然その分、複雑で疲労も大きいのですが」

 

 マリアンヌさんは猫さんを手招きする。すると彼女はたちまち獣の姿となり、テーブルの上に飛び乗った。

 

「私が使用しているのはただ一つ。屋敷の外にある、あの巨大な魔方陣です。あの魔方陣には我が魔法の全てが詰め込まれています。異界からの侵入阻害、マナの収集、ダンジョンの作成と管理維持、幻影、使い魔、ほかにも沢山」

 

 猫さんはさらに大きく飛び跳ね、テーブルの外へ。今度は姿をマリアンヌさんへ変える。くるりと踊るように回転すると、また再びメイドの姿にもどる。

 シームレスな早変わり。これらの行動が、一つ一つ別の術ではないというのがよく分かる。普通だったらここまで連続でできたりしないから。

 

「なるほど……なるほど!? え。あれって、ずーっと、ありますよね」

「もちろんです。十年以上、継続して起動していますね」

「……ものすごく、大変じゃ無いんですか?」

「はい。だからこそ色々仕込んでいます。魔方陣の下の儀式場。この土地。様々なマジックアイテム。霊薬。さらには向こう側のマナまで。非常に多くのリソースと手順を踏んで、恒常的に使い続けられるようにしているわけです」

 

 気が遠くなりそうになった。俺だってプラーナ、そしてアビリティの使い手だ。特別な力を使うと言うことが、どれほど大変か分かっている。それを常時? 十年以上? 信じられない。理解が及ばない。魔法の深淵、その果てにはそんな不可能を可能にする何かがあるというのか。

 そして、そこに至ったのが彼女。魔女にして大魔導士、純金のマリアンヌ……なんだけど、さっきから顔が赤いままなのはなんでだ。酒だけじゃ無いと思うのだけど。

 そして、ふとあることに思い至る。

 

「じゃあカラスさんが操られたのって、めちゃくちゃヤバかったんです?」

「ものすごく大事件でした。私の計画は全て破綻。結界も消滅。向こう側からいくらでもフリーエントリー。クロック・ブラック級の勢力がそれに気づいたら、地球は滅んでいたかもしれません。春夫さん、冗談抜きで世界を救ったんですよ。私だけでなく」

 

 酒の席で教えられる重大な話。……いや、そんなこと教えられても、困る。困る、が……実害も無いか。害が無いなら気にしない。俺はマリアンヌさんを助けただけ。あとはおまけだ。

 しかしあれだな、次があったら困るな。……あ、この間の打ち上げの時に気をつけるとか言ってたっけ? じゃあ大丈夫か。

 

「ついでなのでご説明しましょう。あの魔剣ですが、仕組みは侵入阻害と同じ物を使っています」

「なんと」

「マナ、プラーナに方向性を与える。それが魔法とアビリティです。ええと、最近の言い方だと……プログラム? ですかね。私が侵入阻害に使っているものはそれを破壊するものです。向こう側からの転移の魔法を確認して、こちらから迎撃すると。プログラムを失えば、何も出来ないエネルギーがのこるだけ、というわけです」

「なるほど」

 

 あれはそういう仕組みだったのか。今までどれだけあの魔剣に助けられたか。スペクター、ハウルボア、最近ではカラスさんを呪ったアイテムとかも。……ふむ?

 

「じゃあ、あの形が色々便利に変わったのも、何か理由が?」

 

 と、何気なく聞いたのだが。マリアンヌさんの顔の赤みがさらに増した。あげくに、両手で顔を覆ってしまったではないか。

 

「ええっと? ま、マリアンヌさん?」

 

 俺がオロオロしていると、彼女の隣へにじり寄る美女の姿あり。にやにやと笑いながら、片手には何やら高そうで強そうな蒸留酒の瓶。もう片方にはショットグラスを摘まんでいる。里奈さんはそれに並々と注ぎ、魔女の目の前に置いた。おい、まさか。

 

「ちょ、ま」

 

 止める暇などなかった。両手のガードを解除したマリアンヌさんは、瞬く間にそれを一気飲み。わお、なんて男らしい……じゃない。悪い飲み方ですよそれは。

 彼女たちはソレで止まらなかった。魔女が指で催促すると、断神が笑顔で二杯目をつぐ。そして再び一気飲み。熱い吐息が口から漏れる。何が起きているんだ。あと、里奈さんなにやってんの。

 

「話を戻します」

「あっはい」

「先ほど申し上げたように、私の魔法は全て繋がっています。そしてその大本は私、です」

「マリアンヌさん大丈夫ですか。顔真っ赤ですよ」

「つまり! 私の魔法には私の意識、無意識が反映されるわけでぇ……魔剣から形が変化したり都合良く使えた原因はぁ……こう、助けてあげたいなという気持ちの結果でぇ」

「ありがたいことです。おかげで何度も助けていただきました」

 

 素直に頭を下げる。うん、本当に何度感謝を述べても足りないほどだ。ああ、やっとこの件でお礼を言うことが出来たぞ。

 なのに、マリアンヌさんは不満顔である。なんかぼそぼそ言っている。

 

「この、魔女の上座にある私が。まるで、付き合った男にあっさり染まるような、都合の良い女みたいな愚かな振る舞いを」

「ええと? ごめんなさいもう少し大きな声で……」

「つまり、恥ずかしかったんです!」

「お、おおう!?」

「恥ずかしすぎて、幻覚使って、忘れたり忘れさせたりしてたんです! わりと無意識で! これでご満足ですかどうですか!」

「あっはい、どうも、どうも」

 

 爆発していらっしゃる。可愛い。なお、里奈さんはマリアンヌさんにしなだれかかって飲み続けている。こっちはシンプルにエロい。

 

「ちなみに、魔剣入ってるから割と簡単に心が読めたり位置情報が分かったりしてます。私に隠し事は出来ないと思ってください。浮気もばれます。すけべしたいなって女が見つかったらしっかり報告すること」

「しません、浮気しません」

 

 酒に酔いながら、さらっとやべー話をされた。わお、プライバシーなしか。……まあ、いいか。いっそこの方が戒めになる。魔が差すってあるし。……ただなあ、思ってること全部漏れるとなると、本音で嫌われたりしそう。

 って思ったら、がっしりと両肩を捕まれた。マリアンヌさんの顔が近い。

 

「いいかしら坊や? お姉さん舐めないように」

「マリアンヌさん?」

「男がどれだけスケベなのかくらい、とっくの昔に知ってます。人間がいかに救いがたい愚か者であるか、嫌というほど見てきました。若い男の欲望くらい、飲み干せなくて何が魔女ですか。そんな私が、冗談で一生添い遂げるなんて言うとお思いで?」

「……済みません」

「謝罪より感謝を」

「ありがとうございます」

「よろしい」

 

 上機嫌にそう言って、そのまま右肩にしなだれかかってきた。あー、いけません。それはいけません。香りが、柔らかさが。あと、ここだと谷間を直視できていけません。……なんで胸元を指で引っ張って広げるの!? くそう、からかわれている!

 欲望を振り払うべく逆側を向けば、里奈さんがとってもいい笑顔でいらっしゃる。いつの間に。

 

「まーぜーてー」

「どーうーぞー」

「どうぞじゃ無くて! まぜてじゃなくて! あー!」

 

 理性ゲージが急激に減少していく! 美女二人に両側からしなだれかかられれば、男なら誰だってこうなる! ならないやつは病院に行くべきだ。やわらかい! おっぱい! 何故だ、どうしてこうなっている。今日は里奈さんの歓迎会ではなかったのか。

 

「里奈ちゃん、楽しいですかー?」

「楽しいでーす」

「しっかり、歓迎会になってますよ?」

「ちくしょう、心を読まれているから話が早い!」

 

 興奮で酒が回ってきた気がする。これはいけない。水を飲まなきゃ……と、グラスに手を伸ばそうとしたら先回りでジョッキを握らされた。

 

「はい、どーぞ」

「流石にこれはアルハラでは?」

「分かりました。一杯飲んだら一枚脱ぎます」

「そういう話ではなく!?」

「ぬぎまーす!」

「飲んでないのに脱ぎ出さないで! ああもう、猫さーん! カラスさーん!」

 

 あっさりワンピースを脱ぎ捨てた彼女へ掛けるものを求める。服やガウンは嫌がるため、結局バスタオルを肩に掛けるだけとなった。わあ、ファンが見たら暴動ものの光景だー。

 

「うふへへー。楽しいな-」

「それは、なにより」

 

 こっちは緊張と混乱と理性低下でそれどころでは無い。疲労もあって、酒もいまいちだ。やや炭酸の抜けたビールを飲む。つまみの味もぼやけてきたので、味の強い物を選んだ。

 

「社長さん、魔女さん。お話聞いて?」

 

 酔いのせいか、口調が幼い。もしかしたら、これが彼女の素なのかも知れない。どうぞ、と促せば里奈さんはたどたどしく語り出す。

 

「私ね、普通の人が当たり前にできることが、苦手なの」

 

 ふわふわとした口調だが、声色は少し悲しみを帯びていた。

 

「よく、集中力がたりないとか、もっといろんなことに興味を持ちなさいとか、言われた」

 

 黙って聞く。思い至って、肩を抱き寄せた。彼女は嫌がるそぶりをせず、こちらに身を寄せてくる。

 

「やってみたけど、出来なかった。私の中には常に剣があって、それを上手く使うことだけが全てだった。……もしダンジョンがなかったら、私はとっくに捨てられていた」

 

 優れた才能を持つ者が、常に幸せとは限らない。その尖った力が、ほかを圧迫している。何の代償も無く、ここまで至れる訳ではない。

 

「香ちゃんたちに、とっても迷惑をかけてた。どれだけ剣を振るっても、迷惑は減らない。頑張ってちょっとはできるようになったけど、私はお荷物。……社長さん、魔女さん。私、本当にここにいていいの?」

「もちろん」

「もう返しませんわよ」

 

 俺は躊躇うこと無く答えた。マリアンヌさんは、しょげる彼女に抱きついた。優しく、母親のように。

 

「俺だって、出来ないことの方が多い。人間助け合ってなんぼですよ」

「面倒なことはみーんな、使い魔達に投げていいの。そのために居るんだから」

 

 猫さんとカラスさんが恭しくお辞儀する。俺たちの返答を聞いても、まだ彼女の不安は払拭されていないようだ。……まあ、言葉一つで状況や心情を変化させるのは難しい。時間を掛けていくのが一番だろう。この場合は特に。

 

「ゆっくりやっていきましょう。俺もまだまだ力不足。練習相手になるって約束もまだ果たせていない。でも必ず果たします。……血反吐を吐くレベルの特訓が必要って言われましたが」

「それは大変。しかしご安心を。この純金のマリアンヌ、薬についても一家言ございます。必ず体調を戻して、特訓を続けられるようにいたしましょう」

「……早く覚えられるような素敵な魔法は?」

「それがお望みならば……そうですね。特訓をさらにハードになるよう、藤ヶ谷さんに協力いたします」

「そんなー」

「あは、あははは……」

 

 俺たちのやりとりに吹き出す里奈さん。とりあえず笑顔は取り戻せた。よしとしよう。……その後はとりとめない会話をしつつ、酒を飲み続けた。三十分もしないうちに、里奈さんがダウン。ペースの早かったマリアンヌさんも眠気を覚えたようなので、お開きとなった。

 ラットマンの担架で運ばれていく二人を見送って、自室に戻る。俺もそこそこ飲んだが、歩けなくなるほどではない。のんびりゆったり足を動かす。

 

「せっかく前後不覚になったのですから、二人ともベッドに連れ込んでしまえばよかったのでは?」

 

 前を歩く猫さんが語りかけてきた。投げられた内容は悪い冗談だったが。

 

「……それは紳士のやることでは無いなあ。というか、主を守るべきじゃないの使い魔としては」

「主がその気になれば、アルコールなど如何様にもできます。そうしなかったのは、そういうことなのです。……それで、何故?」

 

 ごまかそうと思ったが、マリアンヌさんには全部ばれる。そしてきっと、猫さんにも伝わるのだろう。ならば、ここは本音でしゃべるか。酒も回ってるから、羞恥心も酔っている。

 

「初恋だし、初めてのお付き合いで腰が引けているから」

「……猫もびっくりの直球回答、ありがとうございます。なるほど、それでは……私で、練習しますか?」

 

 振り返りながら、そんなとんでもないことを言ってくる。普段表情を変えない猫さんだが、ここぞとばかりに艶めかしく微笑んでみせてきた。どことなくマリアンヌさんに似ていて、魅了されてしまいそうになる。

 

「浮気はしないって、さっき言ったばかりなので」

「ご安心ください、我々は主の一部です。浮気にはなりません。何でしたら、沢山集めてハーレムだってできますよ?」

「そいつは恋愛初心者にはあまりにもハードルが高すぎるなあ」

 

 からかわれているのか、本気なのか。アルコールが回った脳では判断が付かない。ただ、これを続けていると不味い結果になりそうなのはなんとなく分かった。きわどい会話をのらりくらりすることしばし、やっと自室にたどり着いた。今日ばかりは、この広さが恨めしく思う。

 

「それではお休みなさいませ、春夫さま。……最後に一つ」

「もうお腹いっぱいなんですが」

「今は、主もこの状況を楽しんでいます。なので今夜は引きましたが……魔女に理性を求めるのは愚か者のすることです。それでは」

 

 優雅な一礼をして、猫さんは廊下を歩いて行った。

 

「お休みなさーい」

 

 見送って、ドアを閉める。……俺だって、その気がないわけじゃない。むしろ溢れんばかりである。ただこう、嫌われたくないというか、でも心が読まれるんだったら、この辺も全部知られているわけで……ああもう、ああもう。

 

「寝よう」

 

 考えるのを止めた。酒が入った頭で名案など浮かぶものか。

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