【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
今俺たちは、ダンジョン内を移動している。先頭はアサナギ。中央にドゥームブレイカーズ。最後に我が社と竜宮さん達という形だ。人数はアサナギが一番多く三十名弱。次が俺たち。最後にドゥームブレイカーズという感じ。
道明さん達の数が少ない理由は、他の現場に行っているから。日本は広く、ダンジョンは多い。ダンジョンブレイクが起きそうな場所は常にあるというわけだ。
とはいえ、この場を軽視しているわけじゃない。なんといっても剣聖、女帝、そして断神というスリートップを配置しているのだから。
「社長。ぶっちゃけなんですが、アサナギの人たち勝てると思います?」
先頭とは大分離れているので声は届かない。それをいいことに、宏明がぶっちゃけた。
「ううん、どうだろうなあ。一応、日本のトップに数えられる人たちだろう? 鎧袖一触総崩れ、は流石にないんじゃないか、と信じたい」
「疑いはある、と。でしょうねー。……俺たちはどうなると思います?」
また答えにくい質問を。すぐ近くに竜宮さんたちがいるんだぞ。向こう側の話題は出せない。言葉を選ばねば。
「まあ、そうだな……うちは身の程を弁えているからな。油断なく行けば、最悪撤退は出来るだろう。うちはおまけ、サポート役って決まったしな」
この場の管理責任はアサナギにある。我が社は地元の危機に駆けつけたボランティアだ。この場の始末はアサナギとドゥームブレイカーズが行う。うちは、倒した後のモンスターを地上に持って行く仕事が振られた。それに関しては間違いなくプロだ。請け負ったし、必ずやり遂げる。もっとも、アサナギがアレらを倒せるという前提の話だが。
見知らぬダンジョンを進んでいく。地図を渡されているから、迷いはしない。地下二階、三階。階を降りるごとに小休止を挟み、進んでいく。事前に聞いていたとおり、モンスターの数が極端に少ない。一体何が起きているのだろうかと思いながら降りた地下四階。
「うわ、なんじゃこりゃ」
こけ玉。ダンジョンの掃除屋が、あちこちに居る。やや過剰、と表現できるレベル。こいつらの振るまいはいろいろだ。こちらを無視する、襲いかかってくる、逃げる。わざわざ追いかけるまでも無いから、飛びかかってくるものをたたき落として踏み潰す。
すると潰れた同族にほかのこけ玉が群がる。ちょっと続ければ、ほどなく飛びかかってくる個体は居なくなった。この方法なら、先に進めるだろう。
「何でここばかり、数が多いんでしょうねー?」
「分からん。ともあれ、先頭と合流しよう……ん?」
騒がしい音が、遠方から聞こえてくる。どうやら、接敵したようだ。俺たちは互いを見合い、一つ頷いてから前方へと急いだ。地下四階は、これまでとは明らかに空気が違った。今までは、ナンというか空虚さがあった。抜けている。足りていないという印象だ。
この階層には気配がある。目に見えぬ、気迫が渦巻いている。気を引き締めて足を運べば、戦いの場はすぐに見えてきた。
「くそ! なんだこいつら!」
誰かの悪態。
「ガァァァァ!」
人のものではない、雄叫びがダンジョンに響く。そして見えてきたのは、混乱極まる乱戦の場だった。まずはモンスター。一見すれば、2mの大男といえる。頭があり、胴体があり、手足が二本ずつ。しかしその造形は、人と言うにはやや辛い。
まず端的に言って、太い。腕が太い。足も太い。腹もバッチリ太い。それでいて筋肉で引き締まっている。ただそれだけで人の枠から外れている。怪物と言いたくなる筋肉量。さらに言えば顔。犬歯が唇からはみ出ている。かつて見た、鬼達に近い。ツラの顔が物理的に厚い。と言うか全身の皮が厚い。レザーアーマーのようだ。
マリアンヌさんのダンジョンで現れるモンスターとは、明らかに毛色が違う。なるほど、こいつは
「くそ! 斬っても殴っても全然死なねえ! バケモンだ!」
「傷が治ってやがる!? どうなってんだよ!」
アサナギのハンター達が悲鳴を上げている。言われてよく見てみると、なるほどその通り。切り傷、刺し傷、殴打痕。怪物たちに刻まれた傷が徐々に、結構な早さで塞がっていくじゃないか。これは確かに悲鳴も上げたくなる。
決して弱くは無いのだ、アサナギも。伊達に業界大手ではない。この状況で逃げていないし、戦闘を継続している。だけど決定打が無いのだな。さて、これはどうする……?
「ダーク・フレイム!」
前線で動きがあった。気合いの入った叫びと共に、真っ黒な炎が敵を包み込んだのだ。
「グォォォォ!?」
たまらず怪物は後退し、地面に転げ回って火を消そうとする。炎を放った人物を見ると、何やら黒いもやを纏っている。おかげで彼がどんな人物かよく分からないのだが……はて? なんだかこんな人物に覚えがあるような?
「どうだ! うちの
「てめえらなんか、陛下の炎で消し炭よお! お願いしますっ!」
「フハハハハ! 任せよ! ダーク・サンダー!」
今度は真っ黒い雷が、怪物を打ち据える。これまた悲鳴を上げて後退していく。アサナギの士気が保たれているのは、彼の活躍があるからか。
「今、暗黒皇帝と言っていましたね。一樹さんが前に、そのような人物を語っていたような」
「あー……思い出した。言ってた言ってた」
歩の言葉で、記憶が蘇った。ちょっと特殊なアビリティを使う人。尋ねようと振り返れば、丁度当人が近くまで来ていた。
「おや。アサナギに移っていたんですね皇帝陛下」
「やっぱりお知り合いですか。……あの人のお名前は?」
「おっと社長。今はいけません。彼は暗黒皇帝。ダンジョンではそれが全てです。……あの方のアビリティ、かなり強力なんですが欠点もあって。その中の一つが名前で呼ばれるとしばらく使えなくなるんです」
「なんで?」
「……夢ぐらい見てもいいじゃ無いですか、ダンジョンの中なんですから」
珍しく、一樹さんが遠い目をしていらっしゃる。なんか、触れてはいけない何かがありそうだ。彼の戦闘力が下がるなら、俺も下手なことは聞くまい。とりあえず陛下と覚えておこう。
「押せ! 押せ! ちょっと怪我が治るくらいなんだってんだ! 止め刺しちまえば死ぬだろうよ! どんどん殴れ!」
「そういう貴様こそ仕事をしろ! リーダーを気取るならなおさらだ!」
「うるせえぞ皇帝! テメエこそさっさと倒せ! イキり厨二野郎がキモいんだよ!」
「……厨二、では。これは、私の魂が」
あ。陛下のもやが薄くなった。なんだか気の弱そうな人がうつむいている。アレが陛下か。一樹さんの話だと三十過ぎているって聞いてたけど、結構若く見えるな。俺よりちょっと上くらい。
「馬鹿野郎、迎! 陛下はデリケートなんだぞ!」
「これだからイキリネズミはダメなんだよ」
「誰がイキリネズミだてめえ! ぶっ殺すぞ!」
「うーん、最悪」
思わず感想が口からこぼれ出る。これが業界トップ? 質が低い。いや、個人個人は悪くないのだけど、チーム意識がほぼほぼ無い。今までよくこれでやってきたな。……まあ、モンスター蹴散らしてマジックアイテム回収するだけなら、これでもなんとかなるのか。
ただ、皇帝陛下とその周囲はまだマシな感じがある。……リーダーである迎が和を乱しているとか言う本当笑えない話。なんでこれでトップに……。
「だったら見てやがれ! エイム! フォーカス! トリガー! マナバレット!」
迎がそう叫ぶとマナの銃弾が多数、宙に放たれる。それは弧を描くと、前衛のハンター達を避けて敵に命中した。なるほど、論理魔術の使い手だったのか。威力のほどは、まあまあ。
……でもたぶん、勝則達のほうが上だと思う。まあ、あの二人は特別だからな。比較対象にするのは悪いか、ははは。おっといけない、愉悦感がにじみ出てしまった。
さて、迎の魔法は一応効果を発揮した。傷ついた怪物達が前線から下がる。代わりに次の連中が前に出てくるあたり、それなりに知性があるらしい。そもそも武器もってるからな。ただ、身体のサイズに合ってない。
そんなぐだぐだでも、その高い身体能力と再生能力、そして高い戦意のおかげ崩れない。アサナギは攻めあぐねている。となれば……。
「そろそろ斬ってもいいですかー!」
戦場に、明るい声が響く。グレートソードを軽々と振り回す美女の姿。動きやすさ最優先の、バトルスーツに身を纏った我らが『断神』
「まだだ! 俺はまだこんなもんじゃ無い! お姫様は下がってな!」
しかし迎は許可しない。それどころか自ら前線一歩手前に進み、手当たり次第に摩法をばらまき始めた。おかげで、少しづつ押し込み始めたが……。
「なんだ、あれ」
「……迎ハンター、里奈ちゃんを引っかけようとしてるんですよ。身の程知らずにも」
心底呆れたという感情を声と顔に表しながらやってきたのは『女帝』
「あのチンピラが? 里奈さんを? ……斬られなかったんです?」
「斬られましたよ。もう二回も」
「二回斬られてまだナンパしようとしてるんですか!? ……馬鹿なのかな?」
「はっきり言いすぎですよ社長。あれは馬鹿というか、里奈ちゃんをモノにしないと膨れ上がった自尊心を満足させられないんですよ。なので今日もこんな馬鹿をやってます」
「なんて迷惑な」
流石にこれは、許容できない。このままじゃ馬鹿の見栄とスケベ心のために大惨事が起きかねない。なんとかして、あいつからこの場の指揮権を分捕る必要がある。……が、俺はあくまでボランティア。権利も名分もない。仮にイニシアチブを握れる状況になるとすれば、それは……。
「社長、思うのですが」
「うわ、びっくりした」
考え事をしていたせいか、それとも忍び足の技術でも学んだのか。歩がいつの間にか後ろに居た。まあ、騒がしい場所だから足音が聞こえなくてもしょうがないんだが。
「失礼しました。それで思ったのですがあの怪物たち、トロールではないかなと」
「トロール?」
「はい。迷宮にはドラゴン、洞窟にはトロール、のトロールです」
「いや知らんが。どんな怪物なんだ?」
「ご覧の通りです。人を超えた体格と腕力。再生能力。そして、弱点……ご覧ください、後列に下がったものを」
言われて視線を向ける。戦闘から離れた怪物は、徐々に傷が癒えていく。しかし……。
「やけどが、治っていません。トロールは火によるダメージを回復できないのです」
歩の言うとおり、やけどの傷だけは自然治癒しない。なるほど、明確な弱点だ。これは大きな発見と言えるだろう。
「ナイスだウォーカー。……火だー! やつらの弱点は火だ! やけどは治らない!」
大声で叫んでやれば、アサナギのハンター達もそれに気づく。迎の魔法で無理矢理押し込んでいたが、決定打ではなかった。ここに来てこの情報。彼らは活気づいた。
「火! 火の魔法! 迎!」
「うるせえ! 命令すんじゃねえ! くそ、なんでゴリラのいいなりに……」
「さっさとやれよボケ! 目の前に怪物連れて行くぞ!」
「止めろクソが! あとで覚えておけよ! エイム! イグニッション! トリガー! ファイアバレット!」
迎が放った炎の弾丸は、見事に怪物……トロールに命中した。悲鳴を上げて後ずさるその姿は、今までとは違った。どれほど傷を負っても怯まなかった連中が、明確にひるんだのだ。アサナギの士気は、ここに来て大いに盛り上がった……のだが。
「……なあ、匂いがしないか?」
「覚えがある匂いですねえ」
俺の問いかけに、宏明が答える。俺たちはきっと同じ表情をしていた。嫌な予感がするのだ。匂いの元を探ろうと目をこらす。それは敵の後方から姿を現した。
「肉、ですねえ……」
「肉だなあ。二つも持ってきたな」
トロールが、両手に馬鹿でかい骨付き肉を持って現れた。よく焼けており、空腹感を刺激する。形状から見て、スペアリブかな? 俺たちはあれを知っている。匂いからしてほぼ間違いなく、ハウルボアだ。ここは地下四階。連中の住処。なのでそれがあること自体は、不思議では無い。問題はその肉をどうする気なのか、だ。
まあ、よく焼けた肉の使い方なんて一つしか無いんだが。
「食ってますねえ。すげえ美味しそうに」
「トロールにも味覚があるんだな。……おい、見ろよ」
やけどだらけのトロールが、肉にかぶりつく。豪快に、もりもりと、一心不乱に食べている。顔はこれ以上に無いほど笑顔だ。すると、そいつの体中にあったやけどがどんどん消えていくではないか。それが何によって起きた現象なのか、容易に想像ができた。
「……ウォーカー、どう見る?」
「まあ、見たままかと。ハウルボアの肉に込められたマナを吸収して、治癒能力をブーストしたのでしょう。彼らにとって、この階層は最高の場所と言えるでしょう。美味い飯があり、しかも弱点ダメージまで回復できるのですから」
「コイツは不味いな……あ」
俺は気づいてしまった。肉をもったトロールが、また現れたのだ。奥から、次々と。このままでは程なく、やけどを負った連中も復帰するだろう。不味い状況だ。そしてそれはさらに加速する。
「ウォーホゥ!」
「「「ウォーホゥ!」」」
「ウォーホゥ!」
「「「ウォーホゥ!」」」
肉を食ってご機嫌になったのか、一体が吠える。すると仲間が呼応する。連中は声がでかい。雄叫びがダンジョンに響く。戦っているハンター達の身体も震わせる。
そしてそれは、そのまま気迫に直結する。トロール達は戦意高揚。アサナギはその逆。せっかく盛り上がったのに、水を掛けられた形だ。いや、もっと悪い。
「クソ、クソクソクソぉ! 戦え! 前に出ろ! 俺に恥をかかせるんじゃねえ!」
「ありゃ、もうだめだな」
みっともなく騒ぐだけの迎では、この状況を覆せない。このままでは犠牲者が出る。没収だ。
「動くぞ。総員戦闘準備」
「はい、社長。……ですがこれを覆すのは骨が折れそうです」
「俺に任せろかっつん。相手のノリを利用してやる」
全力でプラーナを練り上げ、酸素と一緒に肺に送り込む。これに特別な意味はない。ただ、声に迫力が付く程度だ。だけど今はそれが欲しい。
「ウォォォォォォォォォォォォアアッ!」
吠えた。荒々しく、理性をカっ飛ばして。血が熱を持って全身を駆け巡る。かつて戦う人々があげたウォークライというものを、この場に再現する。何事かと驚き、トロールの雄叫びが止まった。今だ。
「香さん! アビリティ使ってアサナギを掌握! 一旦下げて再編成!」
「了解!」
「道明さん、里奈さん、撤退支援! アビリティ抑えめで!」
「承知!」
「抑えめですかー……はあい」
「インファイターは前へ。魔法使いは大技! できれば焼け! それからリュー!」
「オッス!」
「ぐるっと回って裏からぶちかませ! 地図もってってよし!」
「知らないダンジョンなのに無茶っスよぉ! やるけど! いってきまーす!」
流が飛翔剣に乗って飛んで行く。見送る暇も無く、俺は盾を構えた。
「ミナカタ、前進!」
「おっしゃあ!」
雄叫びを上げるのは三郎くん。彼に負けじと、社員達が前線へむけて突き進んでいく。
「おい、勝手な真似を……」
「
迎が我に返って騒ぎ始めたが、そこで香さんのアビリティが発動。彼女の力は、仲間に集中力を与える。状況を理解したハンター達は、迎の言葉など聞かずにタイミングを見計らい始める。
「ふっ!」
「せーの、はいっ!」
そこに、道明さんと里奈さんが踏み込んでいく。流石、今まで戦いを見ていただけはある。むやみやたら刃を振り回したりしない。確実に、トロール達の腕や足を狙っていく。たとえ治ると分かっていても、それはすぐでは無い。攻撃や移動を阻害させる一撃をもって、アサナギの撤退を支援する。
とはいえ、二人でトロールの一団は流石に相手にできない。なので俺たちが隙間を塞ぐ。
「オラァ!」
プラーナで強化した身体能力でメイスを振り回す。今日の俺の武装は、右手に鈍器、左手に大盾『獅子の咆哮』。相手は近接主体のために特殊能力である矢避けの加護は意味を成さないが、普通の盾よりは遙かに頑丈。ここでも役に立ってくれるはずだ。
「ガァァッ!」
しかし相手も然る者。こっちの一撃を、己の武器で受け止めて見せた。今の俺なら、一発で人の頭を爆発四散できる。それを易々……ではないにしても防いで見せた。アサナギが苦戦したのは、彼らが半端だったからだけではない。こいつらが強敵だからだ。
「オッシャア!」
「ゴァァ!?」
三郎くんが、バトルハンマーを両手持ちで振り下ろした。鍛えた筋肉、毎日の訓練、そしてプラーナ。三つ揃ったそれを、トロールは受け止めきれなかった。鋼の一撃が胸に突き刺さり、血肉が飛び散る。再生するだろうが、楽ではあるまい。
ダメージを与えたのは、彼だけじゃ無い。
「この間に比べりゃ、お前らなんかなぁ!」
「調子に乗らない! 一発でも当たったら、危ないんだから!」
そして相方の
なので彼女は工夫した。飛ばして当たらないなら、近寄って当てればいいじゃ無い、と。
「はいっ!」
「グァ!?」
自分用にカスタマイズしたクォータースタッフを、トロールに触れさせる。するとあらかじめ装填してあった雷の呪文が発動。相手に流し込まれる。なんとこれ、彼女のオリジナルとのこと。披露されたときは、一樹さんとマリアンヌさんがいいね! と褒めていた。
とはいえ彼女は魔法使い。プラーナと防具で固めている俺たちと違って防御力に不安がある。だが広美さんはそこもしっかり対応していた。
「グォォォ……オ?」
「そっちじゃないよ、はい、残念」
「ギャァ!?」
これまた彼女のオリジナル魔法。自分に殴りかかってくる相手限定で発動する幻惑魔法を作ったそうな。おかげでこの通りトロールはあさっての方向に武器を振り回し、彼女の反撃を貰っている。こちらも一樹さんとマリアンヌさんからとてもいいね! と褒められていた。相方の憲治くんは特に評価がなかったので、微妙な表情をしていたのを覚えている。
しかし、うちのジョーカー二枚に評価されなかったからと言って、彼が残念ということはけっしてない。流石は天下の地王カンパニー、そこの一流ハンターである。二メートルの怪物相手に一歩も引かず、むしろ優勢に戦っている。よくもうちみたいな小さい会社に入ってくれたものである。これも半戸代表のカリスマか。
さて、真っ正面から戦う人もいれば、絡め手で刺しに行く者もいる。音もなく忍び寄り、ナイフを脇腹へ突き立てる。
「ギャァァァァァ!?」
……の、だが。なんていうか、ちょっとホラー入っている気がする。ちらっと見えたけど、ナイフになんか、真っ黒いものが塗りたくられている。なにそれ。社長知らないよそんなの。……あ。なんかマリアンヌさんとこそこそしていた記憶が蘇ったような。怖いから忘れよう。
「グオオ! グオオ!」
「グオオ! グオオ!」
俺の雄叫びから始まった反攻は綺麗に決まった。しかしトロールもやられっぱなしではない。深手を負った者を下がらせて、無事な前線に飛び込んでくる。俺たちも対応するが、やはり数がちがう。どうしても、対応出来ない時はある。
「まずい、抜かれた!」
宏明の悲鳴じみた声。俺たち前衛の脇をすり抜けて、トロールが三匹後衛めがけて突撃を仕掛ける。この体格と筋肉が、勢いを付けて突っ込んでくる。蹴り飛ばされるだけでも、防具が薄い連中は致命傷になりかねない。
「
「カット!」
「スパークッ!」
歩の全力投球で、一匹が止まる。勝則と小百合のとっさの魔法で、もう一匹。しかしそれでもまだ一匹がフリー。呪文を使ったばかりの二人へ向けて、武器を振り下ろそうとする。
しかし、そこに走り込む男一人。
「させるかボケェ!
すがすがしい快音が、ダンジョンに響き渡った。甲子園でよく聞く、バットがボールをかっ飛ばした音である。そしてなんと、トロールの巨体が音を立てて元の方向へ転がっていくではないか。敵味方問わず、多くの者がそれを唖然と見送る。
成した男は威風堂々、右手のバットを高々と掲げる。
「ナンボでもこいやぁ! 全部打ち返したるでぇ!」
白と黒の縦縞ユニフォームに袖を通して吠えるのは、竜宮代表の護衛の人。あんなの持ち込んでいたのか。
「凄いでしょう、うちの
「竜宮代表!? 危ないですから前に出てこないでください!」
護衛が前に出てくるのも不味ければ、VIPが危険地帯に踏み込むのもヤバすぎる。だと言うのにこのお嬢さん、修羅場が目と鼻の先だというのにニコニコ笑っていらっしゃる。どんだけ肝が据わっているんだ。見た目通りの娘さんじゃないぞ。
「大丈夫です、今日の虎井さんは絶好調ですから。そーれ、と・ら・い! と・ら・い!」
「まかせてくださいお嬢! おらぁ、ホームランじゃい!」
「グボォォォォ!?」
気合い一発、またもやトロールが豪快に転がっていく。真っ正面から殴り合っていた俺だから分かるが、あいつらはめちゃくちゃ重い。あんな風に転がるもんじゃ無いのに。
「……ッチ。ツーベースってところかの。ま、ええわ。次こいや次ィ!」
舌打ちしつつ、バットを振りましながらどんどん前線を押し上げる。なにあれ。
「どうですか、西日本最強のハンターは。能力にちょっとムラがある以外は、非の打ち所が無い戦闘力を誇っていますよ」
「……ムラ?」
「ええ、ムラ。具体的に言うと、応援している球団の調子でスペックが変動します。そして、今、あの球団リーグ首位ですから」
「あー……絶好調と。……ん? 昨日の試合、負けてましたよね? その場合は……」
俺はあまり見ないのだが、社員にはそれこそ虎井さんくらい熱心なファンがいる。彼の朝の調子で、前日の試合結果がわかるくらい。
「悔しさで攻撃力アップ。つまりほどよい案配です。ご覧の通り、あの巨人がごろごろと。あ、巨人というのも丁度良いのかも」
「ガハハハハハ! お嬢、それええですな! おもろい!」
と、笑いながらまた快音を放ってトロールを打つ。……暗黒皇帝陛下とは、また別ベクトルのアビリティ使いだなあ。
「……好奇心でお伺いするのですが。昔の万年最下位みたいな感じになったら彼、どうなっちゃうんでしょう?」
俺の問いかけに、竜宮さんは大変難しいお顔をなされた後に絞り出すように答えた。
「……バーサーカー?」
「うーん、とっても想像しやすい。さて、そろそろいいか。香さーん! いけますかー?」
「はーい! アサナギハンターチーム! 突撃!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
雄叫びが周囲を揺らす。己の得物を振りかざし、ハンター達が突撃していく。先ほどの弱気はもうない。なにより、彼が復活している。
「ふはははは! 暗黒の炎に焼かれて苦しむがいい!」
「っしゃあ! 陛下が絶好調だぜ!」
「押せ押せ! 畳みかけろ!」
闇のもやは、完全に本人を覆い隠している。……あれ、ただのファッションじゃ無いな。敵に距離感を誤認させている。虎井さんといい、アビリティの出力と性能が他と違う。思えば半戸代表も、色々器用に使っていたな。俺も創意工夫するべきか。
ともあれ、現状はチャンスだ。アサナギのハンターも、戦い方を学んだ。即座に倒しに行くのではなく、深い傷を与えることに専念している。治ると言っても即座ではない。相手も生物である以上、怪我をすれば痛いし動きも鈍る。それだけ攻撃のチャンスが増える。
一つ方針が固まれば、それだけ動きやすくなる。これまでの苦戦が嘘のように攻め上げている。もちろんこれは、香さんのアビリティの力もあるんだろうが。
さて、俺としてはここで押し切ってしまいたいと思う。耐久戦になるとこちらが不利だ。あちらがどれだけ補給物資を溜め込んでいるか分からない。またハウルボアの肉を持ち込まれたら、今度こそ負けかねない。それだけのポテンシャルをトロールの群れは持っている。
切り札を出すときだ。
「
俺のアビリティのサポートなど、微々たるものだろう。しかしその僅かな後押しでも、この状況なら力になる。なんと言っても数が多い。その分俺の負担も増えるが、ど根性で耐えればいい。大事なのは、総合力だ。
重量軽減とスタミナ向上。この二つの支援を受けて、ハンター達の勢いはさらに増した。
「これ、あんときのアレか! 社長、なかなかやるじゃん!」
憲治くんが、グレートソードを棒きれのように振り回している。それでいて威力はそのままだから、対面しているトロールは酷いことになっている。
「ちょっと、失礼なこと言わないの!」
「は? 褒めたじゃん! おかげで俺は、鬼に金棒キチ……おっとあぶねえ!」
「グォォォ!?」
攻撃を避けて、カウンター。やはり彼は一流だ。よし、これならば……。
「ゴァァァァァァァァ!」
「!?」
攻勢の調子の良さと、多人数へのアビリティの使用。それが注意力を損なわせた。ほかのハンターからの攻撃をその身で受けながら、トロールが一匹俺に向かって飛び込んできた。とっさにできたことと言えば、盾を構えることだけ。
とてつもない衝撃が腕を押そう。もげ飛んだかと思うような痛み。踏ん張るが、そのまま何メートルも後退させられてしまう。転ばなかったのは、今までの訓練のおかげ……だけじゃない。
「かんいっぱつ!」
流が、飛翔剣で後ろから首を貫いていた。加速の付いたその一撃には、トロールの堅い骨も耐えられなかったらしい。頭がほとんど取れかかっている。これは流石に即死だろう。
自分の腕を見る。しびれが強いが、折れてはいないようだ。もちろんもげてもいない。
「助かったぞ、リュー……」
「シャチョー、やべえ! なんかでっかいのがくる!」
「でっかいの?」
何事かと聞き返すと、ひときわ大きな重い足音が響いた。