【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第109話 バーベキューの日

 時は流れて、ゴールデンウィーク。俺たちは近場の河川敷にてバーベキューを行っていた。大人数だったので、しっかり許可を取った。事前に調べて良かった……。危うく問題になるところだったよ。何せ、人が多い。社員とその家族、ご協力していただいている皆さん集めたら、百人超えたものね。準備も大変だった。

 食材は、なんとでもなった。特に肉に関しては山ほど用意できる。野菜も、伝手があるからどうにか。問題は調理器具、バーベキューコンロだ。これだけの人数を食べさせるのだから、数が居る。しかし流石に、今日のために買いそろえるのは無駄が多い。

 ダメ元で参加者のご家庭にありませんかと聞いたら、これがまあ結構集まった。古かったりさびていたものも多かったが、そこは前日までの整備でどうにかなった。あと、魔法。修理の魔法が大活躍。勝則達に負担を掛ける結果になったが、おかげで無事出費を押さえられた。

 後はいつものホームセンターで燃料、紙の皿とコップ、割り箸、ゴミ袋などを購入。なんとか形となった。今日のために社員達は頑張った。皆今日という日を楽しみにしていたようだ。

 まだ料理は始まっていない。今は炭に火を付けて、鉄板を温めているところ。これがなかなか難しく、経験者に手伝ってもらいながら四苦八苦している。ちなみにこの場の主戦力は、流である。サンマの時といい、炭火のコントロールについてはかなり頼れる男である。

 さて。コンロは多いがさりとて百人が張り付いている必要も無い。料理の準備にだって、それほど多くの人手を要すると言うことも無い。つまり、暇な連中が出てくる。

 皆の動きは色々だ。世間話。ゲーム。雑用。そして、広いところでしかできない運動。

 

「よろしくおねがいします」

 

 川を背にして振りかぶるのは、歩。

 

「よっしゃこいやぁ!」

 

 土手を背にしてバットを構えるのは、虎井さん。

 

熱血野球(プレイボール)!」

猛虎魂(タイガースピリット)!」

 

 両者の身体から吹き上がるプラーナ。野次馬からの歓声。ピッチャー歩くん、大きく振りかぶって……投げました! 剛速球! 人の枠から大分はみ出た速度と威力でミットへ迫る!

 

「だっしゃらぁ!」

 

 快音! 打ったー! これは大きい! 硬球が放物線を描いて空を舞う。……場外ホームラン! 白球が川へダイブしたー! ……あ、宏明がテレキネシスで球拾いしている。

 というわけで、ハンター達が大人げなく超人野球をやっている。観客はその派手さを楽しんでいるようだから、まあいいかという気分。エキサイトしすぎなければいいけれど。

 

「あー、ゲンメツー。サイテー。あんなのサギだよサギ」

「和美ちゃんまだ言ってる……」

「魔法使えるって点は、素直に凄かったんだけどね」

「アレに良かった点を挙げられるオマエもなかなかだと思うぞ」

 

 新人四名が、ジュース片手にそんな雑談をしているのが見える。まだ十八才なので、酒は厳禁である。違反行為がないよう、マリアンヌさんの使い魔がさりげなく巡回中だ。

 さてあの騒動についてだが、当然のことながら簡単には片付かなかった。トロールはなんとか地上に持ち出せたが、そのあとが一苦労。駆けつけてきた警察官が騒ぐこと。道明さん達が居なかったら拘束されていたかもしれない。

 それが一段落したと思ったら、今度はアサナギの川那部(かわなべ)さんから電話。こちらは(むかい)の振る舞いについての謝罪だけだった。トロールについての質問は無し。ついでのその後の接触も皆無だ。

 向こうがどんな考えかは分からない。蛮族の楽園(サベージ・パラダイス)を知りたいのか。あるいはもう知っているのか。折を見て探りを入れるべきか。ああ、こんなの企業がやるべき事じゃ無いだろうに。

 

「浮かない顔ですが、どうされましたか?」

 

 無意識にため息をついたせいで、マリアンヌさんから心配されてしまった。流石に直射日光の下にずっといるのは身体に堪える。いくつも天幕を用意して、そこに椅子やテーブルを置いてある。ここはその中の一つ。俺や、VIPを集めてある場所だ。

 

「いえ……まあ、今後が大変だな、と」

「どこぞの蛮王が、魔女殿の結界を抜いてきた。しかも、地上では無くダンジョンに現れた。しかも、この穴は埋められないとくる。たしかに、大問題です」

 

 一樹さんが、どこか余裕そうにそう語る。彼がその態度で居てくれるというのは、正直助かる。この人が狼狽していたら、それこそ世界の終わりかと思えてくるから。

 マリアンヌさんが調査した結果、やはりクワット達は向こう側から来たらしい。彼女の防壁を抜けてきたという意味である。その方法というのが、よろしくない。何故かと言えば、完全に穴を塞ぐことができないから。

 ダンジョンは、蛮族の楽園(サベージ・パラダイス)からマナを吸収している。それをもって、こっちのモンスターやマジックアイテムを生産している。クワットの所属する組織は、このラインを手繰ってやってきた。

 これを塞ぐには、マナの吸収を止めなくてはいけない。そうするとマナ格差の是正と言う目的は果たせなくなる。さらに言えば、結界の維持もできなくなる。壁そのものが無くなるので、穴を塞ぐどころの話ではなくなるのだ。

 

「手口は分かりました。対抗呪文も用意しました。なので今後、容易にこちらに来ることはできませんが……完全に防ぐことは、やはり無理です」

 

 マリアンヌさんが眉根に皺をよせてそう断言する。ここからは、発見と対応の繰り返しになるという。コンピューターウィルスと、対策ソフトウェアの更新のように。

 

「あちらでの調査を進めて貰います。全ての蛮王がこれをできるとは思えません。相応の実力と体力がなければ、続行も難しいでしょう。特定は不可能ではない」

「相応の実力と体力、か……。フジくん、この間戦ったクワットなんだけどさ。あれって向こうじゃどれぐらいのレベルなの?」

「……普通に、蛮王やれるレベルですね。そこそこの勢力を作れるくらいの」

「でも彼は蛮王じゃなかった。部隊をまとめている、とか言ってた。クワットはトップじゃ無い。……彼ほどの男を従えられる存在」

「覇王、の可能性が高いですね」

 

 恐る恐る口にしていたそれを、一樹さんはあっさり断言した。ああ、やっぱり。向こう側の十二の頂点、そのひとつ。どんな化け物が揃っているのか、想像もつかない。

 

「まあ、的が絞りやすくなったとポジティブに考えましょう。暗闇から刺されるよりはよほどいい」

「そうはいうけど、向けられてる武器が大砲なんじゃ?」

「どんな大口径でも、届かなきゃ意味が無い。魔女殿の結界のおかげで、ナイフくらいしか突っ込んでこれないんですから」

「今はまだ、ですけどね」

 

 はあ、とマリアンヌさんがため息をつく。彼女がこう振る舞うということは、やはり事態は深刻なのだ。

 

「今回、クワットなるトロールはこちらに略奪に来ていました。ダンジョンの物資とモンスターを、向こう側に送っていた。……これだけなら、まだいいのです。今後予測できる最悪のケースは……こちら側の権力者と協力関係を結ぶこと」

 

 うげぇ、という呻きが俺の喉から漏れた。それはあまりにも、厄介すぎる。今はこっちと向こうという単純な分類ができている。そんなことになったら、誰が敵で味方か分からなくなるじゃないか。……いや、今だって本当は結構複雑だったりするが。

 

「と、なれば……我々も向こう側の協力者を増やすべきですか。ふむ、やはり一度あちらへ行く必要がありますね」

 

 一樹さんがとんでもないことを言い出した。いやまあ、その経験があるとこの間言ってたけど、だからって思い切りが良すぎると思うんだ。

 

「そうですね。こちらだけに注力していられる状態ではなくなったと。私も準備したいと思います」

 

 で、彼が言い出したらマリアンヌさんも同調すると。こっちも経験者だものな。加えて、世界防衛の要でもいらっしゃる。さて。社員と婚約者がこう言っているわけだ。では、俺が言うべきことは何か。二人に任せっきり? NO、それは心情的によろしくない。かといって感情で動くのもまた許されない。俺は組織のトップである。

 

「フジくん」

「はい、社長」

「それちょっと、企画書にして提出してください。マリアンヌさんも」

 

 え? という表情をしている二人に対して話をする。この超越者たちを説得せねば、二人でどんどん行動してしまう。世界の苦労を勝手に個人で背負ってしまう。全くもって許しがたい。俺の社員と婚約者だぞ?

 

「向こう側へ行くとなったら、一日二日の話じゃ無いでしょう。その間の仕事はどうするんですか。マリアンヌさんは使い魔たちがいるにしても、その間のパフォーマンスは落ちるでしょう? 仕事という形であれば、色々調整が利きますから。ひとつよろしく」

「……仰ることは分かりますが、企画、ですか。全く思い浮かばないのですが」

 

 我が社最強のドラゴンキラーが、見たことないほど困っている。まあ、彼の人生で作る機会は無かっただろうな。

 

「例えば市場調査とか、取引先の開拓とか、そういうのですよ。協力者がいるって話でしたでしょ? その辺と絡めてひとつ。かっつん達に手伝ってもらってもいいから」

「は、はあ。なるほど……いやでも、社長達にご迷惑を掛けるわけには」

 

 煮え切らない一樹さんへ、俺は彼へのジョーカーを投入することに決めた。普段は使うまいと決めているが、これは彼のためである。容赦なくぶちこむ。

 

「あかりんに、なんて言い訳するつもりですか。もう父親なんですよ?」

「うぐっ」

 

 槍で胸を刺されたように、うめき声を上げてうずくまる。クリティカルヒットが決まってしまった。そうなのだ、最近彼はパパとなったのだ。ちなみに生まれたのは娘さんであり、大変安産であったそうな。めでたや。

 一樹さんはしばし、身をよじりながらうめいた。さながら昔あった、音に反応して踊る花のおもちゃのように。そしてついには脱力し、うなだれた。

 

「承知、しました。なんとかやってみます」

「よろしくおねがいします。……マリアンヌさんも、よろしいですか?」

「ご迷惑、では? というか先日、基本的に何もしないという方針を発表したばかり。社員の皆様から何か言われてしまうかも」

「世界を守るための活動では無く、我が社の今後を見据えた活動です……と、胸を張って言い切って見せますとも。なあに、最終的に収入に繋がればごまかせます」

「あら、まあ」

 

 困ったようにマリアンヌさんは笑うと、頭を下げてきた。

 

「お心遣いに感謝します」

「いえいえ。……まあ、やることが分かってるので、こっちは楽ですよ。あっちは、何を考えているのやら」

 

 超人草野球会場に視線を送る。そこにいるのは、竜宮(たつみや)結衣(ゆい)さん。楽しげに声援を送っていらっしゃる。とりあえず俺は、この間の義理を果たすために情報の一部を開示した。具体的に言えば、蛮族の楽園(サベージ・パラダイス)の存在と、魔法使いの存在について。

 流石に全ては話せない。特にマリアンヌさんについては。でもとりあえず、体裁は保てたと思う。納得もしてもらえたしね。で、世間話のつもりで今日の話をしたら大変興味を持たれて。社交辞令で誘ってみたら、お出でになったというわけだ。

 なーんで西日本一のダンジョンカンパニー、そのトップがこんなちっちゃな会社のバーベキューに参加するかなあ。協力企業の人は、ちょっと呼んだけどさ。食肉加工所の所長さんとか。竹花さんに声かけなくて良かったのか悪かったのか。言ってたら何を差し置いても来ただろうな……。

 

「みなさーん。そろそろ鉄板が暖まってきましたよ-」

「おう、さっちー。助かる」

「それでは、皆を一度集めますね」

「頼む、かっつん」

 

 料理を始める前に乾杯の音頭を取る、という話になっている。一応、会社の行事だしね。散っていた社員およびお客様が集まってくる。こういうときに長話は良くない。さっさと挨拶して宴会をはじめて……しまいたい所だったのだが。

 

「空気がよろしくない人たちが、いるな?」

「入って間もない社員の家族や、関連会社のお客様ですね。普段あまりダンジョンに触れていない人たちです。悪名のマイナスイメージはやはり根深いようで」

 

 勝則がささやくように教えてくれる。むうん。そうであるならば……しょうがない。ちょっと空気を変えてみよう。周りの空気を変えれば、流されてくれるだろう。くれたらいいな。

 

「えー、飲み物は行き渡り……ましたね、よし。はい、社長の入川です。今日はお集まりいただきありがとうございます。えー、この場を借りましてちょっと我が社の先のお話をさせていただきます」

 

 社内外問わず、頭の上に疑問符を浮かべる人々が見える。はーい、空気入れ換えますねー。

 

「報道等で社外の方々はご存じかもしれません。我が社はこのたび、警察官や自衛官の対ハンター、対モンスター訓練のお手伝いをする運びとなりました。社会貢献のひとつですね。そして、これはまだ本当に何年も先の話なんですが。我が社でハンターの訓練所を作ってみたいと考えています」

 

 集まっている大人達がざわついている。なんだったらうちの社員も戸惑っている。まあ、話していないものな。勝則達に雑談のように相談した程度だし。

 

「何故こんなことを考えたかと言いますと、社員がダンジョンで働けなくなった後を考えたからです。人間は老います。いつまでも全盛期ではいられない。命がけの戦いなんて、いつまでもやっていられない。そうなったとき、どう働いていくか。それを考えた答えがこれと言うわけです」

 

 理解の色が広がっていくのが見える。特に大きく反応が見えるのが、配偶者や子供がダンジョンで働いているらしいご家族の方々。やはり色々心配が多かったのだろう。

 

「訓練所ひとつで需要をまかなえるわけではありませんが、そこはまた追々考えていきます。あくまでこれは案のひとつなので。……ダンジョンは恐ろしく、危険な場所です。それは間違いない事実です。しかし人類には危険を克服してきたという確かな実績があります」

 

 過酷な自然環境。野生動物。人間同士の摩擦。上げれば切りが無いし、完璧に克服しているとも言いがたい。それでも今日まで、俺たちは生き延びている。

 

「ダンジョンという新しい環境も、適応できると思っています。訓練所もそのひとつ。そしてそういった社会貢献をしていけば、世間の目も変わってくる。私はそう考えています」

 

 とはいえ実際はそんなに楽なもんじゃ無いと思っている。でもこの場ではちょっと大きく言っておく。なんとかなーれ。

 さて、目論見通りに空気の入れ換えは成った。あとで質問攻めとかお説教とかはあると思う。甘んじて受けよう。しかし今日の目的であるレクリエーション、社員とその家族の息抜きだけは達成させる。

 

「話が長くなりましたので、ここまでにしたいと思います。それでは皆様のご健康とご多幸をお祈りしまして、乾杯!」

 

 ビールの入ったプラスチックのコップを宙に掲げる。すこし炭酸の抜けたそれが、太陽の光を浴びて黄金に輝いていた。

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