【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
エンジンの放つ轟音が、カーゴルームに響いている。古い軍用機で、防音性など皆無だ。まともに動いて、求められた人数を運べるものはもうほとんど無い。この程度は許容範囲だった。
一番奥の席で、両足の無い兵士が一心不乱にハンドベルを振っている。しかし一切音を出していない。それはマジックアイテムだった。鳴らし続けていると、周囲の音を遮断することができる。これによって、この飛行機は騒音を垂れ流さず飛び続けることができている。
失敗はしていない。もし音が漏れていたら、この飛行機は撃墜されているのだから。
「……には、いい日だ」
誰かが何かを呟いた。エンジンによる騒音で、話す程度の音量では隣にも伝わらない。
「何だって?」
声を張り上げたのは、ロシア人の女性だ。彼女の左目は、包帯で覆われている。誰も気にしない。このカーゴルームに、怪我をしていない者は一人も居ないから。
「今日は死ぬにはいい日だと言ったんだ!」
返したのは、青年のアメリカ人。顔にそばかすが浮かんでいて、眼鏡をかけている。およそ戦いとは無縁の風貌だ。なのにサイズの合ってない軍服の上から、いくつも包帯が巻かれている。それらは黒ずんでいて、衛生的ではない。彼の顔も、青白かった。
体調は、見たとおり悪い。だからこそ、彼は元気を絞り出して答えたのだ。
「はあ!? 何よそれ。死ぬにいいも悪いもないでしょ」
ロシア人は呆れた。この二人はもうしばらくしたら確実に死ぬ。二人だけでは無い。カーゴルームに居る六名の内、五名がもうすぐ死ぬのだ。例外の一名は、ハンドベルを振る兵士。彼はその役割を与えられていない。
「いいや、あるね! だってそうだろう? この任務を投げ出して逃げ帰ったとする。その先に、まっとうな死に方があると思う? 無いよ! 袋叩きにされるか、バンカーから放り出されるかだ。モンスターと戦って死ぬ、なんて贅沢は無理だ。まともに戦える奴なんて、ここには居ない」
彼は拳を握って力説する。彼が着けたグローブの甲には、下手くそな星が描かれていた。どんな理由でそれを描いたかなど、語るまでも無いだろう。
「でも、今日だけは別! 俺たちは世界を救うんだ。こんなに意味のある死に方はない! これから先、絶対無い。だから、今日は死ぬにはいい日なんだ」
言い切って、彼は天を仰いだ。息を切らしている。声を張り上げるだけでも、傷ついた身体には堪えるのだ。ロシア人はしばし何か言いたそうにしていたが、やがて大きく息を吐いて諦めた。
また、エンジン音だけがカーゴルームに響く時間になった。それに耐えられなくなったのか、インド人の女性が呟く。
「音楽がほしい。こんなに辛気くさい気分で死ぬのは嫌。何か無い? 音楽が出る機械」
「そんな贅沢な物はないよ。バンカーのお偉いさんだって持ってるかどうか。もちろん楽器も無い。歌でも歌う?」
ロシア人に尋ねられ、彼女は首を振った。
「そんな元気はないよ……」
「じゃあ……望みが叶うなら、どうする?」
口を開いたのは、中国人の男性だった。彼が一番重傷を負っていて、腹に穴が開いている。医者が認めないほどの痛み止めを打ってこの場に居た。
誰も口を開かないためか、彼は脂汗を流しながら続ける。
「なんだ。辛気くさいのは嫌なんだろう? なら、気分のいい話をしよう。俺は大成功する。巨大な企業を作って、そのトップに立つ。億万長者だ」
「ああ……貴方なら、なれるよ。間違いない」
日本人の、やせた青年が同意した。彼は左手がなく、切断部は冗談のようにガーゼとガムテープが巻かれていた。中国人は笑う。
「お前もそう思うか。よし、そうなったら特別に雇ってやるよ。……で、お前らは?」
話を振られた女性二人は互いを見合って、弱々しく笑った。やがて口を開いたのはインド人だった。
「じゃあ……平和に暮らしたい。モンスターとか、そういうのに追われない生活を」
「それは前提の話だ。もっとだ。もっと景気のいい、好き勝手な望みを出すんだ」
「もっと……それ、じゃあ……旅行が、したかったな。世界中の観光地を回るの」
「いいぞ。そう言うのだ。最高に豪華な旅がいいな。ほら、次」
促され、ロシア人はため息をついて、ついには話題に乗った。
「車。どんな雪道でもガンガン走れて、壊れなくて、簡単に直って、盗まれない奴。……どう、文句ある?」
「ない。車はロマンだ。頑丈でパワフル。最高だな」
「僕はヒーローになるぞ!」
アメリカ人が吠えた。顔が青白い。包帯の赤黒いシミが広がりつつある。それでも彼は吠える。
「悪い奴を殴るヒーローじゃない。助けがないとどうしようもない人に手を差し伸べるヒーローだ。昔、日本のアニメで見たんだ。僕はそのヒーローになりたい……」
「おい、しっかりしろ」
倒れそうになった彼を、日本人が支える。いよいよ持って、危ない状態だ。その時、操縦席から続くドアが開いた。
「待たせたな野郎共! 目的地が見えたぞ! 魔女の墓標だ!」
「ああ……やっとだぜ。待ちくたびれた」
中国人が立とうとするが、足に力が入らない。再び日本人がやってきて、肩を貸す。女性二人も手伝って、ついには五人全員が肩を組むことになった。
なんとか立ち上がった中国人が、左手の無い彼に問う。
「おい。お前は?」
「え?」
「望みだよ。お前だけ聞いてない。言えよ。皆聞きたがってる」
誰も彼もがボロボロだった。互いに支え合わないと、立ち上がって歩くこともできない。国籍も年齢も性別も違うが、チームは一つにまとまっていた。
「俺は……告白する。幼なじみに、告白する」
「告白するだけか?」
「受けるかどうかはあっちの自由だろ?」
「馬鹿野郎。最高の望みを言うんだよ。全部だ」
「……じゃあ、幸せな家庭と、贅沢な暮らしも追加だ」
「及第点だな。次はもっと豪華な夢を語れ」
チームは笑った。次など無いと分かっているが、それでも笑った。
「カーゴを開くぞ! 行けよ、英雄ども!」
兵士の叫びと共に、ランプ・ドアが開き始める。隙間から、夜の闇が現れた。地上に光は無い。文明は何年も前に滅びた。
「なんも見えねえぞ!?」
ロシア人が叫ぶ。
「カースを発動させれば、あとはもう自動で当たる! 行くぞ!」
「ヒーローに、なるんだ!」
「くたばれ、ドラゴン!」
中国人、アメリカ人、インド人が叫びながら前に出る。風に煽られる。こぼれ落ちるように、チームは飛行機の外に放り出された。
「!!!」
トリガーを引くには、言葉も動作もいらない。ただ、呪うと心で叫べばいい。五人はそのように教えられていた。そして、それは確かに発動した。音の何十倍もの速さで、呪詛が五人に集まっていく。
本来ならば即座に正気を失う量だ。なにせ、これまでモンスターに殺された人々の怨念を集めているのだ。数千万では効かない。何億人規模の、死の呪詛だ。
それを耐えられている理由というのは、何のことは無い。五人の寿命である。何十年分を湯水のように消費して、十秒そこらの間だけ正気を保っている。呪うには、心が必要だった。
五人は落ちる。重力加速だけでは無い。呪詛の力も加わって、真っ黒な流星となり落下していく。音の速度は即座に超えた。しかし、そんな状態でも五人は確かに見た。
城のような屋敷の廃墟にうずくまる、蛇のようなドラゴン。向こう側からやってきた怪物。時間竜クロック・ブラック。世界中にモンスターをばらまき、あらゆる物を略奪した欲深き怪物。
人類は総力を挙げてこれを退治しようとした。しかしことごとく失敗した。このドラゴンは時間を操る。そんな怪物に対して、人類は無力だった。幾度となく繰り返し、そのたびに失敗。もはや人類にまともに殴り合う余力は無かった。
なので、まともでは無い方法で最後の抵抗をすることにした。それがこの五人。大量の呪詛をその身に宿して、超上空から奇襲を仕掛ける自殺攻撃。いかに時間を操れても、瞬く間に近寄られては意味が無い、はず。
チームにはもはや戦えない、あるいは助からない者達が選ばれた。全員、間違いなく志願である。助からない人間は多かった。その中で、攻撃まで命が保つものが選出されたのだ。
着弾は一瞬だった。しかし五人には、その瞬間を長く感じた。おそらくは、時間竜の力のせいだろう。驚愕し、身をよじって避けようとするドラゴン。しかし間に合わない。
最初はインド人だった。次は中国人。膨大な呪詛が凄まじい勢いで竜の心身を汚していく。アメリカ人がぶつかったことで、助かる可能性が消滅。ロシア人と日本人の着弾は同時で、ダメ押しだった。
己が潰れていく感覚の中、日本人は見た。竜が、溜め込んだ何かを総動員して力を放つのを。時間が巻き戻るのを。潰れる自分が再生する。死んだ仲間が元に戻って、空に舞い上がる。自分もまた、どんどん過去へ。昔へ。まだ幸せだった頃へ……。
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「……まったく、いつまでたっても」
呻いて、ベッドから降りる。妻は娘と一緒に実家にいる。自分が泊まるのは土日だけ。本当は毎日一緒に居たいのだが、赤子の対応で寝不足では仕事に問題があると義両親から注意を受けている。その程度で体調不良になる身体ではないのだが、説明できないので大人しくしたがっている。
窓の外を見れば、明るくなり始めていた。朝の準備に入ろうと思い、何気なくスマホをみれば画面が光っている。何のことは無い、ニュースの知らせだ。
気にしないつもりだったが、そこに表示されていた文字に意見を変えることになった。
『アメリカの英雄ホワイトコメット、来日』
スマホを操作し、ニュースを見る。そばかすはない。眼鏡も掛けていない。しかし面影はたしかにある。一樹はどうやって彼に会うか、算段を付け始めた。
第五章 了
第六章は7月に公開予定です。